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名乗らない英雄  作者: 夢野ひつじ
第三章 問題軍艦ヒコボシ
12/22

4. 適任

 ヒコボシには三つの主砲があった。本体から腕のように弧を描いて進行方向に伸びている三つの突起がそれだ。


 先刻から主砲は、前方目掛けてひっきりなしに光子弾を放ち続けていた。


 もっとも、砲撃しているのは敵と遭遇したからではなかった。


「許してぇ!ソウ鉱石を盗もうとしてごめんなさい。謝るから、もうここから下ろしてぇ!」


 泣き叫ぶ声が響いた。


 船外活動用の宇宙服を着せられ、両腕を縛られて、砲身に鎖で括り付けられている人影が見えた。立て続けに発射される光子弾にいつ巻き添えを食うともしれない。主砲に縛り付けられた宇宙服の主は気が気でないようだった。


 主砲に人が縛り付けられているのも奇妙な光景だが、もっとおかしいのは、周囲にいる宇宙服を着込んだヒコボシのクルーが助けもせずに楽しげに眺めている点だった。物見気分で写真を撮っている者もいた。


 この光景を一台のカメラが捕らえていた。そのアングルに、ずいっとスキンヘッドをした凶悪な人相の男が入ってきた。カメラは艦内に設置されているのか、スキンヘッドの人物は宇宙服を着ていなかった。


「よぉ、皆さん、しけた面を揃って提げてんだろうな?お・元・気?ヒコボシ操艦士のヨハン・ガルティヴァンでーす」


 スキンヘッドの背後にある窓の向こう側では、相変わらず、主砲が火を噴いて、一人の男が悲鳴を上げていた。


「ガルティヴァン中尉、“艦長いじめ”なんてもうやめようよ。艦長を解放してあげよう」


 アングル内に一六歳くらいの若いクルーが飛び込んできた。既に皆さんも知るところの、ロミオ・イーストハーブ士官候補生だった。


 それにしても、主砲に括りつけられているのは、ヒコボシの艦長であるらしかった。どうして、艦内で尊ばれるべき艦長が自艦の大砲に縛り付けられているのだろうか。


「うるせぇなぁ。ろくに世間を知らねぇガキがクビを突っ込むんじゃねぇよ。……あ、くそ。お前がしゃしゃり出てくるから、余計な映像まで映っちまったじゃねぇか」


 ヨハンは若いクルーをカメラアングルの外に追い出すと、先ほどと同じようにカメラのアングルいっぱいに顔を寄せて視聴者に話しかけた。


「いいか、リスティンバーク大元帥さんよ。そして、地球軍上層部のお偉方様共。次も、艦長とは名ばかりのソウ鉱石泥棒をヒコボシに寄越しやがったら、あそこのホワイト艦長みてぇに泣きべそかく目に遭わせてやるからな。……って言ってても、どうせ懲りもせず送り込んでくるんだろうけどな。まぁ、個人的にはかまわねぇぜ。他のクルーも賛成してくれるだろうさ。最近のオレ達は、艦長をいじめんのが楽しみになってきてるんでねぇ。ゲハハハハハハ」


 ヨハンが今まで以上に悪人面で大笑いした後、映像は消えた。


「えー……、これは、宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシがジャック・ホワイト艦長を主砲に括りつけて射撃練習を行った一週間前の映像です」


 司会進行役が第一会議室に集った面々に説明した。


 地球軍本部基地はU国UⅡ州ライスフィールド市東部に位置している。第一会議室は、そこの司令部の兵舎四階にあった。今、ここには地球軍最高位のダニエル・リスティンバーク大元帥を筆頭とする地球軍のトップ二十六人が揃っていた。全員が苦い表情を浮かべていた。


「三週間前に宇宙戦闘用駆逐艦ヒコボシの艦長に着任なさったジャック・ホワイト大佐は、ヒコボシのクルー達によって集団リンチに遭いました。今朝、その映像データをホワイト大佐がリスティンバーク大元帥へ届けにいらしました」


「ホワイト君は、無事だったのか」


 将校の一人が司会に尋ねた。


「勿論」司会は言葉を切ってから続けた。「完全に、壊れちゃってました。大元帥の目の前で、ビキニ一丁姿で日本舞踊を躍って見せたそうです。今は、カウンセラー付き添いで自宅療養中です」


「あいつらがわたしの元へ、精神衰弱の艦長と一緒に、その艦長を虐待している映像を送りつけてくるのは、これで何度目だ?わたしまで気がおかしくなりそうだ」


 眉間に拳を押し当てて大元帥ダニエル・リスティンバークが深い息を吐いた。生まれつき銀髪なので白髪頭に見える。その頭髪のせいで、余計に参っている印象を醸し出していた。


 もっとも、地球軍の頂点に上り詰め、幾つかの星の名誉市長にもなっている経歴の持ち主だ。障害の壁を多数経験している。たかが嫌がらせ映像如きで潰れはしなかった。


「ぼやいていても始まらんな。我々は何としてもヒコボシのクルー共が隠し持っているソウ鉱石を手に入れなければならないのだ。そして、キャンドルの動力部に組み込んで、動くようにしなければならない」


「いかにも」


 出席者の一人が大元帥の言葉に頷いた。


「ヒコボシの連中からソウ鉱石を取り上げるためにも、ホワイト艦長に代わる新しい艦長を早々に着任させましょう」


「しかし、また、新しい艦長が痛めつけられるのではないか?これまで、我々が艦長として送り込んだ一〇〇人もの有能な人材が奴等によって潰されてきたのだぞ。艦長を着任させる前に、ヒコボシのクルーの結束を弱めるために、奴等を別々の部署に配属させてはどうだろうか?」


「人事措置を行ったらソウ鉱石を二度と手に入れられない場所に捨てる、とずっと以前に奴等は我々を脅してきています。あなたの仰る手は使えませんな」


 堰を切ったように、次々と会議に出席している面々が喋り始めた。


「全く……。何かの役に立てるわけでもないのに、我々に嫌がらせをするためにソウ鉱石を独占するとは、けしからん連中だ!」


 誰かがヒコボシを貶していた。


 どちらがけしからん連中だか。


 技術開発部長の少将のサミエル・レオポルドは鼻で笑うのを苦労して堪えた。


 「完成すれば、スペースバブル無しで最高一〇〇光年の距離をワープできるようになり、ソルト星に圧勝できる」という謳い文句で地球軍が「超超弩級宇宙戦艦キャンドル」を建造し始めたのは九年前になる。この建造プランを立案したのは、今、会議室に集っている地球軍上層部の面々で、第一人者は大元帥のダニエルだった。


 工事は着々と進み、キャンドルは完成予定の宇宙暦二六〇四年には宇宙に進水して、敵のソルト星人を討ち滅ぼせるはずだった。


 ところが、今から四年前の宇宙暦二五九九年に、建造計画は暗礁に乗り上げた。


 キャンドルを動かすのに、太陽の一〇〇倍分のエネルギーを充填させなければいけない、と分かったからだった。太陽の一〇〇倍分のエネルギーを人間が手に入れられるはずもない。唯一その常識を覆せるのは、使い方によっては太陽の一〇〇倍はおろか、一万倍でも自由自在にエネルギーを発生できるというソウ鉱石の存在だったが、その鉱物はこの世にたった一つしかなく、しかも入手が困難なのは予想がついていた。


欠陥が分かった時点で、計画は中断すべきだったのだ。


 ところが、建造に携わってきたダニエル―――当時は大佐―――以下、計画関係者は中止しなかった。設計ミスを見つけたことについて世間への公表も行わなかった。


 その理由は、五年間も徴税をしておいて今更世間に明かせなかったのもあるが、それ以上に、黙っていれば、依然として多額の予算を民衆から巻き上げ続けられるからだった。


 当時の地球軍は金欠状態だった。民衆からキャンドル建造のための莫大な費用が入ってこなくなるのは痛手だった。ならば、キャンドルの建造は続いているふりをして、民衆には引き続き地球軍に金を納めてもらおう。完成予定日まであと五年間も残っている。動力部の問題はきっと解決するはず。


 計画関係者の企みの下、その後も地球軍はキャンドル建造費を汲み上げ続けた。


――――世間に詐欺行為を働いておきながら、ヒコボシの連中をけしからん呼ばわりできる立場かよ。


 サミエルは他の会議出席者のようにヒコボシのクルーを詰る気にはならなかった。


 既に知ってのとおり、ヒコボシは世界でたった一つのソウ鉱石を持っていた。しかし、ダニエル・リスティンバークと仲が悪いのを理由に、ヒコボシはキャンドル計画関係者たる地球軍上層部にソウ鉱石の提出を拒んでいた。上層部がどんなアプローチを行っても、一度も成功したためしはなかった。このまま完成予定日の来年までにキャンドルの動力問題が解決しなければ、今、会議室に揃った者達は民衆を欺いて金を搾り取った悪党として、訴えられて投獄される。そのことを怖れて、計画関係者はヒコボシの行動を批難しているのだが、サミエルは思うのだ。ソウ鉱石を手に入れられないのも、自分達がこれまで行ってきた行為への当然の報いなのではないか、と。


――――四年前に世間に公表するよう、皆に箴言しておけば良かったのだろうな。


 サミエルは後悔した。だが、当時の彼は地球軍の将官グループに入ったばかりの若造だった。下手なことを口走れば先輩将官に睨まれ、僻地に転属させられるか、戦場の最前線に送り込まれて命を落としかねない。彼には妻も子どももいる。無謀な真似をしでかすわけにはいかず、黙する道を選んでしまった。今でも、正直に民衆に打ち明けるべきではないか、という考えがないではない。だが、状況は四年前と何も変わっていなかった。仲間達に命諸共もみ消されるのがオチだ。


――――我々を正しい方向に導いてくれる者が現れないものだろうか。


 サミエルは、自分がどこまでも他力本願なのに気付いて、また笑いそうになった。


「ご自分達が牢に繋がれるのではないか、心配していらっしゃるかと思いますが、もう大丈夫ですよ」


 気がつくと、会議室の末席に座っていた少将のロバルト・ガルマーが話をしていた。ロバルトは、宇宙暦二五九六年二月に新設された「地球軍本部付組織維持対策室」―――通称「EFHKR」―――という軍の費用を工面するために設けられた機関の室長だ。


 彼はキャンドル建造計画の関係者ではなかったはずだ。だというのに、何故、会議室に出席してきて、キャンドルの問題を知ったように話しているのだろう。


 急にサミエルは体に震えがきた。


「どうして、君がここにいるんだ!?」


 気がつくと、サミエルは立ち上がって、ガルマー少将に叫んでいた。


「まぁ、まぁ、落ち着いて」


 ロバルトはニコリと笑った。


「うちは軍の予算ぐりを負かされている機関ですからね。予算の出入りを調べている過程でキャンドルの秘密を知ってしまったんです。でも大丈夫。気付いたのはEFHKRの中でも私だけですから。……おっと、脅迫するつもりなどありませんから、誤解しないでくださいよ。私だって地球軍をこよなく愛する一人です。騒ぎ立てて、地球軍を世間の嫌われ者にしたいとは望んでいませんよ」


「それじゃあ、何をしに今日はここに出席したんだ?」


「えぇ、まぁ、なんですか?……単刀直入に言いましょうかね。キャンドル、飛ばす方法見つけました。今日、参上したのはそのことをお伝えするためなんですよ」


 何人かが衝撃で席を立った。


「えーっと、ナシモン星の大学にクリス・ミーシャン博士って人がいらっしゃるんですけど、三年前から私の部下とつるんで、半永久エネルギー発生装置の研究と開発に取り組んでいましてね。その試作品が、この度完成したんですよ」


「その半永久エネルギー発生装置というのが、キャンドルを動かせる装置なんだな?」


 ロバルトが頷いた。


 会議室内はざわついた。


「すばらしい」


 ダニエル・リスティンバークが拍手した。


「これで、遂にキャンドルもやっと完成できるのだな。民衆を欺いて心苦しかった日々にやっと終止符が打てるのか。ガルマーくん、ありがとう!」


 ダニエルだけでなく、会議出席者全員からロバルトへ喝采が送られた。


「試作品が完成しないことにはお知らせできない、と思いまして、今まで皆さんに半永久エネルギー発生装置のことを黙っていたのですが、その分、キャンドルの関係者の方には胸を痛めさせてしまいました。実に申し訳ない」


 ロバルトは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すぐに、半永久エネルギー発生装置を地球に取り寄せる手配に取り掛かります」


 そう言い置くと、ロバルトは頼もしい足取りで会議室から出て行った。


 残された会議の出席者の目はロバルトが出て行ったドアから、部屋の奥に設けられたスクリーンに向けられた。そこでは、先刻見たヒコボシの映像が繰り返し再生されていた。だが、不思議なことに、上官を主砲に吊るして楽しむヒコボシのクルーを見ても、朝顔の観察日記を見るように画像を静観できた。


「もう、ソウ鉱石は必要なくなったな。ヒコボシをどうするかね?」


 ダニエル・リスティンバークがぽつりと呟いた。


 いち早く呼応したのは、参謀部長のトーマス・ジューク中将だった。


「まずは、次に着任するヒコボシの艦長を決めましょう。今までとは異なり、失っても惜しくないような人材を選ぶとしますか」


 大元帥が頷いたときだった。


「こちら、管制部。会議中、失礼します。地球軍のスタコバ星基地とジャスミ星基地から緊急連絡が入りまして」


 会議出席者の手元の通信パネルに、管制部通信士がせっぱ詰まった顔が映し出された。


「どうした?」ジューク中将が尋ねた。


「先ほど、〈CE23-24〉と〈CE27-28〉のスペースバブルが、二対ともほぼ同時に消滅したそうです」


 入り口と出口をセットにしてスペースバブルを一対と数えて、通信士は伝えてきた。


 それが、どうやら二対消えたというのだ。


 スペースバブルは安定化を施しているとはいえ、元々不安定なスペースバブルだ。一対だけなら消滅してもそれほど心配を要しなかっただろう。だが、〈CE23-24〉と〈CE27-28〉の二対ともが同時に失われたとなると、嫌な想像が自ずと頭をよぎった。敵の来襲だ。


「併せて、スペースバブル〈CE24〉と〈CE27〉の宙域を航行中だった弩級宇宙戦艦スノーマンからの通信が途切れました」


 管制部の通信士が通信パネルから消えると、残された会議室の面々は顔を見合わせた。


 いよいよ懸念が現実化してきた。弩級戦艦スノーマンは敵襲を受けた際、敵が他の宙域に移動して地球人の生活圏を脅かすのを防ぐために、近くのスペースバブルを破壊したのではないか。自分達の退路を犠牲にして。


「敵の出現する頻度の少ない圏内ですが、現状から察するに敵の出現が見込まれます。念のため調査団を組織して、スノーマンが消息を絶った場所を確認すべきかと存じます。早速調査に取り掛かりま……」


 参謀部長のトーマス・ジュークがリスティンバーク大元帥に提案した。しかし、途中で言葉を切った。


 会議室の面々が不思議に思ってトーマスを見ると、彼は静かに笑っていた。


「調査先は、敵が出没するかもしれない危険な場所かもしれません」


 トーマスは会議室のスクリーンを見上げた。


「ならば、向かわせるのにちょうど良い調査団がいるではありませんか」


 スクリーンでは、地球軍艦ヒコボシのスキンヘッドのクルーが、げらげら可笑しげに笑い声を上げていた。

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