2. お祭り男のファン
ルノー総合体育館で行われている伝説の犬士ウルフのカードバトル大会は盛況だった。子供連れの家族が会場内に溢れていた。
会場の一角でコーナーを設けている「投げるパイ」の宣伝ブース前にも人だかりができていた。目玉は、「投げるパイ」の番組の収録と、実践コーナーだった。
実践コーナーは、番組収録用に用意していた「特大サイズ投げるパイ」の調整で、一時、休憩時間を設けていた。
「どうしてルノーくんだりまで来て、こんな目に遭わなきゃいけないんだよぉ」
楽屋裏によろよろとたどり着いた人型のパイ生地が泣き言を漏らした。その正体は、アオイTOY本社総務部倉庫係担当のシュンサク・マナベだった。ヘンリーによって「特大サイズ投げるパイ」の的として担ぎ出され、五〇人近くの少年少女からパイ生地を投げつけられた結果、泥人形のようになってしまったのだ。
シュンサクは先ほどまで的役として立っていた舞台上を恨めしそうに見た。イサードがもっとも顔で「投げるパイ」番組収録のコメンテーターを務めていた。
一時間後には自然に蒸発するのを知っていたが、パイ生地がねっとりと張り付いていて気持ちが悪いため、シュンサクは顔から落そうとした。そのとき、観客の一人が訪ねてきた。
「すみません。アオイTOYの社員の方はいらっしゃいませんか?」
自分のことだ。シュンサクはパイ生地を拭うのを途中にして、訪ねてきた客の方を向いた。
途端に、目を皿のように見開いた。それもそのはず。目の前に、ヒコボシの士官候補生、ロミオ・イーストハーブが立っていたからだ。
「お、お前、どうしてこんなところにいるんだよ!?」
「え?あなた、誰ですか?」
尋ねられてはっとした。ロミオはパイ生地まみれの話し相手が、自分の艦長だと気付いていなかった。
「……い、いや……、人違いでした。ごめんなさい。ところで、アオイTOYの社員を探しているようでしたが、この会場の係員はほぼ全員がアオイTOYの社員ですよ。“伝犬”のバトル用カードはうちが手がけている商品ですからね。かくいうオレも、その一人ですけど、もしよろしければ、ご用件を承りましょうか?」
ロミオがおもちゃ会社の社員とどんな関わり合いがあるのか、シュンサクは不思議で仕方なかった。同時に、幼さを顔に若干残している彼も、三年前の反乱とやらに加担していたのだろうか、と気にしたりした。
ところが、探りを入れる前から邪魔が入った。
「そいつに用事を頼んでも意味がないですよ。彼は、アオイTOYの社員かどうか怪しい奴ですから……」
割り込んできたのは、ヘンリー・ニードルだった。先程までは、イサードの番組収録を自分の手柄のように腕組して眺めていたのだが、舞台裾でシュンサクと顧客がやり取りしているのに気付いて首を突っ込んできたのだった。
「お前はあっちに行っていろ。……すみません、このニードルめが代わりにご用件を承りますよ。地球軍の士官の方とお見受けしましたが?」
ヘンリーが言ってから気がついたが、ロミオは軍服を着たままだった。地球軍の士官が高給取りなのは地球人なら誰でも知っている。ヘンリーはその実入りの良い人間を自分のお得意さんにする魂胆だった。このままヘンリーの食い物にされるのかと、シュンサクはロミオを心配したが、
「僕はまだ士官ではありません。士官候補生です。それよりも、ニードルって名乗られましたが、ヘンリー・ニードルさんじゃないですよね?もしそうなら、僕、貴方のことを軽蔑しています。話しかけないでください」
何やらおかしな展開になってきた。思わず、ヘンリーとシュンサクは顔を見合わせた。
「何か、私が……お客さまのご機嫌を損なうようなことをいた……し……ました……か?」
心の乱れが話し方に現れていた。
「だって、あなた、無限キャラメルという毒入りの商品を企画しておきながら、その罪をマナベさんになすり付けたでしょう?」
ヘンリーとシュンサクは同時に口をぽかんと開けた。
「……マナベぇ……。きさまぁ……」
「無限キャラメルのことは誰にも話してないよ!どうしてこの人が知ってるのか、オレだって驚いてるんだから」
牙を生やしたヘンリーにシュンサクは慌てて弁解した。驚いている顔を見せることができれば、なお良かったが、ロミオの前で素顔を曝すわけにはいかなかった。
「僕が無限キャラメル事件のことを知っているのは、独自で調べたからです」
ロミオのヘンリーに対する話し方は、とても冷ややかだった。一方、シュンサクの方を向き直った顔は、ヒコボシ内でも見たことがないほど子供じみた表情になっていた。今、進水式の記念品のアメ玉を欲しいとねだれば、全て寄越してくるのではないか。
「あなた、もしかして、シュンサク・マナベさんなんですか?」
「え。どうしてオレのこと知ってるの?」
「あなたのファンだからです。実は僕がアオイTOYの社員の方を訪ねた目的は、あなたに会わせていただくことだったんです。会社を訪ねても、あなたに会うなんて時間の無駄だ、って言われて案内してもらえないし、だったら、アオイTOYの催しを訪ねれば会えると思って。僕、これまでに幾つも催し会場を回ってあなたのことを探していたんですよ。四年越しでやっと会うことができました。感動的です」
「オレも君と会えて嬉しいよ……って、えぇ!?オレのファンなの、君!?」
シュンサクは自分の耳を疑った。
「ええ」
「本当の、本当に、オレのファンなの!?」
「はい。僕、あなたのファンです」
シュンサクはこの場でロミオを抱きしめたい衝動に駆られた。一体、この世の誰が、自分のファンだと言ってくれるだろうか。反乱者の一味だろうと、大魔王だろうと、何者でもいい。ロミオは大切にしなくてはいけない存在だとこのときはっきりと確信した。
それにしても、シュンサクのことをいつから慕ってくれているのか。動機は何なのか。今までシュンサクが作った作品―――全てボツになっているが―――の中で、どれが一番気に入っているのか。たくさんの質問を投げ掛けたかった。
「お、おい、マナベ。こいつにキャラメル事件のことを口外しないように釘を刺しておけよ。でないと、お前の恋人をオレの金で救ったことを……」
「分かってるよ」
シュンサクが安心させると、ヘンリーは早々にその場を離れて、部下達の収録現場に戻っていった。十六歳の青年にプライドを傷つけられて、立ち去る背中は芯が抜けたように丸まっていた。
「ファンってことは、君はオレの顔を知っているのかな?」
ヘンリーを見送った後、ロミオに向き直った。返ってくる答えは分かっていた。
「いいえ。存じ上げません」
彼はシュンサクをレーザー銃で撃ち殺そうとしたことがある。顔を知っていたなら、そのような行為に走らなかっただろう。
「お顔も知らないのに、ファンだなんて言って、すみません」
「いや、いいんだよ。素顔は人前で曝さないのをモットーとしているからさ。だから、勝手にオレの顔を調べるんじゃないぞ」
下手に調べられては命に関わるので、さりげなくロミオの行動を制しておいた。
「だけど、無限キャラメルを作った奴が本当はヘンリーだって調べるだけのリサーチ能力があるくせに、オレの顔を調べなかったなんて、抜けてるな、お前。あ、それから、無限キャラメルのこと、誰にも話しちゃダメだぞ。ヘンリーが面倒を起こすからさ」
「…………」
返事がこないのでロミオを見ると、目が潤んでいた。
「うわ、泣くなよ。抜けてる、って言ったから傷ついたのか?」
ロミオは首を横に振った。
「何だか僕、感極まってしまって。ずっと前からマナベさんに会いたかったんです。お礼がしたくて……」
ロミオは懐からピンポン球より一回り小さな虹色の玉を出してきた。
「そ、そ、そ、それは!『食玩忍者アイテム』史上、最もレア商品だと言われている『煙玉』じゃないか!地面に向けて投げると、本当に煙幕が張れるが、あまりに貴重すぎて過去に誰も試したことがないと言われているレア級のレアだ!……どうして、君が持ってるの!?」
「食玩忍者アイテムを購入したところ、たまたま当たったんです。ところで、マナベさん、この食玩の忍者アイテムのコレクターなんですよね?」
「さすがはよく知ってるなぁ。五歳のときから集めてるよ。だけど、手に入れるのまでは諦めてたんだ。それがこうして拝めるとはな……。見せてくれてありがとう」
興奮のあまり顔が火照り、顔についたパイ生地が蒸発しかねなかった。
「やだなぁ。わざわざ見せびらかしに来やしませんよ。煙玉はあなたに差し上げます」
シュンサクは口をあんぐりと開けた。
「煙玉は時価で一〇〇〇万エンドルの価値もするんだよ。いらないなら、ネットオークションに出品したらどう?オレみたいな貧乏人に渡しても礼金は今月の給与くらいしか払えないけど、金持ちのコレクター相手だと弾んでくれるよ」
「僕はお金持ちのコレクターさんに御恩を受けていませんから、渡すつもりはありませんよ」
「御恩って、オレ、何をやったの?前に会ったことないよね?誰かと人違いしてない?」
「いいえ、あなたが、アオイTOYのシュンサク・マナベさんで、四年前に第二〇回おもちゃカーニバルで変身ネクタイの宣伝のためにヒーローショーを演じられたなら、間違いなく僕が憧れている方です」
「オレも演じていたけど主役は務めていないよ。その主役と間違えてないよね?」
「あなたに間違いありません」
瞳をキラキラと輝かしながらロミオは答えた。一体、自分は何を彼にしたのだろうか。シュンサクは四年前のおもちゃカーニバルに記憶を戻したが、思い当たるものはなかった。
「四年前。当時僕が地球軍の軍学校に在学した頃です」
シュンサクが覚えていないことに気付いたようだ。ロミオは回想を始めた。
「父が横領事件の容疑で捕まってしまったんです。僕にはジュリアンという名前の二歳下の弟がいるんですが……あ、無限キャラメルの事件の真相を調べたのは、ジュリアンなんです。僕があなたから受けた御恩とは、ジュリアンに親切をしていただいた件についてなんです」
「第二〇回のおもちゃカーニバルのヒーローショーと、ジュリアンくんとどう関係があるの?」
「第二〇回のおもちゃカーニバルの日に、一〇歳の男の子が道ばたで泣いていたのを慰めた覚えはありませんか?」
もう一度、シュンサクは記憶を辿った。比較的容易く、ロミオが言っているシーンを思い出した。
「そういえば、おもちゃカーニバルの会場の外に昼飯を食いに出かけた帰り道に、男の子と会ったっけ。映画を身に行くつもりだったのにクラスメイトに金を強請り上げられたらしくて、泣いてたよ。映画代をやるにも持ち合わせがなかったしさ、代わりに、おもちゃカーニバルに連れていったらけっこう楽しんでくれたんだよね。あの子、お前の弟だったの?」
「ええ、そうです。ジュリアンが観に行こうとしていた映画は、父と一緒に見に行くつもりでいた映画だったんです。父と会えない寂しさを紛らわせるために足を運んだのに、父の事件でジュリアンをいじめるようになった級友に映画代を盗られてしまったんです。そこに、あなたの親切を受けたのです。弟は、あなたから受けたご恩が深く心に残ったようでした」
「親切ってほどじゃないよ。午後からおもちゃカーニバルのアオイTOYのブースで、変身ベルトっていう商品を使ってヒーローショーをする予定だったから、お前の弟もショーに参加させただけだよ」
「人生で最も幸せなときだった、と弟は言っていましたよ」
「大げさだな。まだ年も若いんだし、ヒーローショーに出演したことよりも幸せなときはこれからもっと訪れるよ」
「……そうですね。大げさでしたね」
ロミオは微笑んだ。一瞬、悲しそうな表情に見えたのだが、確かめる前に、ロミオは煙玉をシュンサクの手に握らせてきた。
「お、おい。本当に、お前の弟を喜ばせたくらいで、こんな貴重なものをもらったら悪いよ。第一、お前には何もしてないわけだしさ」
「お気になさらず。弟を喜ばせてくださったなら、僕にも親切にしてくださったのと同じことですから。……それじゃ、僕、職場に戻らなきゃいけないので、失礼しますね」
「地球軍人の職場というと、ルノー港に停泊している宇宙軍艦かな?」
その軍艦に「ヒコボシ」という名前が付いていることをシュンサクは知っていた。
「ええ。ちょっと問題を抱えていましてね。実は僕が勤務している軍艦に今、一般人が乗っているんです」
「え!?」
ぎくりとして思わず胸に手を当てたが、ロミオの表情が平穏としていることから、自分のことではないとすぐに分かった。では、彼が言った「一般人」とは誰なのか。
ここで、ルノー港で再会したヘンリー・ニードルと話していた最中から、ずっと心に引っかかっていたものが、すっと取れた。
「あぁっ……!!しまった!!」
シュンサクは大声を上げて頭を抱えた。
「ど、どうされたんです!?」
ロミオが目を丸くしている。
――――一般人といえば、クレアさんのことじゃないか。
「もしかして、地球軍の規則に則って、その一般人の命を奪うつもりじゃないよね?」
「仰るとおり、処刑しなければいけないのです。あぁ、そうか。その一般人が哀れだとお思いなんですね。ですが、宇宙暦二五八一年に、直径一〇〇光年に渡る宇宙空間が一時的にソルト星人に制圧された『バーラ星系の危機』の原因は、地球戦艦コハルに乗せた一般人から、地球側が掴んでいるスペースバブルの在処の情報が一部ソルト星人に流出したせいなんです。同じような事件を引き起こさないためにも、『一般人の軍艦搭乗の禁止』項目は守っていかなければならないんです……」
途中から、シュンサクはロミオの話を聞いていなかった。
「助けなきゃ……」
「え?何です?」
「助けなきゃ……」
「誰をですか?……あれ!?どこに行くんです!?」
話の途中だったが、シュンサクはロミオを置いてけぼりにして、伝説の犬士ウルフのカードバトル大会会場の出口に疾走していった。通りすがりに、番組で使っていた撮影カメラにぶつかった。傾いた撮影カメラは調整中の「特大サイズ投げるパイ」を下敷きにし、粉末飛散を防ぐために張っていたシートを破った。中からパイ投げ用生地の粉末が立ち上ぼり、忽ち、濃霧のように会場を白一色に染めた。後日談だが、会場を粉末が埋め尽くして一時間ばかり会場は使用できなくなり、作成者のイサードの肩書きが優秀なエンジニアからはた迷惑な商品を作る厄介人に転落したほどだから、噴き上げた粉末の量が尋常ではなかったことは想像できるだろう。
「社長、今行きまーす!!」
パイ生地の粉末で埋め尽くされた会場の入り口を、「祭」の文字を背負った人影が飛び出していった。
声を聞きつけながら、ロミオは最近どこかで同じ台詞を聞いたことがあるような気がしたが、思い出すことはできなかった。




