4. 勘違い
時刻は、午前五時五十分。民放がアニメ番組「魔法猫使いミミ」を再放送している頃だ。あと五分もすれば、アオイTOYが発売している魔法猫使いミミ関連のおもちゃがコマーシャルで宣伝される。いつかそこに自分の作ったおもちゃが宣伝されるのを夢見ながら、テレビ画面を恨めしく眺めるのがシュンサクの土曜日早朝の日課だった。
「出口どこだー!?」
今こうして地球軍の宇宙軍艦の中を走り回る状況は、日課の中に少しも組み込まれていなかった。
「いたぞ!」
通路の先にレーザー銃を持ったクルーが現れ、シュンサクを指さしていた。後方からも追っ手の足音が迫っていた。挟み撃ちになっていた。
すぐ側に階段を見つけた。死にものぐるいで駆け上がると、真正面のハッチを開けて逃げ込んだ。
恋人だったメリー・ランドルと昔デート中に乗った、遊覧船の船橋によく似た部屋が目の前に現れた。
「艦橋か……」
独りごちながら部屋を見回した。
艦外への脱出ルートは見当たらなかった。また、他の部屋へ移動できる扉も先ほど入ってきたハッチ以外に見つけられなかった。窓も開閉できるタイプではなく、嵌め込まれたガラスは敵の攻撃を受けても割れないように最先端の技術で強化されていた。
つまり、部屋の中に袋のネズミになってしまった。
「行き止まりってこと?嘘だろ」
頭を抱えたとき、
「ようこそ、宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシへ」
突然、声をかけられた。
驚いて飛び上がる、とはこれがまさにそうなのだろう。びくりと体が縦に反応した。
「誰なの!?」
シュンサクはきょろきょろと周りを見回した。
「私はヒコボシに搭載されているメインコンピューターの『マリベル』デス」
艦橋内のスピーカーから声がした。船に組みこまれたコンピューターなら、シュンサクを殺すつもりなら、とっくにレーザービームを照射しているだろう。今までお目こぼししてくれていたということは、マリベルに殺意はないらしい。シュンサクはひとまず胸を撫で下ろした。
「ヒコボシの目的地を仰ってクダサイ」
「あのね。オレ、急いでるんだよね。君のクイズの相手をしているゆとりはないんだよ」
シュンサクは後方の扉を振り返った。いつそこを開けてクルーが飛び込んでこないともしれない。ヒコボシに搭載されたAIと歓談している時間は持ち合わせていなかった。
「ヒコボシの目的地を仰ってクダサイ」
だが、マリベルはシュンサクの都合などお構い無しだった。もう一度同じ質問を投げてきた。
「もう、答えればいいんでしょう。答えれば」
ケイン・シバウスが手洗いの中で話してくれた内容をシュンサクは思い出した。
「スペースバブル〈CE24〉の辺りに行って、スノーマンっていう宇宙軍艦の行方を調査するんだったかな」
「〈CE24〉デスね。登録、完了しマシタ」
「登録ってどういう……」
マリベルから答えを聞く前に、背後に人の気配を感じた。それも一人や二人ではない。少なくとも一〇人以上は揃っていた。
おそるおそる振り返ると、艦橋の入り口にずらりとクルーが並んでいた。五〇人は集まっていた。
「やっと追いつめたよ。足の速い奴だね」
五〇の搭乗員の中から、金髪をポニーテールに結んだ美人が現れた。隠れていた倉庫で宇宙戦艦カフーンの怪談話を仲間に語って聞かせていた人物だ。
「その速さに免じて許して欲しいんですけど」
「ふふっ」
ポニーテール美人が鼻で笑った。
「それじゃあせっかく部下に集めさせた業務用油が無駄になるだろう?」
「業務用油……」
頭の中でエビフライが揚げている音がした。エビが自分の姿と重なった。
「こ、殺さないで……」
がたがたと体が震えているのが分かった。
「フライは嫌かい?だったら、銃の的にしてやろう」
ポニーテールの美人がレーザー銃をシュンサクに構えた。
「待ってください、リディア少佐!そいつを撃つなら、僕にやらせてください」
仲間をかき分けて進み出てきたクルーがいた。士官候補生区画で出くわした若いクルーだった。シュンサクと目が合うと、親の敵のように睨み付けられた。手に同期の形見のアメ玉の缶を持っていた。
「こいつは、ヒコボシ進水式パレードの飴を床にばらまいて踏みつけたんだ!しかもマイケルの遺品をだよ!許せない!」
若いクルーがレーザー銃で狙いを定めてきた。
シュンサクは後退した。すぐ後ろのコンソールにぶつかってよろめいた。体が傾いで、はずみでぺたりと座り込んでしまった。床に手をつくとまるで土下座のような姿勢になった。
「お友達の形見を乱暴に扱ったのは反省してるよ!だから撃たないでくれよぉ」
頭を床にすりつけて命乞いをした。
かちりとレーザー銃の安全装置が外れる音がした。
絶体絶命だと直感した。
そのときになって、若いクルーがポニーテールの美人クルーを「リディア少佐」と呼んでいたのを思い出した。彼女がソウ鉱石を持っている、と言われていたリディア機関長だったのだ、と推理した。殺される間際になって気付くとは相変わらず鈍い脳味噌だ。
「銃の発射は許可しまセン、イーストハーブ士官候補生」
ヒコボシのコンピューターの声が聞こえた。若いクルーを窘めているようだ。銃を撃つと機材に当たって危ないと注意しているのだろう。
「止めないでよ、マリベル!こいつは侵入者なんだぞ!」
「違いマス。もう一度忠告しマス、ロミオ・イーストハーブ士官候補生。あなたがとろうとしている行動は、地球軍法四四五章九条六項に違反してイマス」
「四四五章九条六項だって?違うよ、マリベル。こいつは侵入者なんだよ。……いや、でも、まさか………本物なの?」
士官候補生の声が震えているように聞こえた。
「どうした、ロミオ?急に固まっちまって」
「殺しちまわねぇのか?おいおい、真っ青だぞ。大丈夫か?」
外野が騒ぎ始めた。
それにしても、士官候補生はいつまで経ってもシュンサクを撃とうとしない。依然として、レーザー銃で射殺されかねない状態は続いていたが、思い切って床から顔を上げた。
士官候補生が銃を持つ手をぶらんと下ろして、シュンサクから後ずさっていた。素人目にも、殺意を失っているのが分かった。
「ロミオ、どうしたんだ?」
クルーは士官候補生の様子が一変したのを不思議がった。
「四四五章九条六項『地球軍艦艇の乗組員は、いかなる理由にかかわらずその所属する艦艇における長の生命を脅してはならない』だったかしら、イザベル?」
先刻、怪談をした者達の中に居合わせた玉を転がすような声の主―――赤毛をおさげに束ねた眼鏡の女性クルーが口を挟んできた。
「あんたみたいに全文覚えちゃいないよ。だが、たしかそんな感じだった。……まさか、こいつがね」
金髪の美人クルーのリディア機関長も、シュンサクを神妙そうに眺めた。
「何なんですか、機関長?こいつを殺さないんですか?」
周りのクルーの数名が心配そうに尋ねた。シュンサクも、心の中で同じ質問をしていた。
「謀反罪で死刑にされたかないからね」
リディア機関長は忌々しそうに答えた。その途端、集まっていたクルーからざわめきが起こった。
「謀反罪って、まさか……」
「こいつが、新しい例の……?」
その場にいたクルーの視線がシュンサクに集まった。
一体、オレが何だというのだ。
少なくとも、今すぐ殺される可能性は遠のいていた。油断させておいてズドンと一発見舞われるおそれがないではないが、地べたから立ち上がる時間はもらえそうだった。
シュンサクはおずおずと立ち上がった。
それを見計らったように、リディア機関長が口を開いた。
「そう。こいつが、今日、ヒコボシに着任なさるご予定のケイン・シバウス艦長だよ」
ケイン・シバウス艦長は地球軍本部基地近くの公園のトイレにまだ籠城しているのだろうか。少なくとも、ヒコボシにはまだ乗っていまい。では、機関長のリディアが口にしているケイン・シバウスはどこにいるのか。
彼女が指差す先にはシュンサク・マナベが立っていた。
なんということだ。マザーコンピューターの勘違いにより、シュンサクは宇宙戦闘用駆逐艦の艦長に仕立て上げられてしまったのだった。