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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第四章 MFS4301の悲劇
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3. 結婚

 ヒコボシの搭乗ゲートに飛び込むと、シュンサクはクレア・ラベンダーが滞在している最上層の士官居住区画に向かった。


「マリベル、一般人が軍艦に乗っていても殺さずに済む特例事項を教えてくれ」


 目的地を目指しながら、シュンサクはヒコボシのメインコンピューターに質問した。ポーンと反応を示す音声が通路のスピーカーから聞こえた。


「『一般人の軍艦搭乗の禁止』の規則を遵守した上で、地球軍に籍を置いていない人間の身体を脅かさずに済む方法ということデスね。その特例事項は次の通りデス。一つ、艦艇に搭乗する医療機関の責任者によって死亡を認められた者。一つ、艦艇の長の配偶者、または会計を一にする子であるコト」


「……えっと、つまり、どういうことだ?」


「あなた流の口調で言えば、『死んでるよ、ってお医者さんが診断を下した死体か、艦長と結婚している人か、艦長と同じ屋根の下で暮らしている子どもさんなら、一般人でも軍艦に乗ってOKだよ』ということデス」


「死体とか子どもってのは論外だから、つ、つ、つまり、オレがクレアさんと結婚したら彼女が殺されずに済むってこと!?」


「クレアさんとは、現在、士官居住区でヨハン・ガルティヴァンやカトリーヌ・アロー以下二〇名が包囲しているクレア・ラベンダーのことデスか?あなたが仰るとおり、クレア・ラベンダーがヒコボシ艦内で生きて存在する方法は貴方と婚姻を結ぶしかありマセン」


 二重でシュンサクは驚いた。一つは、憧れのクレアと婚姻関係を結ぶ可能性が浮上してきたこと。もう一つは、未来の花嫁が今まさにクルー達に囲まれて殺されかかっている報せだった。


「く、クレアさぁん!」


 迷いそうな艦内をどうにか正しく進んで最上層まで来たとき、士官居住区画の入り口でクルーがわんさかと屯しているのを見つけた。


「ラベンダー社長を殺しちゃイヤだー!」


 クルーを掻き分けて部屋に飛び込むと、集まっていたクルー達の肩越しに、床で誰かが倒れている光景を目にした。


「………お、お前ら、よくも……!」


 かっと体が熱くなった。相手取るのが反乱を起こすような凶悪な相手なのも忘れて、側に立っていたクルーのベルトからレーザー銃を奪った。持ち主が慌てて取り返そうとしたところを、銃を持っていない方の手で殴って返り討ちにした。その間に、レーザー銃の安全装置を解除して、床で倒れているクレアの側で立っている人物に狙いを定めた。側にいる人物がクレアを手に掛けた可能性が高いからだ。


「やだ、きゃっ!」


 狙った相手が可愛らしい悲鳴を上げた。同時にシュンサクは銃を持つ手を下げた。


「生きてた……」


 シュンサクは撃とうとしていた相手の顔を見て声を震わせた。その顔はアオイTOYの社長の顔をしていた。クレア・ラベンダーはまだクルーに殺されていなかったのだ。


「だけど、誰かが床に倒れていたよな……あれ?ガルティヴァン中尉じゃないか。どうして、こいつはこんなところで寝転がってるんだ?」


「ごめんなさい。部屋に入ってきて、銃で撃とうとしてきたから、咄嗟に手習いの合気道で投げたら、床に頭をぶつけて気を失ってしまったんです」


 クレアが申し訳なさそうに見下ろしている床の上で、スキンヘッドの大男は泡を吹いて失神していた。


「強いなぁ、社長」


 ヨハンが部下に脚を引っ張られて部屋から退去させられていくのを見送りながら、クレアを称えた。


「やだわ、お恥ずかしい」


 クレアは赤面して視線を下に落としてから、再びシュンサクを見てきた。もしや、アオイTOYの部下だと気付いたのだろうか。そう期待したが、


「……ところで、あなたは艦長さんですか?」


 と尋ねられた。周りに地球軍の軍人がいるからわざと気付いていない振りをしているのだろうか、とも考えたが、カトリーヌが割り込んできて次のような言葉を発したので、クレアに正体が気付かれていないのがはっきりした。


「えぇ!?全身粉噴いている奴が乱入してきたと思ったら、あんた、シバウスなの!?どおりで、マリベルが侵入者の警報を鳴らさないわけだわ」


 カトリーヌは眼鏡を持ち上げながら、シュンサクの頭のてっぺんからつま先までしげしげと見つめてきた。何のことかしら。首を傾げた拍子に、窓に映った自分と思しき姿が目に入った。全身に「投げるパイ」の生地を引っ付けたままだった。これでは、誰が見てもマナベだとは気付けまい。


 シュンサクは粉まみれの顔でクレアに笑いかけた後、カトリーヌと周りのクルーに向き直った。


「オレの格好のことより、ラベンダー社長に手を出すことは許さないぞ!彼女はオレが勝手に海賊船からヒコボシに乗り替えさせたんだ。『一般人の軍艦搭乗の禁止』だかなんだか知らないが、命を奪うなんて理不尽すぎるじゃないか」


「だったら、どうするつもりなんだよ?」


 クルーの一人が尋ねてきた。


「彼女と結婚する!軍規によると、艦長と結婚したらその人は軍艦内にいても許されるんだろう?」


 シュンサクは先ほど知り得た知識を披露した。


「その話なら、先ほど、アロー少尉からお伺いしたところです」


 クレアが言うと、カトリーヌはばつが悪そうにした。


「別に、あんたのためにじゃないわよ。ラベンダー社長の命を奪ったら、あんたが言うように理不尽だと思って助言したのよ。ヨハンを投げ飛ばすような格好いいこともしでかす人だから人惚れしたってのもあるけど。……で、結婚するっていうのは、本気なの?」


「本気じゃないのにこんな話を持ち出すかよ。まぁ、ラベンダー社長が良ければなんだけど」


「嬉しいわ。結婚してくださってありがとうございます、シバウス艦長」


 シバウスとの結婚できることにではなく、命が救われたことについて喜んでいるのは分かっていたが、照れた。


 カトリーヌがクレアを諭した。


「無理して嬉しがる必要なんて無いのよ。こんな粉まみれの変人、命が取られるんじゃなかったら婚姻関係を結ぶなんて嫌でしょう?とりあえず、死なないためにこいつと結婚するしかないけど、さっさとルノー港に降りてヒコボシを脱出したら、離婚届けを出しに役所に行きなさいよ。……シバウス。あんたもいいわよね?まさか、ラベンダー社長とずっと結婚生活を続けるつもりなら諦めなさいよ。高嶺の花なんだから」


「いちいち言われなくったって分かってるよ。……ラベンダー社長、そういうわけだからいつでもルノーに降りていただいて結構ですよ」


 シュンサクも不本意ながら愛しい花嫁を手放すしかなかった。ところが、クレアが返した言葉はシュンサクだけでなく、その場にいたクルー全員を驚かせた。


「あら、やだわ。私、ルノーに降りるつもりはありませんわよ」


「ですが、いつまでも艦内に留まっていてはいろいろとご不便もあるでしょう?お仕事は大丈夫ですか?」


 例えば、シュンサクが設計した駄作品―――スタードリームが起こした事件の後始末だ。


「ええ。そのためにも、ヒコボシに留まりたいんですの」


「ヒコボシにいて、あなたのお仕事が進むのですか?」


「なんでも、ヒコボシは任務地に向かわれる道中にスペースコロニーのプラーナに立ち寄られるとか?私をそこまで運んでいただきたいのです。地球軍の軍艦でなら、海賊に襲われる心配もありませんし」


「でも……」


 ヘンリーの話だと、クレアはルノーで開催されるマンジデパートのセレモニーに出席する予定ではなかったか。


 確認したかったが、ケイン・シバウスが一おもちゃ会社の社長のスケジュールを掴んでいるのは変だ。周りのクルー達から疑われないため、シュンサクは尋ねることを控えた。それに、


「シバウス艦長は、よく知らない女を結婚相手にしているのはご不快なのでしょうね。さっきから、早くヒコボシから出て行ってほしそうな口ぶりをなさっていらっしゃいますし」


 こんなことを言われては、これ以上、下船を勧められなかった。


「出て行ってほしいだなんて、とんでもない!社長は、偽装結婚のような状況を早く終わらせたいのか、と思っていたものですから。実際につき合っていらっしゃる方との結婚を後回しにして、オレと籍を入れるなんてご不快でしょう?」


「あら。私、おつきあいをしている方はいらっしゃいませんわよ。なんでしたら、本当におつきあいを始めましょうか?今回の入籍は私の命を救うための形式的なものなんでしょうけど、貴方となら本当に結婚生活を送っても楽しい時間が過ごせそうですもの。……あら、やだわ。私ったら、積極的すぎましたわね」


「積極的すぎよ。こんな奴とつき合うほど自分を捨てたらダメよ、ラベンダー社長。……ほらほら、シバウスはとっとと消えなさいよ。あんたが助平な光線を目から送ってるせいで、ラベンダー社長の恋愛感覚が狂っちゃったじゃない」


 カトリーヌはシュンサクを部屋から追い出そうとした。周りのクルーもシュンサクの襟首に手を掛けて引っ張り、その手伝いをした。


「オレがいつ、助平な光線を送ったよ?……おい、引っ張るなよ!」


 シュンサクはあっけなく士官居住区画から追い出されてしまった。目の前で、ハッチがピシャリと閉まった。


「くそぉ。良いところだったのに邪魔しやがって……」


 シュンサクはしばらくハッチを睨んでいたが、もう一度開く様子がない、と踏ん切りを付けて艦長室に向かった。全身にこびり付いた「投げるパイ」の生地をシャワーで洗い流すためだ。


「むふふ」


 艦長室のハッチを開ける手前で足を止めて、口元を押さえて笑った。


「『貴方となら本当に結婚生活を送っても楽しい時間が過ごせそう』だってさ。なんてことを言われてしまってるんだよ。この幸せ者ぉ」


 クレアの言葉を思い出して、シュンサクはその場で身もだえした。


「『クレアさん。今夜、私と一緒にディナーをしませぬく?』……いっけね。興奮して噛んじゃったよ。マナベ君たら、ド・ジ・ね」


「マナベってのは、どいつだ?」


 夕食に誘う模擬練習をしていると、割り込まれた。その上、聞かれたくない独り言まで聞かれてしまった。振り返ると、ヨハン・ガルティヴァンがシュンサクを見下ろして立っていた。


「まぁ、マナベだか、ドナベだか、知らねぇ奴のことなんかどうでもいいか。それよりも……」


 ヨハンはシュンサク・土鍋に距離を詰めてきた。


「さっきはよくも銃で脅してくれたな」


 海賊ゴブリンを倒すために艦内に戻ったシュンサクは、ヨハンを従順にさせるのに銃で脅した。


「ああでもしないと言う事聞いてくれそうになかったからだよ」


 答えながら、ヨハンの額に絆創膏が貼り付けてあるのに気がついた。クレアに投げ飛ばされてどこかにぶつけた痕だろう。見た目は屈強だが、実のところ乙女のようにか弱いのではないか。ふとそんな思いに取り付かれた。


「まさか、そんなことを言いに医務室からここに帰ってきたのか?人に殴られては失神ばかりしている気絶くん」


 クレアと一時とはいえ良い仲になったために強気になっていた。普段なら、心に留めているような挑発的な言葉を放っていた。


 すぐに反動が起こった。口を閉ざす頃には、ヨハンの拳が目の前に迫っていた。視界で火花が散った。


「こうするために、帰ってきたんだよ」


 彼を一瞬でもか弱いと思ったのは大きな過ちだった。シュンサクは床の上で目を回して延びていた。


「もう一度甲板に出といてもらうぜ。ソウ鉱石を盗みにうろつかれたら鬱陶しいからな。……あと、オレを気絶くんなんて呼ぶな。マジで殺すぞ」


 ヨハンの声が遠くで聞こえた。


 その後は何も分からなくなった。


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