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ローランの力

秋ごろ開始はどこへやら。ごめんなさい。

春休みだ―――!

書き始めるぞ―――!


「おーい! ルーク! どこにいるんだよ!」

「ルーク! いるなら返事をして!」

「るーく、どこ」


 これはまずいことになってしまった。

 ルークが木の幹におびえて逃げていってから、僕たちはひたすら彼を探し続けているのだが、一向に見つからない。日はもう傾き始めていて、このままだと真っ暗闇になってしまう。もし、パンジャのような猛獣がここ辺りにも生息しているのなら、ルークの命さえも保証できなくなる。とにかく、頑張って見つけるしかない。


「……んしょっと」


後ろで、植物のつるで木の枝をくくり、木に吊り下げている久子のかわいい声が聞こえる。もちろんこれは目印だ。これをたどれば、ルークが逃げた初めの場所である木の幹のところまではたどることができるようになっている。あ、かわいいの声だけね。


「……るーく、どこ」


 真横で、小石をどかしてルークを呼ぶローランのめちゃくちゃかわいい声が聞こえる。でも残念でちゅねろーらんちゅわん。ルークはそんなに小ちゃくはありまちぇんよ~。あーもうかわいすぎる。


「ふぅ~。このままじゃらちが明かないわね……。これだけ大声で呼んでいるのに返事が来ないってことは、相当遠いところにいるってことじゃないの?」


 久子は両手を広げ、やれやれのポーズをしながら首を振った。目と口は閉じられていて、眉毛はハの字になっている。こいつ女優向いてそうだな。脇役のやつ。個性が強いってのは脇役の強みでもあるからな。


「何か言いなさいよ。私が大声で独り言を言ったみたいじゃないの」

「あ、うん。確かにそうだよね……。じゃあ、どうしようか。これ、割と真剣にまずいパターンだよね」

「わりとしんけんにまずいぱたーんってなに?」


 ローランが僕の袖を引っ張りながら聞いてきた。下を向くと、ローランの上目使いの瞳とばっちり目が合った。ふええたおれちゃう。


「……えーっと、危ないってことだよ」

「わかった」

「で、」


 僕とローランの会話が終わると、久子がずいと一歩近づいて話をつづけた。


「私考えたんだけど、ローランの力を利用することはできないかなって思って。いい『お願い』の仕方が何かないかなーって思うのよ」


 いや、確かにいい考えだけど、そのドヤ顔はいらないと思いますねはい。


「わたしの……ちから?」

「そうよ。ほら、ムッツリ、何かいい策はないの?」


 え? そんなにドヤ顔しておいて、具体案を出すのは僕なの? なにその私の仕事は終わりました感。


「え……シンプルに『ルークを見つけたい』でいいんじゃないの?」

「だって。ローラン」

「わかった。やってみる」


 心得顔になったローランは、ゆっくりと息を吐き目を閉じた。

 …………。

 静寂が訪れる。

 今まではあまり意識することのなかった草花が風に揺れる音や、鳥の小さなさえずりが聞こえる。


「……なにもわからない」


 ローランは首を横に振り、下を向いた。


「そっか……。じゃあ、何かほかに何かいい方法はないか少し考えましょう」


 久子はそういって、地面から大きくはみ出した木の根っこの上に座った。そしてローランがてててとかけていき、その膝の上に座った。僕も同じ場所に向かう。

 う~ん。何かいい方法、か……。ルークを見つけるってことは、まず二つのパターンに絞られるだろう。こちらから気づかせるか、それともこちらから見つけ出すか。

 順に考えていこうか。まず、こちらから気づかせるって考えるとしよう。……でもな~。よく考えたら、今までもかなり大きな声で呼んでるんだよなー。大きな音で気づかせるったって、ローランの力の範囲でできることが思いつかないし。


「あ、こういうのはどう?」


 考えていると、久子がぽんと手を打った。とてもうれしそうに眼を見開いている。


「ローランが高く飛んで、上から見下ろすのよ。そうすれば、遠くまで探すことができるんじゃあないかしら」

「いいね。やってみようよ。ほら、ローラン」

「うん」


 僕がローランに呼び掛けると、幼女はうなずき、そのまま飛び始めた。

 かなりゆっくりだが、確実に高度を上げていく。


 ヨーシ、イイゾイイゾ。モウチョットモウチョット。


「ふん!」

「あべば!?」


 サービスショットを逃すまいと立ち上がって目を凝らしていると、久子のスタンディングからのハイキックが後頭部を直撃。

 ある程度意識が戻ると、ローランはすでに木の上に到達したようで、肝心のあれはローランごと木々の葉っぱに隠れてみることができなかった。幸い、バカ高い大木はこの辺りには生えておらず、あのスピードでも短時間で木々の上まで到達していたようだ。


「どう? ローラン。何か動いているとか、肌色の服が見えたりしないかしら?」

「……みえない」


 久子が両手を口の周りに添えて呼びかけるも、帰ってきた答えは否定的なものだった。

 しかし、久子にあきらめた様子は見られない。

 彼女は再び息を吸い、大声で呼びかける。


「もっと高いところまで飛んでみたら、木が被るところが少なくなって広範囲をしっかりと見渡せると思うの! もうちょっと頑張ってみて!」

「むり」

「……え? どうして?」

「これいじょうはとべない」


 叫びもむなしく、諦めの声が真上から聞こえてきた。


「ならしょうがないわね……。降りてきて」


 久子は再び木の根っこに座り、はぁとため息をつく。

 なるほど、ここでもローランの力の未熟さが影響してくるのか。城を作るみたいに最初から何も力を発動できない場合は知っていたが、飛ぶことはできても、限度があるという未熟さもあるみたいだ。

 ローランが地面に降り立った(久子に目をふさがれた)ところで僕は気になっていたことを聞くことにした。


「ローランの力の限界って何なんだろうね」


 今までローランとはかなりの時間を過ごしている僕だけど、彼女の力はかなりあいまいで、まだその真理というものを知らない。飛んだり、相手を気絶させたりするエネルギーがどこからくるのかと考えただけでも、頭がパンクしそうになる。

 久子も、僕の話題に興味を持ったのか、少しにやけながら顎に手を置いている。


「わたしの、ちからのげんかい?」


 問いに、ローランも反応した。


「そ、そうだよ」


 そんな首をかしげて上目使いなんかされたらもうローランと一緒にいられるだけでいいから力の限界とかどうでもよくなっちゃうからやめていただきたいのだが。


「にやけんなムッツリ」

「……久子、本当に僕の顔よく見てるよな」


 僕の中では、このツッコミは予想できたことだ。

 今までを振り返ってみても、こういう僕が幸せを感じている時は、かなりの確率で久子のツッコミが飛んできているような気がするのだが。


「は!? ムッツリが理性を失わないように私の思いやりで忠告してやってんのに何口説いてきてんのよ! キモイ! キモイキモイ!」


 言われたメガネさんは僕から距離を取り、目を大きく見開きながらしっしっと手をブンブン振った。全力の嫌悪だった。


「いや、別に口説いてないんだけど……」

「じゃあ、どういう目的?」

「目的……は特にない。ただの指摘だよ」

「……そ」


 久子は、そう漏らすと、軽くそっぽを向いた。話は終わり、ということか。

 なら、本題に戻ろう。


「ローラン自身は、力の限界って何だと思う?」

「ん~~」


 ローランは上を向きながら口を閉じ、思案を始める。だからかわいいって言ってんのになんでそういうしぐさをしちゃうかなぁ~。もう僕知らないよ?


「わかんない」

「そうか~。じゃあもう大丈夫でちゅよ~」


 やっぱりどうでもよくなってきた!!


「私は大丈夫じゃないわよ」


 快感に浸っていると、久子が手のひらを前にビシッと出して、制止のポーズをとった。この人も相変わらずのジェスチャーだ。


「ちょっと思い出してみてね。ローランは力を使うとき、どこかから力が抜けたり、自分の意識が途切れそうになったりすることはない?」

「……ない、かも」


 首を振るローラン。


「じゃあ、こういう時は力が使いやすいとか、そういう状況ってある?」

「……それも、ない」


 またまた首を振る。


「……じゃあ、完璧に無意識ってわけね」


 二度も否定された久子は、腕を組んで下を向いた。しかし、すぐさまパッっと顔を上げ、笑みを浮かべる。何かいいことを思いついたらしい。わかりやすいな。


「こういう時は言葉じゃなくて、実際にやってみるのが一番かもしれないわね」


 自信満々にそういった久子は、しゃがんでローランと目線を合わせ、質問のための体勢を整える。

 なるほど、その発想は思い浮かばなかった。これなら、力の限界を効率よくみることができるかもしれない。


「じゃあ、私がお題を出すから、ローランはそれをしたいと思ってみて」

「うん」

「じゃあ、そこにある落ち葉を、一枚浮かせる」


 人差し指を立ててから適当な落ち葉の山を指さす久子。


「わかった」


 返事をしたローランは、その落ち葉の山を見つめた。

 すると、焦げ茶色の落ち葉が一枚、フワッと浮いて、五十センチほどの高さでゆらゆらと漂った。


「じゃあ、今度は二枚」

「わかった」


 再び落ち葉の山を見つめるローラン。

 すると、落ち葉がフワッと……。


「「あれ?」」


 僕と久子の驚きは同時だった。

 そう。落ち葉の山は全く変化しなかったのだ。

 この結果だけ見てみると、力の単位を落ち葉一枚を一と考えたものによって表した時、ローランの力は一となってしまう。

 しかしこれはどう考えてもおかしい。今までのローランの力を考えれば、人を気絶させる=ローラン自身を浮かせる=落ち葉一枚を浮かせるという等式が成り立ってしまう。落ち葉どんだけすごいんだよってなってしまう。


「どうやら、そんなに単純な力ではないみたいね……」

「?」


 久子のつぶやきにも、ローランは難しい顔をするだけ。やはり本人にも自覚はないようだ。


「よし、じゃあ、今度はムッツリに石を投げてみるから、ムッツリを守りたいって思ってみてね」

「ちょいちょいちょいちょい!」


 いきなり何を言い出すんだこの人は!


「力は単純じゃないってわかった時点でもう終わりでいいじゃないか! なんぜわざわざそんなことをするんだよ!」

「……面白いから(てへぺろ)」

「理由になってねええええええええええええ!」


 ピースを作って目元に添えるきゃぴきゃぴした久子に向かって、僕はありったけのデシベルを浴びせかけた。


「はーいじゃあ行くわよー」

「少しは躊躇してくれよ!」


 しかし、そんな僕の大声も、最期のとってつけたような注意も、いじること大好き・S・久子にはもちろん効果がなく、その白い手は地面にある小石をつかんでいた。そして、野球のフォームよろしく、大きく振りかぶって投擲の準備をする。


「それ!!」

「くっ!」


 せめて顔だけは……!

 という、生態的反射にのっとり、僕は両腕で顔を覆った。そして、後々くるであろう衝撃に備えているのか、自然と歯がくいしばられた。

 ……カン!

 しかし、そんな金属音のような音が聞こえたかと思うと、すでに石はポス、という鈍い音とともに少し湿った地面に落ちていた。


「え、どうなったの」


 両腕で視界を覆い尽くしていたので、事の顛末がはっきりとつかめない。いや、起こったことはなんとなくわかるのだが、その信憑性が少ないせいか、すぐに信じることができない、といった方が正しいかもしれない。

 恐る恐る目を開ける。

 視界の先には、投擲のフォロースルーを終えた体勢で固まっている久子がいた。その顔は少々困ったような感じである。


「残念ながら、ムッツリは守られてしまったようね……」

「残念ながらじゃねえええええええええ!」


 本当にいつまでたっても相変わらずだなあこの人は!


「おかしいわね……。落ち葉一枚を浮かせることとムッツリを守ることが等価値だなんて」

「おい、それ、理由の取り方にとっては僕の人権が危ぶまれてくるぞ」


 というか僕の叫びが完全無視されてるんですけどこれってどういうことなんでしょうね! わかりませんね!


「おかしいわね……。落ち葉一枚を浮かせることとムッツリを守ることが等価値だなんて」

「二回言うな! 大事なことでも何でもないだろ!」

「いや、大事なことよ。ムッツリの存在価値を定義するのには復唱も必要よ」

「……もういいです」


 ここは何を言ってもダメなタイプだ。そう実感した。だってこの人の表情を見てみてよ。きっぱりしてる!


「しかし興味深いわね……」

 よし、いじりは終わった! ここから話が動いていくぞ~。

 きっぱりした表情から思案顔に移った久子は、そう呟いて手をあごに置いた。

「ほんとだね。ローランの力の原理は、やっぱり簡単にわかるものではない。ここで考えても意味がないだろうね」

「じゃあ、ルークを探す方法はやっぱり呼びかけるしかないのかしらね……」

「そういうことになるよね。よし、ローランもうちょっと頑張って探すよ!」

「うん!」


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