1. とりあえず、潜入成功
宇宙暦二六〇三年一〇月二一日午前五時二〇分。
地球軍本部基地軍港の片隅に、宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシは停泊していた。
ヒコボシは、拳銃に羽をつけた形をしていた。上空から見ると、漢字の「山」のようにも見えた。ここ近年に作られた宇宙軍艦としてはよくある船形だ。珍しいのは、ピンクと水色の斑模様というけばけばしい色彩で塗装されている点だった。
フロアは全部で五層になっていた。艦橋や士官室は最上層にあり、すぐ下の第二層フロアには、多くの施設が集まっていた。メインのGエンジンが稼動している機関室や、通信室、医療室など、航行に必要な機関があるのも第二層だった。その他に、食堂や、図書館、娯楽用途にも使えるプールや体育館やラウンジや劇場、更には屋内栽培場までも備わっていた。
残りの第三層から最下層の第五層にも、船や搭載兵器を動かすための機関が設けられていたが、ほとんどの部分を、士官以外の居住区や、倉庫が占めていた。
その倉庫の一つに、八〇センチ四方の小包が運び込まれた。
五分前に、スズメ宅配会社によってヒコボシに届けられたものだった。クルーの手に渡り、今の場所に入れられたのだ。
倉庫にはヒコボシが宇宙航行をするにあたって必要な物資が納められていた。ただし、有機物は納められておらず、作業員がいないときは音一つ立たない場所のはずなのだが、
「そろそろ出ようかな」
人の声がした。今、スズメ宅配会社が届けてきた小包の中からだった。それから、蓋がひとりでに開いて、中からぬっと人が出てきた。
金髪のつんつん頭に青い瞳の童顔。彼の名は、シュンサク・マナベといった。そう、アオイTOYのへっぽこ社員だ。
スタードリーム事件で落とされた名誉を挽回しようと、決意したのはおよそ三時間前だ。それからすぐに、アオイTOYの倉庫から段ボール箱を拝借し、スズメ宅配会社のトラックの荷台にこっそりと乗り込んだ。その後、ダンボールの表面に届け先をヒコボシと記載し、スズメ宅配会社が確かな仕事をこなしてくれると信じながら、ダンボールの中で身を潜めていた。
「こんなに楽にヒコボシに乗り込めるとは思わなかったよ。助かったよ、ダンボールちゃん」
ファインプレイをした友人を称えるかのように、身を隠していたダンボールをぽんと小突いた。すると、腕に嵌めていた籠手のようなものから白い煙が吹き出した。
「まずいよ!ロケットパンチが発射されちゃう!えっと、停止ボタン、停止ボタン……」
肘の付け根を指で押さえた。煙の噴出が止まった。
やれやれ、と独りごちながらシュンサクは自分が入っていた小包から出てきた。
シュンサクは、プラスチック製の鎧を着込んでいた。小脇に抱えているヘルメットを被ると、アニメーションに登場する巨大ロボットのような外見になりそうだった。
「小包を開けて中味を調べられたらまずいから、そうなったらおもちゃに成りすまそう、と思って『ロボットスーツ』をロッカーから引っ張り出してきたけど、着てこなくてもよかったかもね」
この着ぐるみロボット――「ロボットスーツ」は、四年前にシュンサクが開発したおもちゃだった。ただし、自ら欠陥を見つけてボツにした。
「ロケットパンチの威力がもう少し弱かったら、世に出せたんだけどなぁ。どんなに改良しても、壁をぶち抜く速さで発射されるんだもん。子どもが遊ぶには危ないんだよなぁ」
ロケットパンチとは、ロボットスーツに備わったオプション機能の一つだ。ロボットスーツを着て物を拳で打つと、手首から先のプラスチック製グローブが前方に勢いよく飛び出す。先ほど煙を噴いたのは、ロケットパンチが発射される寸前の合図だった。
「……でも、ワタシ一度も見たことないのよね」
着心地の良くないロボットスーツを脱ごうとしていると、倉庫の扉の外側から女の声が聞こえてきた。誰かが、隔壁内に入ってこようとしていた。
シュンサクは小脇に抱えていたヘルメットを被ると、慌てて先ほどまで入っていた八〇センチ四方の箱に戻り、蓋を閉めた。
「俺だって見てねぇよ。でも、ソウ鉱石は間違いなくリディア機関長が持ってるね」
男の声が近づいてきた。足音が二種類聞こえる。一つは男の足音で、もう一つは先ほど喋っていた女性のものだろう。
「『宇宙海賊のホロウ・サリザラードが地球に潜伏している』っていう都市伝説より、確かな話だと思うぜ」
「『喋る植物が宇宙のどこかにある』って都市伝説よりも?」
都市伝説を使って例え話をするのが、彼らの内で流行っているようだ。それよりも、シュンサクは彼等の会話が気になった。ソウ鉱石の話をしていたからだ。
「ああ。確かさ。……どうした?思いつめた顔をして……」
「ワタシ達って間違っているんじゃないかって、時々不安になるのよね。ソウ鉱石ってキャンドルに使う予定なんでしょ?うちが上層部に渡さないせいで、開発は遅れているのよ。キャンドルが動けば宇宙戦争を早く終わらせられるのに、それを妨害しているのって、地球軍の人間としてあるまじき行いだと思わない?」
「それじゃあ、俺達はどうなるんだよ。ソウ鉱石を上層部の連中に渡したら退役させられて、宇宙戦争が終わる前に人生が終わっちまうよ。それに、ウィングラー副長達の仇はどうするんだよ?リスティンバークは野放しか?」
「リスティンバークだけは許せないわ。……そうね。あいつをぎゃふんと言わせるには、ソウ鉱石を渡さないことしか手はないんだったわね」
「あと少し待てばいいのさ。ソウ鉱石が手に入らなきゃ、リスティンバークは民衆を騙していることが来年にはバレて牢獄にぶち込まれるんだからな」
箱の中でシュンサクはやきもきしていた。
キャンドルとは、おそらく地球軍が何年も前から建造している超超弩級宇宙戦艦キャンドルのことだ。その建造のために、地球の民衆は多額の税金を徴収されていた。だが、税金ばかりむしり取る船の話よりも、ソウ鉱石の隠し場所についてもっと詳しく話してほしかった。リスティンバークなる知らない人物のこともどうでよかった。
先ほど話に上ったソウ鉱石の持ち主らしい「リディア機関長」とは何者なのか。この艦内にいる人物なのか。
「そういえば思い出したけど、今度の艦長はどんな人なのかしら」
ところが、期待をよそに話題は別のものに移ってしまった。
「昨日急に決まったからちっとも情報が掴めてないんだが、噂じゃ諜報部出身らしいぜ」
「諜報部の人間って、つまり、スパイって事?やだわ。ソウ鉱石を狙ってるの丸出しじゃない。何て名前の奴なの?」
「ケイン・シバウスだってさ」
男性クルーが口にした名前にシュンサクは聞き覚えがあった。
今より三十分前。スズメ宅配会社のトラックの荷台に忍び込む少し前になる。
シュンサクは地球軍本部基地からほど近い公園の公衆便所前にいた。個室の中で、ロボットスーツを着込むつもりだった。ところが五分待っても、たった一つだけの公衆便所にシュンサク以外の誰かが入ったままで出てきてくれなかった。
「もしもし、まだですか?」
焦れて尋ねると、グルグルという腹を下しているときに聞く音が返ってきて、
「すみません。下痢でして……」
という声が力無く続いた。
これがケイン・シバウスとの出会いだった。
閉ざされたトイレのドア越しに聞いた話では、彼は地球軍に所属していて、今日、艦長として宇宙軍艦に着任する予定だった。航行中に音信不通となった宇宙軍艦スノーマンの調査をしに、スペースバブル〈CE24〉付近の宙域に向かう任務を与えられていた。
ちなみにスペースバブルとは、宇宙空間内に無数に存在する球状の時空ゲートだ。何百年も昔に発生したそうだが、詳しいことは分かっていない。ともかく、シャボン玉のような球体の中に入ると、中の物体は対のスペースバブルがある遠い宇宙に転送される仕組みになっていた。
スノーマンが消えた場所は太陽系から五.五光年先の宇宙空間だ。光の三〇パーセントの速さで進むGエンジンだけで辿り着こうとすると何年もかかるが、スペースバブルを使えば数日で行き着けた。
さて、話を戻そう。ケイン・シバウスは地球軍の上官から任務を与えられたのだが、緊張のあまりに地球軍本部基地の敷地に入る直前で腹を下してしまった。かくして、公衆便所に閉じ籠もる羽目になったのだった。
結局、ケイン・シバウスはいつまで待っても個室から出てこず、シュンサクは草むらで着替えをした。
そのときには教わらなかったが、まさか忍び込む予定の宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシの艦長だったとは、人の縁とは分からないものだ。
「まぁ、誰だっていいわ。艦長はどうせ上層部の息がかかった奴だろうけど、着任してくれなきゃヒコボシは上手く機能しないんだもの」
シュンサクが隠れている小包の側で男女はまだ話を続けていた。
「だが、ヒコボシが起動したところで、どの艦長もMFS4301へは向かってくれねぇんだろうな」
「それでも諦めるわけにはいかないわ」
「そうだな。副長、無事だといいな……」
二人が黙り込んだので、周囲が余計に静かになった。シュンサクは自分の呼吸が聞きつけられないよう神経を使った。
ぐぅぅぅ……。
ところが、腹の虫は無神経だった。