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第十三話 異世界の街

異世界観光回。




 天気は快晴、太陽が青天を照らす真っ昼間。

 赤茶色の石をふんだんに使用して建てられた家々。

 白い石畳で小綺麗に舗装された街路を、騎竜が走り抜ける。

 焼き肉の匂いが漂う店先で強面の男や愛想の良さそうな娘が客引きの声を飛ばし、灰色の煙を吐き出す煙突の下では、鉄を打つ甲高い音が続けざまに響く。

 武器を引っ下げ、鎧を鳴らし、バックパックを背負い、尻尾や長耳を揺らす人々。

 活気に満ちた賑やかな往来の真ん中で、俺は両手を突き上げ叫んでいた。


「うおーっ、街だぁああ———!」


 素知らぬ顔をして《術導院》を抜け出してきたら予想以上に異世界らしい街並みが広がっていたもので、思わずテンション爆上げである。

 セレナ、ミシェル、ロゼの安全を確保したら、後は成り行きに任せておけば俺の目的は達成されるはずなので、ここからは自由行動だ。

 初めての異世界の街。存分に堪能するとしよう。


(うー、目移りする……人界の端っこにある街だけど、ずいぶん活気があるんだな)


 先ほどの奇声で周囲の注目を集めてしまったようだが(見た目の年齢のせいか、微笑ましい視線も混じっていた)、委細構わず俺は目を引かれたものにふらふらと近付いていく。

 お腹が空いていたからか、気付けば俺は焼き肉を串に刺して売っている屋台の前にいた。

 じゅうじゅうと肉の焼ける音。香辛料のようなものを使っているのか、刺激的な香りが鼻孔を刺激して、口の中に唾液が湧き上がる。

 美味しい食べ物を求めて止まない俺の胃袋が訴えるように腹を転がり始めた。


(ダメだ、この匂いは今の空腹に凶悪すぎる……ッ!)


 ちなみにこの人界では、主な通貨として銀貨と銅貨が使用されている。

 金貨は貴族が貴金属を購入する際に使うくらいで、一般には流通していないらしい。金貨を見せるだけで貴族の証明にもなるのだとか。下手な一般人が金貨を持つと盗賊が寄ってくるので、巷では呪いのメダルなどと皮肉られている。

 このお肉は一本で銅貨三枚。これは高いのか安いのか。

 街に来たのが初めてだから当然だが、相場が分からない。

 どちらにせよ、お小遣いをもらっていたわけでもない俺は視覚と嗅覚で焼き肉を食する妄想に浸ることしかできないのだが。


「ね、そこの男の子。ちょっとこっちおいで」


 口を半開きにして焼き肉を眺めていると、客引きをしていた青い髪の娘が声をかけてきた。

 商売の邪魔だったかと眉尻を下げつつ、娘さんに招かれるまま店の裏に入ると、


「ほら、食べなー」


 目の前に、例の焼き肉串が差し出されていた。

 至近距離に広がった香ばしい匂い。ボリュームのある肉厚。

 よだれの分泌量が尋常じゃない。


「君、捨てられた子犬みたいな顔してるもんだから、ほっとけなくてさー。お姉さんから一本サービスしてあげるよ。内緒だからね?」


 それならきっと、今の彼女の目には、尻尾を扇風機のようにぶん回す子犬が見えていることだろう——ありがたく頂戴したお肉の味を、俺は生涯忘れない。

 そう、そのお肉は、それはもう凄まじいインパクトを俺の舌に残してくれた。

 あまりにも塩っ辛くて、肉の味なんて寸分も感じないほどだった。


(孤児院でも濃い味付けの方が好まれてたし、そういうものなのか……エルシー姉は、淡白な味付けが好きみたいだけど)


 俺も淡白派なので、肉を口に入れた瞬間味覚が飽和して気を失うところであった。

 多分だが、感覚が鋭い獣人族もあまりお気に召さない味付けだろう。

 ただし、あくまでこのお肉はお姉さんの純粋な善意で提供されたものであって、むせ返った俺におひやもサービスしてくれたことを明記しておく。俺がこの世界の味付けに慣れていないだけで、彼女は悪くない。


「ごちそうさまでした。もうお腹いっぱいです」


 何とか全ての肉を胃袋に呑み下した俺は、にこりと笑みを浮かべ、二本目の串が来る前にと白旗を上げた。

 香辛料の影響か、なんか内臓が熱を持ち始めている気がする。


「泣くほど美味しかったなら、今度は親御さんも連れてきなっ。今後もごひいきにね!」


 彼女は、俺が口の中の爆発物を懸命に処理しながら涙目で「おいひいです」と礼を言ったのを真に受けている。とてもいい笑顔で俺を送り出してくれた。


(お店の名前が《イーナの焼き串》……イーナさんか。仲良くしたいな、覚えとこう)


 肉はともかく、良い人に巡り会えただけでも価値ある出来事だったと考えよう。

 機会があったら淡白な味付けの焼き串をオーダーしたい。

 腹が満たされたことで気分も良くなり、俺は街の探索を再開した。

 大通りに沿って進むと、青果や精肉などの生鮮食品を扱う食品店や、大量の古い本を並べている本屋、真新しい武器や防具を扱う鍛冶屋、魔物の素材らしき物体や鉱石を売りさばいたり買い取ったりしている換金所——目が八つくらい欲しいところだが、残念ながら身体も時間も有限である。

 多くの店を短い時間で冒険するのは性に合わないので、俺は特に気になるお店にだけ入っていくことにした。例えば、


(ふむむ……魔道具屋とな)


 一見すると、そこはただのガラクタばかりが並べられている店。しかし店の名前にあるように、これらは《魔道具》と呼ばれる魔力を宿す品々だ。

 魔力を持つ道具には、様々な特殊効果が付与されている。勝手に湯を沸かす容器や、握ると砂煙を噴き出す球体、衝撃を加えると光り出す石ころなどなど、ここの店で売られているのは大して役に立たないものだったが、例えばシェイラが使っているペンは魔力が続く限りインクが出るという優れものだったりする。

 魔道具は使用者の魔力を消費しないので、俺のしょぼい魔力を補えるのではないかと一時期資料を漁っていたこともあったのだが、


(……一番安いので金貨二枚。買う人いるのかな?)


 道端のポンコツ魔道具店でもこのお値段。

 そう、魔道具は凄まじく高価なのだ。

 魔道具は《天鱗大陸》にある地下迷宮でのみ掘り出されるのだそうで、一獲千金を狙う冒険者が後を絶えないというが、俺は魔道具が生まれるメカニズムを知りたいところだ。

 普通の魔法とはまた違う魔力の原理は興味深いし、自分で魔道具を作ることができればお金にも魔力にも困ることはなくなる。

 流石にそんな旨い話はないかー、と腕組みしながら魔道具を眺めていたとき、ふと店の隅に置かれている二つの腕輪が目に留まった。

 デザインが似ており、ペアリングのようにも見える。


(……あれ、銀貨五十枚?)


 ちなみに、貨幣は銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚相当である。

 このリングだけ妙に安い……と思ったら、どうやら一回使い切りの魔道具らしい。

 効果も《装着した者同士の居場所を入れ替える》という、何とも微妙な内容だ。離れすぎると発動しないこともあるらしい。

 不安定な効果も相まってこのお値段、というのは分かるのだが、使い切りなのにどうやって効果を調べたのか。効果を判定する魔道具があったりするのだろうか。

 などと考えていたら、いきなり後ろから怒声が飛んできた。


「オイ坊主! 勝手に触るんじゃあねえよ」

「びっくりした。触ってませんよ」

「いいや、俺は見てたぞ。ほら、この魔道具、角が欠けちまってるじゃねえか。お前が壊したんだろ!」


 ……こういうことする人って本当にいるんだな。

 あらかじめ予期していた俺は、さっさとトンズラすることにした。


「おッ、てめえコラ! 逃げんなクソガキ!」


 本日二度目のクソガキ発言を背中で聞き流しつつ、俺は店から飛び出して大通りの人混みに紛れ込んだ。

 どんなに高価でも魔道具の大半は見た目がガラクタなので、金貨と違って人に狙われることは少ない。その分、この手の店も防犯対策はしっかり行っている。ここで下手に言い訳なんかをしていると逃げ道を塞がれてそのまま騎士団に御用となってしまうという。

 以上、シェイラの体験談より抜粋。

 危うく孤児院の借金を増やしてしまうところである。


(親切な人もいるけど、したたかな人も多い、か……まあ剣とか使ってる時点でなあ)


 力で物事を解決することも多分にあるのだろう。

 俺のような弱小種族は間違いなく虐げられる側だろうから、逃げ足は鍛えておいて損はないということだ。これからもちゃんと走り込みしておこう。

 そのまま向かい側に行ってみると、表に《杖屋》という看板を出している店があった。


「……杖?」


 杖と言えば魔法ファンタジーにおけるお約束だが、今まで見たことはない。

 本にも特に記述はなかったし、この世界には無いものかと思っていたのだが。


(もしかして、魔法の威力を増幅してくれたりとか……?)


 希望が芽生えた気分で、俺は杖屋に足を踏み入れた。

 カウンターで本を読んでいた店員がいたので、ちょっと尋ねてみることにする。


「あの。教えていただきたいことがあるのですが、お時間よろしいですか?」

「ん? うおっ……な、なにかな?」


 最初に話しかけた青年は幸いにも親切で(名はクロイナと言った)、俺は彼に案内され、杖に関する大まかな知識を学ぶことになった。


「杖って言うのは、簡単に言うと、魔力を流すだけで魔法を撃ってくれる道具のことだよ」

「……それはつまり、詠唱も、魔力の制御も必要ないと?」

「そう。勝手に魔力回路を作ってくれるからね」


 杖の素材となるのは、魔力を伝達しやすい木材や鉱石。

 仕組みとしては、杖の内部に特殊な紋様が刻まれており、ここに魔力を流すと紋様に沿って魔力が伝わり、魔力回路を生成、魔法を発動する。

 杖によって再現できる魔法には制限はなく、本一冊分の詠唱が必要な《最上級魔法》ですら杖で再現可能とのことだった。杖のサイズが異なるのは、等級が高い魔法は魔力回路が複雑なため、より多くの紋様を刻まなければならないからだ。なので、基本的にサイズが大きいほど高度な魔法が使うことができ、値段も弾む。

 店の中で一番高いものは金貨十枚、上級魔法《大竜炎渦》の魔力回路が刻まれたミスリル製の杖で、ガラスでできた巨人用の棍棒のようだった。

 逆に一番安いものは銀貨五枚の小枝サイズと、魔道具と比べたらかなりのお手頃感。

 ……そりゃ《詠唱略化》なんて使う人もいないわけである。


「何ですかそれ、むちゃくちゃ便利じゃないですか。デメリットは?」

「ああ、申し訳ない、セールストークみたいになってしまったな。杖に登録できる魔法は一つだけ、使い過ぎると魔力暴発が起こって破損するし、魔力をたくさん注ぎすぎると爆発したりするかな。あと、ちゃんとした素材の杖でも消費魔力は二倍くらいに増える」

「ふむ。魔力に恵まれた金持ちなら、安い杖を大量に買い込んだりしてそうですね」

「してる……の、かな?」


 今後の参考にするためにも、俺は青年の話をよく聞き込んでおく。

 魔力回路については俺も一家言持っているつもりである。《改変術》のオリジナル魔法を杖にしたら売れたりしないもんだろうか。


「今度、杖の作り方とかって教えていただけませんか」

「それは流石に無理かなあ……俺も修行中だし」

「ではせめて、師匠の方とお話しさせてください。ご都合の良いときにでも」

「ず、ずいぶん勉強熱心なんだね。君も杖職人を目指してるのかい?」

「そういうわけではないのですが」


 なにぶん非才が極まってしまっているもので、使えるものは何でも使わないとこの世界では生きていけそうもないのだ。

 しばらく話した後、店員さんに礼を言い、俺は落胆した気分で店を出た。


(無詠唱の魔法とか考えてたけど、完全に杖の下位互換だな)


 個人的な研究として、詠唱を完全省略する《無詠唱》をはじめとするいくつかのアプローチを試みたりしているのだが、当てが外れたかもしれない。

 普通の魔法使いにとっては、消費の軽い魔法を連射でき、近接戦闘にも対応できる杖は非常に使い勝手のいい道具なのだろう。魔力消費が大きいことや使用制限があるなどのデメリットを考慮しても、魔力暴発を気にせず魔法を連発できるのは大きな強みである。

 しかし、よりにもよって魔力消費が倍増と来た。

 魔力の一滴を節約するために《魔法改変術》であらゆる工夫と方策を尽くさねばならない俺にとっては、まさしく悪魔の道具に等しい。

 ちょっとこの世界、お金と魔力のない人に厳しすぎではないだろうか。


(でも、面白い技術だ。色々応用も利きそうだし、また今度来よう)


 手製の杖を作ったとしても、魔力消費が多すぎて俺には使う余地がなさそうだが、この手のものづくりには純粋に興味がある。小学校の頃、彫刻刀でアニメキャラのフィギュアを彫ろうとして左手を血塗れにしてしまったのは良い思い出である。

 それを見た幼い妹が泣くものだから、何故だろうと思っていたら、何針も縫うことになってようやく自分の怪我が酷いことに気付いたのだったか。

 いや、これはあまり思い出したくない記憶だっ——


「……んっ!?」


 追憶に耽っていたところで、俺はぴたりと足を止めていた。

 今、なんか見逃してはならないものが視界を過った気がする。

 左に曲がろうとしていた足をぐりんと曲がれ右、俺は方向転換した。


(たて三本の波線に、輪っかって……え、嘘でしょ?)


 それは、この世界には存在しないはずの文化。

 古き良き和の国の伝統、白米・こたつと並ぶ三種の神器を彷彿とさせる、それはまるで湯を張った風呂から立ち昇る湯気を表しているかのような象形的模様。

 そう、それはまさかの、


「——温泉、だと……?」


 巨大な温泉マークをのれんに垂らした、《宿屋》だった。



こう見えても主人公はちゃんと計算して動いてます。

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