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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第四章 MFS4301の悲劇
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1. 再会

 木星軌道上のスペースコロニー「ルノー」は、宇宙暦二三〇三年から存在していた。ちょうど今年は三〇〇周年とうことでコロニー全体が、お祭りムードに覆われた。宇宙船が発着する宇宙船港「ルノー港」も盛り上がりに合わせて新しい様相にリニューアルした。そのオープン日が、三日前だった。簡素なイメージだった港は一変して、ブランド店や人気店を納めた高層のデパートビルなど、活気に溢れた装いに変わっていた。他所の星から港に着いたばかりの人々は、新装開店の港の景色をミーハー気分で眺めていた。


 同じように賑わう軒並みに目を奪われながら、シュンサクはルノー港の玄関口まで歩いてきた。


 背中に「祭」と漢字で書かれた青色のアロハシャツを着込んでいた。この服は、本物のケイン・シバウスの持ち物から拝借してきた。他にも、ショッキングピンクの上下のタイツや、スパンコールで覆われたスーツなどがあったが、とても着れるような代物ではなかった。今着ている服も趣味ではなかったが、八〇キロもある宇宙服を装着して歩き回るわけにはいかず、妥協した。


「ラベンダー社長と話がしたかったのに……」


 シュンサクは振り返ると、フェンスで囲まれたルノー港の滑走路に目を遣った。視線の先では、船首を修理中の宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシが停泊していた。


「ヒコボシは他の船に突っ込んで攻撃するタイプの軍艦じゃないんだよ。海賊船に体当たりしたおかげで、修理しなきゃいけなくなっちまったじゃないか。三時間ばかりルノーに滞在するよ。直し終わるまで目障りだから、あんたはヒコボシの外に出ていきな」


 イザベル・ド・リディアから怒られたのは、一〇分前だ。


 海賊から救い出したクレア・ラベンダーには、最上層の士官区画の空き部屋を宛い、休ませることにした。ルノーに着いてから、イザベルに追い出されなければ、その部屋を訪ねるつもりだった。


 アオイTOYの社長に、スタードリーム事件の真相を打ち明けるためだ。


 事件を起こしたのが実はヘンリー・ニードルだと社長が知れば、病院送りにも解雇にもならずに済む。ましてや、おもちゃ開発のために地球軍艦に乗り込み、宇宙まで来て、その上、艦長にまで成りすましていると知ってもらえれば、努力を買われて念願の企画開発部に返り咲くことができるかもしれない。彼女なら、頼めば、元恋人のメリー・ランドルにも迷惑が及ばない方法で対処してくれるだろう。


「三時間後にヒコボシに戻ったら、社長を訪ねよう。くそぉ。ソウ鉱石を盗んだときにさっさとマジカルキッチンに取り付けておけばよかったよ。完成品を見せたら、社長を喜ばせれたのに……」


 シュンサクはため息を吐いた。ソウ鉱石を諦めようと数分前には口にしていたが、考えを改めたようだった。


「ヒコボシのクルーの嫌がらせで、マジカルキッチンの製作を諦めるようじゃ、オレもまだまだ本当の職人じゃないな。あいつらの仕打ちに負けないで、今度こそソウ鉱石を奪ってやる」


 拳を握りしめたそのとき、


「シバウスさぁん」


「きゃー、ケインちゃんだぁ」


 と甘ったるい声で呼びかけられて、高まっていた気合が飛散した。

 声の聞こえてきた方向から駆け寄ってくる縦巻きロールの髪型の美人と、幼い顔立ちの可愛子ちゃんを見つけた。


「どなた?」


「やぁん。忘れちゃったのー?『ヴィーナスの星宮』のキャロラインとノーラよぉ」


 幼い顔立ちの可愛い子ちゃんが口に両手拳を当てて言った。どちらがキャロラインでどちらがノーラかは分からないが、「ヴィーナスの星宮」のことは知っていた。昔、アオイTOYの企画開発部でバリバリ仕事に励んでいた頃、先輩が宇宙で一番有名な高級クラブだと教えてくれた。それにしても、彼女達はどうして自分がシバウスだと知っているのだろう。シバウスがヴィーナスの星宮の常連で、ホステス達が道ばたで見かけて声を掛けたのは奇妙なことではない。だが、それは本物のシバウスが呼びかけられた場合だ。自分は彼に成りすましている偽物だった。別人を見て、ケイン・シバウスだと気付く現象が、起こりうるのだろうか。罠に嵌めようとしているのではないか。警戒したが、その心配は彼女達の会話ですぐに消えた。


「整形した、ってお伺いしてたけど素敵なお顔じゃない。童顔で可愛いわね。だけど、その格好じゃシバウスさんだってすぐに分かるわよ。その独創的なアロハシャツを着るのは宇宙広しといっても、シバウスさんだけだもんね」


 そこで彼女達は声を潜めた。


「宇宙といえば、ケインちゃん、ヒコボシの生活はどうなのー?こないだうちに来たときに、上層部から聞かされた話をしてくれたじゃなぁい。『ヒコボシのクルーは、三年前、自分達の艦長のリスティンバーク大佐に反乱を起こした宇宙戦闘用駆逐艦アンブレラのクルーの残党だ』って。実際に乗ってみて、酷い目に遭ったりしてなぁい?」


「反乱だって!?」


 反乱という響きは穏やかではない。艦長を甲板に一人で放り出す艦長いじめとは受ける雰囲気が異なった。命のやり取りが行われたということだろうか。


 ヒコボシのクルーはシュンサクが思っていた以上に、凶悪な連中だったようだ。先ほどまでソウ鉱石を奪う気力が再び膨らんでいたのが、またも萎みそうだった。


「そういえば、リスティンバークって名前を、どこかで聞いたような気がするな……あ!」


 ヒコボシのクルーが復讐を燃やしている相手だ、とロミオが話していたのを思い出した。


「リスティンバーク大元帥のことか」


「そうよ。……やだわ、私達に話してくれたときは気付いてなかったの?シバウスさんたら、相変わらず、ぼんやりしてるわね」


「面目ないなぁ。そういえば、こないだ君達に話した内容まで大方忘れてるみたいだよ。そのとき、オレは他にヒコボシについてどんな話をしたっけ?」


 引き続きソウ鉱石を狙う航行を続けるとなると、居場所のヒコボシについて知識を深めておくべきだ。シュンサクは物忘れをしたような振りをして情報収集に精を出した。


「そうね……、クルーが反乱を起こした理由は、MFS4301って星で見つけた貴重な鉱石を自分達だけのものにしようと企んだからだって言ってたわよ」


 おそらくソウ鉱石のことだ。現在、ヒコボシの艦内にあることを考えれば、反乱の目的を彼等は果たしたことになる。


「だけど、反乱を起こしたクルーの一部はリスティンバーク艦長と戦って命を落としたらしいわよ。つまらないことをするからよね」


「あとねー、あとねー、反乱を起こした首謀者が……、その人も反乱中に亡くなったらしいんだけど、イケメンだったって聞いたよー!アレックスなんとかって名前だったかな?」


「アレックス・ウィングラーよ。……イケメンといえば、シバウスさんもイケメンよ。整形前も、今も」


 お世辞に苦笑いが零れた。だが、すぐにそれよりも前の彼女達の会話に思考が戻った。


 アレックス・ウィングラー。イザベルと一緒に写真に写っていた人物だ。写真の中では優しげな表情を浮かべていたが、よもや、反乱を扇動するような人格の持ち主だったとは思いも寄らなかった。


――――ウィングラーさんや他にもクルーの犠牲者を出してまで、ソウ鉱石を手に入れてるのか。どおりで簡単に持ち出させてくれないわけだよな。オレなんかの実力で、盗み出せるのかな。


 いよいよ、ソウ鉱石を奪い取る自信がなくなってきた。


「いやいや、気弱になるな。社長に喜んで貰うためだ」


 シュンサクは頬を自分で叩いて喝を入れた。


「社長って誰よー?」


「まさか、女じゃないでしょうねー」


 キャロラインとノーラが食いついてきた。質問攻めに遭いそうな予感がしてシュンサクがたじろいだそのとき、


「あんた、マナベじゃないか!」


 この状況で本名を呼ばれて、シュンサクは慌てふためいた。目の前のホステスが同じ角度で首を傾げた。


 アオイTOYの企画開発部の社員イサード・ラジーマがこちらに向かって歩いてきていた。五ヶ月前に「二十三回おもちゃカーニバル」で会って以来だ。パイを投げつけられた苦い記憶が蘇った。


 縦ロールヘアの美人がシュンサクにそっと尋ねてきた。


「もしかして、シバウスさん諜報部の仕事をまだ継続しているの?マナベっていうのはスパイ活動で使っている偽名なのね?」


「そ、そうだよ」


 シュンサクは調子を合わせた。


 縦ロールヘアは連れの可愛子ちゃんに何かを耳打ちした。


「私達、お邪魔になるから行くわ。またお店にいらしてね、マナベ君」


 スパイ活動に協力できて満足した様子ではしゃぎながら、二人の美女は去っていった。クレアについて質問攻めに遭わずに済んだ点では、生意気な後輩に感謝しなくてはならなかった。


「誰だよ、あの美人達は!?あんた、スタードリーム事件を起こしたんじゃないのか?会社に迷惑をかけておいて、地球外で女と豪遊かよ」


 イサードはひがんでいた。少しだけ溜飲が下がった。


「イサードこそどうしてルノーに来てるの?そういえば、“伝犬”のカードバトル大会が今日ここで催されてるんだっけ?でも、イサードはカード部門じゃないよね?」


 伝犬とは、「伝説の犬士(けんし)ウルフ」という、毎週日曜日の午前六時半からテレビで三十分放送されているアニメーション番組を省略した呼び方だ。ウルフという名前の主人公が各地を旅して困っている人々を助けていくストーリーで構成されている。


 アオイTOYは、主人公が、魔界の犬―――妖犬が封印されたカードを使って悪者を倒す点に目を付けて、既に何種類ものカードバトルゲーム用のカードを商品化していた。ただし、その商品化にイサードは関わっていなかったのをシュンサクは記憶していた。


「ははーん。さては、おもちゃ開発でヘマをして、カードバトル大会のお手伝い風情に身を落としたな?」


「貴様ではあるまいし、こいつがしくじるものか」


 背後から聞き覚えのある声がした。遠慮なくしかめ面で振り返ると、魚によく似た顔を見つけた。旅行鞄を提げているところを見ると、彼も少し前にルノー港に入港したばかりらしい。


「ニードル部長、ルノーまでの長旅、おつかれさまです」


 イサードが魚面に九〇度の礼をした。


「『投げるパイ』に関するテレビ番組を収録するために制作サイドの君をルノーに出張させたのに、出迎える時間を潰させてすまなかったな。……さっさと収録現場に移動しようか。たしか、場所は、“伝犬”カードバトル大会会場の一角だったな」


「その通りです。ですが、部長、収録現場にいらっしゃるよりも、誘拐されたラベンダー社長の捜査状況を確認しに、ルノーの宇宙警察を訪ねられた方がよろしいのではありませんか?……それに、部長は社長に欠陥品スタードリームをお見せするために、ルノーにいらしたのでしょう?」


 イサードはヘンリーの手に提げられた大きな紙袋に視線を移した。中にはスタードリームが入っているようだ。


「あぁ、そのつもりだったが、宇宙警察を訪ねるつもりはない。オレが首を突っ込んでどうなるわけでもなし……」


「ラベンダー社長がこのまま行方不明なら、次期社長の座はてめぇの親父が引き継ぐからそっちの方が好都合なんだろう」


 シュンサクの野次でヘンリーは顔色を変えた。図星だったようだ。


 既にクレア・ラベンダーが海賊から解放されていることを報せやりたかった。


 なお、このとき、ふと何かが心に引っかかったのだが、それが何なのか分からなかった。


「好きに想像していろ。第一、どうしてここにいるんだ?六時間前に親父に病院送りを言い渡されただろう。……いや、お前の相手をしている時間はなかったな。今は『投げるパイ』の収録だ。現場に行くぞ」


 ルノー港のタクシー乗り場の方向に進み始めながら、ヘンリーはイサードに呼びかけた。そのまま二人とは別れられると思っていたが、


「そうだ、マナベ」


 ヘンリーが立ち止まった。


「おまえ、こないだのおもちゃカーニバルのときに『投げるパイ』の的を経験したそうだな?」


 意地悪い笑いが顔一面を覆っていた。


 嫌な予感がした。


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