Chapter1 囚人生活
まだ、卓郎が久子と出会わなかったときのお話。
「ユー! ユー!」
「……ふぁ?」
誰だ。我の眠りを邪魔する奴は。
今さっきまで『金髪ロリに攻め続けられる』という気持ちのいい夢を見ていたというのに。
……いや、夢ではない。現実だァァァァ!
フハハハハ! セカイの救世主田中卓郎の頭の辞書に『夢』という文字は存在しない! なぜなら、我が思い描いた夢はどんなものでも叶ってしまうからな!
「プンプン!」
しかし、突然そんな声が聞こえたかと思うと、我の体は宙に持ち上げられた。
「うおっ! な、何をする! 我の眠りを邪魔するなぁ!」
「プンプン!」
「ぷ、プンプンとは何だ! この田中卓郎に向かって怒るなど、いったいどこの狼藉なのだ!」
けしからんやつめ!
せめて顔だけは拝んでやろうと思ったが、持ち上げられているせいで見えないではないか。
というかこれはまだ夜じゃないのか? 辺りが薄暗いぞ!
「下ろせ! 下ろせぇ!」
「……」
今度は無視ときやがったか!
……フッ。もういい。
このままおとなしく運ばせてやろうじゃないか。お前も、我を持ち上げることができたということに誇りを持つがいい。フハハハハ!
*
あ〜。やっぱり夢じゃなかったわ。うん。
というわけで現実逃避終了。
あのまま運ばれ続けた僕は、何やら外の会場らしきところにつれてこられたのだった。周りにはテーブルが並び、僕の隣にもごつい顔をした囚人が座っていた。
はたして、何が行われるんだろう。
う〜ん。もしかしたら、『今から生き残りをかけてサバイバルゲームをしてもらいます。この世界は100層のステージでできていて』――なんてことがあるかも。
いや、ないでしょうけどね。もうあきらめてますが。
「えっ――」
どうでもいいことを考えていると、突然目の前にいい匂いを放つ物体が置かれた。
いや、そんな何かわからないという言い方をする必要はないと思うのだが、それぐらいその存在を疑わざるを得ないものだった。
――パン!
パン! というのは食材の方のパンではなく、囚人と指導者たちが一斉に手をあわせた音だ。え? もしかしてこれって――
――むしゃむしゃ。
……あれ、この次って『いただきます』じゃないの? 手を合わせるだけとかどれだけ食い意地張ってるんだ――じゃないや。
ここは日本ではなく異世界なんだな。
やばい。やっぱりまだ現実逃避抜けきってないわ。絶賛逃避中だったみたい。
ここでは日本語が通じなくて、もちろんいただきますなんてあるわけない。あの『ありがとう』ももしかしたら聞き間違いかもしれないし。
……よしよし。やっと現状を受け入れられてきたぞ。
こうなれば、今僕の目の前にある物体についても答えは明白だ。
食事。
そう。食事。食事である。
もう本当に驚いた。あの金髪幼女にサンドイッチを全部あげていたので、実質昨日は食事抜きだったのだが、まさか囚人に無料で食事が出るとは思ってもいなかった。
「フハハハハ! 苦しゅうない苦しゅうない」
気持ちはもうハイテンション。僕の中のもう一人の僕の気持ちが言葉となって表れた。
おいおい。というかまた逃避してどうするんだ僕は。だめだなあ。
フハハハハ! 何を言うもう一人の我。この我こそがスタンダードな田中卓郎であろう?
いや、それは断じて違う。中学でもこのしゃべり方なんてしたことないし、大体お前はジュリとありとあらゆるセカイのヒロインたちだけの秘密だろう? もしそんなのがスタンダードだったら僕は人間として終わってる。
なんだなんだ? こんな時にだけ普通の人間ぶりおって。普段のそなたの頭の中ではいつでも我がおるではないか。それをスタンダードといわずになんというのだ。
あのなお前。スタンダードっていうのは他人から見た基準なんだよ。他人が僕というものをどう見てるかによってそのスタンダードが決まるわけ。確かに僕だけの観点で見たらお前がスタンダードだってことは認めるけど、やっぱりそれだけで自分がスタンダードだって言い切るのは少し違うと思う。
フッ。賢者が。論理的な意見ばかり言って自分いいこと言ったみたいになりおって。そんなの、世界中の意見を見渡せば絶対に一人はヒットしおる。その言葉は『いいこと』ではあるが『当たり前』でしかないのだよ。それに比べて我はどうだ。降り立つ世界は世界中を見渡してもオンリーワン。そなたと我でどちらが優れているかといえば我に決まってる。この際どちらがスタンダードなんて関係ない。もはやそなたが我と合体するのがよかろう――
「マジカ?」
脳内トークを繰り広げていると、隣に座っていた囚人がそんな声を漏らした。
そういえば、『マジカ』って第一ヒロインも同じことを言っていたな……。どういう意味なんだろう。
うーん。わかんないや。
*
なぜか自分の食事の量が少ない気もしたが、食べられただけでも良しとして。
その後は、畑に向かった。
そして向かってすぐに、指導者が囚人たちを二つに分ける。二つに分けると、僕の方ではない班は畑の中に向かい、僕たちはそのまま残った。
「ロー」
しばらくすると、そう、僕の方の指導者が言った。
おそらく人の名前だろう。そう呼ばれた体格のいいおじさんは「リョーカ」と返事をして、指導者から植物の器を受け取ると、森の方へと歩いていく。
あ、水か。
確かその先には小川があったはず。おそらく僕たちは水を集めてくる係なのだろう。
「ユーラ、イーク、ストラ」
その後も指導者はどんどん名前を呼んでいき、呼ばれた方も「リョーカ」と返事をした。
あーあ。二番目と三番目入れ替えたらいい感じなのに。ストライーク!
というか、リョーカってなんか聞いたことあるような……確か物々交換の時だったっけ。仮に「リョーカ」を返事の「はい」にしたとして、物々交換の時は……そうか、「はいどうぞ」かも!
フハハハハ! やはり頭が冴えわたっておる。さすがは田中卓郎だ!
……なんて変なこと考えているうちに、とうとう僕を除いた班の全員が出発してしまった。あーあ。僕最後か。
さてさて。食事ももらったし、いっちょ働きますか。肩回し〜♪ 肩回し〜♪ ショルダーローリング〜♪ お、これかっこいいな。ショルダァァァァ……ロ――――――――リングゥゥゥ!
…………。
しかし、僕の名前は一向に呼ばれる気配がない。
おーい。指導者さーん。僕がいますよー。何で黙っちゃってるんですかー。
「ユ、ユー」
「はい?」
ユ・ユーとはまた奇抜なネーミングセンスときたもんだ――
「ユー!」
「は、はい!?」
なんか急に叫びだしたぞ? 怒ってるのかな?
あ、そうか。名前だな? 名前を知らないんだ。
「アイアム卓郎」
「……マジカ?」
「ノーノー。アイ、アム卓郎」
「……」
だめかー。ユーって言ってるからもしかしたら英語はいけるかと思っていたけどダメかー。
「卓郎」
あきらめて僕がそういうと、
「……タクロウ」
と、指導者は理解したようだった。
*
何故か僕の容器だけ少し大きいような気もしたが、食事をもらったのでよしとして。
あと、昼ご飯も僕だけ少し少ないような気がしたが、まあ良しとして。
あとあと、その後の大工の仕事の際、木材を運ぶ量が僕だけ少し多いような気がしたけど――
――ってあたりで、少しおかしいとは思った。
容器や食事を渡す指導者の顔も、よく見たら無表情に近い感じだし、仲間の囚人でさえも、僕に対して笑顔を向けることはあまりなかった。
けど、そんなに気にしなかった。
僕自身の生活に支障はきたさないし、むしろそれは僕の勝手な思い込みかもしれないとも思ったし。
それよりも、仕事をしていく中で、僕たちに助けてもらった一般人の笑顔が気持ちよくて、『人助けする我カッコイイ』状態になっていたし。普段の混沌世界では、なかなか助ける理由があいまいで、美少女とチューをすることしか――おっと危ない……我は普段のカオスワールドでも人助けをすることを中心に活動していたから、もう慣れたことだったけど、やっぱり現実世界でも人助けっていうのは気持ちいいなーって思いました。はい。
……でもさ。でもですよ?
牢屋に一人っていうのはいくらなんでも寂しいよね。
いや、カオスワールドに行けばいいじゃんというあなた。僕が捕まる間際のシーンを見てほしい。僕の右腕にいる設定――じゃなくて、それは必然的な現象であるところのジュリが、あの日を境に想像しづらく――じゃなくて、なかなか現れなくなっちゃったんですよ。ええ。これまでの『セカイの救世主田中卓郎』の話の流れとしては、ジュリの存在が必要不可欠だったわけで。ジュリがいないとカオスワールドに行けないことはもちろん、さまざまな必殺技を出すこともできないんです。『精霊の息吹』っていう体に取り込むタイプのエネルギーも受理を介さないと取り込めないし、『エンハンス』や『プロモート』などのジュリ――精霊自体のエネルギーを使うことも不可能になる。
それに、一番重要なことを申し上げますとね?
人助け後のジュリとのプレイを考えるのが一番興奮するんですよ。
もうお気づきの方もいらっしゃるが、これまで、さまざまな美少女が誘ってきたりキスをしたりしたにもかかわらず、セカイの救世主田中卓郎は断っているんですよ。これがどういう意味か分かりますか?
そうです。セカイの救世主田中卓郎は一途な漢なのです。
そう。漢の中の漢。どれだけきれいな美少女がいても、ひたすら一人の女性を愛し続ける。しかし、困っている人がいれば、必ず助けに行く。これを漢といわずになんと呼ぶことができようか。いや、できない。反語を使うほどの漢なのだ!
しかし、ジュリがいなくなった今、セカイの救世主田中卓郎はとても寂しい! 現世のようにお互いに話す相手もいない!
……日が経つにつれて、僕にはあきらめの感情が芽生えてきて。
もう、この世界で、一人で生きていこうと思ったりしてた。
明日はどんな笑顔が見られるんだろう。
――なんて、どこぞのヒーローみたいな考え方もしてた。
大きい月を見て、ここは宇宙のどこかなのかもなんて思って、地球のことも考えたりした。
その時に。
その時に、こんな声がした。
「ちょっ! 離しなさい!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……という感じだったなあ」
「ふーん」
僕が話し終えると、久子がつまらなそうに頷いた。
「……どうしてそんな顔してるの?」
「最後だけいい話に持って来ようとしてるのがうざい」
「ギクゥゥゥゥゥゥ!」
くそっ。やっぱり駄目だったか。
「私としては、序盤のムッツリの中二病具合で十分おなかいっぱいだったわ」
「……そーですか」
こういうところ、久子ははっきりと言うよな〜。ま、それがコイツの個性だと思うんだけど。
「ローランはどうだった? 感動した?」
「……おもしろかった」
おっ! 珍しく肯定的な返答だ! これは期待!
「どこが面白いと思った?」
「しょるだーろーりんぐ」
「ありがトォォォォォウ!」
やったぜ! ここは僕がかなり自信を持っていたところだったからね! あ、これは決して作り話ではないから安心してください。
「ちょっとやってみる」
ローランはそう言って、僕たちから距離を取った。
はぁぁぁぁ〜。ローランが自分と同じ行動をとってくれるなんて、僕は世界一の幸せ者だ!
「うんうん! いいよ!」
「……せっかくだし見ることにするわ」
おやおや、久子も我慢できない様子。
そして、ローランの右腕がゆっくりと弧を描き始める。
「かたまわし〜♪ かたまわし〜♪ しょるだーろーりんぐ〜♪」
「「かわいいィィィィィィィィ!!」」
うん。やっぱりローランは天使!
ほとんど卓郎の頭の中の描写になっちゃいました。
あと、あのテンションで長々書いたら飽きると思ったんで、結構省略しています。また加えるかも。