10 臨時教師~マジカルバナナ編~
大学始まるまでにはっちゃけておきます。
「宣誓! 私、浜野久子は!」
「田中卓郎は!」
「ろーらんは!」
旅立つ日まで、あと二日。
そう、あと二日しかなくなってしまった。
しかし、今日の僕達のテンションは朝から随分と高い。
「スポーツマンシップにのっとり!」
「「のっとり!」」
「残り二日しかない朝食を、一口一口丁寧にかみしめ!」
「「かみしめ!」」
「今まで食べてきた草の味にまた戻るとしても、それをしっかりと受け止め!」
「受け止め!」「うけとめ!」
「今、この瞬間を、一生懸命に生きることをここに誓います!」
「誓います!」「ちかいます!」
……いや、自分でもおかしいとは思ってるんですよ? こんな朝っぱらから、部屋中に響くような大声を出して、これがもし僕の家なら、近隣住民から苦情が来てもいいくらいなんです。しかもですよ? 大体、スポーツマンシップにのっとる必要なんてないんですよ。朝食を、一口一口かみしめることに、何の勝負も関係ないんですよ。強いて言うなら、久子さんが僕の食事を横取りしないようにディフェンスをすることぐらい。本当にそれぐらいです。だから、こんなバカげたことなんかに参加したくはないんです。でも。でもですよ? この方がおっしゃったことには、もう反抗なんてしたくはなかった。しかもローランも賛成するもんですからね? 反抗なんてできるわけがない。だから、本当に仕方なくですよ? ええ。
*
そんなことがあって、今まで以上に時間をかけて朝食を食べ終えた僕たちは、いつものように、お兄さんと一緒に教室へ向かっていた。
あと二日しかない朝食の後は、あと二日しかない臨時教師。そして、ルーカス王国をひとたび旅立てば、優しい王国の皆さんともお別れだ。
寂しい気持ちは、あるにはある。
ただ、ここにきて、自分たちは早いうちに旅立っていった方がいいという気もしてきた。仲が深まるにつれ、別れにくくなるのは当り前だからね。
久子が五日間と言った理由の中に、このことが入っているのなら、脱帽せざるを得ない。あのまま十日間とか言ってたら、それがあと一日とか、あと一週間とかかなり先延ばしされそうだし。
「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
いつものあいさつに、いつもの声。
久子も、生徒の皆も、別れが近いのに、何も声音は変わらない。
……じゃあ、僕もいつも通りで行こう。
教室内は、昨日の久子の言葉通り、何も特別な用意はされてなかった。教卓に、三つの机と椅子。午後の授業と同じ感じだろう。
言うまでもなく、最初に気になるのはポールだ。さて、どんな感じかな?
視線を移すと、いきなり目が合った。そして、彼はニタリと口角を上げる。
うーん。いろいろ心配。大丈夫かな?
「今日は何をするんですか?」
いつものように、サイノが生き生きとした表情で久子に問う。
くそっ。表ではもう清純派赤毛少女なのに! 裏ではキス魔だったなんて! もう僕はサイノちゃんを信じないからね! プンプン!
「今日は、マジカルバナナをします(びしっと指さし)!」
「「「まじかるばなな?」」」
久子がいうと、みんなはいつものように首を傾げた。
「では、今日はムッツリが説明するから、みんな聞かないでね」
「「「はい!」」」
「返事するな!」
ほんと、もうキャラできちゃってるね。僕はあきらめるよ。
「マジカルバナナっていうのは、前の人が言った言葉について連想されるものを言っていくゲームだよ。例えば、バナナ――は無理か。ええと……机という言葉を前の人が言ったとする。そしたら、次の人が『机といったら』と言った後に、机から連想されるもの……ここでは『木』にしよう。これを合わせて、『机といったら木!』と言うんだ。それをどんどん続けていく。『木と言ったら高い』『高いといったら空』っていう感じ。わかったかな?」
「「「…………」」」
うん。わかったみたい。
「でも、ここで一つ」
沈黙の後、久子が口を開いた。これも打ち合わせ通りだ。
「ゲームをしていく中で、どうしても日本特有のものや、この国特有のものが出てくるわ。でも、もしわからなくても、とにかく次につなげること。それで、意味が違ったらアウト〜って言ってね。わかった?」
「「「はい!」」」
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〈セリフ ム…卓郎 久…久子 ロ…ローラン etc。前と同じです。〉
ム「じゃあ、一度久子と練習してみるね。手拍子とかもあるんだけど、これにうまくついて行けなかったり、言葉が詰まったりしてもアウトになるから、ちゃんと覚えてね。じゃあ行くよ」
ム・久『マジカルバナナ』
ム「バナナといったら黄色」
久「黄色といったら信号」
ム「信号といったら止まる」
久「止まるといったらムッツリの鼻血」
ム「ムッツリの鼻血といったらローラン」
久「キモッ」
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「おめえが変なこと言ったからだろォォォォォォォ!」
僕の鼻血はローランに対してしか出ないんだよ! 悪かったな!
「「「「「「………………」」」」」」
あれ〜。皆さんどうしちゃったんですか〜。
そんなに黙っちゃって。何か怖いことでもあったんですか? あは。あはは。
「むっつり、こわい」
「……誠に申し訳ございませんでした」
ローランの小さい声に、僕は深く土下座した。
練習からもう心をずたずたにするとか……マジカルバナナ、恐るべし。
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☆第一ラウンド
久「ムッツリがダウンしてるから、私から行くわね。じゃあ、お題は『川』で行くわ。初めのマジカルバナナは全員で言ってね」
全「はい」
久「じゃあ、行くわよ!」
全『マジカルバナナ』
久「川といったら水」
ロ「みずといったらのむ」
ポ「飲むといったら果汁」
サ「果汁といったら甘い」
オ「甘いといったらジール」
兄「ジールといったらデール」
ム「デールといったら…………チップ」
ム以外「アウト〜〜〜」
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「知るかよ! デールとか聞いたことないわ! キャラしか浮かんでこんわ!」
知らない単語が僕にちょうど回ってくるあたり、凄いとも思うけど。
「デールは、ジールと形の似た果物だよ。ジールと同じように、とっても甘いんだ」
「へぇ……」
お兄さんが解説をしてくれたが、ムダ知識過ぎて、思わず『へぇ』とつぶやいてしまった。
「もう一度行きましょう。ムッツリ以外は、とってもうまいわ。その意気よ!」
……またまた嫌な予感がするぞ。
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☆第二ラウンド
ム「じゃあ、今度は僕から。左回りで行くよ。お題は……じゃあ、『空』にしよう。いいかな、みんな?」
ム以外「…………」
ム「あれ、返事は?」
ム以外「…………」
ム以外『マジカルバナナ!』
ム「え、ちょ、ま、空といったら――」
全「アウト〜〜〜」
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「おまえらぁァァァァァァァァ!」
なんだなんだ!? この一体感は! そろいすぎて吐き気がするわ!
「ハハハハハ……」
見ると、久子が腹を抱えて笑っていた。
「笑うな! 全部久子が仕組んだんだな!? そうなんだな!」
「いや、これはみんなの意思よ(キリッ)」
「余計悲しいわ!」
いやわかってたけど! でも心のどこかで認められなくて聞いたんだよ! 悪かったな!
「はいはい。じゃあ、次行くわよ〜」
久子は僕の叫びを受け流し、手をひらひらと振りながらみんなに告げた。
というか、ローランを除いたみんなが笑いをこらえているのは気のせいか。うん。気のせいだ。気のせいじゃないと僕死んじゃう。僕はまだ死にたくない。
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☆第三ラウンド
ム「え〜。では空というお題で、久子から左回りということにします。皆さん、わかりましたでしょうか?」
ム以外「…………」
久「みんな、いいかしら?」
ム・久以外「はい!」
ム「…………」
全『マジカルバナナ!』
久「空といったら広い」
ム「広いと言ったら草原」
兄「草原と言ったら草」
オ「草と言ったらトリン」
サ「トリンと言ったら伸びる」
ポ「伸びるといったら黄昏の……ビヨンドソォォォォド!」
ム「ポォォォォォォォォォォォォォォル!」
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「すいません。皆さん、少々お待ちを」
これは緊急事態。思わぬ伏線。
僕はポールを連れて、一目散に廊下に引っ張る。
「どうしたんだよ、ムッツリ。急に連れ出して」
ポールは、自分のしでかしたことがどういうことかわかっていないようで、目をきょろきょろさせている。
「どうしたもこうしたもない! あんなこと言うもんじゃないよ!」
「何でだよ? かっこよかったでしょ?」
ふふん、と鼻息を出すポール。あほか!
「かっこいいけどかっこよくない!」
「なんだよそれ。どっちなんだよ?」
「あのね? 空想を現実に持ち出したらダメなんだよ! 僕が言ってなかったのも悪かったけど、とにかく人前でそういうこと言ったらだめ!」
「え〜。なんで?」
「僕はそのせいで、死のうとした時があるからサ……」
忘れはしない、あの初披露からの初朗読。どれだけ追い込まれたことか。
「……う、うん。わかったよ」
やっとわかってくれたか。
でも、その憐みの目はどうにかしてほしいと思う。
「いや〜! ごめんごめん! じゃあ、さっそく再開しようか!」
「ムッツリ、ちょっと」
教室に帰ったのもつかの間。今度は久子が僕を廊下へと連れ出した。どこか神妙な面持ちだ。何か、よくない出来事が起こったのかもしれない。
「あなた、ポールに何をしたの?」
廊下に出るなり、久子がなじるように言った。顔がとても近いが、ドキドキなんて全然ない。
「え? えと……その……」
「最低ね」
「ふ、ふぇぇぇぇぇん」
やっぱりごまかせてなかったみたい。
久子は、まるで我が子が誘拐でもされたかのように、僕をにらんだ。目が、極限状態まで細まっている。
「あんなのがもし役人に広まったらどうするのよ。ルーカス王国をつぶすのはムッツリかもしれないわよ……」
「ホラー調で言わないで!」
「とにかく、もう言わないようになったのね?」
「はい! なりました! だからご安心下さい!」
「……気を付けてね」
はぁ……許してくれて良かった……。
――ってあれ? 確か、久子も……
「というか久子も、ルークに同じようなことを――」
「ハーイ! じゃあ、やるわよ〜」
僕がすべてを言い切る前に、久子は教室に戻ってしまった。
コイツ……だから許したのか。
「ポール、ビヨンドソードってどういうことなの?」
教室に戻ると、サイノがポールに質問をしている所だった。
――何とかせねば!
「あはは〜。ビヨンドソードっていうのは、日本の食べ物のことなんだよ〜。ね? ポール? 僕が教えたんだよね〜」
「う、うん! そうなんだよ!」
僕が、会話に滑り込む形で言うと、ポールもそれに同意してくれた。わかってくれて何よりだ。
「それって、どんな形なんですか?」
「え、ええと……長いんだよ」
「どんな味がするんですか?」
「あ、甘い感じ」
「へぇ〜〜〜!」
笑顔で驚くサイノさん。何とか切り抜けられたようだ。
「じゃあ、とにかく次をやりましょうか! もう最後ぐらいかしら? とにかく楽しんでいきましょう!」
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☆最終ラウンド
久「最後は私から左回りで行くわよ! お題は……そうね……『ムッツリ』で行きましょうか!」
ム「え、ちょ――」
ム以外『マジカルバナナ!』
久「ムッツリといったら卓郎」
ロ「たくろうといったらむっつり」
ポ「ムッツリといったらタクロウ」
サ「タクロウといったらムッツリ」
オ「ムッツリといったらタクロウ」
兄「タクロウといったらムッツリ」
ム「……僕はムッツリです」
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「って結局これか―――――――い!」
次で終わりで本当によかったよ。いや本当に。