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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
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10. 艦長いじめ(後編)

 シュンサクの体は船尾に向かって吹き飛んだ。艦橋の出っ張りに手が引っかかったので、急いで手首の青ボタンを押すと右手が外壁に引っ付いた。


「ゲハハハ。どーだ、ざまぁみろ。ロミオの手を借りて艦内に戻ろうなんて、オレ様が見過ごすとでも思ったのか?ヒコボシを降りるまで艦内に入れてやるかってんだ!今度、無重力状態になってみろ。宇宙空間に放り出してやるぜ!ゲハハハハ」


 通信機からヨハンの笑い声が鳴り響いた。


「転送前分析が終わるまでこの辺りを飛び回ってやるぜー」


 艦橋の窓から、ヨハンが意地悪い顔で操縦桿を傾けているのが見えた。ヒコボシはUターンやら宙返りといったアクロバット飛行を始めた。シュンサクは振り落とされまいと、腰の青いボタンを押して靴底も甲板に固定した。そのときに気付いたが、股の下が濡れていた。恐怖のあまりに失禁したようだ。情けなくて涙が出てきた。


「艦長!」


 船首でロミオが呼んでいた。一〇〇メートル以上離れていた。ヒコボシが運転している間は彼も容易に動くことがままならないようだった。


 飛び回っている最中、木星が側にあったことに初めて気がついた。〈CE4〉と〈CE25〉は木星周域にあった。木星の周りにはスペースコロニーが九つあるが、その内のいずれかが見えていた。木星とスペースコロニーの間を幾つかの宇宙船が行き来していた。通常よりも船の数が多い。何か事件が起こったのかもしれない。


 アクロバット飛行している地球軍の軍艦の背中に生身の人間がしがみついていること以上の事件とは何だろう。


 ちょうどそのとき、振動で腰の白いボタンが回転した。艦内との通信用に周囲の電波を拾う機能を持つそのボタンだったが、このとき拾ったのは、木星から発信された電波だった。


「……ザー……ほ…ん日、〇時……分、木星軌道上のスペースコロニールノー付近で宇宙豪華客船ダイリ号が海賊ゴブリンに襲撃されました。六時間以上の拘束の後、乗組員と乗客は解放されました」


 その電波はラジオの電波だった。通信機からニュースが聞こえてきた。


「人質は解放されたのか。事件、解決してるじゃないか。それなら、オレを助けに来てよぉ」


 木星辺りに羽虫のように飛び交う宇宙船にシュンサクは呼びかけた。


 海賊襲撃のニュースは続いた。


「なお、乗員乗客解放を条件に海賊ゴブリンに誘拐されたアオイTOY社長クレア・ラベンダーさんの行方は依然掴めていません。宇宙警察は捜索範囲を広げて……」


「大丈夫ですかー!?」


 ロミオが呼びかけてきた。


 ヒコボシは〈CE25〉の側を大きな輪を描いて旋回していた。


「大丈夫ですかーぁ!?」


 通信機からヨハンの茶化す声が聞こえてきた。他のクルーの笑い声も混じった。


「……大丈夫なわけねぇ」


 シュンサクの声は重苦しかった。


「おやおやぁ?怒っちゃったの、艦長。マジになってるじゃん。そろそろ、ヤバいのかなぁん?」


「ヤバイに決まってるだろ!」


 シュンサクは怒鳴ると、手首と腰の青いボタンをいっぺんに押した。


「おぉぉいっ!頭がおかしくなったのか、お前!?」


 ヨハンの驚く声が聞こえた。


 その頃には、シュンサクの体はヒコボシを離れ、〈CE25〉の手前へ弾き飛ばされていた。土星の輪のようにスペースバブルを囲んでいる表面安定化装置のリングが目前に迫っていた。


 シュンサクは宙返りで〈CE25〉に背中を向けると、宇宙服の腰にある黄色のボタンを押してブーストを起動した。ぶつかる寸前だったが、ブーストの噴射で、シュンサクは表面化安定装置に激突するのを免れた。そのまま、ブーストを何度か噴かして、シュンサクは表面安定化装置の一部に足を着けた。


「てめぇ、アホか!走行中の宇宙船から体を離したら宇宙に放り出される、ってことと、スペースバブルに突進したら死ぬかもしれねぇ、ってことを脳味噌に刻みつけとけ!」


 宇宙空間に放り出すと先程言っておきながら、ヨハンが怒鳴ってきた。


 シュンサクは答えなかった。ヒコボシの左舷側に左腕を向けた。その先には、脱出用ポッド収容区画のハッチがあった。そのハッチを通れば艦外と艦内を行き来できるのは、ヨハンに連れられて通り抜けた経験から知っていた。腰のボタンに右手を近づけた。


「ちょっと、何するつもり!?」


「おいこら、シバウス!これ以上、おかしな真似すんじゃないよ!」


「姐さんの言いつけを聞いて、大人しくしてろ!」


 カトリーヌとイザベルとヨハンの声が通信機でガミガミ響いた側から、宇宙服の腰に付いた赤いボタンが押されて、シュンサクの左腕に仕込まれていたワイヤーがヒコボシに向けて放たれた。ワイヤーの先端に取り付けられていたドリルのような機械が、脱出用ポッド収容区画のハッチ近くにめり込んだ。


「よし、上手くいっ……うわぁぁぁ!!」


 ヒコボシと繋がったワイヤーに引っ張られて、シュンサクの体が〈CE25〉から離れた。それから、ヒコボシの左舷後方の外壁に激突する格好で船体側面に着地した。宇宙服のヘルメットの一部に罅が生じたが空気漏れは起きていなかった。問題はなさそうだ。


 シュンサクは脱出用ポッド収容区画のハッチ近くに通じるハッチに繋がっているワイヤーを右手で掴んだ。


 ワイヤーを伝って艦内に入るハッチまで辿り着き、艦内に戻ろう。歩行するのにバーベル上げ選手の筋力が必要らしいが、甘えていられない。


 三週間前、社内の休憩室でマジカルキッチンの試作品を作っていたときのことをシュンサクは思い出した。


「面白そうなものができそうね」


 シュンサクは声を掛けられた。企画開発部から閑職に追われて以来、彼に親しくする者はおろか、話し掛けてくる者もいなくなった。久しぶりの体感に驚いて顔を上げると、そこにおもちゃ作りの天才、クレア・ラベンダー社長本人が立っていた。


 整った顔立ちとスラリとした体型。相変わらず女神のように神々しかった。


 シュンサクは衝撃のあまりに作りかけの試作品と設計図を床に落としてしまった。その試作品と設計図を拾い上げながら、ラベンダーは設計図の端に書き込んだシュンサクのメモに目を走らせた。


「忙しい母親の代わりに、子どもと一緒に料理作りを楽しんでくれるおもちゃ……へぇ、いいわね。あなたが考えたの?素敵なおもちゃを作ってるじゃない」


 目頭が熱くなった。涙を流さなかったのはシュンサクの見栄だった。


「完成を楽しみにしているわ」


 と言い残して、ラベンダー社長は立ち去っていった。


 そのときに感じたクレア・ラベンダーの心の温かさを、シュンサクはまだ忘れられないでいた。


 その温かみが今、海賊の手によって奪われようとしていた。艦内に戻って、クレア・ラベンダーを救出しなければならない。こうしてヒコボシ艦長ケイン・シバウスに扮することになったのも運命かもしれない。


「社長、今行きまーす!!」


 シュンサクはワイヤーを伝って、ハッチに向かって一歩ずつ前進し始めた。


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