第十六話 自由行動
更新滞って申し訳ないです。
騎士の「あの娘はどこだ」という質問に「知ってるけど教えません」という舐め切った回答を返した俺は、まるで悪事を働いた子犬のように首根っこを掴まれて、騎士団の駐屯所に連行されてしまった。
特に抵抗もせず手足をぶらぶらしながら連れていかれた先は、埃っぽい物置のような一室。
ここで俺は厳しい尋問にかけられることに——
(なると思ってたんだけど……)
警戒されていないのか、猿ぐつわや拘束の類も一切ない。
予想に反して特に何もされず、小一時間も放置された俺は現在暇を持て余していた。
時たま騎士が数人扉から顔を出すのだが、俺と少し会話した後にいきなり退出してしまうのである。
騎士の話はなぜか日々の仕事に対する愚痴が多く、例えば「出張が多くて娘に会えない」と嘆く騎士は「娘さんは何歳ですか?」「四歳だ」「あっ、ぼくと同い年ですね!」「ごめんよぉおおおッ!」と慟哭しながら部屋を飛び出し、「取り調べと言えばやっぱカツ丼ですよね。おなか減りません?」と冗談半分に食べ物を要求したら携帯食料をくれた騎士は、これが思いのほか美味しくてお礼を言うと突然「ダメだ、俺にはできんッ!」とドアを蹴り飛ばして出て行ってしまったりと、文字通りまるでお話にならない。
おおかた、幼い子供には厳しく尋問できないといったところか。
それにしても感受性が豊かすぎるような気がしないでもないが……
(なんていうか……カウンセリングみたいな感じだな)
次の人どうぞー、みたいな。
汚れ仕事ばかりでストレスが溜まっていたりするのだろう。
相手が子供であろうと仕事に徹し、心を鬼にして殴りに行くのがプロだと思うが、俺も痛いのは嫌だし、好都合だと思うことにしよう。
さて——そろそろ、ミシェルから話を聞いたシェイラが手を打ち終わった頃だろうか。
「何が起こるかなー」
じっと待っているのも性に合わない。
椅子からぴょんと立ち上がり、俺は部屋の扉をコンコン叩いた。
「どうした?」
「あ、あのですね」
わずかに開いた扉の隙間から、無骨なヘルメットがこちらを覗く。
フルフェイスなので顔は分からないが、声の高さからして女性だろう。
女の人にこの申し出をするのはさすがに恥ずかしいので、俺は横に目を逸らしつつ、
「トイレに行っても、いいですか?」
ぶばほ、とフルフェイスの向こうから謎の音がした。
「……良いだろう。さっさと行ってこい」
「あれ? ついてこないんですか? ぼくのこと見張った方がいいんじゃ……」
「いいから行くんだッ!」
まるで戦地で致命傷を負った兵士のような鬼気迫る物言いに押され、さっさと部屋を出る。
俺が心配することではないが、警備が甘すぎではないか。
(いつでも捕まえられると思われてるのか……)
見た目が幼いとはいえ、特大の火球を見舞って追手を撒いた魔法の使い手を相手にこの適当加減はいかがなものかと思うわけだが……いや。
もしかしたら、あの程度の魔法は騎士にとって日常茶飯事だったりするのかもしれない。
五歳児がいきなりぶっ放してきたから怯んだだけで、実は対策済みとか。
「……もっと鍛えなきゃダメか」
俺にとっての強さの基準は孤児院の子供たちだが、よく考えればみんなも前世で言うところの小学生。 俺に至っては幼稚園児相当だ。まだまだ上には上がいるのだろう。
そうだとしても、この警戒の緩さはただの怠慢と言えるだろうが。
廊下の隅に積まれた木箱の陰にしゃがんで隠れながらのんびり考えを巡らせていると、
(さぁてと、どうやってここを抜け——)
「少年、ここに居たか!」
ビックゥ! とその場で飛び上がる。
声の方向を見ると、先ほどのフルフェイスの女騎士が上からこちらを覗いていた。
な、何故バレた!?
「と、と、トイレが見つからなくて……」
「ここで済ませようとしてたのか!? い、いや、すまないが我慢してこっちに来てくれ!」
物陰にしゃがみ込んでいたのを上手く勘違いしてくれた騎士は、しかしそれどころではない切羽詰まった様子で俺の手を引く。
何やらただならぬ雰囲気だが、
「な、何があったんですか?」
「《赤毛》の襲撃だ!」
端的に表現されたその意味を、俺は一瞬間を置いてから理解した。
赤毛——返り血をそのままに純白の毛並みを赤く染めた、赤の国の獣人だ。
「正面口で戦闘中だ。裏口から退避するぞ!」
「は……はひ」
そういえば、なんかキンキンって剣戟の音がする。
まじかよ本当に来ちゃったのかよどうしよう。
(予想はしてたけど、予想通りだと困るんだよなあ……!)
予想通りということは、まもなく毛むくじゃらの筋肉戦士たちがこぞってこちらに爆走してくるということだ。おぞましい幻が脳裏に浮かび、ぶんぶんと振り払う。
一応対策は考えてあるが、十二歳の小人族がマンホールを片手で持ち上げ、五歳の獣人族が鉄球を抱えながら突っ走るのを見た後では不安しかない。
ていうか通用しなかったら即死する。
できるだけ戦闘は回避しなければ……。
「少年、聞いてもいいか」
「な、なんでしょーか」
「白狼聖の娘をどこに隠した?」
俺の前を走って先導しながら、騎士は唐突に切り込んできた。
おそらく、それが突然の《赤毛》襲撃と関係しているからだろう。
「……白狼聖って、世界で一番足が速いんですよね? もうどこに行っちゃったか分かんないですよ」
「そうか、逃げられたんだな」
「逃げられてなんかないです逃がしてあげたんです」
まるで好きな子にフラれた男の子を見るような微笑ましい視線がヘルメットの奥からこちらを見下ろしている。
そもそも連れ出してないし、気にもならないし。
別に一人で街観光したのだって寂しくなんかなかったし。
「ちなみに、君はなぜ彼女を連れ出そうと思ったんだ?」
「可愛い子が怯えてたら助けたくなるじゃないですか」
「なるほどまったくの同感だ」
力強く頷くフルフェイス。
うん、やっぱり可愛いは正義ですよね。
「《赤毛》の狙いは、おそらく君だろう」
「ぼく……ですか」
「我々と同じく、奴も彼女を見失った。君はあの娘に辿り着くための最後の手がかりだ」
それは分かっている。
俺が一芝居打ったのは、騎士団の注意を引き付けてシェイラのために時間稼ぎをすることともう一つ——セレナを狙う輩をあぶり出すのが目的だったのだから。
ここで《赤毛》を引きずり出せたということは、囮としての役割を全うできていると考えてよさそうだ。
「相手は複数ですか?」
「いや、たった一人で突っ込んできたそうだ。騎士も舐められたものだな」
「……陽動かもしれませんね。ぼくたちが裏口から逃げるのを見越して、他の獣人が待ち伏せしているかも」
「その心配はない。魔道具で探知して確認済み——」
もうすぐ裏口から出れるというところで、その裏口の扉が轟音をあげて吹っ飛んだ。
施錠された鍵ごと粉砕されたドアの残骸が足元に散らばり、俺たちは急停止する。
「こっちか。手間をかけさせる」
長剣を携えた一人の赤毛の青年が、裏口の向こうに立っていた。