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化物でも勇者でもない!俺は、日本人だ!  作者: 平 一蹴
第1章 日本でも地球でもない
1/10

第1話 日本じゃない⁉︎




意味の分からないことが起こったのだけ覚えてる


バイトからの薄暗い帰り道


俺は、バイト先で買った安いビールの入ったビニル袋を下げながら、夕飯を何にするか考えながら歩いていた


気分的にはトマトと肉がいいか、なんて自分の栄養も体重も足りない細身を気にしつつも 、結局はいつもと似通った献立を組もうとしていた


ついでに、大学から一人暮らしを始め、家に帰ってもすぐ食事にありつけない面倒さをぼやきつつ、今朝のニュースでの中東の自爆テロとか、同じ東京で起きた殺人事件とかを、自分の周りの事ではない出来事と捉えて、さり気なく日常に安心していたりした


更には、最近何をしていても酷く考えがまとまらなくて、ついつい思案を羅列したがる癖がついていることに溜息をついてしまい、今日のバイトでも集中力が途切れて店長に怒られたことを悔やんでいた


中学高校では目標が決まりきっていた分、案外上手くいっていたけれど、ここ数年はいつも場に流されるままな気がして言い様のない不安が募っている


それでも俺は、このまま何事もなく大学を卒業して、親父のようなサラリーマンになって、できるか分からないけど結婚したりして子供ができて、多分きっと平穏無事にごく普通の日本人として生きていくのだ、と何の根拠もなく信じていたのだから、本当…笑えない








それは本当に一瞬だった


驚天動地だった


乱暴なことこの上ないし


はっきり言って暴力でしかない


もう、俺の大嫌いな理不尽そのもので


不公平で不平等で不快で不可解で


普通の平らなアスファルトの道を普通に歩いていただけなのに、なぜか急に足を踏み外した感覚がして、何でこんなとこに落とし穴があるんだよ、なんて考える余裕もなく、落下中の心臓を掴まれるような気持ち悪さを感じた瞬間に、俺の意識も記憶も暗闇に途絶えていたのだった


本当、笑えない…






しかも、まだまだ延々と理不尽は続いていく






「ふぇ…?」


なんて、目を開けると同時に、俺は間抜けた声を出してしまう


いやでも仕方ない


だって、目の前にトゲがある


スパイクと言ってもいい


しかも物凄いゴツいやつ


円錐状の黒ずんだすごく硬くて先端に触れば絶対痛いし血が出るくらい鋭いトゲ


しかもそれがいっぱい


数えきれないくらいビッシリ


俺の鼻先ほんの30センチくらいを、俺の住んでる六畳の部屋くらいの広さに満遍なくありすぎて気持ち悪い


例えば、まるでハリウッド映画に出てきそうなダンジョンの押し潰す系トラップが、まさしく自分を押し潰してきたりしたら絶叫と激痛の後くたばってあの世行き確定は必死で穴だらけの蜂の巣の月のクレーターだ意味わかんない


なのに、俺の体は突然のあんまりに意味が分からなすぎる状況を前にしてビクビク震えながら硬直してしまうし、目が泳ぎまくるし、舌が乾くし、脳みそぐわんぐわん揺れてる気までしてくる


意味わかんねぇの文字列が頭を下げ駆け巡り、今この時を自力で何とか理解しようとするも、あまりの現実感の無さに本気で理解不能すぎて頭がパンクして、とりあえず自分がビクビク手足を硬直させて横たわっていることくらいしか分からないでいた



(何だこれ俺はどこにいるなんでこんなやばいことになってんの俺は守部要翔もりべかなとモリベカナト大学3年コンビニバイト車の免許あり彼女なし空手ボクシング剣道柔道を適当にやって合わないからってすぐ辞めてごめんなさいでもその分の時間熱心に勉強して高校の学年上位になれたから良かったし大学も無事志望校に入れたから良かったけど講義まともに聞いてないけど単位は取れててごめんなさい我ながら器用貧乏だとは思うけど大抵のことはこなせる自信はあるけどこの状況一体どうすりゃいいんだよふざけんな!)



などとパニクっていると、誰なのか近くから男の話し声がするのに気づく


真横を見ればトゲの天井と床の僅かな隙間からは光が差し込んできていて、そこにはなんか金属っぽい…靴、なのかなあれ?が2人分あるのが見えた



「今度はどうだっと」



不意に金属靴の片方の男が、隙間の光を遮って俺の方を覗き込んでくる


ジロッと見られた俺がビクッと体を震わせたことを意識にも留めず、その2人は会話を続けていた



「どっち?女?男?」


「あ〜、男」


「使えそうか?」


「だめ、細い」


「了解」



掴みきれない会話

…やばい


しかも何か結論が出ているっぽいのが何か怖い

…やばい


男2人の無感情も嫌だ

…やばい


覗き込んできた男の顔は見えなくて目も合っていない

…やばいっ


すると、もう1人の男の足が動いて、少し進んだところで立ち止まった

…これは絶対やばいっ!


頭で何とか普通に一般的に考えようとしながらも、同時に危機感がぞくぞくせり上がってくる


目の前のビッシリスパイクと俺を選定するような会話


ここまで生き死にが直前にあるのに現実感がないからって動かないなんて間抜けすぎ


まだまだ意味分からないし、まだまだ自分の状況も理解不能だけど、ここで動かなければ必死確実ジ・エンド


俺は焦りまくりつつも狭い隙間を芋虫みたくよじらせながら男2人のいない頭の上の方へ向かって進んでいく。すると




ガチャン




なんて、まるでレバーを下げて歯車を歯車に噛み合わせたみたいな音がすると同時に、ビッシリスパイクが僅かにグラっと揺れたと思ったら、やっぱりきっかり想定通りで嫌になるくらい見事にトゲの群れがガチャガチャと音を立てながら俺の体を串刺しの穴だらけにしようと30センチの隙間を少しずつ少しずつ縮めてくるのが怖すぎていよいよ本気でヤバすぎる!殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される殺される!



(あと少し!あと少し!)



トゲはもう眼前20センチ


でも手足は拘束されてるわけじゃない


手がトゲ天井の端にかかれば、一気に抜け出せる…って、なんで俺横に転がらずにわざわざ上によじよじ進んでんだよアホすぎて涙が出てしまう


こうやって、いつもここ一番で判断を遠回りさせるのが真剣に情けない



(…だけど、手は届いた!)



どうにかこうにか右手を伸ばし、掴んだ端っこを支点に体を一気に抜け出させる


ちなみに、我ながらテンパっていて忘れていたが、右手に下げていたビールの入ったビニル袋がめちゃくちゃ邪魔になっていたことに今更気づいたが、とにかく五体満足でギリギリ蜂の巣にならずに済んだことに安堵した



でも、まだ全然終わりじゃない



スパイクの先端が床面にガチャン!ギシギシ!と擦り合わせる音を立てるとすぐに、2人の…え?なにそれ全身頭から足先までの鎧姿で、あれはプレートアーマーだっけ?みたいのを着込んでいる男が、すぐさま俺が這い出てきたことに気づいて、うんざりしたように溜息を吐いていた



「だから、この剣山ちっちゃすぎんだって」


「だな。まぁ、だからこそわざわざ俺らがいて仕事にもありつけるわけだが」


「でも、5回に1回は抜け出られて、その度に面倒なのはごめんだっての、はぁ…」



男2人は片手に槍を持ちながら話している…って槍⁉︎槍ってなんだ槍って⁉︎それにこれが剣山⁉︎このトゲ天井がたかが剣山扱い⁉︎どうみても拷問機か殺人機だろ⁉︎しかも全身鎧で槍持ちとかまるでどこかのファンタジーな兵士姿すきだろどこのガチコスプレイヤーだ⁉︎マジすぎだろ⁉︎


我ながら頭の中がうるさいが、唐突な生き死に選択を迫られた以上は、この2人が危ない奴らであることは拭えない


とにかくそな2人に敵意も反抗の意思もないことを伝えようと両手を上げつつ視線を相手に定め…………る前に、鎧男2人の奥に、女の子3人が身を寄せあっているのが見えてしまった


目に入ってしまった


女の子達から伝わる恐怖感が目に見えてしまった



「もう、勘弁してくれ…」



色々情報が多すぎてうかうか混乱もしていられない


次から次に色んなものが目に入って情報過多にも程がある


しかし、女の子3人(高校生くらい?)の服は微妙に乱れており、胸元とかスカートからの肌露出が多くて涙目にしか見えない


なのに、精々露出部に手を添えるだけで、女の子3人は、ただ体を震わせて俺を見たりぎゅっと目を瞑ったりを繰り返している


その内の1人なんて、お母さんお母さんと呼び続けていて、堪らず心臓が絞られてしまった



「やめろよ!なんだよこれ…なんなんだよこれ!」



思わず激昂してしまう程、感情的にはそれで十分なくらい苛立っていた


…俺は、右手のビニル袋をぎゅっと硬く握りしめる


思考は散漫


状況は理解不能


普通に帰り道を歩いていただけなのに、いきなりズタズタな穴だらけにされそうになって支離滅裂


男2人はごついファンタジーな鎧が似合ってない髭面1人と姿勢悪い1人で不快指数増大


だけどでもそんなことより何より、女の子達が涙していることで、頭はいつもよりとてもクリアになっていた



(こういう意味わかんねぇ時は、まず目標を定めろ)



俺は自分に言い聞かせ、男2人を敵と決めつける


空気読めてなくても、答えを間違っていても知らない


覚悟なんてどうとでもなれ


女の子を泣かせるなんて男でもなければ人間ですらない


まして乱暴するとか言語道断


クズはゴミ箱に捨てるのが当たり前


「ふぅ…」


息を整えつつ、力まないように構える


柔道で挑むのは久しぶりだ


道着じゃなくてパーカーにジーンズなのは酷く間抜けなんだけど、相手が全身鎧である以上、空手や徒手空拳では分が悪い



「あ?なんだ?何急にやる気になってんだ?」



右側のクズ(髭がうざいからヒゲ)が、訝しげに俺を見てくる


左の方(姿勢が猫背だからネコゼ)も目を細めて煩し気だ


2人とも兜から顔は見えており、2人して鬱陶しそうな表情を浮かべていた



「どうせ女共見てチンケな正義感でも湧いたんだろ。あー、お前、言っとくけど、俺らこいつらには何もしてないぞ?服が乱れてるのは剣山から引っ張りだした時にでも崩れたからだろ。せっかくの若い女3人だし、俺ら程度が奴隷に手を出したりなんぞしたら即処刑だ」



ネコゼは、言い訳みたく説明してくるが、言葉が全く穏当じゃないし、『には』ってなんだよ『には』って


しかも、奴隷とか処刑ってどういうことだ


さっきから何もかも意味不明


というか、剣山の殺人機とか鎧とか槍とか奴隷とか処刑とか時代錯誤的で西洋ファンタジーで、違和感しかない想像が頭の片隅をよぎってしまう。でも、そんなこと有る訳がない馬鹿馬鹿しいそんなのラノベの世界だけにしろ



「お?もしかして、それ、ビールか?」



ヒゲが俺の手のビニル袋を指差す


確かに中身は安いビールだ


だから、どうかしたって言うのか


こんなもの、近くで買えばいいだろうが馬鹿野郎



「へっへっへっ、こりゃラッキーだ。久しぶりのビールだぜ?なぁ?」


「お前…またピンハネする気か?」



2人で談笑してから、ヒゲの方がニヤニヤと警戒するでもなく近づいてくる


思わずその自然な行動に呆れを通り越して歯を食い縛ってしまう


これでもそこそこ形になるくらいには幾つかの武術に挑んできた


なのに、こんなにも無造作に動いてくるなんてバカにしているにもほどがある


多少年上だろうが大人だろうが投げ飛ばす自信くらいは持っているのだ



「ほれ、頂き!」



人が構えているにも関わらずビニル袋に手を伸ばしてきた瞬間にビニル袋を手放す


足元でガシャっと鈍い音がして、それと同時に俺はヒゲの腕を掴むと同時に懐に入り背負い投げを仕掛ける


これだけ無防備なら鎧の重量を加味しても、せめて床に転がすかバランスを崩すことくらいできるはずだ


その後は、寝技に持ち込むか、大外刈りを繰り出せばいい


後は、手に持っている槍を奪って逆にチェックをかけてやる


俺が1人抑えれば交渉の余地も出るだろう



「っ‼︎」



俺は、皮算用的な思惑を巡らしながら、意気込みと共にヒゲを全力で投げ飛…



「…な⁉︎」



…飛ばせなかった


それどころか掴んだ腕が微動だにしない


まるで、石を相手にしてるのかくらい動かせない


バランスを崩すことさえできない


いくら鎧姿としても、体格はそう違わない無防備な相手を、しかも別に堪えている訳でもないのに、腕を力いっぱい引っ張って、たったの1センチどころか1ミリも動かせないなんてそんなはずあるわけがない


どんな子供だったとしても力いっぱい挑めば大人1人くらいを揺らしたりバランスを崩すことくらいできるはずだ


なのに、できない⁉︎



「なんも分かってねぇガキが」



冷徹な言葉だった


呆れるような見下したような、それでいて残念そうにも聞こえる、冷めた声だった


瞬間、俺はパーカーのフードを掴まれ



「って、う゛⁉︎」



そだろ⁉︎と言いきることもできないまま、軽々と俺はぶん投げられる


体を直接掴まないままにも関わらず、俺は石が積み上げられた壁に、激しく叩きつけられていた


人1人が片手で、普通にボールを投げるみたくぶん投げられるとか有り得ないし、石の壁が人が投げた衝撃くらいで崩れ落ちるとかも有り得ない



「ーーーーっ!ーーーーっ!」



パーカーごと投げられて喉がつぶれている


いや、そうでなくても全身に痛みが走って唸ることもできなかったかもしれない


背中は痛まないところがなく、額から血が垂れる感触がある


後頭部も打ち付けられて意識が飛びそうになって目の前がチカチカしてしまう


でも何より体が動かない


指先一つ動かない


痛みで起き上がれないなんてことが有り得るなんて、今の今まで知らなかった


痛みが麻痺して、痛みごと感覚が鈍くなるものだったなんてこの瞬間まで信じられなかった


死が目前にあるはずなのに、受け入れない抗わないなんてことにさえ頭が回らない


まだ全然、何一つ、たった一つすら成せていないのに…



「分かれ。お前じゃ誰も助けられん」



目が話してくる相手を捉えられない


視界がぶるぶる震えるだけでぼんやりしすぎている



「弱いなら従え。この世界じゃ従順でなきゃ1日も生きらねぇ」



声は分かる


でも、認められる言葉は一つもない


嫌だでも死にたくない



「たかが日本人じゃ、これが限界なんだ。俺ら日本人は、ただ従い、食われるだけ」



淡々とした割り切った口調


でも俺は、簡単に人生を諦められるほど世の中歩んでない


どんな理解不能な状況でも、ちっぽけでも日本人としての矜持くらい自分にだってある


女の子は守らなくちゃいけない


不条理は許せない


でも死にたくない命乞いしてでも生き延びたい



(ぅえ?)



と、そこで、相変わらず視界は晴れないが、なんとなく体に浮遊感を覚えた



(…?体を持ち上げられてる?)



おそらく襟元を掴まれて、体を持ち上げられている


…よくもまぁ軽々と人1人を浮かばせられるものだと呆れてしまう



「いいか…これは、まぁいわゆる洗礼ってやつだ。無理やりでも、まずその体でこの世界を理解しろ」



力は入らない


多分だらんと両腕をぶら下がって指先もやっぱり動かせない


悔しいけれど何の抵抗もできそうにない


せめて歯を食い縛ろうとするもそれすら力が入れられない



(なんで、こんなことに…)



自分の情けない有様に改めて思う


これから殴られることより、どうにもこの理不尽な状況に対して悔しさが増す


普通なら、今頃ミネストローネでも作りながら明日のこととかを考えていたはずなのに…


いきなり意味不明な場所に連れてこられて何も出来ずに殺されるなんて…



「悔しいなら、生きてみせろっ!!」



ブンッと風が切られ、掛け声と共に放たれた一撃は、腹にとんでもない衝撃を走らせる



「んぶふっ!!!」



拳を貰ったような感じではない


力が体を突き抜けた、まるで、腹に風穴を開けられたような、いや、頭手足以外の全部を消し飛ばされた気すらする、死を直感した拳だった



「ーーーーーーっ!」



結局、俺は何もできず、このまま死ぬんだと理解した


いつもの帰り道だったはずが、訳も分からず蜂の巣にされかけ


女の子達を助けることもできず


相手を打ち倒すどころか、一撃も加えられず


ボコボコにされるまでもなく、2度の攻撃で殺される


全くの無意味


全くの無駄


俺にはこれほど何にもできないものなのかと愕然とする



(俺は、こんなに、弱かった…なんて…)



そう口にも出来ず、俺は自分の無意味な人生を酷く後悔しながら、ただ力尽きていた









「…優しいな、お前は」


ネコゼ…佐々木敏朗はそんな感想を漏らす


倒れ伏している男の奴隷召喚完了から今まで5分にも満たない反乱を見終えて、まず思ったことがそれだった



「ふん、どこがだよ」



髭面の男、冨田哲郎は、舌打ちしつつ悪態を垂れる


ただ、眼下の男に対しては思うことがあるのか、或いは自身の召喚時のことでも思い返しているのか、普段の淡々飄々とした気持ちではいられない複雑そうな面持ちでいた


この召喚場での仕事を命令されてから、大半の呼び出された日本人達は、自分を含めて最初っから様子見ばかりだった


常軌を逸したことが起こり混乱し、言われるがままに拉致されて、そのまま従順に奴隷に身をやつした


女はほぼ性奴隷、男なら体がせめてガッシリしていれば鉱夫か開拓奴隷


たまに、男でも顔が良ければどっかの貴族の側仕え件性奴隷になることもあるが、いずれにせよ、この世界の日本人は、皆こちらに来てまで、不条理を前にしても従順過ぎていた


もはや、単に無力だったと言い代えることも出来るだろう


まぁ、稀に脳筋思考な奴が暴れることもあるが、この世界の不可思議な力である地力を扱う2人の敵ではないのが現実だ



ただ…と佐々木は思う



この眼下の弱い大学生だろう男は、柔道辺りはかじってはいるが、見るからに貧弱


多少鍛えているのかもしれないが、かなり普通そうな、むしろ頭で考えるタイプに見えた


なのに、後ろで未だ怯え、お母さんと呼び続けている女学生と比べれば当然、今までの召喚者と比較しても珍しい部類の日本人だろう


と言っても、珍しいだけで何も特別ではないのだが


そこで、ふと佐々木は思い出し、何の気なしに冨田に問うてみる



「あんたか召喚されたの大学生くらいだったか?」


「は?ちげぇよ。だから高校だって」



となると、前に聞いた年齢からして、こちらに来てからもう10年以上が経つのだろう


ついでに、佐々木自身もそれくらいの年数になるはずだ


であれば、自分と同じように、あの時こうしていたら、この時どう思っていれば、といった気持ちも少なからずあるに違いない


もちろん、どうして自分だけがこんな目に、みたいな八つ当たりもあるのだろうが、もしかしたら、今でこそ髭面強面の冨田も、召喚時にこいつと同じような無謀な経験をしたのかもしれない


だからこそ、あんな説教染みた一撃を食らわせ、いつかの自分自身に対しての慰めにしたいのかもしれない、などと佐々木は邪推した



「んだよ。何じろじろ見てやがる」


「いや、気にするな?」



確証もない胡乱なことを思いながら、佐々木は改めてくだばった男に視線を戻す


その姿は、まさしく瀕死


ギリギリ命を繋ぎとめているだろうが、普通ならすぐに死んでしまうほどの重体だ


殴った感じからして、内臓全てがぐちゃぐちゃ、頭蓋から爪先まで全身の骨格も粉々になっているところの方が多い


或いは脳にまで損傷があるかもしれず、もしもここが地球なら頭以下が動かなくなるか、それか2度と目を覚まさなくなる危険性だってあっただろう


それでも…



「分かってんだろ。こんくらいじゃ死ねねぇ」


「ああ、分かってる。むごい話だけどな」



そう


この世界では、簡単には死ねない


死にたくても、なかなか死ねない


なぜなら、ここには地力がある


この星、という表現でいいとは思うが、とにかくこの星の地上にいる限り、即死並みのダメージや確実に死亡するまで損傷させ続けなければ、所構わず地力が体を癒してしまう



無論、佐々木も冨田も幾度か重症のはずの傷を負った端から傷が治っていくのを実感したことがあった


更には、傷の深さに応じて、体内に地力を取り入れるらしく、傷が癒えた後は、より扱える力が強くなっていくのだ


冨田辺りは「どこのサイヤ人だよ!」とか言っていたが、どうあれ事実なのだから仕方ない


可能性ではあるが、この男もこれからは多少は日本人を超えた存在になるのだろう


まぁ、ほんの多少のことだろうが…


でも、そんな僅かでも最初から得られていれば、今後かなりの違いが出てくる


冨田も、そんな期待…いや、願望を思って、召喚してすぐの一撃を食らわせたのかもしれなかった



「で、こいつ、どうするんだ?」



佐々木は、さっきから気になっていたことを冨田に問う


今のところ、体力のない男はいらない


女ならともかく、食料が限られている中で、食扶持だけ増えても悪いことしか起こらないのは分かりきっている


だからこそ、柔な男はほとんどその場で殺し、残酷な選別を行ってきたのだ


同じ日本人を殺すのは良心が咎めるが、主の命令である以上は逆らったら自分達が殺されるのは確実


それでは、家族を守れない


もはや、日本人としてのまともな感覚が麻痺して擦り減っているのだろうが、佐々木自身には守るべき家族がいるのだ


だから、見立て間違い一つも許されず、必要なのはこいつが使えるか使えないかだけだった



「ふん、ギリギリ使いもんにはなんだろ。この壊れ方なら尚更な。それに…やっぱり出来れば日本人を殺したくねぇだろ…気持ちは耐えられるとしてもよ…」


「…まぁな」



一応は冨田の言葉に同意するも、お互いの見識が違うことにやや嘆息する


もう今までに随分の日本人を殺してきたし、これから後ろにいる怯える女達を奴隷商会に連れて行くのだから、多少の同情など偽善のお為ごかしでしかないのだ


やはり、守る誰かが身近にいるのかいないのかは大きいのかもしれない



「てか、ビール溢れてるしよぉ…勿体ねぇ…」


「御愁傷様」



溢れ落ちて泡だつ、見覚えのない空き缶と白と黄色に分かれている液体を眺めながら、きっと自分達はろくな死に方はしないのだろうと予感しつつ、俺達は今日の奴隷召喚の儀を切り上げたのだった


次回、世界観説明

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