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12 トイレの邂逅

大学忙しい……。

気長に待っていただけたら幸いです。

「フッ、久しいな」

「ああ、我も、お前に会うのは何年振りだろうか」

「……あれから、そなたは幾人のおなごと巡りおうた?」

「ああ、我は、あの事件があって以来、どこのセカイにも行っておらん」

「そりゃあまた、とてももったいないことをしておるのう。我はもう、一年の間に、三百六十五人とチューをしたぞ。お前の約百五十人とは大違いだな」

「ハッ、女がなんだ。我は、ひとりでさすらうことを決めたのだ。いくら様々なセカイを旅しようと、結局はその場限りの救出にすぎんだろう。いつかはそう思う時が来るさ」

「そなたも落ちたものよのう。それでは、将来のパートナーとは一生結ばれんぞ」

「う、うるさいわ!」

「フッ、それに対して、我の場合は街に出ればいくらでも見つかるがな。それまでの余興としては、この『セカイの救世主』という役職も捨てたものではない。ハッハッハ」

「お、お前――」




「――というかさ、これじゃあキャラがかぶってない? 途中からどっちがどっちかわかんなくなってきたよ」

「そう言われてみればそうだね……じゃあ、僕がムッツリとは違うしゃべり方でやればいいのかな?」


 ――まあ、そろそろここらへんで、一度整理した方がいいだろう。

 まず、初めの会話劇は、僕とポールによるものだ。決して、僕の空想ではない。


 ローランの爆弾寝言の後、死ぬように眠りについた僕が目を覚ましたのは、夕暮れ前だった。すると、起きて突然、尿意を催したのだ。二人は起きていたので、一声かけてから部屋を出た。

 そして、本能のままに、ここ、城の中庭の共用男子トイレに足を運んだ時、同業者、ポールと邂逅し、彼のほうから話しかけてきたので、僕もそれにのったというわけだ。

 

 あっ。ちなみに、邂逅っていうのは、『偶然の出会い』ってやつだったはず。一回ラノベに出てきて、辞書で調べてみたときがあったんだよね〜。難しい言葉を使うのって、めっちゃ気持ちいい。あ、間違ってたらごめんね。しょせん中二病レベルだから。


 では、会話に戻ろう。ええと? 違うしゃべり方だっけ?

 うーん。違うしゃべり方、か……。


「じゃあ、一人称を『まろ』、語尾を『おじゃる』にしてみようか」

「ま、まろとおじゃる? なんか変じゃない?」

 僕の言葉に、ポールは素っ頓狂な声を上げる。おい、声裏返ってるぞ。

「いや、これもれっきとした話し方だよ。日本でも、有名なキャラがいるんでおじゃる」

「そうなんでおじゃるか……じゃあ、何かいいセリフない? 一度言ってみるよ」

「そうだね……」

 いいセリフ、か……。だいたい、『まろ』と『おじゃる』に合うセリフなんてあんまりないしな。僕が最初にこの形態を言ったことも少しおかしかったと思う。やっぱり僕って少しおかしい人なんだな〜。

 いや、違う! 最初に『まろ』が出てくる時点で、我は芸術性あふれる人間だということじゃないか! 何を勘違いしていたんだ! ……っていう感じで、中二病っていうのは結構ポジティブな人多いよね~。

 もうシンプルでいっか。

「まあ、『我はセカイの救世主、ポールである』でいいと思うよ?」

「そう? わかった」

 ポールは、んん! とのどの調子を整えて、大きく息を吸った。


「まろはセカイの救世主、ポールでおじゃる!」


 ……どうかな」

「……ク、ククク……」

 やばい、なんか面白い。ポールのたれ目もうまくセリフにマッチしていると思う。

「わ、笑ってるでおじゃる! やっぱりおかしいでおじゃる! これはなしでおじゃる! 何かほかのセリフないでおじゃるか?」

「ふ、ふははははははは! ポールもそういいながらまだ続けてるし!」

 この人、案外気に入ってたりしてな。

「だからもうやめるよ! 確かにおもしろいとは思うけど、僕が求めているのはかっこよさなんだよ!」

 抗議するポールの口元は緩んでいた。楽しそうで何よりだ。

 う〜ん。かっこよさね……。

「じゃあ、一人称が『拙者』、語尾を『ござる』にしようよ。これは、忍者っていう役職の、日本では割とかっこいい部類に入るしゃべり方だよ」

「それいいね! 早速、何かセリフをくれない?」

 うんうんとうなずきながら、わくわくした表情で聞くポールさん。

「ええと……じゃあ、『忍法、影分身の術!』とかはどうかな?」

「よーし。いくよ――


 ――拙者は、忍法、影分身の術でごじゃる!」


「誰――――――!?」

 あとござるとおじゃる混ざってる! ごじゃるってなに!?

「あはは〜。なんかおかしかったね。というか、ムッツリの例文に主語とかがなかったから、付け加えてもいいか迷っちゃったよ」

「……あ、ごめん。それは僕のせいだ」

 そうか、主語入れなきゃいけなかったんだな。

「他にはないの? もっと種類を増やしたいんだけど」


 その後も、僕たちの『話し方について』の話は長い間続いた。

 おじいちゃん特有の『わし〜じゃ』というような割と一般的なものから、『おれっち〜やんす』みたいな個性的な話し方まで、かなりたくさんの話し方を伝授した。


 聞いているポールもそれを素直に、そして、楽しそうに聞いてくれたし、例文もノリノリで答えてくれた。昨日の物憂げな雰囲気からは想像できないほど、表情を崩して笑っていた。

 この彼の様子は、何も中二な世界に目覚め、それに浸ったことだけが理由ではないと思う。単純に、僕と打ち解けてきたということもあると思うんだ。要するに、仲良くなったっていうこと。

 きっと、ポールの本当の姿、普段の三人で過ごす時のいつものポールの姿、話し方、挙動は、こんな感じなんだということも実感したし、距離の近さを感じた。


 ただ、僕はそのことにうれしさを感じるかといえば、そうではない。

 だって、もう一緒にいられるのはあと一日しかないから。


 授業の時は、みんながいつも通りだからという理由で、僕もいつも通りに接していたが、やっぱり、ポールたちは別れについてどう思っているかが気になる。


 だから、僕は聞いた。

「悲しいと思わないのか?」

「……何が?」

 少し低いその声に、ポールは戸惑いの表情を見せた。

 空は、もう見慣れてきた夕焼けのオレンジが漂っている。二人の影は、高い城のそれにのまれて、姿を見せなかった。

「明後日の朝に僕たちが旅立つことは知ってるでしょ? 悲しいとは思わないのかな〜って思ってさ」

 本来なら、こういったことは聞くべきではないのかもしれない。でも、まだまだ未熟な僕は、自分の思いを制御できなかった。

「……」

 問いにポールは黙った。何とも形容しがたい表情を浮かべている。

 僕は、その閉じられた唇を見つめて、これから吐き出されるであろう言葉をただじっと待っていた。


 もちろん、仮にここでポールが『別れるのは嫌だ』なんて言ったとしても、僕たちが出発するのをやめる理由にはならない。それは、必然であり、決定事項なのだ。

 僕としても、ポールに僕の質問を肯定してほしいなんて気持ちは一切ない。

 ただ、自分の中でとっさに、あるいは前から現れた好奇心が、何かしらの答えを彼に求めていた。


 やがて、見つめていた唇がゆっくりかつ上下対称に開き、僕の鼓膜は、彼ののどから発せられる波を拾おうと、無意識にその距離を近づける。


「しょうがないよ。ムッツリが旅立つなら、僕は何も言わない。そうやって事前にわかっていたら、悲しいなんて思わないよ。むしろ感謝してる。今まで僕たちにいろんなことを教えてくれて、それに、僕には新しいセカイのことも教えてくれて。本当にムッツリたちに出会えてよかったって思ってるよ」


 そう言って、ポールは笑った。


 どうしてこんなに笑ってられるんだろう。もし僕がポールだったら、『悲しいに決まってるよ!』とか言って泣いてしまいそうだ。

 いさぎよいというか、なんというか。


 そう考えればルーカスさんも、カズトヨさんが旅立つというときに、泣きはしたものの、止めはしなかったんじゃあないだろうか。部屋が同じ階ではなかったとき、『俺は日本を探しに旅立つ』と言ったカズトヨさんに対して、悲しくは思ったものの、反抗はしなかったんじゃあないだろうか。


 もしかしたら、この国は、『他人の気持ちを考えて思いやる』という考え方がひろまっているのかもしれない。

 僕たちが、ステージで芸をした時、たとえそれが見知らぬ言語であっても、参加賞という名目であっても、三個のカネの実をくれたり。

 サイノとオックが自分たちの関係をポールに言わなかったことだって、悪く言えば自分たちの世界に浸っていると言うのかもしれないけど、よく言えばそれを伝えた時のポールの気持ちを思いやっているとも言える。まあ、優男ポールは行き過ぎだと思うけどね。あれはどちらかというと馬鹿正直という部類に入るだろう。


 じゃあ。それならば。

 自分たちが、この世界の人に比べて優れている所って何だろう?


 嘘をつき、つらいことには目を背け、自分の利益だけを考え。顔の見えないところでひどい言葉を浴びせかけ、それを楽しむ。

 

 仮に、ポールが僕たちの世界に行ったとしたら、どうするだろうか。

 きっと彼なら、自分の信じた人ならば、誰の言うことでも信じて、どんなお願いでも聞こうとがんばるだろう。

 しかし、そんな彼が、必ずいい扱いをされるかといわれれば、そうではない。

 いくらかの人は、彼の人柄を良く思い、信頼するだろう。

 しかし、それ以外の人は、彼をうまく利用するんだと思う。

 また、はじめは信頼していたとしても、自分の都合が悪くなってしまった時には、悪いと思いながらも、だます人だっている。


 だから、そんな世界の住人の僕は、このセカイに『居心地の良さ』を感じ、そして『違和感』を感じるのかもしれない。


「ねぇ、ポールってさ」

 半分無意識に、僕は次の質問に移ろうとしていた。

 無意識の要素は何かといわれれば、それこそ無意識だからはっきりとはわからないんだけど、一つ言えるとすればこれまでの経験だろうか。

「……なに?」

 彼はやさしい表情だ。


 じゃあ僕はポールの相談の時、こんな顔ができていたのだろうか。これだったら自分の心を話しやすいのに。

 なんて、変なことを考えるくらいには落ち着いていたと思う。


「日本語を学んで、良かったと思ってる?」


「二ホン語を?」

「そう。日本語を」

 カズトヨさんは、それをとても後悔している。じゃあ、学ぶほうはどうなのか、ということが気になったのだ。これは、半分無意識の無意識じゃない方だ。

 考えてみれば、僕たちの世界では、もはや当たり前になっていること。同じ質問を僕にされても、『それは生まれた時から決まっているから何とも思わない』とか、『便利なんじゃね?』としか答えようがない。しかも、その質問をした人に対して『なんだコイツ? 哲学者か?』って感情が芽生える。このセカイだからこそできる質問ってやつだ。


 ポールは、あごに手を置いて考える。僕としても、素早い答えなんて求めていない。いくらでも――いや、久子が怒らない程度には待つことができるだろう。


「よかったと思うよ」


 しかし、思いのほか時間はかからなかった。

 考えて十秒もたたないうちに、彼は比較的明るい声でそう言ったのだ。

「それは、どうして?」

 日本語に対して疑り深くなっている僕にとって、その答えはとても興味深いものだった。質問の声にも、少し興奮が混じっていたと思う。


 そして、ポールは空に向かって手を伸ばし、言った。



「世界が広がるから」



「世界が、広がる……」

「そう。僕にとっての二ホン語は、世界への切符みたいなものなんだ。そこにある景色や、色や、自然の音。今までは意識することが少なかったさまざまなことが、自分の口や心から発せられた時、自分の中にある世界が広がったように感じる。この時が僕はいちばん好きだ。昨日、ムッツリが教えてくれた、混沌世界カオスワールドのことも、これと同じ。想像するときに、この人はどんな人か。どんな性格で、どんな食べ物が好きで、どんな遊びが好きだ。ということを考えた時、全く違うセカイが僕の中でできていく。これ以上にわくわくする瞬間はないよ。これは、二ホン語に出会わなければ考えもしなかっただろうし、僕は日本語に出会えてよかったと思ってる」


「そっか……」

 すごく楽しそうにしゃべるなぁ、この人。

 今の自分に同じ質問をされたら、こんなに生き生きと話せないや。

「――というか、ムッツリはどうしてそんな質問をしたの?」

「いや、なんとなくだよ。それに、それだけ日本語を好きになってくれているのなら僕はとてもうれしい。……じゃあ、もう部屋に帰るから、また明日ね」

 あいまいな日本語でごまかした僕だけど、どうしてか、この時だけは嫌な気持ちはしなかった。






 久「遅いわね……あの人はいったい何をしているのかしら。どんだけう○こきばってんのよ」

 ロ「むっつりはじこちゅー」

 久「はぁ……。せっかくローランにいい言葉を教えたのに、これじゃあ聞かせることができないじゃない」

 ロ「むっつりはじこちゅー」


 コンコン。


 ム「ごめんごめん! ちょっとポールと話してて」

 久「……何の話(細目)?」

 ム「えっ!? ま、まあ、たわいもないことだよ」

 久「まさか、アノ事とかじゃないわよね」

 ム「ま~さか。まさかまさか。まさかまさかまさか」

 久「早くいった方が軽い痛みで済むわよ」

 ム「だから本当に何も言ってないって! 信じてくれよ!」

 久「あーあー。だめだこりゃ。ムッツリって本当に自分の体の安全しか考えない人だよねー、ローラン?」


 ロ「むっつりはじこちゅー」


 ム「……あの、やっぱり少しだけ、はなしまし――あべば!?」




 

 

 




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