Chapter1 夜の会話
前の話で言い忘れましたが、エピソードの後の会話の時系列は2,5章の最後…つまり、本編とは関係ないことになります。カズトヨ語編みたいに思ってください。
今回は、久子と迎える初めての夜の会話です。
ぐ〜。
牢獄のスケジュールや、基本的な仕事内容を教え終わり、僕たちは寝ることにした。
二人を照らすのは、格子から入ってくる月明かりだけ。……それでも結構明るかったりするけどね。
ぐ〜〜〜〜〜。
それにしても、今日は散々だった。あの朗読は、僕の黒歴史の中でも一番の出来事になるだろう。あれほど死にたくなったのはもう初めて。
……でも、日本人に会えただけでも本当に良かった。もう、一人ではないだろうし、久子の言う『心の支え』である存在というのがかなりわかる。脱獄も心細くはないし、話す相手だっている。理解者がいるっていうのは素晴らしいことだ。
何か、この他にもいい出会いがあればうれしいな。
ぐぎゅるるるり〜〜〜〜。
「……ごめん。うるさいんだけど」
「ふ〜ん。ムッツリには聞こえるのね。でも、残念ながらこれは常人には聞こえない音なの。さすがは中二病ね。もう、あなたに言い残すことはないわ。安心して――忘れなさい!」
「あべば!?」
瞬間、僕の目線の先に握りこぶしが降ってきて、鼻先を直撃。この世のものとは思えない激痛が走った。
「な、なにふんだよ!」
こ、コイツ……心の支えとか言っときながらこれかよ。
「あちゃ〜。失敗ね。さすがに、意識を飛ばすことはできなかったわ」
「できたら困るよ!?」
そんなことできたら、都合の悪いことはみんな忘れさせることができるじゃないか。いわゆる夢オチってやつ? あんなの、物語で現実味を出す効果だけで十分だ。
「いや、できたことはあるのよ? ――夢の中で」
「oh!」
まさかの夢オチ!
「ふふっ。面白いリアクションするわね……。殴った時といい、さっきのにやけ顔といい、露骨に悲しむところといい……実はムッツリっていじられキャラだったりする?」
「えっ……。いや、決してそんなことは」
「さっさと言えやコラ」
ん?
今のドスのきいた声って久子だよね?
新しい日本人とかじゃないよね。
「……どしたの急に。こ、怖いよ」
「いいから言えやコラァァ!」
怖い怖い! 早く真実を言わないと!
「そ、その通りです〜!」
「……あ〜、楽し♪」
「コラァァァァァァァ!」
人の気持ちをもてあそぶのもいい加減にしろよ! この地味っ子メガネめ!
「もう。心の支えが怒ってどうするのよ♪ お互いに仲良くしましょうよ♪」
「今その話持ってくんな! 声が気持ち悪いし。……もういいよ! せいぜい好きなだけいじったらいいよ! どうせ僕はいじられキャラだよ!」
なんか、中学の友達も、よく冗談言ってくるんだよね。やれ今日はテストがあるだの、やれクラスの女子が僕のことを好いているだの……。なんでそんな本当でもないことを言うのかな〜。って思ってた。きっと、そんなウソを信じて慌てる僕がおもしろかったんだろうな〜。……ああ〜、でも今の感じよりは格段に楽しかった。今頃あいつらはどうしてるんだろう。地球でのことなんて思い出すんじゃなかった。
「まあ、どうせ久子は僕をいじるんだろうね。もう好きにしたらいいよ!」
とにかく、こうなったら同情を誘うしかない。いじられキャラというものを嫌っているという感情を見せることで、相手に遠慮の気持ちが芽生えれば――
「……じゃあ、遠慮なくいじります♪」
「心の支えのセリフじゃねええええええ!」
あー。もうわかった。この人結構Sだわ。僕が一番苦手な奴ね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「こうして、ムッツリいじりはスタートしたのだった……めでたしめでたし」
「すたーとしたのだった。でめたし……めで、たし〜」
「めでたくないよ!」
あとローラン今めっちゃかわいかったよ! めでたしと言うことができた後の笑顔がもうやばかった。
それに比べてメガネは……。
「というか、その後の生活もひどかったよ。日本人が二人に増えたからか知らないけど、食事の量も少なくなっちゃうし。ただでさえ、普通より少し少ない食事だったから、これはこたえたよ。それに久子が『私はオンナノコだから、重いものは持てないの〜』とか言って仕事を僕に押し付けるしね。弱みを握られてるから、反抗ができなかったのが悔しいよ。少しは僕に感謝してもいいってのに」
「ああ〜。そんなこともあったわね(上を向く)」
「軽っ!」
そうやって、わざとらしく上を向いてるのもかなりムカつくから。
「なによ。でも、私は肝心なとこで頑張ったでしょ。心の支えの役割は一応果たしたつもりよ」
「そ、それは……」
久子が言っているのは、脱獄の時のあの感動的なセリフのことだろう。正直、あの時は本当に助けてもらった。自分でも、正直、あんなドラマみたいなセリフを聞いて、心が動くとは思わなかったし。
「それに、あそこで捕まってたら、ローランに助けてもらえたかもわからないんだから」
「それは、だいじょうぶ」
「――どういうこと?」
自分の主張が否定された久子は、その真意を聞いた。
「あのときは、ずっとそらをとんでいたから、ひとがいないところにおりてはしれば、すぐにまにあった」
「で、でもさ! 私たちが路地に入ったからこそ、人に見られずに直接助けることができたのよね? そうよね?」
「……それは、そう」
「でしょ〜! ほら、やっぱり私は感謝されるべきなのよ!」
……そういうとこ、本当に久子らしい。
でも、僕の言いたいことはそうじゃない。
「そうじゃなくてさ。僕がしたことに感謝しているのかっていうのが疑問なんだよ!」
「あ〜。そういうこと。……まあ、一応感謝はしてたわよ。食べ物ももらってたし」
「……ん?」
食べ物ももらってた?
僕の記憶にある限りでは、一度もそういったことは――いや、あの王国での朝ごはん以外には、全くないのだが。
久子が感謝していた時系列的にも、その朝食の事は除外していいとして……。
――まさか。
「あのさ、一つ、もし本当だったら許せない事柄が発生したんだけど。もしよかったら聞いてくれないかな?」
「え? ムッツリの食事をパクってたこと?」
「ヨクモォォォォォォォォ! ヨクモカンタンニソンナコトガイエタナァァァァァァ!」
知らなかった……。こいつ、ガチの鬼だ。
「むっつり、こわい」
「ァァァァ……ああ〜。ごめんなちゃいね〜。僕は怖くないよ〜」
おーっと危ない。ローランをこわがらせるところだった。ここは、やさしいお兄さんでいなければ!
……いやでもいくらなんでもこれはダメだろう。ローランにも教育が必要だし、ここはひとつ。
「でもねローラン。この久子さんはね、僕の少ない食事を奪ったんだよ? 悪い人だと思うでしょ?」
僕がそういうと、ローランは下を向いた。考えてくれているのかな? それならうれしいんだけど――
「ひさこはわるくない。むっつりがわるい」
「………そう?」
小さな顔を上げてはなった言葉は、重りとなって僕にのしかかった。
「ククククク……」
笑いをこらえる久子。
「……………」
ボーっとするローラン。
僕は、あとどれくらい、この関係の中にいなければいけないんだろう。思えば、初めてローランに出会ってから、ずっとこんな扱いのような気がする。
……でも。
でもせめて、これだけは聞いておきたい。今まで言ったことがあるようで、言ったことがないことを、聞いておきたい。
この時の僕は、かなり吹っ切れていた。
「ローラン。一つ聞いていい?」
僕の問いに、ローランは首をかしげる。
もちろんかわいい。だけど、それはただの傍観者のセリフだ。
僕だって、長い時間をここまで一緒に過ごしてきたんだ。この質問をする権利は紛れもなく僕にある!
では、言おうじゃないか!
「ローランは僕のことが好き? それとも嫌い?」
「すき」
……えっ。即答ですか?
え、ちょ、ま。待って待って待って。
待って待って待って。
待って待って待って待って待って。
「え? ローランそれ本当?」
信じられずに二回聞いてしまった。
「うん。ほんとう」
しかし、どうやらその心配は杞憂だったようだ。
「や、ヤッタァァァァァ――――!」
あのローランが。
僕のことを。
『好き』
と、そういったのだ。
「ヤッタ、ヤッタヤッタ。ヤッタヤッタ、ヤッタ」
「ムッツリうるさい。ちょっと落ち着け」
久子が呆れた声で言ってくる。
はっはー。あなたの注意ももう屁のように思えちゃうね。へっへー。せっかくだから聞いてあげますよ。ハイハイ。
「――ああ、ごめん。ついつい。まあ、これでローランに対する心配はなくなったし? 僕としてはこれで満――ん?」
満足だと言いかけて、ふと思った。
じゃあ、なんでローランは僕のことを悪いと言ったんだ?
これは、誰もが行き着く理論。さっきの食事の面から考えても、僕が悪いとする証拠なんてなかった気がする。
「あのさ、ローランはなんでさっき、僕が悪いと思ったの?」
「ん〜〜」
再びローランは首を傾げた。
いや、そこは即答でもいいでしょ。そんな考えなくても。好き嫌いなんかよりも確実に根拠があるはずなんだから。
じゃあ、もし根拠がないとしたら……もしかしてなんとなくパターン? それはやめていただきたい。さっきの『好き』が一気にくずれおちそう。うん。
――そして。
彼女の小さな唇が徐々に開かれ、言葉が紡がれる。
「……むっつりがぜんぶわるいから」
「…………」
ダダダダーン。
ダ、ダ、ダ、ダーン。
ああ……これぞ僕に与えられた運命。
会社のそこで働き続ける社畜、あるいは借金の連帯保証人のように、いつでも切られ、いつでも責任を負わされるポジション。
しょうがない。ローランが僕のことを好きだというだけでも――
「……」
――しかし、ローランの話はまだ終わっていないようだった。
動いた天使の右腕が、僕を現実の世界へと引き戻した。
そして、その細くてきれいな腕が、たてられた一本の人差し指とともに一直線に伸びる。
金髪の天使が指し示したのは、悪魔――久子だった。
「――って、ひさこがいったから」
次は、久子とローランのお話。
いや~。久子さん鬼ですね