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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
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1. 少し過去のおはなし

 宇宙暦二六〇三年五月五日、トーマ市内のレゴール競技場を会場として「第二十三回おもちゃカーニバル」が開催されていた。おもちゃカーニバルとは、大手のおもちゃメーカーが一箇所に集ってゲーム機やおもちゃなどを会社別に出展するイベントだ。各会社は自社商品の宣伝のためにゲーム機の体験や、おもちゃの展示など様々な工夫を凝らして、イベントに訪れた人々を楽しませていた。


「亀甲さんって、こないだ宇宙船の船長体験ゲームを販売したばっかりだよな。今度は宇宙戦艦の艦長体験ゲームを売り出すのか。マンネリ化してるなぁ。……それに比べて、アオイTOYの出すおもちゃの画期的なこと。守りに入らない、挑戦心の旺盛な社員が揃っている証だよね」


 アオイTOYのライバル会社「ホビー亀甲」のブース前を通り過ぎながら、シュンサクは独りごちた。


 クロッカス病院から退院したのは三ヶ月前だ。会社に復帰すると、大好きだった企画開発部から総務部倉庫係に突然異動させられてしまい、落ち込む日々が続いた。だが、今日、おもちゃカーニバルに手伝いとして参加させてもらえて、ここ何ヶ月かの暗い気分はどこかへ消えていた。


「おい、パイ生地の追加分はまだか!?」


 企画開発部の若手―――イサード・ラジーマがアオイTOYのイベントブースで叫んでいる声が聞こえてきた。イサードはシュンサクの二年後輩だった。企画開発部にいた当時は彼によく仕事の手ほどきをしたものだ。


「イサードも成長したよなぁ。こないだなんかラベンダー社長に次ぐ天才だって雑誌に取り上げられていたもんなぁ。それに引き替え、オレと来たら、何やってるんだろなぁ」


 彼が何をやっているかというと今現在においては、「投げるパイ、生地」と走り書きされた段ボール箱を抱えて、イサード達がいるアオイTOYの出展ブースに向かっていた。


 アオイTOYのブースでは、二週間後に販売する「投げるパイ」で遊ぶ、体験コーナーを設けていた。「投げるパイ」は室内で部屋を汚さずにパイ投げができるおもちゃだ。各辺が一センチの透明の箱が、ボタン一つで二メートル四方の透明の囲いに巨大化し、その中で専用のパイを使って遊ぶしくみになっていた。そのパイも一時間後には自然に蒸発して無害な気体になるので片付けを労する必要はない。子どもから大人まで楽しめるおもちゃだと、世間で注目されていた。そして、これを開発したのはシュンサクの後輩のイサード・ラジーマだった。


「ごめん、パイ生地を持ってきたよ。会場の控え室からここに来るのに人だかりがすごくてさ、来るのに回り道しなきゃいけなくて大変だったよ」


 シュンサクは謝りながら、イサードのいるアオイTOYのブースへ駆けつけた。後輩の喜ぶ顔を期待していた。ところが、


「ぐずだと思ったら、お前かよ」


 舌打ちが返ってきた。一瞬、聞き違いかと思った。


「あんた、倉庫係に左遷になったんじゃなかったっけ?なんで、イベント会場に来てるわけ?」


 引き続き人が変わったような辛辣な台詞をイサードは浴びせてきた。


「……え、いや……、人手が足りないから手伝いに行け、って総務部長のリプル部長が言ってくれたから……」


「リプルぅ。分かってねぇなぁ。“こんなの”手伝いに回したって役に立たねぇよ」


「こんなの、って誰に向かってそんな口を……」


「あれ?もしかして、まだ俺の先輩だとか思っちゃってる?勘弁してくれよな」


「おい、どうした?」


 同僚のピエール・ロマリエルが近づいてきた。彼も企画開発部の社員だ。


「あ、マナベじゃないか。どうして会場にいるんだ?企画開発部から閉め出された身分なんだからおとなしくひっこんでろ」


「閉め出されたわけじゃ……。ちょっとした休養期間だよ。近い内に企画開発部に戻るよ」


「はいはい、そうかい。イサード、この楽天家野郎は放っておいて、イベントに集中しろよ。『投げるパイ』の体験をしたい、ってガキがたくさん詰めかけて来てんだからな」


 イサードにつられて、シュンサクはブース前に目を遣った。投げるパイを体験しようと集まった子ども達がずらりと列を成していた。


 シュンサクは三年前に開催された第二〇回おもちゃカーニバルに参加した当時の記憶を呼び戻した。当時はまだ企画開発部に所属していた。そして、営業部や広報部と一緒にブース前で子ども達におもちゃを紹介した。宣伝の一環でヒーローショーに参加して、来客から大喝采を浴びたものだった。


「イサード。パイ生地の的はベニヤ板でいいのか?もう少し、見栄えのするものを用意した方が良かったんじゃないか?」


 思い出に耽っている間に、ピエールとイサードは投げるパイのショーの準備を進めていた。


「しかし、今更用意するにしても時間が足りない……」


 先輩の意見に困惑して見せたイサードだったが、ふと何かを思いついたように手を叩いた。


「ああ、そうだ、マナベさん。ちょっと手伝っていただけませんか?」


 頼みごとを切り出してきた。何だかんだで後輩だ。シュンサクの助力を必要としていた。


「うん。いいよ、いいよ!何をすればいい?」


 シュンサクは機嫌を良くして、イサードの言葉を待った。


「パイ投げの的になってください」


「な、何?」


「パイ投げの的になれ、って言ってるの」


 繰り返し告げた後輩の顔が嫌味に歪んだ。


「……それのどこが手伝いなんだよ!?パイ生地を好んで投げられる奴がどこにいるっていうんだよ!?」


 シュンサクは憤然としてブース前から離れようとした。控え室に戻ったら、座布団を相手にバックドロップをして気晴らししようと考えていた。ところが、足が止まった。


「お兄ちゃん、パイ投げ遊び、一緒にしてくれないのー?」


 無数の純粋な瞳がシュンサクに集まっていた。ブース前に行列していた子ども達だった。


「え……。その……お兄さんはですね……」


「お腹が痛いから、帰っちゃうのー?大丈夫ー?お薬、ママから貰おうかー?」


 子ども達の内の誰かが心配してくれた。


 これで、シュンサクの腹は決まった。


「おーっし。お兄さん、パイ投げの的の役をやっちゃうぞー」


 それから六時間、シュンサクはアオイTOYのブースに集まってきた四〇〇〇人の子ども達が投げるパイを顔面で受け続けた。

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