第2話 矜持がない⁉︎
奴隷召喚
それは、名前を海珠というこの世界の歴史において、比較的最近になって頻繁に行われるようになった労働力確保の手法である
太古においては、世界を救う英雄を呼び出すための儀であったが、いつしかただの一個人では世界を救うなど不可能なことが認知されてきたため、ほとんど廃れた地力術となっていた
伝説を見る限り、確かに当初は奇想天外な奇跡を起こす存在であった地球人も存在した
しかし、地力術や技術力の向上してきた海珠においては、もはや一兵士と変わらない程度の力しか持ち得ないものでしかなくなっていた
本来であれば、そのまま時代の流れに消えていくはずの召喚術であった
しかし…
今から約100年前のことである
突如、海珠全域を謎の天変地異が襲った
世界に満ちていた地力が暴走を起こし始めたのだ
海珠においては、あらゆるものが地力の恩恵を受けている
動植物も石も大気も海み何もかもが地力によって活動していた
故に、全世界級の『地力暴走』は、ほぼ全ての存在を脅かすことになる
原因は、今もって不明
地力暴走を起こした植物は、過剰な地力により枯れ果て、動物であれば、人間を含め地力が内部から噴き出し体を引き裂かれる
無機物は突然爆発し、大気は地力の刃を作り出したり、触れただけで肉が腐るほどによどむ
海は海で栄養過多によって生物を死滅し、更には飲めば融解する毒水でしかなくなくなった
まさしく世界滅亡の危機であった
この未曾有の大災禍は2年続き、その後も貧困や二次災害よって、海珠の全人口であった5億から20分の1にまで超減してしまう
繁栄を記していたはずの海珠は、唐突に終末を迎え、むしろ、動植物全てにおいて生き残りがいることが奇跡であったと言われているほどだ
海珠人は思案し、ある悪手を選ぶ
地力に触れておらず、知性のある生き物を求めたのだ
そこで、海珠の幾つかの国では、当時はまだ英雄召喚と呼ばれていた地力術を復活させることになる
知恵や技術のみならず、何より単純労働力として地球人を欲したのである
生き残りを賭けた海珠人としても、これは背水の陣ともいえる最終手段であった
しかして、この目論見は往々にして成功することになる
毎日全世界で何千人という人間が海珠に召喚され、その全ての地球人が過酷な労働を強いられた
無作為に選ばれた地球人達は、訳も分からず無理やりに海珠人の代わりの手足とさせられ、欠片の反逆も許されない、力と法によって縛られた奴隷と成り果てる
従順な者には食事
反旗を翻す者には即時粛清
男は危険地域での復興開拓
女は子供を産む道具としての運命を余儀なくされる
地球人側から見れば、それは残虐非道の限りが尽くされた暗黒時代そのものであり、人権などなく言葉として唱える人間も現れない究極の差別社会であった
いつしか、そのような徹底した奴隷政策は、信仰どころか人心をも変化させ、元の海珠人としての矜持は、役に立たない不要でひ弱な概念へと見下されることになっていた
異世界人は海珠人のために存在する
海珠人あってこその異世界人だ
家畜である異世界人は、地力に優れた海珠人に従うのが当然
これは、我らが大地神の教えである
そんな異常とも言える言葉が、信仰が、教育が子供にまで浸透するほどにまかり通ってしまったのである
『地球人は、奴隷としてのみ生を与えられる』
これが、新時代の海珠における新たな矜持とされた
だが、そのおかげで、海珠人は全世界の都市を全盛期の半分程度には復興し、人口も急激に増加、1億人にまで回復させる
奴隷管理に端とし、世界各国に時代を担う者が現れ、その者らは総じて『士族』と呼称されることになる
日本においては、明治時代以降の武士の成れの果ての階級であるが、海珠では、力ある者に対する敬称であった
そうして、力ある士族達によって、それぞれの国の形で統治が進んでいき、世界全体を徐々に安定させていくことに繋がったのである
大災禍から70年
ようやく海珠に平穏が訪れたのだった
だが、その平穏の後も召喚の儀は続いていく
この頃には、当然に英雄召喚という言葉は無くなり、真逆の奴隷召喚という呼称の方が正しくなっていた
主たる目的は奴隷売買
世界の奴隷商会が、それぞれの国家の命により奴隷召喚を行なっていく
数に大した制限はなく、需要に応じて召喚されるのが形式となっていた
しかも、ここ数十年は地球においての全世界規模の召喚ではなく、アジア地域…特に日本という島国に対してのみ集中的に実施されていた
その理由は、極めて従順だから…
集団行動と技術力、何より自発性の欠落において秀でた彼の民族は、奴隷として扱うには非常に優秀な民族であった
男にしろ女にしろ、ある一定の環境に閉じ込めてしまえば、後は命令するだけで物事をこなしていく
時折残酷な見せしめを行うか、ある種の希望をチラつかせれば、そう大規模な反乱を起こすことも少なく、最近では日本人の何人かに現場を任せれば、直接士族が介入するより上手く回ることも分かっていた
士族による現体制を維持存続させるには、この従順な日本人はとても重宝したのである
だが、彼ら海珠人はまだ知らない
途方もない忍耐を備えた日本人達の限界が、もうすぐ側まで迫っていることを
そして、忍耐を超えた日本人が、外敵に対してどれほどの集団脅威と自己犠牲を発揮する民族であるのかを
そして、日本人反逆の火種となる青年が、今日奴隷として召喚されたことを、全く理解出来ていなかった
次回、奴隷の運搬中、トラブル発生⁉︎