13 神様仏様ローラン様
題名は適当です。
ちゅん。
ちゅんちゅん。
鳥の声をきっかけに、僕は目を開け、体を起こした。
外はまだ薄暗い。日が出る前の特有の時間だ。
……それにしても、この世界に来てから、朝早くに起きることにももう慣れてしまって、生活のリズムが美しすぎてやばい。
やはり、電気というものが大きいのだろう。電気さえあれば、もはや昼も夜も関係ない。火は何度か見たことはあるものの、起こすのが大変ということと、火事の心配があるということで、あまり使われていないようだ。
日本にいたころは、日をまたぐのは当り前と言っても過言ではなかったし、休日なんかは昼まで寝ることも多かった。今から考えてみたら、何をやっていたんだ! と、少し後悔さえ生まれてくる。
これも、言葉と同じく、文明の違いなんだろう。そう考えると、便利なものが必ずしもいいことではないと思ったりもする。
「すう……すう……」
振り向くと、まだ眠っている二人の姿が見えた。
手前から、四十五点状態の久子と、問答無用で百点のローラン。
思えば、この二人との出会いも決して当たり前に起こりうるものではなかった。
今でこそ、当たり前のように久子がいて、当たり前のようにローランがいて。これが僕のこの世界での日常みたいなものになっているけれど、もしこの出会いがなければ僕はひとりであてもなくさまよい、一人で餓死していたかもしれない。あるいは、ほかの出会いがあったのかもしれないけど。
――僕は神様というものを信じていない。
普段『セカイの救世主』なんて神様まがいの行為をやっていた僕が言うのもなんだけど、僕は神様というものを信じていない。お守りなんて精神安定剤にしかならないし、賽銭の願いなんて、お金をかけることで自分の希望に重みをもたせるもの、あるいは『叶えばいいなぁ』なんていうとりあえず言っておこう的なものだとしか思えない。
ただ、それならこの出会いはどうやって説明したらいいだろう。偶然この世界に来て、偶然同じ時期につかまった久子、たまたまサンドイッチを持った状態で出会うことができたローランの出会いはどうやって説明できようか。……まあ、何も持っていない状態でローランと出会っても『僕を食べて!』 と言っていたかもしれないけど(嘘)
一期一会という四字熟語がある。
好きな言葉は? という質問の答えとしてよく挙がるこれは『一度の出会いを大切にすること』という意味だけど、なるほど、昔の人がそういう言葉を作った理由がわかるような気がする。
……少し話はそれたけど、僕が今――もしくは少し前から考えていたのはこういうことだ。
もしかしたら、この世界には神様がいるのかもしれない。
この僕の仮定を聞いて『いやいやそんな馬鹿な』なんて答える人がいるならば、それはこの物語をちゃんと読んでいない人か、それとも最新話だけちょろっと覗いてみた人か、はたまた自分の中に『神様なんて絶対にいない!』という名言を持っている人だろう。普通の人は、100%そう思う。(あと、たとえちゃんと読んでいなかったり最新話だけ読んで下さった方にも感謝しています)
ローランの力はまだ不十分だけど、ルーカスさんの話にもあった『シャルル』という人間(?)のエピソードを聞く限り、それは神としか思えない。
じゃあ、仮にシャルルが神だったとして、ローランは何だ?
……別に、『こういうことだ!』という証拠があるわけでもない。少し考えてみただけだ。
その答えは、少し先にわかるかもしれないし、旅を続けてもわからないかもしれない。
ただ、一つの可能性として、その答えがわかった時、ローランは人ではなくなるかもしれないのだ。これはローランが神だった場合。
人間と神は深くかかわりがあるようでない。つまり、すべてが間接的なのだ。言い伝えや神話、あるいは流行った疫病を引き起こしたのが神の仕業だったり、とにかく実体がない。人間と神なんて、そうそうまみえることはできない。
だからこそ、一期一会。
今この状態がいつまでも続くわけではないかもしれない。
使い古された言葉だけど、これほど心にしみる言葉はないだろう。
その言葉を心に決めれば、僕たちが目標としている『日本に帰る』ということもためらわずにできる気がした。
ダンダン!
「ん?」
僕恒例の賢者モードに入っていると、突然ドアが激しくたたかれた。
「……なによ〜。こんな時間に」
「うるさい。しずまれ……むにゃ」
大きな音に、寝ていた二人も迷惑そうにむずむずとうごめいた。
う〜ん。ローランさんの口がどんどん悪くなっているのは少し悲しい。絶対に久子の影響だ。
でも、幼女にののしられるのもありかな。いや、何考えているんだ僕は。幼女じゃなくてローランにののしられることについて考えないと。だって、世の中には幼女なんてたくさんいるんだから。こんなマイエンジェルをほかの普通の幼女と同じにしてはいけない。ローランはローラン。オンリーワンローラン。……オンリーワンローランって『―』と『ン』の韻を踏んでいてなんだかしっくりくるなあ。オンリーワンローラン。オンリーワンローラン。……うん。やっぱり言ってて気持ちいいや。いっそ、もう歌にしてもいいんじゃないだろうか。ナンバーワンじゃなくてオンリーワン……ローラン。あ、これだめだ。オンリーワンの後に余裕がなさ過ぎてこりゃだめだ。っていうかこれ著作権大丈夫か。いや、もう歌の原型とどめてないから大丈夫だろう――いやいやそんなことはどうでもいい。僕はローランにののしられることについて考えていたんだった。いや〜本当に、ローランのこと考えてるときって、話がどんどん変な方向に行くから困っちゃうよ。ほら、今も彼女はむずむずしてるよ。むにゃむにゃ〜って言ってるよ。むにゃむにゃなんて、漫画とかラノベとかでしか聞いたことなかったけど、本当にいう人がいたなんてびっくりだしとてもかわいい。いや、もう何してもかわいいし。僕だったら、たとえローランが空き缶をポイ捨てしてもかわいいって思う自信あるな。うん。そしてそのポイ捨てした空き缶を拾って――お〜っと危ない危ない。この続きを言ってたら警察いきだったよ……え〜っと、何の話だったっけ。そうそう、ローランにののしられるという話だったっけ。……そういえば、昨日ローランに『むっつりきもい』って言われたな。あの時は結構ショックだったけど、よくよく考えてみたら――幼女にキモイって言われるのって結構いい感じな気がする。うん。幼女という生き物はまさに純粋の塊。キモイなんて言うけがらわしい言葉なんてそうそう使わない。――でもそこがいい。デュフフ。……そうだ、これってルーカス王国に来たときの『ローランにロリコンと言われたら』の時と同じじゃね? いや違うか。あれはロリに『ロリコン』と言われるという矛盾的な状態に関する興奮だったっけ――あ、じゃあやっぱり同じだ。純粋な幼女から『キモイ』といわれるんだから。う〜ん、こ〜れは興奮するね。何であの時死ぬように寝てしまったんだろう。くぅ〜。悔やまれるぅ〜。もっとローランを抱きしめてむぎゅむぎゅしてちゅっちゅしたらよかったな〜。お? じゃあ、今やればいいんじゃね? よし、やろう。
「さっさと応対しろォォォォォォォ!」
「阿部場!?」
僕がローランにかぶさりかかったところで久子のキックがみぞおちに炸裂。ドアまでふき飛ばされてしまった……あ、そうだ。そういえばドアが叩かれていたっけ。ローランに夢中で忘れてたよ。
「ど、どちら様……で、しょうか――ぐほぉぉ!?」
痛さに悶絶しながら震える手でドアを開けたのも束の間。今度は腰のあたりに衝撃が走る。
「ムッツリィィィィィィィィィィ!」
叫ぶ中にもさわやかさが残るイケメンボイス。
僕にタックルをかましてきたのは、ほかでもない、ルークだった。
「ムッツリ! ムッツリィィィィ!」
彼はその勢いのままに僕を押し倒し、そして何度も僕の名前を呼んだ。
「どうしたの? 何かあったの?」
「何かあったじゃないよ!」
僕の言葉に、ルークは鋭く言い放った。目は大きく見開かれ、はぁ、はぁと息が上がっている。体をまさぐってこないところからしても、欲情しているわけではないようだ。というか、彼のこんな顔なんて見たことない。
「……なんだよ」
「そうよ。急にどうしたのよ」
もうわかるけど、ルークの様子がいつもと比べてかなりおかしい。そう思ったのか、久子もベットの上から聞いた。
「……ひどいよ」
震えた声。ルークの瞳には涙がたまっていた。
「明日に旅立つなんて聞いてないよ!」
「「あっ……」」
その言葉で、僕は自分たちが犯していたミスを一瞬で理解した。
「みんなが当たり前のように『キミたちが明日には旅立つ』なんて言うもんだから、ボクは耳を疑ったよ! そんなこと一回も聞いてないし、本当にあせった。心の準備なんて出来たもんじゃないよ!」
「……ごめん。本当にごめん」
「ごめんなさい――ていってもそれで済むことじゃないわよね……。じゃあ少し旅立つ日を伸ばすわ。ルーカスさんに、『ルークと話す時間をください』ってお願いもする。だから許してくれないかしら?」
久子の案は妥当なものだ。ルーカスさんやほかの王族の皆さんも事情を分かってくれるだろう。ひたすら謝ろうとしていた僕とは大違いだな。そういうところだけは尊敬しております。
「……いや」
しかし、ルークは久子の言葉に首を振った。
「それはいい。……でも、一つだけお願いがあるんだ」
そういうルークの瞳から、悲しみはもう消えていた。
代わりに、しっかりとした意志のようなものが感じられたのだ。やっぱり、なんかいつもと違う。
「……それは、何?」
「僕についてきてほしい。見せたいものがあるんだ。朝食を食べ終えたら城の外に来てほしい」
そう言って部屋を出ていくルークの背中は、大きくも小さくも見えた。
亀更新にお付き合いください……。