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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
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7. 怪盗マナベ参上

 天井の通気口の蓋を蹴破ると、シュンサクはイザベルの部屋に降り立った。


「へへへ。今頃、ヒコボシの連中はオレのダミー人形とジェミーのおっさんを追いかけてる頃だろうな。さて、奴等の目が逸れている間にソウ鉱石をいただかなくっちゃ……」


 第四層からダクトを伝って最上層に上がってきたので、シュンサクの髪の毛には蜘蛛の巣が引っ付いていた。払いのけながら、シュンサクはイザベルの部屋のど真ん中を進んだ。そして、イザベルのベッドを動かした。床の上でアルコール飲料の空き缶がガランガランと音を立てた。


 ベッドの奥から、先ほど一瞬だけ目にした埋め込み式の金庫が現れた。


「鍵が掛かっているな。なぁに、オレの作品に掛かればどんな扉だって開けられるもんね」


 ズボンのポケットから直方体のプラスチック製の箱を取り出した。裏面が磁石になっていて、金庫の扉にかざすと箱はぴたりと張り付いた。表の丸いボタンを押すと、「カギカギオープン」という音声と共にひとりでに金庫のダイヤルが回転を始めて、十秒後には扉が開いた。


 こちらの商品、四年前にテレビで放送された鍵穴戦隊キーバトラーという番組で主人公達が使っていたヒーローアイテム「オープンザドア」をシュンサクが模倣して作ったおもちゃで、番組通り、鍵の側で起動させれば自動的に開錠できる代物だった。


「ちゃんと鍵も開けられるのに、どうして第一選考でボツになったんだろうなぁ」


 作成者はぼやいているが、会社側としては本物の犯罪者が金庫破りに使いかねないものを商品化するはずもなかった。


「どれどれ、ソウ鉱石はどこかな?」


 金庫をのぞき込むと、アメジストに似た紫色の水晶が仕舞われていた。光が当たっているわけでもないのに独りでにぼんやりと光り、また、内側がシャンパンのように小さな泡を立ち上らせていた。空気に触れると個体に変化する性質があるのかもしれない。表札がかかっているわけではないが、その神秘性がソウ鉱石だということを伝えていた。


 しばらくの間、シュンサクは目を奪われた。


「急がないといけないんだったな」


 はたして手で触れても大丈夫なのか気になったが、指先で突いても幾分明るく輝く程度で他に変化は起こらなかった。覚悟を決めて手に取ると、金庫に貼り付けていた「オープンザドア」と一緒にズボンのポケットの中に仕舞い込んだ。


 それから、金庫の扉を閉めて、ベッドを元の状態に戻すと、部屋の侵入時に使った通気口へ向かった。そこからダクト伝いに、隣の艦長室に移動するつもりだった。


「あ、そうだ」


 足を止めて、部屋のカラーボックスに目を遣った。ヒコボシ進水式パレード記念のアメ玉の缶が飾られていた。隣には、シュンサクが踏んづけて靴跡を付けてしまった写真が写真立てから出して置かれていた。


「一個くらい貰っても、バレないだろう」


 シュンサクはアメ玉の缶に手を伸ばした。後悔するとも知らずに。


 緊張して汗を掻いていたため、缶を持ったときに指が滑った。アメ玉の缶はヒコボシの人工重力機能が造り出す重力に従って垂直に床に落ちた。


 落ちた缶は騒々しい音を立てた。蓋は部屋の隅まで転がっていった。中味のアメ玉はアルコール飲料の空き缶に混じって床の上を散らばった。


「何だ、今の音?」


 もっと悪いことは、部屋の外を通っていたクルーが異変に気付いたことだった。


 シュンサクは大急ぎで床の上のアメ玉を拾い集めた。ところが、気が急いているため、部屋の端まで転がっていた缶の蓋を取りに行く途中で、もう一度、アメ玉を床の上にぶちまけてしまった。


「おい、リディア機関長を呼んでこい」


 外の通路が騒がしくなってきた。シュンサクは無我夢中でアメ玉を金の缶の中に戻していった。散在しているアルコール飲料の空き缶が邪魔だった。


「うわっ!」


 床の上に置いていた金魚鉢に足が引っかかった。中味のビー玉が床の上に散らばった。


「どうして床の上に置いたままにするんだよぉ」


 泣き声になりながら、アメ玉を缶に戻すのと並行して、ビー玉を金魚鉢に仕舞った。比較的床の狭い範囲に転がっていたので、ビー玉の方は手間がかからなかった。


「あたいの部屋に誰かが忍び込んでるだって?」


 金魚鉢にビー玉を入れ終えた頃、部屋の住民の声が聞こえてきた。


 時間切れだ。


 シュンサクは金の缶をカラーボックスに戻すと、床に残ったままのアメ玉を全て口の中に放り込んだ。噛んでいる時間もない。次から次へと錠剤のように飲み込んだ。小学生時代の思い出の味を堪能する暇など到底なかった。


「よぉし、全部、片づいたな」


 床の上からアメ玉を一掃したのを確認すると、シュンサクは通気口に飛び込んだ。


通気口の蓋をそっと閉めてその場から立ち去った。

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