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第十七話 戦闘開始

戦闘描写はやっぱ楽しいすね。



 まさに俺が指摘した通りの展開に、女騎士は数刻言葉を失っていた。

 できるだけ《今考え得る最悪の事態》を想定するように努めている俺としては、予想が的中するのはむしろ不本意なところだったりする。

 戦闘回避を念頭に置いたそばからこれである。俺はドヤ顔を通り越して涙目だった。


「……お前だな」


 紅い瞳を猛禽類のようにすぼめ、赤毛の獣人は俺を見据える。

 蛇に睨まれた蛙とはまさに今の俺のことだろう。まじおしっこ漏れそう。

 雰囲気に呑まれて感覚が麻痺し始めた俺とは打って変わり、騎士は気丈にも剣も抜かず対話を求めるように前に出た。


「私はオーレア騎士団のライラだ。赤の国の戦士よ、貴殿の名を聞きたい」


「何だお前は。俺の邪魔をするな」


「そう殺気立っても、白狼聖の娘の所在は掴めぬぞ」


 ぴくり、と獣人の耳が跳ねた。

 獣人の視線と殺気の矛先が騎士に向く。


「奇遇なことに、私の任務もこの少年を尋問して白狼聖の娘の居場所を聞き出すことだったのでな。察しはつく」


「ふん。それで」


「彼は何も知らないと言った。このまま開放してもいいと判断する」


「俺はそうは思わない」


「ならば、どうする気だ?」


「聞き出すさ。半殺しにしてでもな」


 ゆらりとした陽炎のような動作で、獣人は重心を落とす。たったそれだけで寒気がするほどの殺気が迸り、彼我の明確な力の差を知らしめる。

 俺の目の前で、騎士の脚は完全に竦んでいた。

 それでも彼女は一歩も引かない。まるで引けない理由があるかのように。


「……私は騎士だ。市民を守る義務がある。ゆえに貴様を見逃すわけにはいかん」


 震える手で腰の剣を抜き、盾を構える。

 彼女の何がそうさせるのか——断固たる決意を秘めた声で、騎士は剣を掲げながら叫んだ。


「何より、だ。——可愛いは、正義なのだッ!」


「そうか」


 何だかよく分からないが騎士さんがとても頼もしく見えてきた俺。

 獣人はどうでもよさそうに一言吐き捨てると、腰をさらに深く沈め——


「手加減はしねえぞ」


 獲物の首に食らいつく狼のように飛び上がったかと思うと、廊下の天井に着地。間髪入れずに跳躍を繰り返し、室内を跳ね回る跳弾のような変則的な動きで加速しながら騎士の懐に肉薄する。

 次の瞬間には、騎士が壁に叩き付けられていた。

 全く目が追いつかなかったが、どうやら上段蹴りをぶちかまされたらしい。フルフェイスが弾き飛ばされ、ブロンドの長髪に縁取られた端正な面持ちが苦悶に歪んでいた。


「弱いな。口だけか」


「ぐ、う……すまない、少年……逃げ……」


 騎士はそれだけ言い残してがくりと力尽きた。

 ちょ、ちょっと騎士さん。

 退場早すぎじゃないですか。

 助けてもらっておきながらこんなこと言っちゃいけないんだろうが、そんな即落ち二コマで瞬殺されちゃったら俺この後どうすればいいんですか?


「さて、そこのクソガキ」


 ついでに頂きました今日四回目のクソガキ発言。

 俺ってそんな生意気に見えるんだろうか。


「お前にも、少し寝ててもらう」


 なんかもう色々な意味で泣きそうになっている俺に、しかし獣人は容赦しなかった。

 おそらくはどんな格下が相手でも油断なく仕留めてきたのだろう。先ほど騎士を無力化した時と同じように、その動きは流動的で、一切の無駄が排除された熟練のそれだった。

 この至近距離ではもはや知覚すらできない速度で繰り出された蹴りが、無防備な俺の鳩尾に叩き込まれ、


「……ッ!?」


 目を見開いたのは獣人の方だった。

 赤毛の獣人は素早く足を戻し、蹴りの威力で軽く浮いた俺の身体へさらに連撃を加える。

 側頭部と頸椎部、そして土手っ腹への一撃。人体の急所を正確に、手加減無しで打ち抜いたその目にも止まらない早業には、およそ四歳の少年に加えるものとしては過剰なほどの威力が込められていた。

 ずだんと地面に叩き付けられた俺は、うつ伏せのままぐったりと動かなくなる。

 だが、獣人は油断なく俺を見据えたまま、言う。


「死んだふりなどやめろ、魔法使い。立て」


 その言葉で、俺は自分がちゃんと生きていることにようやく確信が持てた。

 止めていた息を肺から吐き出しつつ、俺はむくりと起き上がる。


「……っぷは、はーっ。息止めてたのに、バレちゃいましたか」


「舐めてるのか?」


「いえいえ。これが最善策のつもりでした」


 体のあちこちを確認してみるが、ほぼ無傷。

 凄絶な空中コンボをノーガードで食らったわけだが、四歳児の未成熟な肉体は骨折どころか擦り傷すら負っていない。

 幸か不幸か、万一に備えた戦闘用魔法——騎士と獣人の短い会話の間に魔力の六割も使って行使した《重ね硬化》が功を奏し、俺は無事獣人の攻撃を受け切ることができていた。

 魔法を使う時間を稼いでくれた騎士のおかげだ。

 即落ち二コマとか言ってごめんなさい。


「抜かせ」


 獣人の放つ言葉は最低限、代わりに拳で語ると言わんばかりに繰り出される乱撃。それらが空を切る度に鈍い音を立てて俺の身体が舞い上がる。

 しかし硬化魔法の重ね掛けによって強靭化された筋肉と骨格はびくともしない。


(獣人さんまじ容赦ねえ……! 硬化練習しといて良かったぁ!)


 実は、俺が攻撃魔法に《重ね魔法》を転用し始めたのは最近のことだ。

 理由は二つ。一つは火力が高すぎて制御が難しいからである。特に《魔法改変術》で魔法の速度や威力を変更すると、《重ね》による速度と威力の変動幅は一層大きくなる。微調整が殆どきかなくなるのだ。

 そして二つ目は——この世界の基本戦術のベースが《攻撃》ではなく《防御》にあるということ。

 硬化魔法は、特に剣士の戦闘において最も多用されている下級魔法である。

 効果は文字通り《付与対象の硬質化》。

 消費魔力によって硬度を調整できるほか、肉体と同時に武器や防具も硬化させることが可能である。さらに高い物理耐性・魔法耐性を兼ねており、下級魔法程度なら直撃してもダメージはほとんどない。大威力を生み出せる中級以上の魔法が重要視されているのは、この硬化魔法の影響もあるのだろう。

 戦闘ではまず魔法使いが剣士に硬化魔法を付与するのがセオリーであり、この魔法に限っては《詠唱略化》を練習する魔法使いもいるという。咄嗟に使えるのと使えないのとでは生死を分ける場合すらあるからだ。

 逆に使われると厄介なので、敏捷性に自信のある者は速攻で仕留めに来ることが多い。

 この獣人はまさにその典型例だろう。


「ふッ」


「ぶへっ!?」


 騎士に止めを刺した必殺の上段蹴りが俺の側頭部に直撃する。

 強烈な衝撃と共に二転三転とひっくり返る視界——だが、やはりダメージはない。

 ならば、反撃もできる。


「《ヴルカン》」


「! ——くっ!」


「《ラディウス》!」


 魔法使いに対してこの至近距離なら、普通の剣士は魔法を撃たせないよう先制攻撃を行う。

 だが獣人は、詠唱略化による速攻魔法を予期していたかのように回避行動を取った。

 足元に向けて放たれた火球は着弾と共に凄まじい爆音を炸裂させる。近くにいた俺が真っ先に巻き添えを食らうが、《重ね》で強化された硬化が中級相当の爆風すら耐え凌ぐ。


(よし、攻撃を受けられると分かればこっちのものだ)


 一応《重ね硬化》による対魔法耐性は検証済みだが、孤児院には俺を思いっきりぶん殴ってくれる人がいなかったので対物理耐性には不安が残っていたのだ。

 少なくとも致命傷は負わないと分かった。それだけでも十分。


「ふふん、口ほどにもないですね。お仲間を呼んだ方がいいのでは?」


 これで俺も戦える。

 そう思い、軽口を叩けたのも束の間だった。


「調子に乗るな」


 床に燃え広がる爆炎の向こうで——ゆらりと揺らめく姿。

 その右手には、鈍色に光る長剣が抜かれていた。

 鍔はなく、反りのある片刃の剣。この世界では一般的な粗品らしく、孤児院の子供が実戦で使っているところを見たことがある。

 しかし、獣人の握るそれはまるで別物だった。

 幾人もの敵を屠り、欠ける度に磨かれて深い輝きを宿すようになった刃——その輝きがこの距離からでも見て取れる。


「……」


 硬化魔法は厄介だが、多用されるだけにいくつかの対抗策も知られている。

 その中で最も単純かつ効果的なのは、防御力を上回る飽和攻撃を加えること。

 分かりやすい例が魔法による瞬間火力だが、無論他にも硬化を貫通する方法はある。例えばそう——種族特性に恵まれた腕力で無理やりぶった斬るとか。


「あ、謝ったら許してくれたり……」


「何か言ったか?」


「なんでもないです」


 俺はその場から全力で逃げ出した。


更新はまた週末になるかと思います。

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