第8話 殺されねぇ!
守部の戸惑いを余所に、冨田はつらつらと海珠に関することを語り出した
ここ海珠が、改めて地球ではないこと
今自分達がいるのは『円和』という海珠の東の一国であること
円和も他国も奴隷制を敷いており、円和では主として日本人を奴隷召喚によって呼び出し強制労働をさせていること
今は日本人と、日本人と円和人とのハーフによっで人口の大半が占められ、一部の海珠人によって支配されていること
また、一部の日本人をまとめ役として、その他大勢の日本人奴隷(円和では召喚奴隷と呼称されている)を管理させていること
言葉も、もともと日本語と似通っていた円和語があったが、今となっては日本語の方が主流になっていること
ほとんどの召喚奴隷は、男なら炭鉱や開拓奴隷、或いは農奴や剣奴として、女なら性奴隷か召使いとなっていること
科学は余り進歩しておらず中世程度だが、日本人の流入により、食文化や建築の工法など広い分野で変化が起きている
ただし、日本人はあくまで奴隷であり、民間で成功しているものはいない
というのも、地力を中心とした文化であるため、基礎地力の低い日本人は所詮は召喚奴隷でしかない、という考えが根強いこと
日本に帰る方法は、今のところ発見されていないこと…
他、幾つかの国家や地域の名称、国ごとの政治・特性、日本人でありながら士族に反乱している組織・個人、食物から武器の調達手段など、ありとあらゆる知識を矢継ぎ早に、冨田は話していった
冨田自身、この短い時間で全てを理解させられるとは思っていない
けれど、これらの知識は、何百という日本人が訳も分からず放り込まれた世界で、少しずつ少しずつ集め理解し研鑽してきた想いの結晶であり、1つ1つが日本人の絶え間ない努力の積み重ねだった
いつか、自分達の想いを遂げてくれる誰かに託したい
後世の日本人を少しでも良くしたい
不遇の中で辛酸を舐めてきた自分達に、せめて意味があったと思わせて欲しい
そんな…日本人達の願いと心を、冨田は守部に託そうとしていた
そして、守部もやはり把握しきれないものの、自分が生きるための手段と知識を教えてくれる、冨田の寂しいとも悲しいとも言えない語り口を察して、できる限り頭に入れようと心掛け、途中からはハッと気づいたかのようにポケットに入れていたスマホを取り出して、その中に内容を打ち込んでいた
そんなスマホを打つ姿を見て、冨田は興味半分苛立ち半分で訝しみながらも、けれど、それが携帯であり、メモを取っていることが分かると、これが次世代の携帯か…などと逆に感心した風であった
そんなやり取りがありながらも、続いて、冨田は次の教示に移す
「地力術。これをお前は必ず会得しろ」
そう言って、冨田は槍を持っていない左手に光球を作り出し、すぐに掻き消す
それは、佐々木が使っていた光と同じものであり、地力の使い方の基礎とのことだった
「地力術、言葉通りに地力をエネルギーとした技の総称だ。そして、あの濁った球体のことでもある」
地力術
それは、極めて万能なエネルギーである
人体強化
物体強化
エネルギー弾放出
他エネルギーへの変質
一時的な物質創造
サイコキネシスなど地球で言う超能力への転用
他、各個人の特性を踏まえれば、区別分類も難しいほどの多種多様さがある技術だった
この地力術を、全ての海珠人が、冨田のように後天的に備えた日本人を遥かに凌駕しているレベルで会得している
下手をすれば、街中の子供にすら瞬殺される程の差が存在しているという
「だが、お前には既に尋常でない地力が宿っている。確固としたことは分からんが、恐らくは召喚直後に全身へのダメージを負ったことが理由の一つだろう」
「あの時に…」と召喚時に冨田に殴られたことを思い返す
まだ2時間と経っていない間に、守部は自分の体がそんな薄気味悪い状態になってしまったことを不安を抱く
「だが、今はコントロールできていない。だから、ああやってお前の考えとは別の意思が働いて暴走状態にある、のだと思う。詳しいことは分からん」
未だじっとして動かない巨大な球体
あれが、今どのような状態になっているのか冨田には見当もつかない
地力術だとは思うが、もしかしたら噂に聞く冥界術か天星術なのかもしれない、などとも冨田は考えていた
いずれにせよ、間違いなく自身の地力を食おうとしていることは、狙われている獲物のように直感的に理解できる
そして、この直感通りなのか違うのかに関わらず、自分にはもうさほどの時間は残されてはいないだろうことも、嫌になるくらい分かっていた
「いいか、コントロールするには、基本はイメージだ。体の内と外との境界を明確にし、内からは放出。同時に外からも引力が働いていると思え」
簡単そうに冨田は語るも、いざ実行するには難しい
どんなこともそうであるように、守部は当然言われた通りにはできずに、ただ、無意味に手を開いたり閉じたりを繰り返していた
「死ぬ気で会得しろ。そうでなければ、お前は必ず誰かをまた巻き込む。今後知り合うだろう全ての人間をだ」
今日知り合った誰かをその日に殺し、明日出会うかもしれなかった誰かを巻き添えにする
そう断じて、冨田は話を終えた
これで、自分に伝えられることは最後の一つを残し全てとなる
「さぁ、なら、そろそろ仕舞いとするか」
冨田は、やり終えたとばかり、そのまますぐに槍を守部に向かって構えてくる
今はもう怒気も悲愴も無いような達観した面構えをしており、今の今まで教示を受けていた守部には、彼の想いを全く理解出来ていなかった
「ま、待ってくれ…いや、待ってください!なんで、ここまで教えてくれたのに、どうして殺し殺されないといけないんですか!」
口調を正し、気持ち丁寧に話す守部
感情も佐々木を殺してしまった後より冷静になっており、だからこそ殺し合う必要はないのではないか、と思えた
いや、冨田に情を抱いていた
もう、殺し合いを繰り返したくなかった
「お願いですからやめて下さい!同じ日本人で殺し合うなんて、やっぱり絶対おかしいです!」
守部の言葉にも感情にも、冨田は答えず、その理由も話さない
佐々木が死んだところで自分がもう詰んでいるなど、と言ったところで、実はクソ主が自分に潜ませてある爆弾を解除する方法などない
それに、幸か不幸か自身が受け継いできた先達からの伝聞も、概ね伝えることができた
佐々木を殺してしまったことも、時間を掛けて理解していってくれたらいいし、ブチ切れはしたが、その事を謝られる道理は、自分達が日本人を召喚しているのだから、本当のところないのだ
であれば、これ以上望むのは贅沢というもの…
(あ、でも一つあったじゃねぇか。大事なことが…)
冨田に、最後の気掛かりを思い出し、守部に告げる
「佐々木にはな、嫁さんと子供がいる。名前は美里と優世。もしも、探して助けてやってくれたら嬉しい。佐々木にとっても、俺にとっても、2人は大事な家族なんだ」
そう言い残し、冨田は溜めに溜め込んだ地力を解放する
守部は、その気迫なのか波動なのか区別できない迫力に思わず後ずさってしまう
その力はとても雄々しく、冨田の全身を力強く覆っていて、これから死のうとする人間の発するものとは、とても思えない全身全霊のプレッシャーがあった
「それと、もう一つ正してやる」
冨田はニヤリとしながら、やや後方に下がる
それは、間違いなく助走のための距離
「俺はな…」
「ここで!お前に殺されるつもりはないっ!!」
ぞわりと守部の背筋が凍り付く
それは、紛れもない殺気
ここに来て、冨田の殺意は最大の感情を放っていた
「穿て!八槍絶影!」
ダンッと、思い切りよく地面を蹴る
技の名前だろう掛け声は、一直線に向かってくる冨田の巨大な地力を更に増大させ、圧倒的な威力を剥き出しにさせていた
「⁉︎」
対して、守部は冨田の殺意に防御を試みるものの、やはり地力は使えず、ただ腕だけで防ぐのみ
「ぬるい!」
そんなものガードでも何でもないと、冨田は構わず槍を撃ち放つ
(は、8本⁉︎)
その刹那、守部は心の底の更に内側で驚愕する何故なら、間違いなく1本だったはずの槍が、今その時は、どう見ても8本あるようにしか見えなかった
ーーーそれは、事実である
この、同時に放たれるこの8撃こそ、冨田執念の結晶
頭、両腕、喉、心臓、腹、両足を穿つ八岐大蛇にして、地力による一点強化、それを実体のある8本に分身させた超速魔槍
師に付けられた、その名を『八槍絶影』
それは、かつて冨田が師事した、日本人として始めて士族を討ち果たした天才から、ついには一本とったこともある必殺中の必殺だった
直後
守部の視界は暗転する
確かに感じたのは、全身のあちこちが貫かれたという実感
恐らくは頭も吹き飛ばされ、喉と両腕両足は分断され、腹と心臓には風穴が空いている
まさかここにきて、守部もあの奴隷召喚の場にあった殺人機をみたく、体を穴だらけにされるとは思っていなかった
この身は死に体
だったら、ちゃんと死ぬべきだと、そう願ってしまう
そんな消えているはずの意識の合間で冨田の声が響く
ーー受け取れ、日本人の心を…
「はぁ…はぁ…」
息を切らしながら槍を杖代わりにする冨田
八槍絶影は、地力を瞬間解放する大技のため、使った直後は、かなりの疲労感を伴う
そのため、ここ1番にしか使えないため使用回数は、今までの合計が10回に満たなかった
「やっぱ、無理か…」
視線の先には、五体がバラバラになっている人間の体
だが、そこに人間らしさはなく、出血もなければ内蔵が飛び出していもしない、どちらかと言えばただの人形に近い、まさに人外としか思えない化物の死体もどきでしかなかった
そして、あたかも当然のように息絶えてはおらず、千切れたはずの五体は、傷口をうねうねと動かし、今か今かと再生を待ち望んでいるところがおぞましい
「化物め…」
思わず口を突いて出てしまう本音
だが、あの人外を前にすれば誰も否定できはしまい
こんな化物に、成り行きと未来の無さからとはいえ、自分達の後を託して良かったのかという疑念は晴れない
が、こればかりは仕方ないといったところだろう
人生自ら選べる未来だけ、というわけにはいかないのだ
「だが、もしかしたら、って夢を見られるくらいではあるしな…」
だからこそ、八槍絶影を見せた
せめてもの手向けに、いつか使いこなしてくれ、とばかりに心を込めて
しかし、仮にこれを打ち倒すとしたら、一体どのような方法があるだろうと、ついでに考えを巡らしてみる
(地力結晶を使っての減退からの封印、マグマへ突落しての無限に続く人体損傷、精神を破壊しての行動不能…)
幾らかの有効な案は浮かぶが、何故かどうにも決定打にはならない気がする
攻撃を仕掛けてみて、大した根拠も無いままに、冨田にはそう思えてしまった
これは、それほどの化物だ
「まぁ、後、頼むわ…」
続いて、冨田は球体を流し見る
そこには、もう既に球体から幾本の触手を手を開くように広げている姿
「…気の早ぇこった」
そう言い終わるより早いか遅いか、冨田は濁流に飲まれ、再び球体へと形を戻したその中で、すぐさま体を消化されていく
そう時間は掛からず、恐らくはもう数秒で、冨田は人を辞めることになるだろう
(ろくな死に方をしないと思ってはいたが、まさか人の形をした化物に捕食されるとはな…)
そうして、この世界を消え去る途中、冨田はついつい最期の後悔を、言葉にもできないまま口にする
ーービール、残り掛けでもいいから、飲んどきゃ良かったぜ
そこで、冨田の意識は途絶えた
直後、佐々木と冨田を飲み込んだ球体は、あるべき所へと戻るように、側で千切れている守部の体へと、触手を伸ばすように覆い被さってみせる
それだけで、守部の解体された体は繋がり、元通りの姿形へと癒したのだった
次回、主人公視点に戻ります。