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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第一章 へっぽこエンジニアの決意
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1. へっぽこエンジニアの悲劇

 四時間前に遡る。


 シュンサクは、アオイTOY本社の会議室の窓から、外を眺めていた。


 アオイTOYは、社員数が一万人以上の、宇宙に多数の支社を持つ大手のおもちゃメーカーだ。本社は地球のU国UⅡ州ツリー市内にあった。


 会議室の窓からは、周辺に建ち並んでいる複数の高層ビルが見えた。その上空に、イカを横倒しにしたような形状の黒い宇宙軍艦が浮かんでいた。


 地球は九〇年前からメウ星系第四惑星ソルト星との星間戦争を続けていた。シュンサクが見ている宇宙軍艦もその戦いに参加すべく、宇宙を目指して飛び立とうとしているのだった。


――――あの軍艦の艦長、オレの目の前に座っている連中に大砲をぶっ放してくんないかな。


 シュンサクの願いは聞き入れられなかった。


 黒い宇宙軍艦は、反物質を利用して莫大なエネルギーを発生させる「Gエンジン」を起動させて、光速の三〇パーセント―――四秒で地球から月に到達できるスピードで宇宙の彼方へ去ってしまった。


 会議室に視線を戻そうとしたとき、


「おい、ゴミくず。外の景色なんか見てないで、父さんの話をちゃんと聞けよ」


 罵声を浴びせられた。シュンサクは不快そうな顔を隠しもせず、悪態をついてきた相手の方を向いた。


 会議出席者の中に、魚そっくりの顔をした男が混じっていた。ヘンリー・ニードル。年齢は三〇歳。シュンサクとさほど変わらない若さだが、アオイTOY本社の花形部署「企画開発部」の部長だった。

 ただし、間違ってはいけない。彼は能力を買われて若年で出世したのではない。父親がアオイTOYの副社長というコネで今の役職を手に入れたのだ。そして、副社長の威光を笠に着て威張り散らす最低野郎だった。少なくとも、シュンサクはそう思っていた。


「ぼんやりしてちゃダメよ、マナベちゃん。あなたがアオイTOYで働き続けられるか辞めなきゃいけないか、って瀬戸際なんだから」


 シュンサクの直属の上司にあたる、総務部長ボビー・リプルがひげ面を強張らせ、腰をくねらせながら叱ってきた。


「父さん、マナベの奴が聞いていなかったみたいだから、もう一度話してやってよ」


 ヘンリーは会議室の奥座にいる厳格な顔つきの中年に促した。その中年が、副社長のアンリ・ニードルだった。不在がちな社長のクレア・ラベンダー―――今も社長は留守だった―――を補佐して、会社の切り盛りはほぼ彼がしていた。


「私のことは副社長と呼びなさい、ニードル企画部長」


 息子を嗜めてから、アンリはシュンサクに向き直った。


「マナベくん、もう一度、状況を話した方がいいかね?」


「結構です。ちゃんと聞いてましたよ」


 感情を込めると仏頂面になりそうだったので、シュンサクは聞いた話を淡々と羅列していった。


「宇宙船型ラジコンの『スタードリーム』をカリダ市の工場で製造していたところ、製造開始直後に強力な睡眠ガスが発生し、周囲五キロメートル圏内で生活していた人達が全員眠ってしまった。幸いにして、命に関わったり、後遺症が出た人はいなかった。マスコミが騒ぎ始めているが、早期に手を打った広報部長のおかげで事態は収拾できそう。……そうそう。ラベンダー社長の指示で、被害に遭った人達全員が病院で検査できるよう診察費をアオイTOYが負担するように取り計らったんでしたっけ」


 社長の話をしたときだけ、シュンサクは嬉しそうに語った。


 クレア・ラベンダーは、シュンサクが入社以前から憧れていた人物だった。容姿端麗の美女だからと言うわけではない。それもあるが、同年代でありながら数々のおもちゃを世に出してはヒットさせているのが最たる理由だった。クレアはシュンサクが目指す目標だった。


「あと……」


 浮かれた表情が消えた。


「問題のスタードリームを設計したのは、オレです」


 シュンサクが告げると、会議室に集ったアオイTOYの上役達は険しい顔つきで一斉に頷いた。


 今と似た状況を、シュンサクは無限キャラメル事件のときにも体験していた。


 無限キャラメル事件とは今からおよそ三年前に起こった事件だ。劇薬が混入した商品をアオイTOYが出荷してしまい、急ぎリコールを行った。このとき無限キャラメルを開発したのが、当時は企画開発部で働いていたシュンサクだった。彼は裁判に掛けられた。業務過失だけに終わればいいものを、ヤブな弁護士のおかげで妄想性障害と診断されて二年以上も入院する羽目になった。退院後も、総務部倉庫係という閑職に左遷されるは、世間や知り合いからも犯罪者呼ばわりされるはで、彼の人生は無限キャラメルを機に転落の道を辿った。


 本当は、その道を辿るのは、ヘンリー・ニードルだったのだ。彼が無限キャラメルの本当の開発者なのだから。シュンサクは、彼の濡れ衣を着たに過ぎない。


 どういうことか。これには当時シュンサクがつき合っていたメリー・ランドルが関わってくる。


 当時、彼女は心臓を患っていた。心臓移植を受ければ治る見通しが強かったが、いかんせん、メリーにもシュンサクにも移植のための資金がなかった。そんな折りに起こったのが、無限キャラメル事件だった。ヘンリー・ニードルは事件の責任を取るのを怖れていた。そこで、メリーの手術代を工面する代わりにシュンサクに罪を着てほしい、とすがってきたのだった。そして、その頼みをシュンサクは聞き入れ、金を受け取った。


 彼女の容態は回復したものの、今振り返れば、ヘンリーの願いを突っぱねておけばよかった。


 右肩下がりの人生の上に、力を尽くした彼女には「シュンサクが落ちぶれたのが自分のせいだと思うと、会うたびに辛くなるから別れたい」と去っていかれ、もっと酷いことには庇ったはずのヘンリーに会社でストレス発散の対象として毎日いじめられた。

 いっそ本当の犯人がヘンリーだと公表したいところだが、それでは罪を着る代わりに受け取った金で手術をしたメリー・ランドルまで巻き添えにしてしまうので、結局泣き寝入りするしかなかった。


「私の病気を治すのと引き替えに無限キャラメル事件の濡れ衣を着た過ちが、きっとまた貴方を苦しめるわ」


 別れ際に言い放たれたメリーの言葉を思い出した。


「冗談じゃないよ」


 シュンサクは過去と現在に対してぼやいた。


「みなさん、聞いてください。確かにスタードリームを設計しましたよ。だけど、試作品を作った段階で、オレ自身も丸二日爆睡する羽目になったから、自らボツ作品に回したんです。だから、工場に出回ったっていうのは預かり知らない出来事なんです」


「嘘をつくな!」


 営業部長が怒鳴った。


「ボツに回したのなら何故、当社の工場で作られていたんだ!?」


「君は自分の作品を商品化したいために、社長のサインを真似て制作決定の署名をし、カリダ市の工場に発注を掛けたんじゃないのかね!?」


 他の上役も次々と詰ってきた。今は夜中の二時だ。眠っているところを叩き起こされた上に、会社にまで足を運ばされて、皆、機嫌が悪かった。


「答えられるはず無いじゃないですか。オレは関与していないと申し上げているでしょう。その証拠に、他人の筆跡を真似できる芸当はないし、睡眠ガスを発生させるおもちゃを商品化するほど倫理観は欠如してませんよ」


「倫理観の点は怪しいものだな……」


 ヘンリーが鼻で笑いながら独りごちた。


「お前にだけは言われたくないよ!」


 我慢しきれず、つい怒鳴ってしまった。おかげで、上役達からはますます白い目で見られた。


「まぁまぁ、マナベ君。落ち着きたまえ。……君はまじめな社員だとみんなも認識しているよ」


 副社長の言葉で、シュンサクはほっと胸を撫で下ろした。だが、安心するには少し早かった。


「マナベ君、君はちょっと例の病気……妄想性障害が再発しただけなんだ。自分でも気付かない内に、社長のサインを真似したにすぎない。無意識下で君が行った行動をどうして責められようか。むしろ、再発を残念に思うよ」


「そんな……。オレ、正常です」


「みんなそう言うのだよ。大丈夫。数年間、しっかり病院で治療してもらえば必ず治るから」


「で、でも……」


「そうだ。この会議が終わったら、病院まで連れて行かせよう。リプル総務部長、マナベ君を運んであげなさい」


 シュンサクは生唾を飲み込んだ。


 副社長はシュンサクを心配しているのではない。スタードリームの事件も、無限キャラメル同様に妄想癖のある社員がしでかした不幸な事故で片付けるつもりでいるのだ。それには、シュンサクを野放しにしていては邪魔になる。だから、病院施設内に閉じこめるつもりなのだ。


「私の病気を治すのと引き替えに無限キャラメル事件の濡れ衣を着た過ちが、きっとまた貴方を苦しめるわ」


 メリー・ランドルの声が聞こえたような気がした。

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