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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
13/22

5.  ソウ鉱石の持ち主

 地球軍本部基地で上層部の二十六人とロバルト・ガルマーによる会議が行われたときから、およそ七時間後。彼らによって、危険地での調査で命を落しても惜しくない人材として適当に選ばれたヒコボシの次期艦長ケイン・シバウス。

――――の代わりに、シュンサクは宇宙をヒコボシで航行していた。


 艦橋内では、引き続きスペースバブル転送前の分析作業が続いていた。アームやセンサーを使って目の前にあるスペースバブルの安全性を確かめたり、スペースバブルの膜組織を検出して艦内の研究室で化学反応を確かめたりと、これから一時間は〈CE3〉手前で停留する。


 一連の作業が順調に進んでいるのを見とどけると、シュンサクは艦橋のハッチから外の通路に出た。


 侵入者として追いかけられていた騒動のおかげで、艦橋以外の場所をゆっくりと見るのは初めてだった。


 艦橋からまっすぐ三〇メートルばかりの通路が艦尾の方向へ伸びていた。突き当たりにハッチが一つ見える。その部屋がこれから自分の寝泊まりする艦長室だと、艦橋にいるときに艦内地図のデータを確認して知っていた。なお、左右の隔壁にも四つのハッチがあって、内三つは士官区画で、残り一つは空室になっていることも掴んでいた。


「渋滞に巻き込まれて遅刻した、ってどういうことですか!?」


 下のフロアに下りる階段から、興奮気味の声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがあった。シュンサクを撃ち殺そうとしたマッシュルームカットの少年兵だ。


「ヒコボシを立ち直らせようとしているのに、やる気が無いのは困ります!」


 まだ少年兵は話を続けていた。相手の声が聞こえてこないということは、どうやら通信機で外部と連絡を取っている最中らしい。シュンサクは声が聞こえてくる階下に向かおうとしたが、


「よぉ、艦長」


 と後方から呼びかけられて、足を止めた。


 呼びかけてきた声にも、聞き覚えがあった。むしろ、忘れてはならない声だ。ソウ鉱石の持ち主の疑いの濃い、イザベル・ド・リディアのものなのだから。


「イザベル……」


 気安く呼ばれたのが気に食わなかったのか、女機関長は顔をしかめた。しかし、口に出して咎めてはこなかった。


「転送前点検を、全項目クルーにさせたそうだね」


 またしても、艦橋内での同じ議論を戦わせなければならないのか、とシュンサクはわずらわしさを覚えた。しかし、イザベルはにこりと微笑むと、


「あたいも前から転送前分析を省略化しすぎてると思ってたんだ。今回の航行では転送前にきちんと分析をさせるつもりでいたんだが、あんたに先を越されちまったよ」


「ごめん」


「謝るこたないさ。……謝る相手は、あたいじゃなくて、あんたがロケットパンチを使って貨物区画で殴り飛ばしたヨハン・ガルティヴァンだよ」


 スキンヘッドの強面が頭に浮かんだ。


「あぁ、ヒコボシの三番目に偉い人だね」


「三番目?ヨハンがかい?」


「だって、オレは一応大佐でナンバーワンだろ。その次は、少佐の君。その次が……」


「あんた、素人かい。少佐ではあるけど、あたいの場合は機関部に所属している技術官だから、ナンバーツーじゃないよ。あんたの次官は、中尉のヨハンだよ。その次が、カトリーヌ・アロー少尉。ヒコボシの士官はこれだけさ」


「たったそれだけなの?他にはいないの?」


「他の士官は……」


 イザベルがシュンサクに目の焦点を合わせてきた。緑色の瞳の奥に強い光が灯ったが、その意味を掴むよりも早くイザベルは視線を外した。


「そんな話はどうでもいいじゃないか。あたいは、詳細な転送前分析をクルーにさせてくれた礼を言いに来たんだよ。それだけさ。ありがとよ」


 井戸端会議を好む性質ではないようだ。用事を済ませるとさっさとイザベルは立ち去ろうとした。


「あ、待って……!」


 シュンサクは急いで引き止めた。


「何だい?」


 面倒くさそうにイザベルは振り返った。


 シュンサクは通路の並びにある士官室―――イザベルの私室に視線を移した。


「その部屋、イザベルの部屋だよね?中でゆっくりヒコボシについて教えてもらえないかな?」


「あたいの部屋でかい?」


 イザベルがじっとシュンサクを見た。女の部屋に入れろ、と強請ったので変態だと思われたのかもしれない。


「ああ、いいよ」


 だが、思ったよりも簡単に承諾してもらえた。イザベルは、側を抜けると自分の部屋に入っていった。シュンサクも続いた。


「これ、女の人の部屋か?」


 部屋の構造は、先刻入った士官候補生区画によく似ていた。手前にベッド、奥に机が配置されていた。違っているのは、ベッドや机が前者は四人分あったのがこちらは一つだけしか置いていない点だ。家具が少ないのなら部屋は広く見えるはずだった。だが、イザベルの部屋は士官候補生区画よりも狭苦しかった。


 理由は一言で済む。「汚い」からだ。


 ベッドには競馬新聞やらパチンコの雑誌がうず高く積み上げられ、机には所々黒く焦げている麻雀卓が置かれてその側に煙草の吸い殻が溢れた灰皿が所狭しと置かれていた。衣類はもともと椅子だったであろうものにてんこ盛りで掛けられ、床の上には砂利のようにビールの空き缶が転がっていた。ビー玉だけが入れられた水の張っていない金魚鉢や、一方通行の道路標識や、アンモナイトの化石などの珍品も混じっているが、それらが可愛らしく見えてくるほど、むさ苦しい部屋だった。


「そこら辺に座りなよ。飲み物はビールと芋焼酎と日本酒があるが、どれがいい?あと、ウォッカもあるよ」


 ヒコボシは弩級宇宙戦艦スノーマンが行方不明になった宙域を目指していた。その少し手前にスペースコロニー「プラーナ」があることをシュンサクは掴んでいた。いくら、クルーがシュンサクの意見を聞き入れてくれる愛情に厚い者達とはいえ、正体がバレればカリカリに揚げられる。その前にソウ鉱石を手に入れて、プラーナに立ち寄って逃げた方がいいと、シュンサクは考えた。


 それには、まずはソウ鉱石を見つけ出さねばならない。探索にあたっては、ヒコボシに乗り込んで間もなく得た「ソウ鉱石はリディア機関長が持っているらしい」情報を頼りに、イザベルの身辺から探し始めることにした。隠しているとすれば、暮らし慣れた私室だと踏んであわよくイザベルの部屋に押し入ったまでは順調に事が運んでいた。だが、


「散らかりすぎて、どこに隠しているか分からないよ……」


 シュンサクの地球の自宅に匹敵する散らかりようを前にして、本当にこの部屋にソウ鉱石が隠されているのか自信がなくなった。


「何か言ったかい?」


「い、いいえ。……あ、そうだ!イザベル、この部屋散らかってるけど、よければ片付けようか?」


「なんだい、あんた、きれい好きかい?そうは見えないけどね。第一、艦長に自分の部屋を掃除させちゃまずいだろ」


「いいの、いいの。お掃除大好きだから」


 腕をまくりながら、イザベルの承諾を聞く前からシュンサクは片付けを始めていた。当然ながら、ソウ鉱石をどさくさに見つけよう、という魂胆が裏には隠れていた。


 イザベルも途中から手伝い始め、気がつくと二〇分が過ぎていた。二人とも、埃まみれになっていた。


「だるまはどこに置いたらいいかな?」


「どこだってかまわないよ。酔っぱらって選挙の会場から盗んできちまったものだから」


「この道路標識は?」


「それも酔っぱらって持って帰ってきたものなんだよ。捨ててもいいかもしれないね」


 こんな調子で更に二分が過ぎた。


「この水が張っていない金魚鉢は?ビー玉が入って綺麗だね」


「それは捨てんじゃないよ。アレックスのだからね」


「アレックスって?」


「あ……」


 イザベルは顔をしかめると、舌を打った。


「お前が艦長だったのを忘れてたよ。……つまんない質問するんじゃないよ。アレックスといえば、ヒコボシ初代艦長のアレックス・ウィングラー中佐に決まってるだろうが」


「あ、あぁ。そのアレックスね」


 誰か知るはずもないが、ヒコボシの艦長ならば知っているのが常識らしいので、知ったかぶりで切り抜けた。後で調べる必要がありそうだ。


「この缶は知ってるぞ。あのクルーの部屋にあったやつだ。マッシュルームカットの、若い搭乗員で、名前はたしか、ロボオ……ロボ……何だったかな?」


「もしかして、ロミオ・イーストハーブ士官候補生のことをいってるのかい?」


「そう、ロミオだ!このアメ玉が入ってる缶、あいつが友達の形見だって大切にしていたやつだ。酔っぱらって持ってきたなら、早く返した方がいいよ。勝手に触ったら、さっきはレーザー銃で殺されかけたからね」


「そいつは、ロミオが持ってたのとは別の缶だよ。ヒコボシが建造されて地球軍で進水式パレードが執り行われた日に、士官候補生達がお祝いとしてクルー全員に配った記念品だから、捨ててなきゃクルーの全員が持ってるよ。艦長のあんた以外はね。……ほら、缶の蓋の裏に『ヒコボシ進水記念』って文字が入ってるだろ?」


「いいなぁ。オレ以外、みんな持ってるのかぁ」


 イザベルはヒコボシ浸水記念の話をするつもりだったようだが、シュンサクはまだアメ玉から思考を切り替えていなかった。


「……そのアメ玉、小学生のときに修学旅行先でクラスメイトが土産で買ったアメ玉と、味がよく似て美味しいんだよね。オレも買って帰りたかったんだけど、クラスメイトから貰ったときは帰宅中のバスの中でさ、買おうにも買えなかった甘酸っぱい思い出が……あ、こんな話、どうでもいいよね。えっと、なんだったかな?」


「別に何でもないよ」


 イザベルは苦笑しながら自慢のロゴ入り蓋を机に置くと、代わりに缶本体をシュンサクに差し出した。


「一個くらいならやるよ」


「ほ、ほ、本当に!?」


 自分でも大げさすぎると思えるほどに喜んでしまった。


「構わないよ」


「やったー!!」


 シュンサクは小学生のようにはしゃいだ。バンザイをしたとき、カラーボックスに飾っていた写真たてに右手が当たった。写真たてはバランスを崩して床の上に落ち、写真を埃から守っていた表面のガラス板が音を立てて割れた。


「しまった……」


 拾おうとしたのだが、下に転がっていたビール瓶を踏んで姿勢を崩し、右足が写真たてと中味の写真を踏みつけた。


「あ、やべ」


 足を除けると、下に敷いてしまった写真が目に入った。ドレスアップしたイザベルと、彼女の肩に手を置いて微笑んでいる軍服姿の若い男が写っていた。


「この人、誰だろ……」


「てめぇ……わざとか」


 不穏な気配が漂ってきたのでイザベルを見ると、先ほどまでのご機嫌な様子はどこへ消えてしまったのやら。鬼もたまげて逃げ出すような憤怒の形相を浮かべてシュンサクを睨んでいた。写真を踏みつけたことが気に障ったらしい。


「わざとじゃないよ」


「嘘つくんじゃないよ!ヒコボシの艦長なんて、本当のことを言ったためしがないんだ!てめぇの顔なんて二度と見たくないね。とっとと出て行きな!」


「えぇ!アメちゃんくれるんじゃないの!?」


「お前なんかに一個だってくれてやるもんか!さっさと行っちまわないと、そのマヌケ面、蹴り飛ばすよ!」


 本当に蹴り飛ばしてきそうなので、急いで部屋の入り口に向かった。


 ところが、すんなり逃げ出すことが叶わなくなった。というのも、


「リディア少佐!」


 シュンサクが向かっているハッチを向こう側からドンドンドンと激しくノックする者が現れたからだ。


「入れ」


 まだ怒っている声でイザベルが応じるとハッチが開き、その向こうにロミオ・イーストハーブ士官候補生が現れた。


「あ、艦長もいらしたのですか。ちょうど良かった。大変なんです」


 顔を蹴り飛ばされそうなほど大変なことだろうか。


「落ち着きな。何が大変なのさ?」


 イザベルが言うとおりロミオは興奮していた。頬がリンゴのように赤く、動作もそわそわと忙しなかった。


「そ、それが、ワシントン艦長が艦内に潜入していて、食堂でレーザー銃を天井に向かって乱射した後、パーン・ケロー宙兵を捕まえて銃を突きつけてるんです。どうやら、機関室でGエンジンを暴走させてヒコボシを自爆させようと考えているようで……」


「何だって!?それで、機関室に行っちまったのかい?」


「いいえ、食堂でクルーが取り囲んでいますが、人質のケロー宙兵を今にも撃ちそうです。リディア少佐に是非説得をお願いしたくて……そうだ、艦長。よろしければ、あなたもお越しいただければ……」


「えぇ!?オレも!?」


 銃が乱れ撃ちされているような場所に赴きたいほど怖い者知らずではない。断るつもりだったのだが、突然、首根っこを掴まれた。


「行くよ」


 シュンサクの首を掴んだまま、イザベルが後ろから押してきた。


「まだ、怒ってます?……怒ってますよね、そりゃ」


「黙ってとっとと食堂に行くんだよ。ぼんやりしてたら、首の骨を折るよ」


 本当にしかねない。


「はい、行きます。行こう、行こう!」


 シュンサクは部屋のハッチに改めて向かった。


「あっ!」


「何だい?急に、立ち止まるんじゃないよ」


「ご、ごめん。……なんでもないよ」


 シュンサクは通路に出た。実はこのときシュンサクは、壁に埋め込むタイプの金庫をイザベルの部屋のベッドの陰に見つけていた。気になったのだが、機関長が真側で目を光らせていたためにひとまずは見過ごした。


「ワシントンの野郎は食堂にいるんだったね?」


 イザベルはロミオを引き連れて下の層に向かう階段を駆け下りていった。


 シュンサクはというと、イザベルが首から手を離して解放してくれたおかげで、まだ通路に突っ立って腕を組んで唸っていた。


「さっきの金庫、どうしてベッドの裏に配置してたんだろ。あれじゃ扉が開けられないから使い物にならないじゃないか。もしかして……」


 頭の中がめまぐるしく動いてきた。


「中にソウ鉱石が入ってるんじゃ……」


 シュンサクはイザベルの部屋のハッチを凝視した。顔が悪事を企んでいるような表情になっていた。


「おい、さっさと来ないかい!」


 イザベルの怒鳴り声が階下の方から聞こえてきた。


「はい、ただいま!」


 シュンサクは、騒動が起きている食堂に向かうべく階段を下りていった。その頃には、顔つきは元に戻っていた。

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