11 ここは天国か?
ここは天国か?
……突然申し訳ない。
でも、こう思ってしまうのも必然と言えるだろう。
では、こう思ったいきさつを、順を追って最初から説明しよう。
あのハートブレイクなマジカルバナナの授業が終わり、僕達はそのまま昼食を買いに行った。今日は、丸い緑の果物と、魚の丸焼きだ。魚はうまかったものの、果物の方は、甘いというよりかは酸っぱくて、全然食べられなかった。しかし、久子はお気に召したようで、同じく食べられなかったローランの分と一緒に、全部平らげてしまった。……どれだけ食い意地張ってるんだ。
――もちろん、久子の食い意地が張っているから天国というわけではない。言う必要はないと思うが、一応言っておこう。
そして、そのあとは城に帰るのだが、ここで僕に異変が起こる。尿意を催したのだ。トイレは、外にあるため(地下の沈殿槽へ蓄積される仕組みらしい)、僕は二人と別れることを余儀なくされた。
――もちろん、僕が尿意を催したことが天国ということではない。言う必要はないと思うが、一応言っておこう。
問題は、僕が用を足し、部屋に帰ってきた時だ。
ドアを開けたとき、僕の目に飛び込んできたのは、二人がベッドで寝ている光景だった。
ここで、僕は、あることを思いついた。
――しかし、一つ確認しておきたいことは、久子の酔拳が自動でセットされているかもしれないということだ。ひとたび不純な行為をすれば、その右こぶしが僕の頬を打ち抜く可能性は、無きにしもあらずと言える。
もうわかった人もいるだろう。
僕が、ここは天国か? と思えるだけの余裕のある状態になっている。ということを考えれば、残りの人もわかるだろう。そして、ある性癖をお持ちの方は、待ち望んでいただろう。
「すぅ……すぅ……」
――では、改めて思わせていただこう。
ここは天国か?
僕の目の前。
壁一つ、メガネっ子ひとつ隔てないところに、すやすやと、小さな寝息を立てて眠る幼女がいる。
久子の攻撃範囲からそれたのか、はたまた熟睡しているのかはわからないが、とにかく、ローランの隣を、念願のローランの隣というポジションを、ついに、ついにゲットした。
「すぅ……すぅ……」
ぷるっとした小さな唇。小さな鼻。息をするたびに、上下する小さな体。
守ってあげたいマイエンジェル。甘いにおいが、僕の鼻をくすぐる。
「はぁ、はぁ、はぁ、は、はぁローラン、ろぉらん……好き、好きだよ……」
キスしたいキスしたいキスしたいキスしたい。
自然と息が乱れる。
第一、寝ているっていうのがいいんですよ。ローランが起きているときに勝手にキスなんて、罪悪感ありありでできません。お菓子でつって、家まで連れ込むようなものです。ましてや、久子が一緒のときなんてなおさらです。
あれ……でも、これって寝ているときにやっても結構ひどいような……。
どうしよう。やっぱりやめておくか?
『ダメダメ。このチャンスを逃したら、いつ次があるかわかんねえぞ。ほらほら、今やっちゃいなよ? へっへっへ』
悪魔の声。うーん。そんなこと聞いちゃうと、ヤりたくなっちゃいますね……。
『だめです。そのままでやったら汚いです! ちゃんと口を拭いてからキスするんだよ!』
今度は天使の声――っていうか、最初から悪魔に実質賛成してるじゃないですか!
『マスター。私というものがありながら、ほかの女性とキスしようだなんて、どういう魂胆ですか』
え? 今のは何の声だろう? 確か……じぇ、じぇ、じぇ…………じぇじぇじぇ! もういいや。忘れた。
「すう……すう……」
まあ、かわいいからヤるよね~。
とにかく、僕はキスをする。もう、心に決めた。
――え? そんなの、ロリコン以下だ? 小さい子を汚してはいけない? ノータッチ?
知ったことか。
今、目の前にいるこのエンジェル。この唇に触れないでいつ触れるんだ! 今でしょおオオオオオオ!
では、カウントダウンを始めます。
さーん。
少し開いたくちびる。その小さな唇に合わせるように、僕も口を『る』にして角度を調節。目を閉じる。
にー。
思えば、ここまで来るのに長い時間をかけたものだ。じゃんけんの罰ゲームから始まり、このキスに至るまでは、痛みと苦労の連続だった。
いーち。
そして今日! ついに、魔獣久子の手を逃れた今、僕の唇が解き放たれる! さあ、ローラン! 僕の愛しのローラン! これで僕たちは一生結ばれるのだ――
「んん〜」
むぎゅ。
「…………」
うーん。むぎゅ、か……。キスの効果音とは程遠いな。
とにかく、残念ということですね。
まさか、ローランの手に阻まれるとは、思ってもみませんでした。
まさにベストタイミング。僕がある程度まで近づいたところで、滑り込むようにローランの手がディフェンスに成功。そのまま、僕の顔を押しのけております。引き絵で見たら、凄い構図だ。
……いや、まだあきらめてはいけない。
手がなんだ? どければいいじゃないか。こんなところで、シーンを終わるわけにはいかん。せっかくの、ローラン回。あばれるだけ、あばれてやろうじゃないかァ!
「むっつりきもい……むにゃ」
……やっぱり寝ます。
卓郎へのクレームは受け付けておりませんので、ご了承ください。