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化物でも勇者でもない!俺は、日本人だ!  作者: 平 一蹴
第1章 日本でも地球でもない
7/10

第7話 許さねぇ!





佐々木が溶ける数分前、冨田は焦っていた


どろどろでぶにゅぶにゅとした触手を避けるのに手一杯で、まともに佐々木のところまで近づくことも出来ないためだ


この触手ときたら、執拗に冨田を追い掛け回す傾向がある


まだ、この辺りの森は埋蔵している地力結晶が豊富なおかげで、地面が淡く緑に光って視野の確保には困らないが、この猛攻は厄介の一言に尽きた


しかも、すぐ側の木陰に隠れている少女らや、ついでにもう死んだらしい羽なしグリフォンことラルコには見向きもせずに、大半がこちらに攻撃してくるのだから鬱陶しい


ただ、様子を伺うと、箸休め程度に動物や気や草にも食指を伸ばしており、四方八方に飛び散った触手は、周辺の生き物をのべつまくなしに食い尽くそうとしているのが見て取れた



(こりゃ〜、地力目当てか!)



大した根拠もない類推ではあるが、もしそうなら更に厳しいと冨田は考える


どうやら強い地力の持ち主に集中したがる触手共は、特に冨田や佐々木を狙い撃ちしているに相違ない


かつ、安易に地力術を使おうものなら、今以上の集中砲火を浴び兼ねないだろう


幸い各個の動きは単調で、一般兵士程度の身のこなしがあれば避けるだけなら問題なく、全部まとめて相手にしなければどうとでもなる


…だが、それも捕まっていない場合の話であり、最初から触手の中心地にいた佐々木に関しては、もう体のほとんどを飲み込まれて身動きすらとれない状態になっていた



「あんの馬鹿が!」



感情に任せた突撃なんぞするからこうなる、と冨田は嘆息する


一方で、触手の中心にいるもう一人は、粘液に覆われておらず、むしろ触手を吐き出している側のようにしか見えなかった


つまり、この触手の術者は海珠に来たばかりの青年、守部要翔いうことになる


まず、奴隷召喚の前から、ただの日本人がこんな異様な何かを備えているのは考えにくければ、そんな素振りも抵抗も冨田は見ていない


かつ、地力のみを追っていることから、やはりこの触手も地力そのものか、或いは地力に類する何かである可能性が高いだろう


だが、地力を身につけ、増やし、更に鍛えるには、海珠のどこかで幾度と傷を負い、かつ相応の修練が必要となるのが道理



(まぁ、この爆散っぷりからしてコントロールはできてねぇとして、だが、地力の絶対量がやっぱり初心者にしちゃ異常すぎるよな)



今まで召喚された他の日本人にも、ほぼ同じタイミングに現れた少女らの中にも、守部のような異常な地力を持ち得た者はいない


もしそうなら、何かの注意やルールがあるはずだし、或いは、各地に点在する反士族組織がそんな戦力になる話を放っては置かないはずだ


だが、そんな情報はなく、であるなら、何か全く違う要素が守部にはある、ということになる


それは何か?


…考えるまでもない



(奴隷召喚時に瀕死になると、こんな化物になる…?)



冨田の知る限りにおいて、奴隷召喚時に瀕死になった者はいない


今まで召喚された日本人は、何もせず奴隷となった者と、稀に反抗するもその場で大した傷もなく取り押さえられた者、そして、間引きのため、穴だらけにして確実に殺した者の3通り


仮に傷ついた者、という条件付けしたとしても奴隷搬送中に、運悪く森の中でモンスターに襲われて、けれど運良く生き残ったやつくらいのもので、勿論それだけでは大した力は得られてはいなかった


では、何故今回の守部に関しては、他とは違う過程を辿ったのかと言えば、先に佐々木が類推した通り、冨田の過去において召喚された当初の守部の行動が冨田自身と似通っていたこと(冨田の際も結局即時捕縛されてしまったが…)と、そして、早い段階で瀕死になっておくことが、奴隷からの脱却のための早道になることを冨田は理解しており、自分達の知恵が後進の助力になれば自分達も報われる、という2点を起因とした余計なお節介程度の意図だった



(それがまさか、ここまでの異常事態になっちまうなんて!)



勝手に突撃した佐々木のことは言えない話だが、実際のところ、この程度の条件付けだけでこんな化物じみた力を得られるだろうか?という疑問は解消しにくい


何故なら、この世界に奴隷召喚のための力場は100や200は下らないほど存在する


それだけあれば、今回の偶然程度の出来事は十分にあり得ておかしくはないはずだ…



(とすれば、まだ更に別の条件付があああああああっと⁉︎⁉︎)



冨田の体すれすれを触手が通過していく


その動作が、冨田的にはかつて見たSF映画のようで、地力による身体強化があれば、案外できるものだと、ちょっとだけ感慨にふけりたくなる感動があった



(じゃなく!物を考えながらじゃ、流石に避け切れんか)



ついつい思考が横道にずれてしまうのを反省しつつ、改めて、考えを佐々木を助ける方法に絞り込む


異常なまでの力を得ることに興味は尽きないが、今時点の優先順位は、もう10年近い付き合いとなる佐々木に軍配があがる



(あいつにゃ嫁さんも子供もいるしな…)



どうしても地球への帰還を捨て切れなかった冨田と違い、佐々木はこの世界で形ばかりではあるが結婚し、この世界で生きる覚悟をしている


相手は同じく召喚奴隷とされた日本人で、召喚された当初からの知り合いだったらしい


二人は、その後奴隷同士でありながらも、互いを支え合いながら暮らしてきて、子供と3人で今を生きている



(そんなやつを、このまま死なせるわけにゃいかんだろう!)



使うのに躊躇があったが、他に手がない以上、地力を使うしかないと冨田は判断する


佐々木と守部を見る感じ、もう限界らしく何やら言い争っている


一刻の猶予もないと、冨田は槍に地力を溜め、渾身の貫通撃を放とうと身を低く構えた



が…



僅かに遅かった


丁度その時に、佐々木は地力を破裂させたのだ


佐々木らに絡みついていた触手は弾け飛び、爆風がかすかに冨田を仰け反らせる


思わず腕でガードしつつも、佐々木の自爆めいた手段に呆れてしまった



(あんの超馬鹿!また無茶しやがって!)



確かに手っ取り早いとは思う


ただ、後のことを何にも考えない早計な手段でもあるだろう


昔から佐々木は、合理的に物事を考えすぎ、常々短慮な行動に移すことがあった



(いい奴なんだが、ほんっとに馬鹿過ぎる)



とは言いつつ、ついつい口が緩んでしまう冨田


佐々木は馬鹿だが、しかしその無鉄砲に幾度か救われたこともある


突撃したがりな寡黙な佐々木と、後始末担当の厳つい冨田


二人はお互いを支え合った相棒であった


しかし…



「んなっ⁉︎」



触手発生から一度も口を開いていなかった冨田が、驚きの声を発してしまう


何故なら自爆によって弾け飛んだ触手が、否、放出され続けていた全ての触手が、佐々木へと向かって集まり出していた


その尋常じゃない物量は、瞬く間に佐々木の体を包み込んでいく



「や!やめろーーー!離れろーーーーーーっ!!」



佐々木も、必死に集まってくる濁流を払いのけようとするが、この物量差だ


どんなに体を動かそうと意味はなく、敢え無く佐々木の全身が巨大な球体に包まれてしまった



「う゛がああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎」



絶叫が、球体の中からさえ届く



(こいつは…もう…)



冨田は歯を食いしばったまま、相棒の身体が球体の中で消えていくのを、唖然としながらもその場で見届けていた


最初に、炭鉱で出会った日


奴隷ながらも、2人密かに地力の修練を続けていた日々


何とか力が認められ、士族の奴隷兵士となって、佐々木の嫁さんと3人で小さな祝杯をあげた時間


それ以外にも多くの、数え切れないほどたくさんの思い出を頭に浮かべながらも、冨田は声も出さずに相棒の行方に目を凝らしていた


本当は、佐々木の名前を呼んで助けにいってやりたい


すぐにでも走り出したい


駆け寄って手を差し伸べたい…だが!


冨田には、まだこの後がある


仮にも、兵士として10年近い時間を過ごしてきたのだ


例え、相棒相手であろうと、命の天秤は揺るがない正しさを示さなくてはならない


今まで幾度も同朋が、知り合いが、多くの日本人が死んでいくのを目にしてきた


そして、出来る限り彼らの想いを少しずつ受け継いで来ている


看取ってきた命の数だけ、より多くの責任は果たさなくてはならない


自分自信もまた、誰かにまた自分達日本人の心と想いを譲り渡さないことには死ぬことは許されないのだ


冨田はずっと…ずっと手に血を滲ませながら槍へと地力を送り込む


今この時点において、儚くも冨田に許される術はそれだけであった



「佐々木ぃ…お前を1人にはせんからな…」



静かに佐々木の姿が消えるのを見送ると、冨田は守部を正面に捉える


その身には殺意が溢れ、槍へと溜められた地力は、巨大種のモンスターであっても穿つことができるほどになっていた


対して、この事象を引き起こした張本人である守部は、佐々木の溶けた球体を愕然と眺めたままだ


未だ海珠に来てからの出来事にも、今目の前で起こっていることも、佐々木を殺したことからさえ目を背けている



「おい、小僧」



冨田の声は冷静だった


冷静であるよう努めていた


本当はすぐに目の前のガキに槍を突き立ててやりたい気持ちに溢れているが、それではあまりに意味がない


意味がないまま殺される



「なぁヒゲ!助けてくれよ!ネコゼのおっさんが!あの人が!」


(ヒゲ?ネコゼ?)



冨田は少し逡巡し、それが自分らの守部なりの呼称であることを理解する


しかし、思った通り自分の目の前が見えていないその発言に冨田は苛立ちを募らせるが、強引に理性で押し留めて言葉を続けた



「小僧」


「違う!違うんだって!俺は助けるつもりで、ネコゼのおっさんが言った通りにしたらこうなったんだって」


「小僧、聞け」


「ネコゼのおっさんは、これしか方法はないって、実際上手くいってて、だからこんなの予想も付かなくて」


「小僧っ!」


「なぁ、なぁ!助けないと!早く助けないと!じゃないとネコゼのおっさんが死んじまう!」



「お前が殺したんだろうがぁぁぁっ!!」



「ひぃっ!」



冨田は、怒気で頭がおかしくなりそうになる


目の前の青年は、どうしようもなくガキで現実を直視できていない


指摘すれば怯えて黙る


自分は悪くないと思い込む


悪くなければ責められるはずはないなんて反吐が出る



「いい加減にしろやガキ」



冨田は強引に守部の頭を掴み、佐々木を溶かした球体に目を向けさせる


当然目を閉じさせたりしない


地力でまぶたを固定させ、無理やりでも視界に捉えさせる



「佐々木は死んだ。お前が殺した」


「ち、ちが!「違うなんぞ言ったらぶち殺すぞ‼︎」ひっ!」


「よく見ろ。佐々木はもう溶けて消えた。形見になりそうなもんまで全部何もかも綺麗さっぱりにだ。お前が、殺したんだ」


「で、でも俺にはそんな気なん「関係ないわボケ‼︎」っ⁉︎」


「お前に佐々木を殺す気があったかなんぞ関係ない。お前が原因で佐々木は死んだ。もちろん佐々木もお前を殺そうとしたんだから、おあいこはおあいこだ」


「だったら正当防「正当防衛だ⁉︎笑わせんな!」いぃ⁉︎」


「ここは日本じゃなければ地球ですらない。正当防衛なんてマシなもんはありゃしない。今ある事実は、お前が佐々木を殺した。そして、多分俺も殺される。それだけだ」


「え…⁉︎」



守部の驚きと戸惑いに冨田は答えない


言ったところで、何も海珠という世界を知らない人間が分かるはずもない



「あの球体、なんでまだそこにいると思う?」


「え?あ、そ、それは、そういう生き物、だから?」


「違う。あれはそもそも生き物じゃない。地力の塊だ。お前から噴き出た地力だ。だから恐らく、あれはお前の体の中に戻るのが自然。なのにまだ外にいる。どうしてだ?」


「わ、わかんねぇよ!地力なんてもののことなんて全くわかんねぇよ!」


「なら教えてやる。あれはな、俺の地力を食う為にそこにいる。佐々木と同じように俺を食いたくて食いたくて仕方ねぇんだ」


「そ、そんなの本当かどうかも分からないだろうが!」


「…そうだな。そうあってくれりゃ助かる…が」


「ひっ!」



守部は頭を解放されるも、すぐに悲鳴を上げる


何故なら、そこには槍の切っ先


冨田は、とても自然に手に持つ槍を守部に向けていた



「悪いが、俺はお前を許せん!」



ようやく殺意を前面に出せるとばかりに、冨田は目を見開き、肌に血管を浮き出させる


瞬間、冨田には球体の表面もざわついた様に見えた



「てめぇは佐々木を殺した!俺の相棒を殺した!それをてめぇ自分じゃない自分は悪くない正当防衛ふざけてんじゃねぇ許せるわけねぇだろうがぁぁっ!」



守部はビクつき、歯をカチカチ鳴らし出す


つい今しがた佐々木にも殺意を向けられたが、冨田のそれには激しい憎悪が感じられて身動きがとれなくなっていた



「人間の感情甘くみんな!どうしようもない理不尽だろうが受け入れてたまるもんかよぉぉ!」



佐々木はいい奴だった


相棒だった


あいつがいなきゃ、俺はとっくに死んでいた


クソみたいな世界に連れてこられて、そんな中で出来た人生初めての親友だった


結婚して幸せそうなあいつが妬ましくて、だけど幸せそうなあいつの顔は俺を幸せにした


今を守りたかった


守り抜いて、幸せなまま日本に帰りたかった


例え、喜んで受けた仕事が、こんな日本人奴隷の連行で、しかもクソ主の仕向けた同民族殺しのクソ道楽であっても、誰かを犠牲にしてでも自分らの幸せを維持したかった


もう過去形でしか表現できないことがたくさんあるんだ


懺悔したいし許されたい


何度も全部終わらせたいと願った


何度も自殺しようとした


でも、結局死にきれなかった


俺たちは生きることを選んだ


佐々木と嫁さんと子供と俺の4人のため…


たった4人の幸せを掴もうとしたかっただけだ!



「それを、てめぇがよぉぉぉ!」



冨田は、心中ぐちゃぐちゃになりながら雄叫びを上げる


悲愴に満ちた言葉にならない言葉が轟いている


何故なら、冨田はもう自分の命を諦めていた



これは、一つの考察でしかない



もしここで、守部を殺さずにいけば、この場は助かるかもしれない


地力を込めた槍を見当違いな方向に投げ放てば、あの球体は槍を追ってから、恐らく守部の体に戻るだろう


五体満足、冨田はこの場を生き伸びるはずだ


だが、それだけなのだ


それだけで、やっぱり冨田は死ぬことになる


その後で、冨田自身は主に殺される


何故なら冨田曰くのクソ主の目的は、日本人殺しを甘受した奴隷一家の堕落なのだ


醜悪にも程があるが、佐々木が死んで目的が一旦の帰結を迎えた以上、彩りの一つに過ぎない冨田に用はなく、流れ作業のようにあっさり殺されてしまうだろう


なんて益体もない話だ



(それが、どうした…)



そんな分かりきったこととは関係ないところで、佐々木が守部に殺されたことそのものを許せなかった


そして、自分のあまりの無力さと無意味さが悔しかった



「小僧」



冨田は、幾分か殺意を抑え、改めて落ち着いた程で話し出す



「今から、俺の分かる限りを伝える。心に留めろ」


次回も、まだ冨田の流れです。

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