Chapter2 If story ムッツリメガネのオリジナル漫才
Ifです。
最初だけ、『リズムネタ編』の冒頭に似せています。
「むっつり」
寝床を見つけ、寝ようとしていたところで、ローランが僕を呼んだ。
寝床と言ってもそこは草原。寝心地もあったもんじゃない。わらの方がまだ良かったような気さえする。
もちろん、いまは真っ暗なので、ローランだと判断できるのは声だけだ。
「きょうのすてーじ、なにをいってるのかわからなかった」
「……そりゃあそうだよ。でも、リズムはよかっただろ? 地球でも、内容よりはリズムを大事にしている感じだからね」
「ふーん。でも、ぱくりでしょ?」
「……」
ん?
「あの、ローラン? いろいろどうしたの?」
現代日本辞典にしか載っていないような『パクリ』を平然と使い出したぞ?
「というかどうしてパクリだって知ってるのよ?」
「それとこれとは、はなしがちがう」
「「どう違うんですか!?」」
……だめだ。ついにローランがおかしくなってしまった。もしかしたら、ラ●●●のパワーというものはかなり大きかったのかも。なんなら、ラ●●●を使って地球に戻れるレベル。ローランのキャラ崩壊なんて、それぐらいあってはいけないことだ。
「とにかく、いくらりずむがよくても、それがぱくりならいみはない!」
そう言い張るローランの声音は、少しだけ指導者の風格が漂っていた。
「じゃあ、どうすればいいのさ? 僕たちは、明日もパクリをしようと思っていたんだよ? 今からオリジナルのネタを作るって言っても――」
「じゃあ、いまからでいいから、ふたりでできるまんざいをかんがえなさい」
「「まさかの無茶ブリ!?」」
うーん……。ローランがセリフをかぶせてくるところといい、ここまで言われると、もはやこれが本編かどうかも怪しくなってきた。
「……わかったわ」
「え? 久子!?」
「お笑いコンビのプライドにかけて、私たち、頑張ります!」
……うそ~ん。
まさかコイツ、今から明日のステージまでにネタを考えるつもりか!? そんなの、普通の芸人だってねをあげるだろうに!
「ほら、ムッツリも返事!」
「……は、はい」
おーっと。なんだかこれ、久子もおかしくないか? 今の展開といい、ローランの崩壊ぶりといい、さっきから、作り話臭が半端ないんだけど。
「ほら! なーにぼけっとしてるの! 今から朝までネタ合わせよ!」
「ちょっ――痛い痛い!」
久子がそう言って、急に僕の耳を引っ張ってきた――っておいおいおい。この暗闇の中的確に僕の耳をつかむってもはや人の域を超えてるだろ。『距離感つかんでやがる』では処理しきれないぞこれ。というか、真っ暗なのに、ぼけっとしてるってなんでわかったの!? あなたいつ神様になったの!?
……そうだ、これは夢だ。
そういうことにしておこう。そうしないと、自分がなんだかわからなくなりそうだからね。
*
――さてさて、準備は整った。
いま僕は、大勢の観客が見守る中、久子と一緒にステージに立っている。なんだか真ん中に王子みたいな人もいるし、これはチャンス。
ちなみにローランさんは、ステージの向かいの店の屋根にひょいと飛び、三角座りをしてご覧になっている。……おい。人に見られるのが嫌じゃないのかよ。思いっきり目立ってるじゃねえかよ。あとその服装で三角座りなんかしたら無性に双眼鏡がほしくなってしまうじゃん。あいにく遠いから、若干の肌色くらいしか見えない。わかってないなあ、ローランは。三角座りをするなら僕たちの真ん前でやりなさい! あの純白をもう一度!
――思えば、ここまで長かった。
ローランの無茶ブリから始まり、ネタを考え、その後は終わりのない反復練習。ネタについては、昨日と同じように久子が考えてくれたので楽ではあったが、実際僕たちは昨日寝ることができなかった。とほほ。
朝になったらなったで、ローランによる漫才チェックの始まり。いや別にローランに見てもらうことはうれしいんだけど、「つっこみはもっとふかくするどいかんじで!」なんて言ったら、受ける僕がどうなるかぐらいは考えてほしかった。おかげで地獄だった。
しかも、その後に店を開くってなった時には、なんと久子さんが勝手に寝始めなさる。ボクも寝たらよかったんだろうけど、ローランだけを一人にするわけにも――力はあるにしてもだ――僕の良心が許さなかった。一番いいのは交代で寝ることなんだろうけど、起こそうと久子を揺さぶるも、なかなか起きず。やっと起きたと思えば「ネタ確認しなきゃ!」とか言いやがる。僕の人権なんてありゃしない。
唯一の幸福といえば、ネタ合わせの時に、久子のツッコミに僕の体が持たないことが判明し、少しだけゆるくなったぐらいだ。……というかこれって幸福といえるのか?
まあ、何はともあれ。
自分たちの考えたネタをやる、というのは胸にたぎるものがある。
テレビの前で流れるように、笑顔で漫才をしている芸人さんも、その裏には死ぬ気で練習に励む顔がある。
だからこそ、僕たちも同じように。
この世界初の芸人として。
ネタについては、使い古された感があるけど、それでもオリジナルだ。少ししか練習はしていないけど、愛着もある。
発表までに、いろんな波乱があったけど。
もし、このステージが成功したらきっと。
きっと、嬉しい。
「行くわよ、ムッツリ!」
「おう!」
「どうも〜。ムッツリメガネでーす」
「どもども〜」
「えーと、僕がムッツリで、」
「私がメガネでーす!」
「「よろしくお願いしまーす」」
「いやー、僕思うんだけど」
「なになに?」
「僕の芸名がムッツリっておかしいよね?」
「いやいやいや! 自分で名乗っといて早速それかい! 結成一日で芸名に疑問を抱くんかい!」
「だってさー。ムッツリなんて人に呼ばれたくないじゃん。呼ばれている人自体少ないだろうし」
「でも逆にそれがいいと思うよー? 誰にも呼ばれない名前っていうのが」
「そうかなー? 僕にしては不利益しかないと思うんだけど」
「だってよく考えてみてよ。『メガネ』なんて、ありきたりすぎて全国探したら何人いるかわからないでしょ。それに比べて『ムッツリ』なんて、もはやオンリーワンじゃない」
「……そういわれてみればそうかも」
「さらに言えば、『メガネ』なんて、今日のお客さんの中にもいるんじゃないかしら」
「いや、絶対いないよ。ここ異世界だし(笑)」
「……何よその目は」
「……いや何でもありま――痛い! 何すんだよ!」
「え? あなたのおでこが異世界だから叩いたんだけど何か?」
「意味わからんわ!」
「と、いうわけで、これから三・三・七拍子に合わせて、異世界、もといムッツリの頭を叩きまーす」
「いやいや意味がわからん! さっきから全く意味がわからん!」
「ロ・リ・コン ロ・リ・コン ムッ・ツリ・ロ・リ・コン!」
「なんかあだ名増えてる―――――!?」
「どう? 気持ちよかった?」
「なるかい! というか痛いわ! 単純計算で十三回は叩いてるし!」
「……じゃあ、漫才するわよ」
「今までのはなんだった―――――――!?」
「しいて言うなら、伏線ね」
「何の――――!?」
「もう、うるさいやつね。じゃあ、そんなにうるさいムッツリには、今から『寡黙なコンビニのお客さん』をやってもらいます。私が店員をやるから」
「漫才始まった!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いらっしゃいませ〜。今日はいい天気ですね」
「ええ。朝から晴れて――
〜〜〜「しゃべったらダメ―――!」〜〜〜
「ええええええええええ!?」
「だ、か、ら! 『寡黙なコンビニのお客さん』って言ってるでしょうが!」
「いやあなた、僕に話しかけましたよね!?」
「そこはうなずくだけでいいのよ!」
「……そこまで寡黙なんだ」
「そう。いわばコミュ障ね」
「はいはい。わかりました。やりますよ――って痛い! 何すんだよ!」
「やる気が見えませんね〜?」
「やる気もくそもあるか! こんなのやってられないよ!」
「さんさんななびょ〜〜〜し!」
「やりますやります! 喜んでやらせていただきます!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いらっしゃいませ〜。今日はいい天気ですね」
「……(コクリ)」
「あの、お客さん、商品を持ってないようですが……」
「……えっ?」
〜〜〜〜「はいアウト―――!」〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ちょっとまてぇぇぇぇい!」
「……なんでしょう?」
「商品を持っていないのにレジに並ぶ奴があるか!」
「そういう設定なもんで」
「何そのいらなすぎる設定! 今すぐ変えろ! せめて弁当ぐらい持たせて!」
「……しょうがないわね〜」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いらっしゃいませ〜。今日はいい天気ですね」
「……(コクリ)」
「あ、商品をお預かりしまーす」
「……(コクリ)」
「レ・ン・ジ じゅ・う・秒 温・め・ま・す・か?」
〜〜〜〜「いたぁぁぁぁぁぁい!」〜〜〜〜〜
「あのさ〜。『寡黙なコンビニのお客さん』って言ってるじゃない。何回言えばわかるのよ」
「だから痛いって! 三々七拍子痛いって!」
「知らないわよ」
「知ってくれよ!」
「……そういう返し方する人初めて見たわ(笑)」
「そこじゃねぇぇぇぇぇぇ! 僕が言いたいのはコンビニ定員の対応だよ!」
「え? あれが当たり前でしょ?」
「だから――」
「さ〜んさ〜んななびょ〜〜〜〜〜し!」
「わかった! わかったから早く終わらせてぇ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いらっしゃいませ〜。今日はいい天気ですね」
「……(コクリ)」
「あ、商品をお預かりしまーす」
「……(コクリ)」
「レ・ン・ジ じゅ・う・秒 温・め・ま・す・か?」
「……(コクリ)」
「お・は・し いっ・ぽん お・付・け・し・ま・す・か?」
「……(コクリ)」
「レ・ン・ジ 少・し 故・障・し・ま・し・た!」
「……(コクリ)」
「あ・りゃ・りゃ 弁・当 生・暖・か・い!」
「……(コクリ)」
「料・金 合・計 三・三・七・円!」
「…………えっ、すげえ伏線」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「「どうも、ありがとうございました〜!」」
パチパチパチ!
……なんとかミスなくやりきった。
その成果か、目の前の観衆はみんな、大きな拍手を送ってくれている。
前にあるザルには、黒い実がたくさん入っていた。
――ああ、やっぱり夢か。
日本語を知らない異世界人たちが、こんな漫才に感動するはずはない。
でも。
もし、これが現実ならば。
もし、これが実際に起こったことというならば、目の前にある黒い実は、僕たちの努力の結晶なんだと、そう、自然に思うことができた。
……まあでも、やっぱりあの人たちにはかないません。プロですから。
まあ、こんなもんです。
どっちが良かったですか?