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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
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8. ヒコボシ捕物帖

 艦長室はヒコボシの最上階の船尾に位置していた。二〇平方メートルを優に超える広さで、全体的にクリーム色を基調にしていた。入り口から向かって正面に上等な木材を使った両袖机が威容を誇って置いてあり、右舷側に食卓にも使えるテーブル、革張りのソファが用意され、その奥にクリーニングがよく施されたベッドが設置されていた。他にも、壁づけのテレビや、クローゼット、書棚があり、暮らす上で不便がないよう気配りされていた。酸欠気味なシュンサクの地球のIDKの自宅とは大違いだった。


「よっと」


 ダクトを伝ってイザベルの部屋から帰還したシュンサクは、通気口を出て浴室の大理石の床の上に降り立った。


「やったぜー!ソウ鉱石を手に入れたー!」


 両手拳を天井に突き上げて歓喜に酔いしれた。


「おっと、ゆっくりしてられないんだった。脱出するまで隠しとかなきゃね」


 盗み出したソウ鉱石をセロハンテープで両袖机の裏側に貼り付けた。


「プラーナに付くまでにソウ鉱石を盗み出さなきゃとは思っていたけど、こんなに早く手に入れられるとは意外だったな。こうなったら、さっさと逃げ出そうっと。〈CE3〉を転送したら、木星の側に行けるんだったよな。あの辺りには地球行きのシャトルが行き来している宇宙ポートが沢山あるはずだから艦長命令でその内のどれかに立ち寄って、隙を見てヒコボシを脱出したら、地球行きのシャトルに乗り込んじゃおう。それで、地球に戻れば、……クフフフ。オレも遂にハッピーライフを手に入れられる」


 艦長室の外の通路がざわついていた。イザベルの部屋に集まったクルーだろう。


「誰もいないじゃないか。ワシントン艦長の騒動で忙しいんだから、手間掛けるんじゃないよ」


「すみませーん」


 イザベルの声と、謝っている野太い男性クルー達の声が艦長室の扉越しに聞こえてきた。


「オレが忍び込んだことに気付いていないみたいだな。そりゃ、そりゃそうか。オレはワシントンのおっさんの人質になって艦内を走り回ってることになってるんだもんな」


 両袖机に置かれている通信パネルが目に入った。


「“あいつ”について調べておこう」


 シュンサクは両袖机に備え付けられた椅子に腰掛けると、通信パネルで「アレックス・ウィングラー」の名前を検索した。イザベルが持っていた金魚鉢の持ち主で、ヒコボシの初代艦長だと言われていた人物だ。


「ソウ鉱石が手に入ったから、ヒコボシの知識を今更知っていても役立ちそうにないけど、逃げ出すまでは念には念を、ってな……あれ?」


 通信パネルを覗き込むと、眉を顰めた。


 そこには、アレックス・ウィングラーの経歴が記されていた。


「ヒコボシの艦長だったなんて経歴、どこにもないぞ。最後の経歴は宇宙戦闘用駆逐艦アンブレラの副長ってなってるし……。その後、除隊になってるぞ。MFS4301にて死亡?……そういや、ワシントンのおっさんがアンブレラだの、MFS4301だの、イザベルに話をしてたな。あ、写真だ」


 画面にアレックス・ウィングラーの顔写真が映し出された。


「この人って、イザベルの部屋で見かけた写真の男じゃ……」


 写真の中でイザベルの肩に手を掛けていた軍服の男と同じ顔がそこにあった。


「ヒコボシとどういう関係なんだろう……」


「てめぇ、よくも仲間の前でオレを殴って失神させやがったな。恥かかせやがって」


 通信パネルの向こう側に、スキンヘッドの凶悪面が突然現れた。


「うぎゃあぁぁ!!」


 シュンサクは椅子の上で仰け反った。いつの間にか艦長室に入ってきていたようだ。このスキンヘッド、たしか、イザベルにヨハン・ガルティヴァンと呼ばれていた。前にも彼の顔を見て悲鳴を上げた記憶があった。貨物区画でだ。シュンサクの放ったロボットスーツのロケットパンチで殴り飛ばされて医務室で治療していると聞いていたが、回復したらしい。


「お、お前、部屋に入ってくるなら、ノックぐらいしろよな」


「それはてめぇも同じ事だろうが」


 ヨハンは机の上にモニターを置いた。


「へへへ。今頃、ヒコボシの連中はオレのダミー人形とジェミーのおっさんを追いかけてる頃だろうな。さて、奴等の目が逸れている間にソウ鉱石をいただかなくっちゃ……」


 モニターからシュンサクの声が流れ、画面にはイザベルの部屋の金庫を破り、中味をズボンのポケットに仕舞い込むこそ泥の姿が映し出された。


「こ、これは……」


 真っ青になりながらシュンサクはモニターを指さした。


「イザベル姐さんが部屋に仕掛けておいた隠しカメラが撮った映像だ」


「他にもあるわよ」


 部屋のクローゼットが開け放たれると、赤毛の眼鏡っ子クルーが中から出てきた。


「君、いつからオレの部屋のクローゼットに入ってたの?」


 答える代わりに、赤毛眼鏡っ子クルーはヨハンが持っているのと同じモニターを掲げた。


「やったぜー!ソウ鉱石を手に入れたー!」


 シュンサクの歓声がスピーカーから上がった。


 シュンサクが艦長室に戻ったときから、彼女は既に部屋のクローゼットに忍び込んでいたようだ。


 その後、モニターは、シュンサクがヨハンに気付いて驚くまでの一連を映像で流した。


「この野郎。姐さんの部屋に入りやがって。オレだって一人で入ったことないのに」


 ヨハンは両袖机の裏側からソウ鉱石を引っぺがした。


「騙しやすい奴だね。侵入者がいたことをあたいが本気で気付いていないと思ってたのかい?呑気に通信パネルでアレックスの経歴なんか調べやがって。そんな間があるなら、さっさとワシントン艦長と合流してりゃよかったんだ」


 艦長室のハッチが開いて、向こうからイザベルが入ってきた。その後から、ぞろぞろと筋肉隆々のクルー達が続いてなだれ込んできた。全員が、シュンサクを睨んでいた。


「とは言っても、ワシントン艦長はとっくにとっ捕まって、懲罰室にぶち込んであるけどね」


 ずいぶんあっさりと捕まったものだ。彼のおかげで注意を反らせられていると安心していたのに、てんで頼りにならない。


「上層部からアレックスのことはとっくに学んできているだろうが。今更、調べたところで、新しい情報なんて出てきやしないよ。新しい情報を残そうにも、リスティンバークに殺されて、できなくなっちまったんだからね。……さて、ヒコボシが艦長いじめのはびこる問題軍艦だってことを、あんたは知ってるよね?」


「初耳ですけど」


 クルーの艦長に対する敬意が薄いとは感じていたが、まさかいじめが行われているとまでは考えていなかった。


「好きなだけすっとぼけてな。ともかく、あたいらは、あんたがソウ鉱石を狙ってないなら手を出すつもりはなかったんだ。だが、上層部の使いっ走りでソウ鉱石を狙っていると分かっちゃ、容赦しない。徹底的に叩き潰すよ。覚悟しな」


「い、いえ、オレは上層部とは無関係ですよ」


「しらばくれても無駄よ。ソウ鉱石を盗んだのが良い証拠じゃない。上層部以外にソウ鉱石がヒコボシにあるのを知ってるのは他にいないんだから」


 赤毛の眼鏡っ子クルーがシュンサクの言葉を退けた。


 おもちゃ会社の一社員もヒコボシがソウ鉱石を持っていることを知っているぞ。シュンサクは声を大にして叫びたかった。


 ヨハンはイザベルにソウ鉱石を渡すと、シュンサクの前に戻ってきた。


「ソウ鉱石狙いだと分かるまで手出しするな、って今回は姐さんに止められていたから大人しくしてたが、もう我慢しなくていいらしいな。へっへっへ。殴り飛ばしてくれた礼を一〇〇倍にして返してやるぜ」


 ボキボキと指が鳴った。

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