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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
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11. 美女と海賊

 宇宙暦二五一〇年代、ソルト星辺りの資源を採掘するための採掘団が存在した。採掘団は、作業者を敵の襲撃から守るために警備要員を雇っていた。だが、宇宙暦二五三〇年代に、生命が芽吹かないような星を人が暮らせる環境に変えるテラフォーミングの技術が生み出されたことから、ソルト星近辺でなければ採掘できなかった鉱物も簡単に手に入れられるようになり、採掘団は解体された。それに併せて、警備要員も職を失った。生活に窮した彼等が選んだのは、傭兵か、テロリストか、宇宙海賊になる道だった。


 宇宙海賊といえば、神出鬼没で宇宙船から高価な貨物を略奪していく今をときめくホロウ・サリザラードが有名だが、採掘団の警備要員から転向した海賊の子孫からしてみれば、マフィア出身といわれるホロウなど新参者に過ぎず、我こそが宇宙海賊の原点だと自負していた。


 海賊ゴブリン集団もその元祖宇宙海賊の血統だった。―――と、当人達は吹聴していた。そのためだろうか。採掘団が使っていたといわれる掘削船を、彼等は自分達の船として使っていた。採掘に使っていたタンクやポンプが未だ船内には残っていたが、六〇名の乗員が使ったことは一度としてなかった。


 代わりに、船内の娯楽室は、毎日使われた。


 現在、娯楽室にはいつものように海賊ゴブリンの凶悪面が溢れていた。ただ、普段のように和気藹々とした雰囲気はなかった。海賊船長のボッタ・クルゾとゴブリンの主要人物が真剣な目つきで通信パネルを見つめていた。他の乗組員は、別の部屋で宇宙警察の追っ手をかわすなどの仕事に当たっていた。


 娯楽室のソファに、一人だけ異色の存在が座っていた。肩までの金髪のストレートヘアをした絶世の美女だ。名前をクレア・ラベンダーといった。アオイTOYの数多くのヒット商品を編み出し、経営としての能力も世間で賞賛されている女社長だった。


 組んでいた脚を組み替えると、クレアは手に持っていたティカップを手元のテーブル上に置いた。かちゃりと下の皿と擦れ合う音がして、中に入っていた紅茶が波紋を描いた。


「私はいつ頃、この船から下りられるのかしら?」


 彼女の声がかかって、ボッタは通信パネルの画面から視線を外した。


「あんたの会社が俺の指定した口座に三〇〇〇万エンドルを支払い終えるのを、この通信パネルで確かめ終えたらだ」


「当社の事務処理に抜かりはなくてよ」


 クレアは部屋に集った海賊を見た。もう少しまともな海賊を手配できなかったのだろうか。目の前にいる海賊達は誰もが清潔感に欠けた者達ばかりだった。風呂に長い間入っていなさそうだ。ビリヤードの台に腰掛けているのが四人、部屋のハッチの傍らに立っているのが二人、クレアの傍らに立っているのが一人、船長のボッタの周りに集まっているのが五人。ボッタを含めて全員で一三人。女一人を相手するのに多すぎるのではないか。


「よし、支払い完了だぜ、アオイTOYの社長さん」


 船長のボッタが前に立った。黴くさい臭いがクレアの鼻を突いた。顔をしかめないようにするのに苦労した。


「契約完了ね。さぁ、さっさと私をテーズ星に下ろしてくださらないかしら」


「あんな囚人しかいないような星に何しに行くんだ?」


「貴方に答える必要はなくってよ。貴方と交わした契約は、ダイリ号を襲撃して誘拐した振りをして私を乗船させ、テーズ星まで運ぶという内容だったはず」


「まったく。せこい手を考えるな、あんた。アオイTOYが起こした強力睡眠ガス事故でマスコミ共に叩かれるのが嫌だから、避けるために俺達を雇って誘拐された振りをして行方をしばらく眩まそうってか」


「別に報道陣の対応なんて何てことないのよ。ただ、私は結構忙しいのよ。報道者を相手するよりも、もっと大事な仕事を抱えているの」


「おいおい、マスコミを甘く見たらやべぇんじゃねぇのかい?もしかすると、あんたの会社が潰れることになるかも知れないぜ。そしたら、俺が雇ってやろうか、お嬢さん。……へへへ。あんた、まばゆいよなぁ。俺ぁ、会ったときから、くらくらきてるんだぜ」


 ボッタは口の端からはみ出したよだれを袖で拭うと、目の前でベルトを緩め始めた。


 部屋に集まっている人数が多い理由が漸く分かった。


「あぁ、成る程……。あなた達、私の体を狙っているのね」


「ご名答ー!そんなにズバズバ当てられると、ますますあんたをモノにしたくなるぜー!」


 ボッタが犬の遠吠えをした。すると、部屋に集まっていた部下達も同様に遠吠えをした。全員が、クレアの体を舐め回すような目で眺めてきた。


「契約相手に手を出すなんて、契約違反じゃなくって?」


「ご注文内容には『契約相手と肉体関係を持つな』なんて項目はなかったぜ」


 ボッタがクレアの鎖骨を眺めながら舌なめずりしたとき、船内で警報が鳴り響いた。一三人の海賊は一瞬で緊張した面持ちになった。


「ちっ。宇宙警察か、邪魔しやがって。あんな無能な連中に俺達を捕まえられるかってんだ。……おい、さっさと迎撃して追っ払え!」


 ボッタが艦内の通信機を使って艦橋に命じると、震えた声で返事があった。


「宇宙警察じゃありません。……船長、宇宙軍艦が突撃してきます!!」


 艦橋の通信相手はパニックになっていた。通信機を使ってボッタにだけ報告するつもりが、操作を誤って船内放送を流していた。


「宇宙軍艦だと!?どうして、地球軍の連中が俺達を取り締まるんだ!?」


 返事を聞くことはできなかった。船体が激しく揺さぶられ、ほぼ同時に海賊ゴブリンの隔壁を幾層も貫いて、ピンクと水色の斑に塗られた突起物がクレアのいる娯楽室まで突っ込んできた。他の部屋で銃撃戦の音と悲鳴が上がったが、長くは続かなかった。じきに静かになった。


 娯楽室にいたボッタ以下一三人と、クレアは口を聞かなかった。話してはいけないような静寂が、辺りを包んでいた。


 入り口のハッチが開き、向こう側から筋肉隆々の男が三人入ってきた。彼等は地球軍の軍服を着ていた。


 屈強な地球軍人の間を抜けて、もう一人が現れた。その人物は宇宙服を着ていた。


 宇宙服の人物はボッソ達の前で立ち止まった。ヘルメットが反射しやすい材料を使っているせいで中の顔は見えなかったが、凄まじい気迫を発しているのはヘルメットの透明板越しに感じ取れた。おそらく中の顔は、夜叉か悪魔のような面相に違いない。


 さすがはあまたの戦場をかいくぐって生きている地球軍の軍人だけはある。場慣れしているはずの海賊達全員が冷や汗をかいていた。


「海賊共。人質の彼女に指一本でも触れてみろ。ひとり残らず息の根を止めてやる」


 宇宙服が言った。彼が右手に持っている銃が恐ろしかったわけではない。宇宙服の人物の持つ何かが、その場に集まっていた海賊達に抵抗する気概を失わせていた。もうクレアの体を求めようとする者は誰一人としていなかった。


 宇宙服の男が、宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシの艦長ケイン・シバウスだと、クレアは少し後になってから赤毛で眼鏡の部下に教わった。


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