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6 旅路の会話~じゃんけん編~

たわいもない、普段の三人の出来事です。


「ねえ。ローラン」


突然、久子が何やら思い付いたように口を開いた。

僕達は、野宿をした後に日の出とともに起きて、それからひたすら峠を上っていた。道は、もちろん舗装されていないので、少し歩きにくいが、幸い急な斜面ではないので、昨日必死で走った疲労の影響は少ない。

 道の両端には木が生い茂っている。そのことも、この道が頻繁に使われていることを証明していた。

 

「なに」


 久子の言葉に、ローランが答える。


「こうやって歩いているだけっていうのもなんだし、遊びましょうよ」

「イイね! 賛成賛成!」

「ムッツリには言ってない」


 先程とはうって変わった冷めた声。ひでえな、おい。


「むっつり、かわいそう」

「えへぇ、ローラン。心配してくれてありがとうな~! 本当、久子は悪いやつだよな! よしよし!」

 そう言って頭を撫でると、ローランは気持ち良さそうに目を細める。かわええ。


「……笑い方、ガチでキモいわね」


 対して、こっちのメガネは気味悪そうに目を細める。かわえくねえ。


「ま、いいわ。じゃあじゃんけんをしましょう。ローランは知らないわよね?」

「うん。しらない」


 ほほう、じゃんけんか。僕のじゃんけんと言えば、グーチョキパーごとに必殺技決めてたっけ。でも、見せる相手いないから一人で鏡でやってたら永遠にあいこで、でも言うのが気持ちいいから――回想はここまでにしておこう。


「じゃあ説明するけど……まず、これがグー」

「ぐー」


 久子が、握りこぶしを作ると、ローランもその真似をする。かわええ。


「で、これがチョキ」

「ちょき」

「そう。で、これがパー」

「ぱー」


 かわええ。かわええ。


「ムッツリキモい」


 気づけば、久子との距離は開いていた。


「え? ああ、顔に出てた?」

「わらうのはいいこと」

「うぇへ。そうだよな~! 笑うのはいいことだよな~! エヘ、エヘ」


うん。もう久子にはどう思われてもいいような気がする。


「……もう知らない。話を戻すけど、じゃんけんって言うのはこれを使って勝負をする遊びよ」

「しょうぶ、よくない」


 久子が気を取り直すやいなや、再びローランが言う。なんだこの人。天使か。


「しょ、勝負とは言っても、平和な遊びなのよ。だから大丈夫」


さすがに、言われた久子にも動揺がうかがえた。


「ほんと?」

「ほんとよ。あ、じゃあ一回やってみるわね。ほら、ムッツリ」

「あ、はいはい」


 言い方からしても雑用感半端ないが、ここはローランのために一つ。


「「じゃんけんポン!」」


 久子はパーで、僕はグーだった。


「勝ったわ」

「うん。負けた」

「「「…………」」」


 まあ、こうなりますよね。中学生にもなると、もうじゃんけんだけでは楽しめないし。ローランはと言えば、まだルールわからないし。


「ほ、ほら。これで終わり。平和でしょ? ローラン」


 久子が慌てて笑顔を作った。


「うん」

「ハッ」


 何を焦ってんだよ。自分で出した話題がつまらなそうになったから危機感感じてるのか?


「にやけんなよムッツリ。私がじゃんけんをやろうとしたのは、これがありとあらゆる手遊びに発展していくからよ。したくないなら参加すんな」


 ……エスパーか。あと、いくらなんでもじゃんけんの手振りはいらない。そっちに目が行くから。


「じゃあ、ルールを説明するわね。まず、グーチョキパーの説明だけど……それぞれを物に例えると分かりやすいわ」

「もの?」

「ええ。例えば、グーは石――さすがに石はわかるわよね?」


 久子は手でぐーを作った。


「うん。そこにもある」

「で、チョキはハサミ。ハサミは?」


 今度はチョキチョキと二つの指を動かして説明した。


「わからない」


 ローランは首をふる。なるほど。おそらく、ローランとの会話で使える言葉は、この世界に存在するものの範囲、もしくはローラン自身が見たことのあるもの、といったところだろう。言葉からして久子はもう気づいているだろうけど。


「そう。じゃあ、剣は?」


 ずばっと一振り。


「わかる」

「じゃあ、チョキは剣。それで、パーは紙ね」


 そんな感じで、久子は身振りを多用してたんたんとじゃんけんを説明した。ローランも、理解できたみたいだ。


「じゃあ、ムッツリとやってみて」


 ほんとに、ムッツリって言うのやめてほしいな。小さい子に「ムッツリとやって」なんて、もうアウトだろ。

 不満に似た感情を、それはもう仕方ないと諦め、ローランと向かい合う。


「……ふふ」


 あれ? ローランさん笑ってます?


「まけない」


 その目からは、いかにも、ワクワクとした感情が伝わってくる。

 かなり熱気入ってるな~。まあ、それが純粋ってやつか。


「「じゃんけんポン!」」


「……あ」


 僕はグー、ローランはチョキだった。

 これ、勝ってよかったのか? と思ってももう遅い。


「…………」


 ローランはチョキを出したまま下を向いて動かない。

 ヤバい。これ一番ダメなやつだ。僕としたことが!


「……ぐすっ」


 あ。


「出た! 女泣かし! 最低! 女の子の初めてを傷付けた!」

「いくらなんでもそれは言い過ぎだ! ……ああ~ごめんね、ローラン。よしよし!」


 5分くらい経過。


「まけた。もういっかい」

 すっかり泣き止んだローランは、何度も何度もじゃんけんしている。本人ももう一回負けただけでは泣かなくなり、結果に一喜一憂しながら、じゃんけんを楽しんでいた。


「じゃあ、そろそろルールを作りましょうか」


 僕の負けた回数がローランを上回ったところで、久子が楽しそうに声をかけた。


「はぁ……るーる? ……はぁ」


  ローランが答える。じゃんけんってそんなに疲れるかな?

  かわいいからいっか。


「そう。罰ゲームなんかつけたら面白いわよ」


 ニヤリと笑う久子。

  ……絶対なんかたくらんでる。


「ばつはよくない」


 オゥマイエンジェル!

 キリッとしたローランもかわいいよ!


「……ムッツリ落ち着け。あ、大丈夫よローラン。罰ゲームでも、平和なやつにしようと思うから」

「ほんと?」

「う~ん……じゃあ、ムッツリが喜ぶために――」


  ――もしムッツリが勝ったら、ローランとのキス!


「を、条件にしましょう」

「え……えええええええええええええええええええええええええええええ!」


  いいんですか? ねえ、いいんですか!?


「ほら。こんなに喜んでるんだから。いいでしょ?」

「わかった。がんばる」

「OKキタ―――――――――!」

「で」


  僕の叫びを遮るように久子が言った。手を前に出してストップのジェスチャーだ。


「ムッツリが負けたら、一発ギャグね」

  おやまあなんともあっさりとおっしゃる。望むところだ! 人差し指で位置を表すジェスチャーはさすがに要らないとも思うが。


「うおおおおおおおおおおお! 魚おおおおおおおおお! ローラン! はやくヤるぞおおおおおおおお!」

「むっつり、こわい」


 僕が気合を入れすぎてしまったのか、ローランはおびえてしまっている。

 いいんだよ! 男には、やらなきゃいけないときがある!!


「あ。ムッツリ、ひとつ言っとくけど」

「なんだよ。僕は早くヤりたいんだよ!」

 

「ローラン、パー出すから」


「……ふぇ?」


 ど、どういうことだ?


「どうして? わたしはぐーをだそうと」


  ローランが久子の方に振り向く。

  なんだ。ハッタリかよ。時間稼ぎなんかしてないで、さっさと――


「いや、実はね、ムッツリは今、グーしかだせないのよ」


  え?


「……ほんとう?」

「うん。だから、パーを出したら勝てる。絶対に勝てるんだよ!」

「やったぁ!」


 久子がわざとらしくガッツポーズを作ると、ローランは満面の笑顔で喜んだ。

 これあかんやつね。


「むっつり、はやくやろ?」

「え? ……お、おう。やろうか」


 ヤバいヤバいヤバいヤバい!

 

 今、僕は試されている。

 幼女の純粋な瞳に試されている!

 グーの信頼とチョキのキス。この二つが天秤にかかっているのだ。


 (考えろ、考えろ、考えろ……)


  信頼、キス、信頼、キス信頼キス信頼キス信頼キスしたいキスしたいキスしたいkissしたいキッスしたい――


  じゃーんけーん……

  僕は拳を振り上げる。

  ええい、どうにでもなれ!


  ――ポン!


   *

 

 

  「はいー。ではでは~ムッツリによる一発ギャグです! どうぞ!(手のひらを差し出す)」

  はい。負けました。

 

  チョキで負けました。チョキで。


  ローラングー。まさかのローラングー。久子の作戦だろう。まんまとやられた。


  というか、死にたい。


  空にはなったコマネチは、そのまま風となって流れていった……

 

 


 

 

 

あなたなら、どちらを出しますか?




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