3. 金色の缶詰
ヒコボシの艦内は、敵の侵入に備えて迷路のようになっていた。だが、一月もあれば大方は網羅できた。全長一二二メートル程度の宇宙戦闘用駆逐艦だ。宇宙母艦を歩き回るのとはわけが違う。
とはいえ、シュンサク・マナベは、つい先刻搭乗したばかりの新入りだった。
「出口、どこ!?」
艦内の通路を突っ切りながらシュンサクは後方から追いかけてくる大群の勢いを感じ取っていた。追いかけられ始めたときよりも引き離している気がした。地球軍の軍人の足を負かせるとは、自宅からアオイTOY本社へ毎朝全力疾走で出勤している一時間弱もだてではなかった。もっとも、全力疾走している理由は、会社から支給される通勤費――モノレール代を浮かすためと、寝坊のせいなのだが。
クルーより速く走れるものの、問題はやはり入り組んだ艦内だった。階段を上ったと思うと別の階段を下りなくては他のフロアに行けない迷路のような構造のせいで、シュンサクは自分がどの階層にいるのか、また、東西南北のどちらに向かっているのか頭に描けなくなっていた。
先日殺されたフリーライターのように油で揚げられる前に屋外に脱出したいのだが、肝心の出口がどこにも見つけられなかった。
「艦内地図でもあればいいのに……」
呟いたとき通路の右手側にハッチを見つけた。「士官候補生居住区画」と記していた。
「居住区画か。人が住んでいる場所なら、本棚の中に艦内地図を保管しているかもしれないな」
迷っている暇はないので、すぐさま右のハッチをくぐり抜けた。五秒後に今までいた通路を大勢の人間が通り過ぎる足音が聞こえた。おそらく追っ手のクルーのものだ。
彼等の気配が過ぎ去るのを待って、シュンサクは飛び込んだ士官候補生居住区画の中を見回した。
本棚はなかった。シュンサクが一人暮らしをしている一DKの部屋よりも若干広い部屋だった。そこに寝台が四つ配置されていた。一室を四人で使っているようだ。部屋の奥には四人分の机が置かれていて、その内の三卓には菊を挿した小ぶりの花瓶が置かれていた。父親の仕事で休みがちだったシュンサクが小学校に久しぶりに登校したとき、机上に「ご臨終」という不謹慎な落書きと併せて菊が手向けられていたのを思い出した。
ふと、机の四つともに金色の缶が乗っているのに気がついた。
「ソウ鉱石が入っていたりしてね」
手前の机に置いている缶の蓋を開けた。
「お、アメちゃんだ」
早速一個を口の中に放り込んだ。
「うん。イチゴ味だ。……おっと、こうしちゃいられない。艦内地図を探さなきゃ。引き出しに入ってないかな?」
手前の机の引き出しを開けて、中を探った。そうしている間に、口の中のアメが溶けて小さくなってきた。もう一個、金色の缶から取り出そうとしたとき、
「やめろ!お前、よくも……」
甲高い声と共に、額の当たりでジュッと焦げる音が聞こえた。その後、ひらりとシュンサクの前髪の一部が床の上に落ちた。焼き切られてシュンサクの体から離れたようだ。では、何によって焼き切られたのだろうか。冷たい汗が背筋を流れ落ちた。
部屋の入り口に目だけ遣ると、十六歳くらいのクルーが険しい表情でレーザー銃を構えていた。その銃は既に一度光子弾を発射していて、それがシュンサクの前髪の一部分を焼き切っていた。
「そのアメを食べたのか!?」
青年クルーは尋ねてきた。口の中にまだアメ玉は残っていたが、シュンサクはごくりと飲み込んだ。
「いえ、まだです」
「その缶から手を離せ。お前を撃って飛び散った血で、僕の同期の形見を汚したくない」
先ほど、机の上に菊を飾っているのを見て嫌な予想が浮かんだが、当たっていたようだ。菊が置いてある三つの机の持ち主は全員この世に存在しないらしい。
「おい、さっさと離れろと言っているだろう!」
青年クルーが急かしてきた。
シュンサクは次に自分がとる行動を決めていたが、一瞬間、躊躇った。
「ごめん」
シュンサクが謝ったので、青年クルーが眉を潜めた。そのときには、目の前には彼の同期のアメ玉が飛来していた。シュンサクが投げつけたのだ。
「あ!」
思わず目を閉じた青年クルーの傍らを通り抜けて、シュンサクは士官候補生居住区画から飛び出した。通路にクルーはいなかった。
足下に転がったアメ玉の一つを踏みつぶした間隔を覚えて、心がじくりと痛んだ。
だが、立ち止まっていられなかった。青年クルーが床に散らばったアメ玉を拾おうか、侵入者を追いかけようか迷っている間に、シュンサクはその場を後にした。