サンタクロースのラブレター
水無月りんです。
季節はクリスマスなのですこしほっこりするお話を投稿します。最後まで読んでくれたら幸いです。
藤波真夏
序章 ある雪の日
それは寒い寒い雪の日のことだった。冬になると銀世界に変貌する街スノータウンは民家の明かりで輝いていた。光が雪に反射してさらに輝きが増す。
ある民家からワイワイと子供たちの声が聞こえてきた。家の中では男の子と女の子の兄妹がクリスマスの飾り付けをしていた。クリスマスソングを口ずさみながらクリスマスツリーはだんだん華やかになっていく。
「できた!」
電飾が輝き出し兄妹は感嘆の声を上げた。兄妹は目を輝かせた。兄妹の母親はキッチンからこんがり焼けた大きな七面鳥を持ってくる。クリスマスパーティーの始まりだ。七面鳥の香ばしい香りが部屋に充満し、兄妹の腹の虫を刺激する。兄妹は椅子に座ってテーブルに並んだご馳走に心を躍らせた。
「いただきます!」
笑顔がはじけてその様子を母親は愛おしそうに見つめる。子供達の笑顔はクリスマスツリーにも負けないほど輝いていた。
パーティーの後、兄は窓の外を見つめていた。妹は暖炉にあたりながら絵本を読んでいる。窓の外は真っ白。外と家の中では寒暖差が激しく、窓にもやがかかる。空には輝く星たち。
「お兄ちゃん。今年もきてくれるかな?」
「サンタさんだろ? きてくれるって! だってクリスマスだもん!」
「お兄ちゃんはなにを頼んだの?」
「考えてなかった・・・」
「もう! お兄ちゃんったら!」
兄妹は笑った。そしてしばらくすると眠気が襲ってくる。クリスマスといえど子供はおやすみの時間だ。妹はパジャマに着替えてベッドに入るとすぐに夢の中に入ってしまった。しかし兄はベッドに入ってもなかなか眠れずずっと部屋の窓から見える空をずっと見つめていた。
「ノエル?」
「あ、母さん」
「眠れないの? 寝ないとサンタさん来てくれないわよ?」
母親は兄のそばへ寄りベッドの中へ入れる。兄の髪を撫でて笑顔で覗き込む。兄は言った。
「ねえ母さん。どうすればサンタさんに会えるの?」
その質問に母親はまた笑って答えた。
「これはあなたのおばあちゃんから聞いた話よ。サンタさんはね、ここからずーっと離れたところにあるサンタビレッジというところにいて、クリスマスが近づいてくるとプレゼントの準備をするんですって。そしてプレゼントをソリに乗せて世界中の子供たちに配るのよ」
「へえ」
「ノエルはサンタさんが好きなの?」
兄は笑った。サンタさんが大好きだ、と。そして小さな口で大きな決意を口にする。
ぼく、大きくなったらサンタクロースになるんだ! 世界一のサンタクロースになるんだ!
その数分後、兄は眠りについた。穏やかな眠りに母親は額にキスを落とす。
幼い兄妹のある雪の日の物語---。
夜中雪はしんしんと降り積もる。その上空をひときわ多くの流星が一列を作って流れていた。
第1章 サンタビレッジ
時は流れて十年後---。
サンタクロースの住む街サンタビレッジにある二人がやってきた。少し積もった雪の上をゆっくりと歩き、大きな扉を叩く。そこから大きなヒゲを生やしたおじいさんが扉を開ける。おじいさんは二人を待っていたよ、と笑顔で向かい入れた。
二人は中へ入る。
暖炉の炎が燃えてとてもあったかい。中にはおもちゃの工房やプレゼントを包む包装紙やリボンが置かれ、世界各国から送られてきた手紙が山積みになっている。
おじいさんは大きな声をかけると赤い服をきた人たちがぞろぞろと集まってくる。老若男女様々だ。若い人もいれば年寄りもいる。
「新入りがきたぞ」
おじいさんに紹介された二人は声を出した。
「ノエルといいます」
「妹のミサです」
スノータウン出身のノエルとミサの兄妹はサンタビレッジの新人サンタとなってサンタビレッジにやってきたのである。ノエルに関して言えば子供の頃の夢を叶えたことになる。
ノエルとミサはそれぞれの部屋に向かった。
サンタビレッジは文字通りサンタクロースが集まる村。クリスマスが近づくと次々とやってきて寝泊りをする。そしてここでプレゼントの梱包などを行いソリに乗って出発するのだ。サンタビレッジに入るとサンタクロース特有の真っ赤な衣装を着る。男性は真っ赤な服に身を包み、ズボンを履き白いワタのついた真っ赤な帽子をかぶる。女性は真っ赤な服だがスカートを履き茶色いブーツ。雪の結晶の刺繍が施された白いワタのついた帽子をかぶる。
ノエルとミサはそれぞれ着替えて互いにお披露目する。
「兄さん、すごく素敵!」
「ミサこそ」
着替えた二人は再びロビーのほうへ戻って来る。そこにいたのは先ほどのおじいさん、ではなくもう少し若い白髪混じりの男性だった。ノエルと同じ赤い服をきているため、サンタクロースであることだけはわかった。
「私はナターレ。君たちのボスに当たる。きになることがあったら気軽に声をかけてくれ、新入り」
「はい!」
ナターレはそう言うと二人専用のおもちゃ工房の席、包装紙などが置かれた場所、各サンタクロースに振り分けられた子供達の手紙が入っている自分専用のポストなどに案内した。案内が終わると二人は早速準備を始める。ノエルとミサは場所が離れているため声を交わすことは困難だった。
ノエルは席に座るとサンタクロースになった、という実感に浸っていた。子供の頃から夢にまでみたサンタクロースだ。しかし目の前には現実がある。山積みになった子供達からの手紙。ノエルは気合を入れて一枚一枚開封して中身をチェックしてメモしていく。
数時間経過したがノエルの手紙の山はなかなかなくならない。今年はかなり多いらしい。タイミングが悪かった。ノエルが伸びをすると目の前にマグカップが差し出される。
「?!」
ノエルが驚いて首を動かすとそこにはミサと同じ服をきたサンタクロースだった。雪のように白い銀色の髪をなびかせた女性。
「お疲れ様。どうぞ」
「あ、どうも」
ノエルはマグカップを受け取りコーヒーを飲んだ。温かいコーヒーが体の中にしみこんでいくのがわかる。疲れが少し飛んだ。
「私、クリス。あなたは?」
「僕はノエル」
「もしかしてナターレさんが言っていた同期ってノエルのことだったのね」
「え?」
ノエルはぽかんと口を開けた。ノエルと同じ時期に入った新人が他にもいたことを知った。自分だけではなかったのだ。しかも年齢も同じだった。クリスの席は隣だった。長い時間手紙と格闘していたノエルを見かねて差し入れをしてくれたのだ。
「お互い頑張りましょうね。今年のクリスマスは忙しいらしいから」
「おう」
クリスはノエルにそう言うと隣の席について仕事を再開した。ノエルはコーヒーをすすりながら仕事を再開する。すると奥の方が騒がしい。
「ミサ、もう終わったのか?!」
「はい!」
驚いている声はナターレだ。ミサを褒めているらしい声だ。新入りのミサは手紙の作業がすでに終わっているというのだ。しかもノエルがクリスにコーヒーを出される前に終わっていたといのだからさらに驚きだ。
「へえ、ノエルの妹ちゃんって優秀ね。普通はあんなに早く終わらないわ」
クリスがぼそぼそと耳打ちする。
「昔から要領だけはいいから」
ノエルはそこまで深くは追求しなかった。ノエルはまるで逃げるように仕事に追われた。ノエルの耳からミサを賞賛する声はだんだんと離れていった。
1日分の仕事が片付きノエルはベッドの中に入っていた。ストーブで温めた部屋でノエルは癖のように窓の外を眺めていた。カレンダーにはクリスマスイブの日に赤いマーカーで丸く囲まれている。この日までに全部の仕事を終わらせなければならない。
ノエルは複雑な思いを抱きつつ眠りについた。
翌日のこと。
朝食後しばらくして仕事を始める。昨日片付けた手紙がまた山積みになっている。ノエルは実感する。やっぱり今年は例年以上に忙しいのだと。ノエルは自分を律して仕事に取り掛かる。今日はプレゼントの梱包を行う。
梱包部屋には色とりどりの包装紙やリボンが置かれている。ノエルはおもちゃのプレゼントを箱に入れそれを包装紙で包んでいく。ノエルは悪戦苦闘しながらもなんとか一個のプレゼントを完成させた。ノエルは時間を忘れて梱包作業に追われた。するとまた聴き難いあの言葉が聞こえて来る。
「ナターレおじさま。梱包作業、手紙仕分け終わりました」
「え?! やっぱりミサは仕事が早いな! 優秀だな」
ナターレがミサを褒める声。ノエルは聞こえないふりをした。しかしだんだんミサの周りには先輩サンタが集まり、優秀な新人サンタを賞賛しあった。そして最後の一撃がノエルを襲う。
「兄貴のノエルよりすごいじゃないか」
ノエルの心の中の何かが弾けた音がした。ノエルは梱包作業を途中のまま梱包部屋から出て行ってしまった。ノエルが出て行った後、ミサが兄さんのほうがすごいと兄を賞賛したが、彼はそれを聞かずに出て行ってしまった。
ノエルがやってきたのはサンタビレッジの裏。積もった雪の中をあてもなく歩き続けるノエル。ノエルはミサに劣等感を今まで抱いたことがなかった。しかし、ここまでの劣等感があるのかというほど歯がゆく思っていた。
するとノエルの背中を硬いものがツンと押した。いきなりでノエルは驚いて前へ動く。
「な、何?!」
振り返るとそこには真っ赤な鼻をして立派な角を持ったトナカイだった。ノエルはなんだトナカイか、と安堵する。サンタクロースのソリを引くトナカイたちはこのトナカイ小屋に暮らしている。外に直結しているため寒いかなと思いきや小屋が寒さを遮断するレンガでできている。トナカイたちは凍えることはないのだ。トナカイがノエルをじっと見つめている。
「なんか用?」
トナカイ小屋から出てきたのはノエルより身長が小さい少年だった。白いコートに赤いベレー帽をかぶり手には軍手をしている。
「えっと・・・」
「僕はナビ。トナカイ飼育係。ここは僕の仕事場だよ。君、サンタ?」
「え?! ま、まあ・・・」
「サンタって聞くとなんか嫌だなあ。だってクリスマスといえばサンタクロースだろ? みんなだけ目立って僕は退屈なんだ」
ナビは大きなあくびをして柵に寄りかかる。すると一頭のトナカイが顔をナビにすりよせてきた。
「こらこら、マイク! そんなに近づいたら角が目に入っちゃうだろ?!」
ナビは笑顔でトナカイとじゃれあう。その様子を一人取り残されたかのようにぽつんとノエルは見ていた。ナビはトナカイのマイクを退けるとノエルのところへやってくる。
「今年は例年以上に忙しいって聞いたのにサボっていいの?」
「いや、なんでもない」
ノエルはその場から逃げるように曖昧な返事をしてナビから離れていった。残されたナビは変な奴と頷いてまた柵に寄りかかった。
また逃げてきたノエルは白い息を吐きながら玄関へ戻ってきていた。しかし中に入りづらい。中ではまたミサが賞賛を受けていた。気まずくてノエルは一歩が踏み出せなくなっていた。
「なんで僕は・・・」
ミサが光を発する中ノエルは一人静かに寒く暗い場所へ取り残されミサへの劣等感に取り憑かれてしまったのだった。
第2章 通告
ノエルとミサがサンタビレッジに入ってしばらく経った。ノエルとミサは仕事に慣れ、毎日プレゼントの準備に追われていた。それでも仕事を行うスピードはミサのほうが早い。ノエルは賞賛を聞くたびに劣等感に押しつぶされそうになるのを必死にこらえていた。次第に子供達に夢と希望と笑顔を届けるサンタクロースにとって一番大切なものを失いそうになった。
毎日仏頂面でノエルから笑顔が奪われてしまったのだ。ミサはそれに気づくことはなく光を浴び続けた。
忙しい準備の中でノエルの様子を見に来たナターレはノエルがずっと気にかかっていた。
「ノエル。どうだい?」
「ナターレさん。はい、なんとか」
ノエルは無理やり顔の筋肉を動かして笑って見せた。どこかぎこちないその笑顔は心が暗闇に堕ちたことを物語っていた。それを見たナターレはそれなりの事情を察する。ノエルの頭に手を乗せてノエルを見て言う。
「ノエル。自分のペースでいいんだ。誰かと比べる必要はないんだぞ? ミサはミサ、ノエルはノエルだ。いいな?」
「・・・はい」
ナターレの励ましも今のノエルにはあまり響かない様子だ。ナターレはこれは重症だとうことを薄々感じた。他人ならまだしも自分の妹となると少し考え方も変わってくる。
ナターレはボスに呼ばれノエルから離れた。ノエルは手紙の仕分けを終わらせプレゼントの梱包に移ろうとした。すると今度はナターレとの会話を聞いていたクリスが声をかけてくる。
「ノエル。大丈夫?」
「クリス?」
「なんか元気なさそうだから。ちょっと心配で・・・」
ノエルは大丈夫、と一点張りだ。クリスはそう? と言って仕事に戻っていった。ノエルが大量のリボンを運んでいる真っ最中、ミサとすれ違った。
「兄さん! ねえ、仕事順調?」
ミサは相変わらず元気だった。しかしミサを見るとどうしても劣等感が生まれてしまう。声を出すことも億劫になっていた。
「なんとかな。ミサも早く仕事に戻れ」
「もう終わったわ! だから兄さんの仕事手伝いたいわ!」
また言葉の刃がノエルの心をえぐった。天才の妹を持つ兄の気持ちは心のなかで何かがもやもやと動いているように思える。ノエルの苛立ちはついに限界を越えようとしていた。
「いいよ」
そう言ってその場をしのごうとするノエルにそんなのお構いなしにミサが手伝いをしたい、と言ってくる。ついにノエルが大声をあげた。
「うるさいな! お前は終わってるんだろ?! 休んでろ! 僕はお前みたいなやつに手伝って欲しいなんて一言も言ってない!」
あまりにも突然のことだった。驚いて黙ってしまったミサを横目にノエルはそのまま歩いて行ってしまう。その後ろ姿は寂しさと悔しさを物語っていた。
ノエルの苦悩を知らないミサはただ一人その場に立ち尽くすだけだった。数秒後その場に膝から崩れ落ちた。手は小刻みに震えていた。ノエルが妹であるミサにあそこまで怒鳴るところを今まで見たことがなかったからだ。
「兄さん・・・」
ミサは悟った。ノエルを本気で怒らせてしまったと---。
その横を小さい少年が通る。ミサのそばで止まると手を差し伸べた。
「ミサ、だいじょうぶ?」
ミサが顔を上げると自分よりもはるかに年齢の低い少年が優しく手を差し伸べていた。
「あなたは?」
「僕はフェリチット。サンタビレッジのサンタだよ。でも僕が早くサンタビレッジに来たから僕のほうが先輩だね」
幼い風貌だがれっきとしたサンタクロース。腰には黄色のポシェットがあり雪だるまのキーホルダーが揺れていた。フェリチットはミサを連れてロビーへやってきた。そこには小さなクリスマスツリーが輝き暖炉の火が燃えている。
「懐かしい。私がまだ子供のころ兄さんと二人でツリーの飾り付けしてた」
ミサの顔が緩んだ。仕事に追われて忘れていた思い出だ。
「フェリチット・・・さん」
「フェリチットでいいよ。ミサ」
「フェリチット。私、兄さんを怒らせちゃったの」
「お兄さん? ノエルのこと?」
ミサは頷いた。フェリチットは黄色のポシェットに手を突っ込みごそごそと動かす。そしてフルーツキャンディーを差し出した。
「ミサ。これ舐めて元気だして。ノエルにだって悩みがあったんだと思う。そんな時にミサが声をかけちゃったから暴発しちゃったんじゃないかな? ちょっと運が悪かったんだよ」
フェリチットからフルーツキャンディーを受け取り口の中へ入れる。甘い果物の味が口の中いっぱいに広がる。ミサは頷いた。
そのころ、包装紙をプレゼントにし終えたノエルは伸びをしていた。壁に貼ってある進行状況把握表には一番自分が遅れていることが載っている。それを見るたびにため息と焦りが生まれる。どんなにやっても仕事の終わりは見えない。
すると後ろから突かれて振り返るとクリスが笑顔でこちらを見ていた。
「なんだ、クリスか」
「仕事、やりすぎじゃない?」
「そんなことないけど。僕、一番遅れてるんだよ?」
「もう、ノエルは真面目だなあ」
クリスがため息をついた時、仕事部屋のベルが鳴り始める。滅多にならない集合のベルだ。クリスとノエルは急いで暖炉のあるロビーへ向かった。
そこには作業中のサンタクロースたちが集まっていた。ミサやフェリチット、トナカイ飼育係のナビまで呼び出される。今までにないことなのでざわざわと騒がしい。ミサはノエルのほうを見るが気まずくすぐ視線をそらしてしまう。
するとノエルたちのボスにあたるナターレがやってくる。
「集まってもらったのは他でもない。今年のクリスマスは今まで以上に忙しいことは重々承知している。サンタビレッジ長からある通告を受けた」
「それはなんですか?」
ミサが言う。ナターレは最初こそ深刻そうな顔になったが一瞬で笑顔に変わる。
「今年のクリスマスイブの配達の日、プレゼントを全て配り終えたサンタに限り、大切な人に贈り物と手紙が運べる、という通告が出された」
それを聞いたサンタたちは大喜びだ。しかし新人サンタのノエルやミサ、クリスはその意味がわからず呆然としていた。
「どういう意味だ?」
ノエルが言うと隣にいたフェリチットが答えてくれた。
「クリスマスイブが近づくとサンタたちは準備に忙しくて大事な家族や恋人に会えず、寂しい思いをしていることが多い。だからプレゼントを全部配り終えたサンタに限り、大切な人と過ごす時間が保証されるってことだよ」
それを聞いたノエルは他のサンタたちの喜びようがようやく理解できた。サンタたちは急いで仕事に戻っていった。プレゼントを完成させ全て配達し、大切な時間を得るために。ミサはすぐにその意味を理解し明日やるはずだった仕事に着手するため、ロビーから出て行った。ロビーに残されたクリスとノエルは立ち尽くしていた。しかしその沈黙をクリスが破った。
「私も頑張れば家族に手紙を渡せるってことか! 頑張らなくちゃ!」
「僕には関係ないことだ」
「ノエル?」
「家族に会えないのは寂しいけど、僕は一番遅れてるんだ。だからその通告、僕にとってみれば無意味だよ」
ノエルは嬉しいはずの通告を素直に喜ぶことができなかった。肩を落としたまま、仕事部屋へ戻っていった。クリスはノエルの寂しげな後ろ姿が忘れられなかった。クリスはふと首に下げたラケットを取り出してカチャッと蓋をあける。そこには小さな写真。幼い少女と男性が笑顔で写っている。
「パパ・・・。どうしよう・・・」
サンタたちの準備をするスピードは確実に早くなっている。通告の影響だ。全員が聖夜に向けて準備を進めながら大切な人を思いプレゼントを包んでいく。
しかしノエルただ一人だけは気持ちが変わらず仕事を淡々と進めていた。劣等感で完全に押しつぶされた心にクリスマスの温かな光は届かない。ノエルにはクリスマスツリーの輝きは灰色に見えていた。
第3章 スノータウンの雪遊び
「プレゼントを全て配り終えたサンタに限り、大切な人に贈り物と手紙を配達できる」
あの通告以来サンタたちは今までの倍以上に働いている。その行動は忙しさのせいで家族や恋人に会えないことを寂しく思ったことの裏返しのように思えた。
ノエルは休憩していた。マグカップに入ったコーヒーを飲んでホッとしていると真横をミサが通った。ミサもそれに気がついたがミサは怒らせてしまったことに後ろめたさを感じて話しかけることができなかった。
ノエルは窓の外を見ていた。時間帯は昼。太陽の光はない。しかし雪はしんしんと降っている。ノエルは衝動に駆られて外へ出た。雪は静かに降り続けた。
「ノエルー」
誰かに呼ばれた。振り返るとナビがトナカイを連れて手を振っていた。ノエルはナビのいる方向へ歩いて行った。
「どうしたんだよ。玄関の前で突っ立って。サンタのくせに風邪ひいたらナターレのおっちゃんに怒られるぞ」
「そういう意味じゃないんだけど・・・」
ノエルの顔には明らかに影が差している。トナカイも同じことを思ったのかノエルの顔を舐め始め、さらには顔をノエルにすりよせてきた。
「ちょっ! くっ! くすぐったいって・・・! 角がっ! 当たるって!」
ノエルが久しぶりに見せた笑顔だった。ナビは驚いていた。
「こいつ今まで人慣れしなかったのになんで・・・。でもこのトナカイはノエルの乗るソリを引いてくれるトナカイだよ。もしかしたらもう通じ合ってたりするのかも」
「へえ」
トナカイはノエルの相棒ともいうべき存在。ノエルはトナカイの背中に乗せてもらい、トナカイ小屋へ戻る。トナカイの背中から見た景色はどこか違くて視線が変わった瞬間だった。
二人がトナカイ小屋へ戻るとそこにはクリスともう一人のサンタがいた。
「ナビ! またサボってたでしょ?」
「サボってなんかないよ。散歩してただけ。あれ? 珍しい、今日はユールもきてるんだ」
クリスの隣にいた若い男性。ノエルよりも年上に見えるユールはノエルたちの先輩にあたる。
「ちょっと休憩に・・・来た」
話すのが遅い。ユールはサンタビレッジ一番のマイペースで何を考えているかもわからない。ノエルにユールがよろしく、と手を差し出すとノエルはそれを握り返した。ユールも仕事がひと段落しトナカイ小屋へやってきたのだという。ノエルの浮かない表情にユールは気がついて声をかける。
「ノエル。雪で遊ばない?」
「は?」
突発的な言葉にノエルはあっけにとられた。目の前にはたくさんの雪。遊ぶには十分すぎる雪がある。
「でも・・・」
「ノエルは真面目すぎるんだよ! ユールの誘い、断るわけにはいかないよ」
ナビの言葉にノエルは少しだけならとしぶしぶ承諾した。ユールとナビは互いに視線を向けて笑った。4人はサンタビレッジの近くにある小高い丘へやってきた。人一人が乗れる丸太に乗りソリ滑りをする。
「うわああ!」
ノエルの声が響く。顔に冷たい風を受けて疾走する。そして最後には雪に突っ込んで雪まみれになって大笑いする。雪合戦ではチームに分かれて対抗戦をした。個性豊かな雪だるまを作って笑いをとった。ノエルはちょっとだけと言っておきながら時間を忘れ雪遊びに熱中した。
全身雪まみれになってコートや長靴は暖炉で乾かした。なぜかナターレには怒られなかった。午後は仕事をせずずっと話をした。
「っとごめん。そろそろトナカイたちに餌あげなきゃ」
ナビは仕事のため小屋へ戻っていった。ユールはノエルに言った。
「ノエル。君は焦りすぎだよ。自分のペースでやるんだ。ノエルはノエル。君の代わりは絶対にいないんだよ」
「ユールさん・・・」
「このところずっと笑ってなかったから、俺もナビもそこにいるクリスだってみーんな心配してた。でも雪遊びしているノエル見てたら次第に本当のノエルに戻ってきた気がする」
ユールはホットミルクを飲んでホッと息を漏らした。ノエルは思った事を口に出した。
「ユールさんは大切な人、いないんですか? あの通告以来みんなハキハキしてるから」
ユールは笑った。すると左手をノエルに見せた。左手の薬指には銀色の輪っかが輝いていた。ノエルはすぐにその意図を理解する。
「ユールさんの奥さん・・・ですか?」
「ん〜、ま、正しくは未来の奥さんって感じかな。レナっていう婚約者がいるんだよ」
ユールは婚約指輪を天井に掲げた。次第にユールは申し訳なさそうな顔をする。
「彼女にはいつも寂しい思いをさせてしまってる。冬になると俺はサンタビレッジにいかなきゃいけない。しかも数ヶ月。レナと離れて生活しなきゃいけない。仕事が忙しくてなかなか会えない。きっと寂しくて泣いてる。そんな気がする・・・」
ユールの思いがノエルにはひしひしと伝わってきた。それはみんな同じであることも。
「ノエルにも大切な人いるでしょ? 家族とか」
「ま、まあ」
「その人に思いを届けるためにも今は頑張って辛抱して達成できたときに手紙に思いっきり書けばいいよ」
ユールはそう言うと先に寝る、と言って戻ってしまった。クリスはロケットの中を見ていた。それが気になってクリスに声をかけた。
「クリス。それは?」
「これ? これは子供の頃の私。隣に写ってるのはパパ」
「お父さん?」
クリスはそう! とロケットの蓋を閉じる。するとクリスは今まで閉ざしていたことを話し始める。
「私、元々サンタビレッジに来る予定なかったの」
「どうして?」
「私のパパはサンタクロースなの。だからこの季節になるとパパは仕事でなかなか家には帰ってこない。私は寂しかった。でもクリスマスにパパが家にきたの。それでプレゼントと手紙をくれて今でも大切にしてる。私はパパが素敵なサンタクロースだってずっと思ってた・・・。でも、パパが急に病気で倒れて・・・、今年のクリスマスにサンタクロースはできないって言われちゃった」
「そうなんだ」
「私はパパの思いを無駄になんかしたくない。だから私はパパの代わりにサンタビレッジに来たの。だから必ずパパに手紙を届けようって思った」
なんか暗い話になっちゃったね、とクリスは笑った。明日から頑張ろうと言い残してクリスも部屋へ戻ってしまった。ノエルはじゃあ僕も、と言って立ち上がった。するとミサが通りかかる。
「あ・・・」
ノエルは声を出してしまった。するとミサがノエルを止めた。私の話を聞いて、と言葉を発し引き止める。
「兄さん・・・。ごめんなさい、私、兄さんにひどいことを・・・」
ノエルは黙ったままだ。ノエルは長い間劣等感に悩まされてきたため、なかなか気持ちの整理がつかない。ノエルは早くその場から離れたくて仕方がない。しかしノエルにもミサを傷つけてしまったという自覚があった。しかし体が言うことを聞いてくれない。振り返ってミサの顔を見ればいいが、潜在意識がミサを完全拒否する。
「兄さん!」
「ごめん、ミサ。あの暴言は謝るよ。でも、まだお前を許すわけにはいかないんだ」
ノエルはそう言うとミサを突き放すように部屋へ戻っていこうとする。ミサの気持ちが悪い方向に出てしまったのだ。
「待って兄さん!」
ミサの静止も聞かずノエルは言ってしまった。
ミサは初めてサンタビレッジにきたことを思い出す。サンタビレッジの門をくぐった時、二人はこんな会話を展開していた。
『ついに来たな』
『うん。よかったね、兄さん。子供の頃からの夢、叶って』
『でも、だからってお前までついてくるのか? お前の夢は別にサンタクロースじゃないだろ?』
『いいのいいの! 兄さんの夢は私の夢だもの! それに兄さんと一緒なら、なんか落ち着くから』
『ったく、どうなっても知らないぞ、ミサ』
『はーい』
『よし、中に入ろう。挨拶しないと怒られるからな』
『うん!』
最初は喧嘩の「け」の字も見当たらない兄妹だった。しかし今では亀裂が入り、険悪な関係へと変貌してしまった。
「ミサ?」
フェリチットがやってきた。
「フェリチット・・・」
「結局仲直りは持ち越しですか・・・」
フェリチットがチョコレートを口に入れて言った。フェリチットはノエルの気持ち、わからなくもないと言った。ミサはどういうこと? と聞くとフェリチットは話した。
「下の子が天才だと上の子は苦労するんだよ。上の子の宿命なのかも。ミサには分かりにくいかもしれないけど」
フェリチットはそう言い残すと仕事へ戻っていった。一人残されたミサは仕事をせず自室へ戻った。ベッドに突っ伏した。そばのスタンドライトが薄暗く部屋を照らしていた。大好きなクッキーを頬張る元気すらなかった。
一方のノエルも仕事が終わって自室へ戻っていた。今日をお疲れ様と自分に言い聞かせる。ふと視線は写真立てに移る。そこに写っていたのはノエルとミサ、そして母親。写真の中では三人仲良く笑っている。
「こんな気持ちのまま、迎えていいのか?」
写真立てを手に取りノエルは天井を向いた。
クリスマスまで刻一刻と迫っている。サンタクロースは子供達にプレゼントだけではなく夢や希望も届ける役割がある。それに支障がでるようならサンタクロースになる資格なんてない。
写真の中の仲良し兄妹に戻れるのか、それはノエルにもミサにもわからない。
「母さん・・・」
この言葉を同時刻同じタイミングで兄妹は口にしたのだった。
第4章 クリスマスイブイブ
準備は着々と進みついにクリスマスイブの前日を迎えた。怒涛の忙しさを乗り越え各自ソリにプレゼントを積んでいく。誰も弱音を吐くものなどいなかった。なぜなら大切な人との時間を得るために頑張っているのだ。
「よし、これで最後」
ノエルはプレゼントを積み終えた。寒いのに汗をかいた。少し厚着しすぎたか、と思う。
「どうだ? 新入りサンタ。作業は終わったか?」
ナターレがやってきた。ノエルははい、と返事をした。新入りサンタのノエルは深く深呼吸をした。それを見たナターレが緊張しているのか? と声をかけた。
「いいえ。緊張なんかしてないです」
「そうか? 俺にはわかるぞ。俺の目をなめるな?」
バレた。
ノエルの強がりは何十年もサンタをやっているナターレには筒抜けだった。ナターレはノエルの肩に手を置いて揉み始めた。少し強めの肩もみにノエルはくすぐったい! と肩をヒクヒクとさせた。
「力をぬけ! 緊張は失敗の引き金になることもあるが、俺はノエルを信じてるぞ? 新人サンタの中でソリの運転はプロ並みだからな! そこに俺は期待してるんだぞ?」
「ナターレさん・・・」
「そうだな・・・。フェリチットを知っているか?」
「フェリチット?」
「ノエルより年下だが立派なサンタだ。先輩にあたるが。フェリチットは入りたての頃に、ソリに鈴をつけるのを忘れて音のならない泥棒みたいだったんだ。あれは笑えた」
泥棒サンタ・・・。うわあ、イメージ悪っ!
ノエルが想像を膨らませているとさらにナターレは話を追加する。
「他にもあるぞ! フェリチットは今ではすごく優秀なサンタクロースだが、新入りの刻はプレゼントのリボンも不格好だったから総出で手伝ったこともあったな・・・」
するとナターレに迫る小さくて黒い影。ナターレの脇腹にくすぐりが投下された。ナターレが抜けた声を出すと後ろからフェリチットが現れる。
「おじさんは余計なこと言わないでよ。僕、一応先輩なんだから」
?を膨らませて上目遣いでこちらをみている。人の失敗談聞かせないでよ、恥ずかしいじゃん! とフェリチットが抗議の声を上げた。それをごめんごめん、と軽くかわすナターレ。言い合いはノエルのつぼを刺激して笑いを起こさせる。
「ぷっ・・・、ふふふっ・・・」
ノエルが口に手を当て必死に笑いをこらえた。その様子をみていたナターレは笑顔がほころんだ。
「やっと笑ったね、ノエル」
「え?」
ノエルはわけがわからずナターレを見た。
「サンタクロースにとって笑顔というものは子供達に夢と希望を与えるものだよ。笑顔を忘れたサンタクロースなんていちゃいけない」
フェリチットの言葉には重みがあった。ノエルは笑顔を忘れていた今までの自分を思い出す。劣等感に押しつぶされたあの時から失っていた何かを思い出したような気がした。
「そんなこと言って、またノエルにプレッシャーを与える気?」
今度はユールがやってきた。別にそんなんじゃないよ! とフェリチットがまた?を膨らます。お兄さんのような眼差しでこちらを見てくる。ユールもプレゼントを積む作業を終わらせていた。
「ナターレさん、奥様にはご連絡しました?」
「あ、まあな。でもビアンカは仕事を大切にしての一点張りだ。俺たちは夫婦二人だからな。寂しいだろうに・・・」
ナターレも妻のことになると寂しそうな顔になる。それもそうだろう。一ヶ月以上も会っていないのだから。サンタビレッジ長からの通達がどんなものだったかを想像させる。
「僕、ソリの最終チェックしてきます!」
ノエルはその場から走ってソリのある場所へ戻っていった。その様子をみたユールはいった。
「緊張・・・してるのかな?」
「さあね」
「大丈夫だ。ノエルを甘く見るんじゃない。あの子はあの子なりにやってくれるはずだ。それよりフェリチット」
「何?」
「お前、幼馴染の子に手紙渡すんじゃなかったか?」
ナターレがそう言った瞬間、フェリチットの顔はほんのりと赤くなる。
「ち、違うよ! おじさんはどうしてそういうこと抉ってくるかな?! もうっ! 僕は仕事に戻るよ!」
フェリチットはずかずかと進み行ってしまった。ナターレは若いねぇー、と笑う。ユールは静かに微笑んだ。ナターレは肘でユールを突く。ユールは「?」と首をかしげた。
ノエルがソリの最終調整をしている時、隣ではクリスがプレゼントを積み終えたところだった。
「ふうっ、これで終わりっと」
クリスはふとノエルが気になった。どうしてもミサとどうなったのか気になる。仲直りをしたのだろうかと考える。ノエルがミサの話をしなくなったことも気になる。
「ねえノエル」
「何?」
「ミサと仲直りしたの?」
クリスからの質問にズキンと棘が刺さる。クリスには罪はないがこれは言われても仕方がない。するとノエルはクリスの帽子を取り頭にかぶせた。
「仲直り・・・できなかった。でも今年のクリスマスは異例の通達がきた。その時に言えれば嬉しいかも・・・。サンタクロースの、しかも血の繋がった兄妹が仲直りしないままクリスマスを過ごすのは良くない話だと思うし」
「わかってるじゃない。ノエルも・・・」
「クリス。ありがとう。僕に親身になってくれるのは・・・クリスだけだよ」
クリスは一呼吸おいて感謝の言葉を言う。それを聞いたクリスは部屋へ戻っていった。残されたノエルは手紙を取り出した。それはプレゼントを全部配り終わったら送る手紙、2枚だ。
「明日は絶対に、全部配り終えるぞ」
そう決意を胸に秘め、ノエルは手紙をプレゼントの横に布袋の中に入れておいた。この布袋を開ける時は手紙を届ける時だ。
「ノエル!」
「ナビ?!」
わーいわーいと声を上げてナビがやってきた。何事か、と驚いてノエルが振り向くとナビはとてもご機嫌だった。
「またサボり?」
「ち、違うって! 今日はクリスマスイブの前夜祭! 今日はみんなでパーティーをする日なんだぞ! 来ていないのはノエルだけだ! ほら早く!」
ナビに強く手を引かれノエルは部屋を飛び出す。多くのサンタが集まるホールには見慣れた顔、そしてテーブルの上にはよだれが出そうなほど豪華なご馳走が置かれていた。それにノエルは言葉が出ないほど驚いた。
「遅いぞ、ノエル」
「ご馳走冷めちゃうよ!」
ナターレとフェリチットが言う。そこには温かい光で溢れていて熱々スープを飲んでいないにも関わらず心は温かくなっていく。
「遅れてすいません!」
「緊張してるのか? ノエル」
「してないよ!」
「まっ、これでサンタビレッジのサンタクロースとトナカイ係が揃ったぜ! おーい、ナターレのおっさん! これで全員集合だぜ!」
ナビの声を聞いてナターレはグラスを差し出す。
「今日はクリスマスイブの前夜だ! 明日から目の回るような忙しさが俺たちを待ってる。全員プレゼントを配りきって俺たちもクリスマスを楽しもうじゃないか! 乾杯っ!」
サンタクロースたちの大宴会が始まった。飲めや歌えの大騒ぎだ。ノエルは苦悩も忘れて楽しんだ。
クリスもミサも同性同士で会話をしながら楽しんだ。ジュースを飲みご馳走を頬張る。
パーティーも終盤に差し掛かり、サンタビレッジ長が登壇する。登壇したその瞬間、大騒ぎしていた皆が黙る。
「全員知っていると思うが明日はついにクリスマスイブじゃ。長丁場になるが頑張ってくれ。全世界の子供達のため、頑張るのじゃ」
ホールにはすぐに大きな声が響き渡った。
パーティー終了後、ノエルはロビーにある暖炉で暖を取っていた。
「兄さん」
ノエルが振り返るとミサが立っていた。ミサはずっと黙ったまま。ノエルはしびれを切らして問いかけた。
「ミサ。どうした?」
するとミサはそっとマグカップを出した。そこからは白い湯気が立っていた。中にはノエルが好きなコーヒー。ノエルはそれを受け取ると口に運んだ。
「うん。おいしい」
「ほ、ほんと?!」
「一言付け加えるならクリスの淹れ方に近いけど、ミサの淹れたやつと全然違うな」
「それ、褒めてるの?」
「自分で考えてみろ」
会話がだんだんと成立してくる。ミサは少し不満げながらも自分もマグカップを口に近づける。温かい液体が喉を伝い、腹の中を温かく満たす。心がだんだんと温かくなっていく。すると今度はミサが切り出す。
「ねえ兄さん。私、すごく兄さんのこと尊敬してるの。子どもの頃から・・・。私、言ったじゃない。兄さんの夢は私の夢だって! 兄さんが苦しんでいるのをずっと知らなくて・・・本当にごめんなさい」
ミサはそう言って頭を下げた。するとノエルはミサの頭に手を乗せた。
「ったく、ミサは・・・。僕はとんだ勘違いをしてたみたいだ。ムキになって悪かったな、ミサ」
ノエルの笑顔にミサはうんっ、と笑った。ノエルとミサの兄妹は暖炉の前で温かい飲み物を飲みながら笑った。その様子は時間が巻き戻り子供の頃の様子を見ているようだった。
その様子を扉の影から見つめる影が一つ二つ。
「よかった・・・。兄妹喧嘩はひとまず決着がついたね」
「うん。やっぱりノエルとミサは仲良くなきゃね。それじゃないと困る」
覗いていたのはフェリチットとナターレだった。二人は会話に花が咲いて二人の存在に気づいていない。
「フェリチット。そろそろ部屋に戻りなさい。寝坊したらどうする?」
「おじさん! 僕のこと馬鹿にするのはやめてくれる?」
フェリチットはその場から帰ろうとした。するとナターレは静かに言った。
「頑張りなさい、フェリチット」
「言われなくてもわかってるよ」
フェリチットはそう言うと部屋へ戻っていった。ナターレは若いってよいものだ、と改めて思ったのだった。
ノエルはその後ベッドで寝た。
しかしノエルはまだ知らなかった。クリスマスの神様はさらにノエルに残酷な運命を課せることになるということを。
第5章 笑顔の消えたクリスマス
そしてついにクリスマスイブを迎えた。全員プレゼントの準備は完全に終了している。あとは出発待ちだ。
「お菓子とかも忘れるな? 長丁場になるんだ」
先輩サンタに従ってノエルたちもソリにお菓子などを積んでいる。ノエルたちはマフラーや手袋を装着し寒さ対策は万全だ。そして端末が配られる。
「これは現在の位置情報を知らせてくれるナビだ。そして配達先もすでにインプットされている。忘れるな?」
ノエルはそれをポケットに入れる。
「兄さん、頑張ろうね」
「ああ」
するとミサはポケットからあるものを取り出す。それは金属でできた懐中時計だった。
「これ・・・」
「お守り。兄さんにはこれ。私はこれ」
ノエルはありがとう、というとそれを首に下げた。
そして時間は過ぎて夜になり、サンタクロースたちはソリに乗り込んだ。外は白銀の雪景色。そしてナビがソリにトナカイをつなぎ準備は完了した。
「さあ! プレゼントを届けよう!」
ナターレ、ユール、フェリチット、クリス、ミサ、ノエルの順番に空へ飛び立つ。ソリに付けられた鈴が響く。地上ではナビが手を振って見送る。トナカイが空を駆ける。
「よしここから離れるぞ! 配り終えたら特別なやつ届けてサンタビレッジに戻るんだぞ!」
ナターレの一言でサンタクロースたちは散り散りになった。サンタクロースたちは各家庭に行きクリスマスプレゼントを配っていく。静かにプレゼントを置き、次の位置をナビで確認してまた空に飛び立つ。
「メリークリスマス! サンタクロースがやってきたよー!」
冬の空をサンタクロースの声が飛び交った。早く配って大事な人の元へ行くことを考えて空を駆け抜ける。
ノエルも順調にプレゼントを配っていく。すやすやと寝行きを立てている子供達に静かにプレゼントを配っていく。
残りが少なくなりプレゼント配りも終盤に迫ってきた。
「よし、残り数個だ。これを配り終わったら、手紙を・・・」
ノエルはそう言いながらソリを運転する。最後の配達先まであと数メートルだ。近くにソリを止めてノエルはソリから降りて歩いて家へ向かう。そしてプレゼントを置いて帰ろうとするとふと足が止まる。ノエルの視線の先には真っ暗な街。
ノエルは吸い込まれるかのように街へ歩いて行った。電気もついていない家がたくさんあってノエルは不気味な雰囲気に身震いがした。ノエルは悪いと思いながら家の中を覗いてみた。
ノエルは絶句した。
そこにはテーブルに顔を埋めて泣いている母親。父親は死んだらしい。貧乏で食べるものもお金もない。暖炉の火は消えかけており、暖炉にかけられた靴下はボロボロ。ベッドには子供達が寝ている。サンタクロースがやってくる夢をみているのか優しそうに寝ている。
この家だけじゃなかった---。
ノエルがやってきたこの街全体が貧乏でクリスマスを楽しむ余裕がない家ばかり。次第にノエルの瞳には大粒の涙が浮かんでいた。
「ここにはプレゼントどころか・・・クリスマスの温かい灯火がない・・・。悲しすぎるよ・・・」
ノエルはなす術なくトボトボと歩き涙を流した。笑顔のないノエルはソリへ戻ってきた。そしてソリを引っ張ってくれたトナカイのスノウの顔を触りおでこに当てる。
「スノウ・・・。僕はどうしたらいいんだ」
サンタクロースは誰にでも平等にプレゼントを配る使命を持っている。それは貧富など関係がない。
しかしプレゼントを配ろうと願うがもうプレゼントはソリにはない。あるのは備蓄のお菓子と飲み物。サンタビレッジに戻ってプレゼントを積み戻ってきたときには、もう夜が明けてしまう。ノエルは頭を抱えた。
ノエルの涙をスノウは舌で舐めた。するとスノウは首を振った。スノウの首には立派なベルが付いている。美しい装飾だ。
「スノウ・・・。いいのか?」
ノエルの言葉がわかるのかスノウは首を縦に振った。ノエルはありがとう、と言ってスノウの首からベルの装飾を取り外す。
「でもこれじゃあ足りないな・・・」
ノエルがそう思ったとき、ふと胸に手を入れた。手に取ったのはミサからもらったお守りの懐中時計。これを使えば相当な金額が手に入る。しかしこれを手放すということはミサを裏切ることになってしまう。
「ミサ・・・、ごめん・・・。馬鹿な兄貴を許せよ」
ノエルは懐中時計の鎖を引きちぎりもう一度街へ降りて行った。悔しさと悲しみを涙に託して質屋へ入っていった。
「これを売りたいんですが・・・」
「これは上等な時計とベルだ。これでいかがだろう」
「充分です。ありがとうございます」
質屋のおじいさんはノエルに大金を渡した。そしてノエルは質屋で契約書にサインをして質屋を出て行った。質屋のおじいさんはノエルの寂しそうな後ろ姿をずっと追っていた。
「もしや・・・サンタクロースかの?」
質屋のおじいさんはノエルのサインした契約書に目を落とす。そこには達筆で書かれたNoelが。おじいさんはノエルが心配で外へ飛び出すもノエルの姿はなかった。
懐中時計は静かに時を刻んでいる。懐中時計にはNoelの字が彫られていた。
ベルと懐中時計を犠牲にして大金を手にいれたノエルはスノウを手綱で引いて街まで降りてきた。そしておもちゃ屋やお菓子屋などで購入した大量のプレゼントをソリに乗せ、街までやってきた。
「よし。着いた・・・。スノウ、ありがとな・・・」
ノエルはプレゼントを持って一軒一軒届けていく。すると配り終えた家から声がする。ノエルは驚いて覗いてみると、ノエルの届けたプレゼントで大喜びする子供の姿だった。
「ねえママ見て! クマさん! サンタさんからのプレゼントだー!」
「見てみて! ケーキだよ! 食べていい?」
「うわああ! おもちゃだ! ありがとう! サンタさん!」
ノエルはホッとしてスノウの元へ戻る。スノウは待ってたよ、と頭を下ろす。
「さあ、スノウ。僕たちもサンタビレッジに帰ろう」
するとスノウはソリの奥に置かれた手紙を鼻でつつく。ノエルはすっかり忘れていた。手紙の存在を。ノエルはそれを持ってスノウに見せる。
「これは後で。まずは一旦サンタビレッジに帰るんだ」
ノエルはソリに乗り込み、再び空へ浮かんだ。空は悲しいくらい華やかでノエルの心は涙で包まれている。チクチクと痛みが増えていく。
「ミサ・・・。ごめんな・・・」
ノエルは呟いた。すると強烈な突風が吹く。これにはノエルも少し目を細くする。あれ? と首をかしげる。
「今日天気荒れるなんて聞いてないぞ? 頑張ってくれ、スノウ。サンタビレッジまで」
スノウもノエルに反応するようにスピードを上げる。
すると今まで以上の突風がスノウとノエルを襲った。ノエルはコントロールが取れずソリは真っ逆さまに落ちていった。
「うわああ?!」
ソリが落ちたのは届けに行った街とサンタビレッジのちょうど中心部だった。降り積もった雪がクッションの役割を果たし、ノエルとスノウは無傷で済んだ。しかし衝撃でソリは破壊し、通信機能を備えたナビも壊れて使い物にならなくなっていた。
「お守り・・・売っちゃったから・・・バチが当たったんだ・・・。そうだよな・・・、本当に僕はいつまでたっても劣等生の・・・まんま・・・」
ノエルは気を失ってしまった。スノウはノエルの顔を舐めたりツノでつついてみるもノエルはピクリとも動かない。スノウは本能的にノエルを囲みノエルが凍え死なないように丸まった。しばらくして雪が降り始めた。今年は雪降るホワイトクリスマス。
一方プレゼントを配り終えたサンタたちがサンタビレッジに続々と帰ってきていた。すでに帰ってきているナターレは人数を確認する。
「よし、フェリチット、ユール、ミサが戻ってきている。あとはクリスとノエルだな」
「遅い。新人はこれだから」
「フェリチット。これ以上は言うな」
フェリチットがそう言うとサンタビレッジの扉が開く。帰ってきたのは雪を頭にかぶったクリスだった。
「お疲れ様でした!」
クリスは笑顔だった。あとはノエルだけか、とナターレが言うとクリスは言った。
「今日吹雪がひどいの。ソリが吹き飛ばされそうになったわ。ノエル大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ、クリス。ノエルのソリ運転はサンタビレッジ一番なんだから」
ユールはそう言った。そうですね、とクリスは言った。ミサは窓の外を眺めてノエルの帰りを待ち続けた。
しかしノエルはいつ待っても戻って来る気配はしない。さらに吹雪はだんだんひどくなってくる。さすがのノエルでも猛吹雪のなかソリを運転することなど難しい。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」
「兄さんならきっと・・・」
ミサはそう言うがそれに追い打ちをかけるようにサンタビレッジに入ってきたのはトナカイ飼育係のナビだった。ナビは大慌てでやってきた。ナターレが理由を聞くとナビは話す。
「トナカイのベルの音が聞こえないんだ!」
「なんだって?!」
ナターレとユールは驚いて動揺を隠せない。しかし新人サンタのミサたちは何の意味なのかわからない。ナビが話す。
「サンタクロースのソリを引くトナカイの首についているベルはただの飾りじゃない。トナカイの位置を表しているんだ。だからどんなに遠くにいてもそのベルの音はサンタビレッジまで届く。トナカイごとにベルの種類は違っていてすぐにわかる。音が鳴らないといことはなにかアクシデントがあったって考えるのが普通だよ・・・」
和やかな雰囲気のサンタビレッジは一瞬にして凍りついた。
「に、兄さん・・・」
ミサが膝から崩れ落ちる。兄を失うかもしれないという恐怖と戦う。ナターレはすぐに指示を出す。
「恐らくノエルは帰る途中に何かあったのだろう。ノエルの行った街はどこだ?!」
フェリチットは奥から大きな地図をだした。そして指をさす。それを見たナターレはサンタたちに言い放つ。
「今からサンタクロースの仕事を一時凍結する! おそらくノエルは街とサンタビレッジとの間で何かあったにちがいない! そこを重点的に捜索しノエルを救い出す! タイムリミットは夜明けだ! 太陽が昇るまでに探し出せ!」
サンタクロースたちは各々ソリに乗り込みノエルを捜索した。明かりで照らしてそれらしきものを探した。ナビはトナカイの背中に乗り地上から探した。
「ノエルー!」
「ノエルー! どこー?! 返事してーっ!」
「兄さーん! 兄さんどこーっ?!」
サンタたちのノエルを呼ぶ声が響く。どれだけ探してもノエルの姿は見つからない。クリスは一度地上に降りる。クリスは森の木々を抜けて雪をかき分けていった。
「ノエル・・・」
地上ではクリスが上空ではミサたちが血眼になって探している。
「兄さん・・・。兄さん・・・」
ノエルを呼ぶミサの声が震えだんだん小さくなっていく。涙が溢れて止まらない。それを見たナターレが並走してきた。
「ミサ。大丈夫だ。ノエルを信じろ。おまえはお兄さんを信じられないのか?」
「信じられないなんてそんなことありません」
クリスが歩いていくと薄ぼんやりと影が見える。気になって近づいてみるとだんだんと形がはっきりしてくる。その正体をクリスはようやく理解して走って近寄ってくる。
「スノウ!」
名前に反応して影が動く。それによりようやく確信した。あの影はノエルのトナカイスノウであることが。スノウがいるということはノエルが必ずいるはずと踏んだ。
「スノウ! 無事でよかった・・・。ノエルはどこ?!」
スノウは首を動かす。するとスノウが守るようにノエルがうずくまっていた。
「ノエル! ノエルしっかりして!」
クリスがノエルの体を揺さぶる。しかしノエルは目を開けてくれない。それどころか死んだように冷たかった。クリスは指笛を吹いた。すると空からトナカイが引くソリが降りてきた。クリスはノエルを支えてソリに乗せた。
「スノウ。元気ある?」
するとスノウはまだ大丈夫と言っているかのようにクリスにすり寄った。クリスはスノウを自分のソリにつなげる。クリスは急いでソリに乗り込んで空へ舞い上がった。
すぐに通信機で呼びかける。
「ノエルを発見しました! 急いでサンタビレッジへ戻ります! ナビ! 早く戻ってノエルの部屋にストーブ焚いてあったかくしといて!」
クリスは急いで! とトナカイを急かしてサンタビレッジまでの空の道を行く。
通信を聞いたミサは安堵してまた泣き出した。するとユールが並走してミサの頭に手を乗せた。
「ノエルは無事だよ。よかったね、ミサ」
ノエルを捜索していたサンタたちも一斉にサンタビレッジへ戻っていった。
第6章 光の消えたサンタビレッジ
ノエルはサンタビレッジへ帰還した。ナビはクリスの指示通りノエルの部屋はストーブで温められ、そこのベッドに寝かされた。長時間雪の中にいたためか体はなかなか温まってくれない。医者が呼ばれ、サンタクロース全員がノエルの部屋に集まっていた。
「どうだ?」
「命には別状はないでしょう。しかし、長時間雪の中にいたせいで完全に体が凍り付いてしまっています。仮死状態です。しばらく目覚めることはないでしょう」
「そんな・・・!」
ミサが声を上げた。血を分けた大事な兄にすがって名前を呼び続ける。
「兄さん! お願い兄さん! 目を開けて! 兄さん!」
ミサの悲痛な叫びはサンタたちの心をえぐり、涙を誘う。ミサはノエルに触れてあることに気づく。
「あれ?」
「どうした、ミサ」
「兄さんにお守りに渡した懐中時計がないんです」
するとノエルの部屋にやってきたナビが手に紙切れを持って走ってきた。
「ノエルのトナカイスノウに引っかかってたんだけど・・・」
ナターレがそれを受け取るとその紙切れが質屋の契約書であったことがわかった。そこには懐中時計とベルが売られて大金を受け取ったことが書かれ、ノエルのサインも書かれている。
「兄さん。なんでこんなことを?」
「わからない。どういうことなんだろう?」
この頃外は朝日が登り始め、新しい朝を迎えようとしていた。長くて寒いそして悲しいクリスマスイブが明けた。本来ならば大切な人たちに手紙を届けるという通達があったが、もうそれどころじゃなかった。
それから交代でノエルの様子をみることになった。サンタビレッジから笑顔が完全に失われた。ノエルは安らかに眠り続けている。
一ヶ月経過しついに年が明けた。
しかしノエルは未だに眠り続けている。各自家に一度戻った。そのためサンタビレッジには妹のミサと家から早くサンタビレッジに戻ってきたクリス、サンタビレッジ長だけになった。ミサは毎日泣き続けた。ミサの時間は停滞したままだ。
するとノエルのソリから発見された遺物の中に布巾着にミサは目が移り、おもむろに手に取る。その中を開けると封筒が二枚。宛名は母親とミサだった。ミサは自分の名前の書かれた封筒を開け、内容を確認する。
そこにはただ一言---。
大好き。
ノエルの言葉で書かれた精一杯のラブレターだった。ミサは手が震え涙が溢れ出す。
「兄さん・・・。なによ、これ・・・。兄さんはずるいわ・・・」
ミサはノエルの目が開くことを信じて待っているがそれは本当に叶うのかと不謹慎ならが疑ってしまう。クリスも心配そうにノエルの部屋を行ったり来たり仕事に集中できない。ナビも仕事をサボりがち。スノウも元気がない。トナカイ小屋からずっとノエルの部屋の方向を見ている。
そんなある日。サンタビレッジに誰かが訪ねてきた。年が明けたこの時期にくるのは珍しい。クリスが玄関へ走る。扉を開けるとそこには白髪混じりのおじいさんだった。そのおじいさんはノエルがベルと懐中電灯を売った質屋の主人だった。
「あのどちら様ですか?」
「ここがあの・・・サンタビレッジじゃろうか?」
「そ、そうですけど?」
クリスが返答に困っていると奥から真っ白いヒゲを蓄えたサンタビレッジ長がやってきた。人々がイメージするサンタクロースという風貌だ。
「何かご用じゃろうか?」
「私は街で質屋を営んでいる者ですじゃ。ノエルという青年はいるかの?」
サンタビレッジ長はそれに反応した。あのクリスマスイブの日ノエルの不可解な行動、消えた懐中時計、不慮の事故、何かがわかるかもしれないと思い話を聞いてみようと考えた。
サンタビレッジ長は質屋のおじいさんをビレッジ内へ入れた。サンタビレッジ長はノエルの部屋へ質屋のおじいさんを入れた。ミサが驚いて目を丸くしている。眠っているノエルの姿に質屋のおじいさんは息を飲む。
「どうしたのじゃ・・・。青年・・・」
「クリスマスイブの夜、サンタビレッジに帰ってくる途中吹雪で体勢を崩して、ソリから落ちて・・・。寒さのせいで仮死状態になってしまって一ヶ月経ってもこのままで・・・」
クリスは言った。おじいさんはあの夜、一体何があったのか話し始めた。
あの夜。店じまいしようとした時その青年が訪ねてきた。サンタクロースの格好をしていたから最初は驚いた。だが青年はベルと懐中電灯を取り出してこれを売りたいと言ってきたのじゃ。最初は驚いたが話を聞くとそのお金で新しいプレゼントを買いたい、というのじゃ。青年が店から出て行ってすぐに心配になってな・・・、外に出たが彼の姿はなかった。
だが彼は灯りのない暗い街からきていたのじゃ。あの街は貧乏な家が多くクリスマスを楽しむ余裕などない場所じゃ。あそこは希望の光を失い、クリスマスどころじゃないのじゃ。貧しい子供たちのために青年は自分の大切なものを犠牲にして、笑顔を取り戻そうとしたんじゃよ。
質屋のおじいさんは箱を取り出した。
「お嬢さん。君は?」
「ミサといいます。ノエルの妹です」
「妹さんか。じゃあこれは妹さんに渡したほうがいいじゃろう」
おじいさんからもらった箱は少し重かった。ゆっくりと箱の蓋を開けると、そこにはスノウのベルとノエルの名前が刻まれた懐中時計。それを見たミサはそれが自分のあげたやつだと確信する。
「兄さんのだ・・・。兄さんの・・・」
ミサはまた泣き出した。ノエルの起こした不思議な行動。それは聖夜を祝えない人たちのためにサンタクロースとしての任務を全うしたことになる。
「君のお兄さんはサンタクロースの鑑じゃ。誇るべきじゃ。君も立派なサンタクロースになるのじゃ。世界中の人たちに愛と希望を与えるのじゃ」
質屋のおじいさんはミサに話しかけた。後ろではクリスも涙を流し、サンタビレッジ長に泣きついていた。
クリスは泣きながら思った。
ノエル・・・。いつまで寝ているの? 起きてよ。ノエル・・・。
おじいさんは箱を置いておくと街へ戻っていった。帰った後、サンタビレッジにユールとフェリチットが戻ってきた。最初に聞くのはやはりノエルの容態。目覚めないことがわかるとまたため息をつく。
ミサを外に連れ出そうとユールとフェリチットが外へ誘う。フェリチットはミサとユールで街を訪れていた。クリスマスが過ぎた街は少し静かだった。ミサたちはノエルが配ったという街へ向かう。いつもは真っ暗、悲しみであふれていた。しかし外で子供たちが走り回っていた。手にはおもちゃ。
「サンタさんからのプレゼント!」
ユールが尋ねると子供たちは笑顔で聞いてくる。
「きっとあのおもちゃ、ノエルが・・・」
フェリチットがつぶやく。
「私たちはサンタクロース。全世界の子供達を笑顔にすることが僕らの使命。忘れてたね。情けないよ」
「うん・・・」
ユールの視線は真剣そのもの。
「君のお兄さんは立派なサンタクロースだよ」
ユールはそう加えた。ミサの胸にはノエルとお揃いの懐中電灯が光る。三人は思いを抱いてサンタビレッジへ帰って行った。それとは入れ違いに質屋のおじいさんが家に戻ってきた。そして店先にあった小包の存在に気づいて箱を開ける。
「どうじゃろ、出来栄えは」
中から出てきたのは銀でできた看板。そこにはサンタクロースの格好でソリに乗るノエルの姿。ノエルが起こしたクリスマスの奇跡は悲しみに沈んだ街を光に引き戻したという功績がある。
質屋のおじいさんはそれを忘れたくないという思いでノエルをかたどった看板を店のショーウィンドウに飾られた。
それを飾ってからというもものの質屋の前を通り過ぎる子供たちは看板に彫られたノエルを指差してサンタさんだ、と口々に言う。おじいさんは子供たちや大人たちにこの街にプレゼントを運んでくれたサンタクロースは「ノエル」という青年だ、ということを伝えた。
しかし街から戻る途中で起こった不慮の事故で現在意識不明であることも伝えた。自分のできることを行い、最後まで全うし、プレゼントを命がけで運んだノエルの行動は人々の感謝と涙を誘った。
それからこの街ではサンタクロースに愛された街ということで「Noel’s city」(ノエルの街)という名前が呼ばれるようになった。
それからまた時間は流れたがノエルはまだ眠りについていた。
クリスはノエルの様子を見守っている。目覚めることはないとわかっていてもまだどこか期待をしている。クリスは一旦ノエルの部屋を出ようとする。すると、ごそごそっとベッドが動く音がした。クリスは驚いて振り返る。
「何? 今の音?」
クリスはまさかと思い、ノエルに近づく。もしかしたらノエルが寝返りを打ったのかもしれない、と思ったからだ。おもむろにノエルの手を握ったクリス。
「早く起きてよ、ノエル」
クリスがそう言うと、今まで一番聞きたかった声が届いた。
「・・・クリス」
クリスはハッとした。あれは一番聞きたかったノエルの声だった。クリスの目に映ったのは目を薄く開いたノエルだった。
「ノエル?! 大丈夫?!」
「・・・ああ、クリス」
クリスは緊張の糸が切れて涙が溢れる。ノエルにすがって声を上げて泣いた。ノエルは一ヶ月以上動かしていない腕をゆっくりと動かしてクリスの頭に手を乗せた。クリスの声を聞いてサンタビレッジ中のサンタクロースがノエルの部屋に集まった。
「ノエルが目を覚ましたぞーっ!」
突然とも言えるハッピーニュースに全員が安堵で涙を流した。一番喜んだのは勿論ミサだった。ミサがノエルに抱きついて泣いているとノエルも心配させてしまったことを嘆いた。
「よかった。とりあえずは安心だな。お前の起こした行動はすでに聞いている。お前はサンタクロースの手本となる存在だ」
「でも、僕はミサとの約束を破って・・・」
「それだが・・・」
ナターレがそう言うとミサが涙を拭って笑顔を作って言った。
「実は兄さんが寝ている間に色々なことが起こったの。懐中時計を質に入れたでしょ? その質屋のおじいさんがサンタビレッジまでわざわざ来て、わからなかったクリスマスイブの夜のことを教えてくれたの。あと兄さんが売った懐中時計とスノウのベルを返却してくれたの。おじいさん、兄さんが心配で返却するんだって」
ノエルはそれを聞くと驚いた表情を見せる。するとクリスがノエルの懐中時計を取り出す。それをノエルが受け取るとそこにはちゃんとノエルの名前が彫られていた。本物だとわかった時、ノエルは凍っていた涙が溶けて流れた。
「ミサ。すまなかった」
「いいの、兄さん。兄さんが無事ならそれでいい!」
フェリチットがノエルに突発的に言う。
「ノエル。ずっと寝てたからお腹空かない?」
「あ。少し・・・」
フェリチットが笑った。すると食事をするホールにつながる廊下から腹の虫を刺戟する匂いが。
「今、ナビたちが夕飯作ってるんだ。ノエルの復帰祝いだよ。どう?」
「行くよ!」
ノエルは自由に動かせない体を動かし、着替えた。足が動かないためユールにおんぶされてホールへ移動する。そこにはあの前夜祭にも負けないご馳走が並んでいた。
「ノエルの全快を祝って乾杯!」
ナターレの声が響いた。少し遅い新年会だ。
サンタビレッジが暖かい光に包まれた。サンタビレッジは夜中まで明かりは灯り続け、ノエルは空白の時間を埋めるように楽しんだ。
最終章 サンタクロースのラブレター
『拝啓 ミサ
僕と一緒に暮らしていた大事な妹のミサ。仲の良い兄妹だったのにいつかこじれて言葉数も少なくなった。劣等感を抱いては自己嫌悪の繰り返しだった。兄妹の夢が叶う、そう思っていたのにこんなことになって。
ミサをはじめクリス、ユールさん、ナターレさん、ナビ、フェリチット、多くの人を心配させてしまった。僕はきっとサンタクロース失格だったと思う。でも誰もが僕の復活を待ってくれた。それは涙が出るほど嬉しかった。僕は空白の時間を埋めなおしているか? みんなと楽しく過ごせているだろうか?
ミサ、新人サンタはもう終わりだ。今年から僕は新人サンタじゃなくなる。今年も全世界の子供達にプレゼントを届けるために協力していこうと思う。
ミサ、これを書くのは恥ずかしいが気持ちを書かせてもらう。
大好き。
これからもよろしくな。 ノエル』
サンタクロースのラブレター。
それはサンタたちが秘めた思いを大切な人に託した手紙。
ノエルの起こした前代未聞の事故が伝えた大切な物語。サンタビレッジのサンタクロースのラブレターは不思議な結末を迎えた。
そしてノエル二年目のクリスマスを迎えた。また例年並みに忙しい。ノエルは目覚めてからさらに検査に検査を重ね、完全復活を遂げた。それからはミサと喧嘩もせず準備を進めている。
ノエルはいつも心のなかでこう思っている。
「クリスマスはすべての人に! 僕の願いはすべての人に愛と希望が満ちること!」
ノエルサンタのクリスマスは始まったばかりだ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
藤波真夏