6. 顔馴染み
ジェミー・ワシントンといえば、クロッカス病院でシュンサクに「おで、地球軍の宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシの艦長なんだ」と毎日訴えてきた人物だ。
アオイTOYの生活に復帰してからは、二度と会うことはあるまいと思っていた。
ところが、どうしたことか。今、シュンサクの視界の中に彼の姿があった。
「久しぶりだな、リディアくん」
しかも、いつもの台詞以外のことを話していた。
シュンサクはヒコボシの食堂にいた。他にも、イザベル、ロミオ、その他大勢のヒコボシのクルーが集まっていた。その中心に、ジェミー・ワシントンが位置していた。彼は細身の若いクルーを半ば抱きかかえるように掴んでいて、右側頭部にレーザー銃を突きつけていた。イザベルに笑いかけると、話し始めた。
「バールン星で拘束状態の私を人身売買の組織に売りつけて以来の再開だな」
「言ったとおり、おっさんだから誰も購入してくれなくて、無事に地球に帰還できたろ?」
「どこが無事かね。私は、危うく臓器を販売に掛けられるところだったのだ……」
目に涙が滲んでいた。シュンサクはもらい泣きしそうだった。
「そりゃ悪かったよ。謝るから、ケローを離しな」
「お断りだ。今から機関室に行ってヒコボシを爆破するのに、彼は人質として必要だ」
「ヒコボシを爆破したらあんたも死ぬんだよ。分かってるのかい?」
「君らのせいで私は軍を辞めたのだ。闘病生活が長かったおかげで、妻も子どもも去っていったよ。残ったのは君達への恨みだけだ。ヒコボシを爆破して君達へ復讐できるなら、命など惜しくはない。……ふふ。実に楽しみだよ。ヒコボシの爆破によって、君達の夢も塵と帰すのだからな。宇宙戦闘用駆逐艦アンブレラクルーの名誉回復、アレックス・ウィングラーの復籍とヒコボシ初代艦長への着任発令、MFS4301事件の真相の公表と、リスティンバーク大元帥の除隊だったか、君達の夢は?これらの夢全てを今すぐ潰してやる」
「ソウ鉱石はどうするんだい?爆発で諸共消えちまうよ」
「ソウ鉱石が消えて困るのは上層部だ。上層部と縁の切れた私には関係ない。それもこれも、君達が私を艦長として尊敬を払わず、犯罪ともいえるいじめ行為を働いたせいだ。……さぁ、機関室に移動させて貰うぞ。来給え、ケロー宙兵」
イザベルとの会話を中断して、ジェミー・ワシントンは移動を始めた。強く引っ張られて、ケロー宙兵が呻いた。
「やめてください、ワシントン艦長!ケロー宙兵を解放してあげてください。地球軍を辞めたとはいえ、昔艦長を務めた者としての誇りを失わないでください」
止めに入ったのはロミオだった。ワシントンは多少心を動かしたようだった。
「ロミオくんか。君だけはいつも親切にしてくれたな。君を巻き込みたくはない。一〇分待つから、脱出ポッドで艦外に退避するといい」
「僕だけ逃げるなんて嫌です。お願いですから冷静になって話し合いましょう!」
ジェミーは首を激しく横に振った。
「埒が明かないね。射撃の得意な奴を呼んできな。もう、あいつは艦長の権限はないんだから、遠隔射撃でぶっ殺してもマリベルは怒らねぇだろう」
イザベルが側の部下に指示を下していた。指示を受けた部下が、射撃の得意なクルーを探しに立ち去ろうとしたとき、
「ねぇ。良ければ、オレがケロー宙兵の代わりに人質になろうか?」
群衆の比較的外側で声が挙がった。その人物に食堂に集まっていた全員の視線が集まった。
「ヒコボシに君のようなクルーはいたかな?」
「……ケイン・シバウスっていいます。さっき着任したばかりの艦長だよ」
新しい名前を思い出しながら答えた後、シュンサクは大股で側まで歩いていった。
「ふん、不幸な男だな。君も」
「労ってくれてありがとう。それよりも、ケロー宙兵と代わってよ」
「お断りだ。ヒコボシの艦長を人質にしてもヒコボシのクルーには意味がない。逆に喜んで襲いかかってくるだろう。あいつらは君を敵だと見なしているからな」
「そんなの人質にしてみなきゃ、分からないだろう?」
シュンサクは更にずかずかとジェミーに近づいていった。
「お、おい、シバウス、危ねぇぞ!」
クルーの一人が声を掛けてきたが無視した。
「こ、こら、こっちに来るな!」
ジェミーは、ケロー宙兵のこめかみにレーザー銃を押さえつけた。シュンサクは足を止めた。
「弱ったなぁ。知り合った仲じゃないか。ゆっくり話をしようよ」
「私と知り合いだと?」
「……毎日、あんたと話をしたじゃないか。覚えてないのかな?」
「どこでだ?いい加減なことを言うな」
「……『おで、地球軍の宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシの艦長なんだ』」
「あ!」
クロッカス病院でのお決まりの文句をそのまま伝えると、電撃に撃たれたようにジェミーの体が一瞬間震えた。シュンサクを思い出したようだ。
「君……、君は地球軍の人間だったのか!?」
「オレを覚えてくれてたんだ。……これで話し易くなったよ。とりあえず、もう少しだけ近づいてもいいかな?丸腰だからあんたに何も手出しできないよ。何なら、ケロー宙兵は人質のままでもいいよ。とにかく、話をさせてもらえないかな」
毎日、毎回同じ話を聞いてくれた恩を感じているのか、ジェミーはシュンサクの申し出に大人しく従った。
シュンサクは両手を上げたままジェミーの側まで行くと、耳に小声で話しかけた。
「実は、さっきソウ鉱石の在処を見つけちゃったんだ。ただ、盗み出すには人の目をそらしておく必要があってさ。そこで、ワシントン艦長にぜひとも協力して貰いたいんだよ」
ジェミーは目を丸くした。ケロー宙兵は二人の会話が聞こえず、不安げにシュンサクとジェミーの顔を交互に窺っていた。
「だども、軍と縁が切れた、おでにはソウ鉱石は関係ない話だ」
ジェミーもシュンサクにだけ聞こえる声で話し返してきた。口調が、病院のときのように訛っていた。シュンサクに心を許している証拠だった。
「そうでもないよ。ソウ鉱石を盗み出せば、ヒコボシのクルーは一貫の終わりだよ。だって、そうでしょ?今までヒコボシはソウ鉱石を使って脅すことができたから上層部も手を出せなかったんだけど、その脅しの材料がなくなっちゃったら、上層部は思う存分ヒコボシに手出しできるじゃないか。今まで艦長をいじめまくってた分のお仕置きをしてくれると思うよ」
ヒコボシの倉庫で男女のクルーが話していたことを思い出して、シュンサクは言った。
「おでの手でこいつらに復讐してやりたい……」
「ヒコボシを爆発することが復讐なの?ヒコボシのクルーのちんけな夢を潰すだけで、ワシントン艦長は満足できるの?……こいつらを本当に苦しめたいなら、生かしたまま血反吐を吐かすべきだよ」
「例えば、おでが味わったのと同じ目に遭わせるとか?」
「そうそう」
「家族と一生涯会えないよう完全隔離するとか?」
「そうそう」
「闇ルートに売りつけるとか?」
「そうそう」
「ぐふふふふ」
「んふふふふ」
新旧艦長は顔を見合わせて笑い合った。
「乗った。シバウス君に協力する。おではどうすればいい?」
まもなく、ケロー宙兵が解放された。
代わりに人質になったケイン・シバウスを連れてジェミー・ワシントンは食堂の隣の娯楽室へ移動した。そこから階段を使って一層下の艦載艇収容区画へ行くと、右舷側から第四層に降りた。第四層の貨物区画を通り抜けて下士官の居住区画へ来た頃には、人質はシュンサクから同じサイズの抱き枕に変わっていた。