2 「地味っ子メガネェェェェェェェ!」
一人目ヒロイン(?)登場です。
捕まってから一週間が経った。
まず、心配だったのはお腹の問題だが、ここの監獄では一日三回、質素ではあるがちゃんと食事が出た。これは、僕にとっては大きな喜びだった。
また、ここでは大体の予定が決められている。
朝食の後は決まって、捕まった人全員で畑仕事をする。もちろん、見張り役の人はいるが、外に出ることは悪いことではない。空気がとてもおいしい。
昼食が終わると、今度は大工のような仕事をする。木をテーブルなどの形に組立てる作業だ。材木をのこぎりで切り、接着するときは、植物から採ったエキスを使う。昨日は、笑顔のおばさんが椅子を取りに来て「ルンルン」と言って帰っていった。すごく心が温まる。初めは怖い印象だった犯罪者さんたちも、みんな笑顔になっていた。
これはあくまで一例で、ほかにも家畜(鼻が長いヤギとか、まあ変な奴ばっかりだ)の世話をしたり、農家の収穫作業(赤いきゅうりとか、まあ変な奴ばっかりだ)を手伝ったりと様々だ。しかし、一つだけ共通するのは『他人のために何かをすること』だ。きっと、これこそがこの監獄の狙いなのかもしれない。
僕自身、この方針は間違っていないと思う。これは、ほかの犯罪者さんたちも同じのようで、嫌な顔をする人はいない。自らの反省にはもってこいの精神療養所にさえ思われた。
ああ、このまま監獄バッドエンドでもいいかぁ……。
そんな考えが、異世界漂流一週間目にして浮かんでは消える。
今は夜。牢屋の中で、土の上から直に敷き詰められた藁の上の僕を、格子から漏れた光が照らす。日本で言う月だが、その形は日本のそれよりは少し大きく、クレーターは見当たらない。
ここは、宇宙のどこかだったりして。
「ふあぁぁ……」
眠くなってきた。
今日もいいことしたなぁ。明日はどんな笑顔が見られるのだろう。
なんて、どこぞのヒーローみたいなことを考えながら、目を閉じ―――
「ちょっ、離しなさい!」
「プンプン!」
――あれ?
「だから! いい加減ほかのこと言ったらどうなの!」
「プンプン!」
暗闇の中から、威勢のいい女子の声が聞こえてくる。いや、それだけじゃない!
ニホンゴだ!
やはり、異世界の神様は僕を見捨ててなんかいなかった。ついに、僕のヒロインと――
「きゃっ!」
出会え――
「痛ぁ〜。……あっ、どうも」
「じ、地味っ子メガネェェェェェェェ!!!」
木の格子から牢屋に転がってきたのは、僕の言葉通りの人だった。レンズが月(?)明かりに反射していて、キラン! としている。
服は、地味なねずみ色のパーカーに青の七分丈。顔については……鼻は高いが、唇は薄い。
50点。
「だ、第一声がそれかい!」
メガネさんはパッと起き上がり、頭のわらを払いながら叫んだ。
「あっ、ごめん。つい……」
「つい、じゃないわよ! とにかく一発殴らせろ!」
そして、その場でシャドーボクシングを始めた。
以外とアクティブだった。
「はい。ぜひ殴られたいです」
対する僕も、さすがにここまで来て反抗はできなかった。相手を威嚇するようなはっきりとした話し方も、反抗を促すのをためらわせたのかもしれない。
後ろに下がるメガネさんを確認し、僕は打撃に備えて歯を食いしばる……。
「僕のロングレンジからのパンチ受け取って……略してBLパーンチ!」
「何だその名前あべばっ!?」
無理やり作ったイケメンボイス(腐)と共に、僕は、藁をまき散らしながら転がった。
「ふう……これだから美女が好きな男は」
パン、パンとメガネさんは手を払う。
「それが普通だからな! さもイレギュラーな感じで言ってるけど!」
「え? そうなの?」
「いやいやいやいや! 本気で言ってたのそれ?」
「うん。てっきり、世の中の男子は自分よりも男らしい男子を求めあい――」
「腐ってるのか?」
「そうよ! 別にいいじゃない。腐るイコール発酵! そう、私は発酵女」
残念だ。僕以上に。
その、両腕を広げたポーズでさらに残念だ。
あ、そうか。ストレスたまってんのか。こんな世界に来ておかしくなったんだな。絶対にそうだ。
「ちょっと! 黙らないで何とか言いなさいよ!」
「いやその……君、周りから残念に思われてなかった?」
「思われてないわよ。私、隠れ腐女子だったから。さっきの発言も、ストレス発散の一環だわ」
「そ、そうなの?」
同じじゃん。
自分も隠れ中二病だということもあって、なぜか親近感を覚えてしまった。
「ぼ、僕も実は――」
だから、僕もそのことについて話すことにした。
いや、してしまった。
今思えば、とても後悔している。世の中にはさまざまな中二病、あるいは腐り方があるにしても、僕はあくまで妄想で楽しむタイプ。自分だけの世界というのが重要なのに、どうしてこんなことを軽い口でいってしまったのか。
そして、笑い声が聞こえた。
「ぷっ。あはははははは! なんなの、その混沌世界って……ふひっ、というかすべてがあいまいすぎて……なに? 結局は美少女しか興味がないってことね? ……ぶふっ!」
うん。大爆笑。
「フッ。ま、まあ、否定はできない」
あ〜。やっぱりこうも笑われると傷つくわ〜。中学で言わなくてよかった〜。
というか喋りが『セカイの救世主田中卓郎』口調になってる。ふぇぇ。動揺でセカイの線引きが出来ないよぉ。
「まあ、私も似たようなものだから。お互い気が合いそうね! ……自己紹介が遅れたけど、私は浜野久子よ」
そう言って、メガネさんこと浜野久子は手を差し伸べてきた。
あれ、受け入れられてる? 似たようなもの?
えっなにそれうれしい。セカイを共有するっていいかも。本当に仲良くなれそう! 顔はいいとして。
「僕は田中卓郎。よろしく。みんなはタクって呼んでるからタクでいいよ」
僕も、その握手に答えた。……女子と手を握るのっていつぶりだっけな~。
「ええ。わかったわタク。よろしく。私はさっこって呼ばれてたけど、女子限定だったからな……」
久子は手を顎に当てる。う~ん……。さっこはたしかに無いよな。じゃあもう―――
「ひ、久子でいいよ」
別に恥ずかしくなる理由もないはずなんだが、思春期とは恐ろしいもので、つい声が震えてしまう。
「じゃあ、それで――あれ? その手帳はなんなの?」
手で押し上げられたメガネが、再びキラン! と光る。
「あっ、えっ、それは、」
「あやし〜。きっと何か秘密が書いてあるのかな〜」
久子はそう言って、部屋の隅にあるクロニクルへとずんずん迫る。
「だ、だめだ! それだけは――」
「『フッ。今日もまた、興味のない女に好かれてしまった……』」
「だああああああああああああああああ!」
ついに禁断の言葉が紡がれた。
僕は必死に奪おうとするが、久子の巧みなピボットターンでかわされてしまう。こんの! まさかのバスケ部かよ!
「『ヒーローというものはつらいものだ。何か困っている女子を見ると、ついに助けてしまう。その助けた女子が、みんなこの俺に惚れてしまうもんだから……まったく、罪な男だぜ』……ふふっ」
「やめてください! やめてください!」
アクティブに加えて鬼畜ときたもんだ! こんなの、今までの混沌世界でも経験してないし!
「『しかし、俺にはジュリがいる。みんなには悪いが、これだけは譲れない。今日もいっぱいセ』――って、なにこれ最悪。ここまで書くか……」
……………………あ、これ、やべ。
「あああああああああああああああああああああああああああ! 殺して! 今すぐ僕を殺してぇぇぇぇぇぇぇ!」