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9 我慢。(下)

寝落ちしました。すいません。

「僕が思うに、三つの方法があるんだ」

「三つの、方法……」

 僕の言葉を、ポールがゆっくりと繰り返した。


 しかし、まずここで、確かめなければいけないことがある。

「少し聞きたいんだけど……ポールはサイノのことをどう思ってるの? 友達か、それとも好きな人か」

「ん〜と……友達かな。いや、友達よりももっと友達って感じ。オックも同じだよ」

「そうか。なら大丈夫」

 恋敵となると、また違った方法になってくるからな……。正々堂々勝負とか、別れるまで我慢とか。

 とにかく、友達から見た問題と考えてよさそうだ。

 

「じゃあ、三つの方法について言っていくよ。方法って言っても、単純なものばかりだけどね。だから、僕からどうしろとは言わない。考えられる方法について、ポール自身が考えてほしいんだ」

「わかった。頑張るよ」

 眉毛を引き締め、しっかりとうなずくポール。よし、じゃあ僕も頑張らないと。


「よし。じゃあ、一つ目。『チューを見たことを伝える』」


「えっ……それは」

 そのことについては嫌だと言ったといわんばかりに困惑した声。なに、大丈夫。そのことについてはちゃんとわかっている。ただ、それは考え方の問題だ。

「うん。確かに、言った時は空気が悪くなる。でも、それを乗り越えることも、できないわけではないよね? 今思っていることを正直に伝えるにはこれが一番だと思うし、それによって、ポールが二人のことを知ったうえで仲良くできるなら、それはいいことだと思うんだけど、どう?」

 

「そ、それは……そうかもしれないけど」

「けど?」

「けど……それまでが僕は嫌なんだ。伝えた後に話をしようにもぎこちなくなりそうだし。それに、もしかしたら、ず〜っと仲の悪い状態が続くことだってありうるでしょ?」

「確かに、そうなることもありうる。なんせ、一生残ることだしね。あと、今まで見ていたのに、それを言わずにずーっと黙ったまま接していたっていうのも、不信の原因になるかもしれない。……じゃあ、これは一回捨てる?」

「……うん。少し、保留にするよ」

 悲しそうにつぶやくポール。まあ、普通の人でもすぐには判断できないよな。


 僕的には、この方法が一番いいかと思ったので、できればこれに賛成してほしかった気持ちはある。仲良くなるまでがいやだなんて、もはやワガママと言ってもいいくらいだ。

 でも、やはり勝手に決めてはいけない。ここは、相談役に徹しよう。


「わかった。じゃあ二つ目。『偶然を装って発見し、わざとじゃないと主張する』」


「……どういうこと?」

「例えば、二人がまたチューしていたり、抱きしめあったりしている所を見つけたときに、たまたまそれを見たふりをして、発見するっていうこと。これは、嘘をつくことになっちゃうけど、さっきも言った、『知ってたのに黙っていた』ということは気にしなくていい。しかも、「二人が付き合っていても僕は何も思わないよ」ということも疑われずに言うことができる。……どう、かな」

「確かに、そうだけど……でも、嘘はいけないよ」

「嘘は嘘だけど、これは『他人を傷つけないための嘘』だと思うよ? 自分をよくするための悪い嘘ではない。少し、言い訳になっちゃうけどね」


「う〜ん……」

 そのまま、ポールは考え始める。もう太陽は山に沈みそうなので、暗くなり始めるのも時間の問題だ。できるだけ急がねば。

 しばらくして、彼は再び口を開いた。

「……でも、やっぱり嘘はつけないよ。それでうまくいっても、自分が嘘をついたってことは、きっと後悔すると思う。それに、やっぱり偶然見たと言っても、そのあとにぎこちない雰囲気にはなるよ」

 声のトーンは低いまま、淡々とした返答だった。

「じゃあ、これもダメ?」

「うん」


「わかった。最後は、『我慢したまま過ごす』。二人に言う勇気がないのなら、今の状態で我慢するしかない。これで終わり。さっきの保留もあわせて、自分が後悔しないように考えればいいと思うよ」

「うん……」

 そういって、また考え込むポール。顔は、まだ困惑したままだ。

 おそらく、今の彼の状態は、何を言っても悪い方向に考えてしまう状態だろう。

 凄腕のスクールカウンセラーならば、この状態を打破する人もいるんだろうけど……やっぱり、素人の僕に相談役なんてうまくいかんもんだな。

「ごめん。僕、下手だね。力になれなくてごめん」


「いや、いいよ。だって、こうやって話すことができただけでも、すっごくうれしい。今までは、うわさが広がるとかいろいろ恐れちゃって、ひとりで考えなきゃいけなかったから、とてもしんどかった。でも、今日で少し楽になったよ」


「……それならよかったよ」

 そうか。

 そういう考え方もあったんだな。

 よく見るセリフだけど、いざそのシチュエーションに立ってみると、意味がはっきり分かるような気がする。

「うん。……でも、問題はどうするかだよね――」

 ポールは、また考え始めた。


――しばらく経過。


「どうかな、ポール」

 太陽はもう山に隠れそうだ。もうそろそろ戻らないと、みんなが心配してしまうだろう。

「……やっぱり、決められないよ」

 しかし、優柔不断男は、両手で頭をかかえた。

 どうするか考え始めてから、僕達はそれぞれの案を何巡かしたが、ポールは首を横に振り続けるばかりだった。


 ……そろそろ、決めないといけないか。いくら、こちらからは勝手に決定をしないといっても、このままでは納得のいかないままずるずるといってしまう。とにかく、『これに決めた』という実感を得るためにも、ある程度の強制は必要だろう――こういう筋の通った考えだけは浮かぶんだけどな〜。これをカウンセリングに少しでも生かせないかと思う。


「じゃあ、もう我慢した方がいい」

「えっ……」

 突然の言葉に、ポールは目を開く。しかし、ここでひるむわけにはいかない。

「我慢は、最終手段なんだ。だから、僕も最後にそれを言った。我慢をすれば、自分だけが傷つくだけでいい。変に聞いて、三人ともダメージを受けるよりは、よっぽどいいと思う。それに、今も三人は仲がいいんだろう? なら、ポールも変に気にせずに、これまで通りに接したらいいんだよ。そしたら誰も傷つかない。要は気持ちの問題だよ」


「…………」

 少し強い口調で僕が言うと、ポールはそのまま黙ってしまった。

「どう? ポール」

 しかし、こちらとしても、こうなられてしまったら、もう打つ手がない。しかし、『何もしない』というのなら、それはある意味『我慢』だ。言ってしまえば、ポールがこれまで見て見ぬふりをして、普通にサイノたちと接してきたのも、れっきとした『我慢』なのだ。


 ただ、ポールはその行為に対して『我慢』という認識を持っていない。だから、どうすればいいかと悩んでいた。

 だからこそ、そこに、はっきりとした理由が生まれ、それを受け入れれば、『我慢』にも意味ができる。

 人間は、我慢し続けることはできない。『我慢』し続けていれば、いつかはその流れを受け入れると思う。しかしあるいは、その流れに反抗してしまうこともあるだろう。

 だけど、優しくて、優柔不断なポールなら、きっと、流れというものに身を任せながら、二人の恋愛も受け入れて、そして、純粋に、いつかの関係を取り戻せる。そんな気がした。


「なにも、我慢が悪いことだとは言わない。それは、ある意味やさしさでもあるんだ。きっといつか、二人がポールに打ち明けるときが来ると思う。それでも、その時にお祝いしてあげれば、きっとポールの悩みもなくなるよ」


 ……結構強引だけどね。でも、これも一つの考え。僕が精いっぱい考えた答えだ。


「…………」

 ポールは下を向いている。いったい、何を思っているのだろう。

 そして、そのまま、彼の顔が上がる。

 あたりはもう薄暗い。だから、表情はわからない。


「ねえ、ムッツリ」

 ただ、聞こえた声は、とても落ち着いていた。



「誰も傷つかない方法ってないの?」



 おい。

 おいおいおいおい。

 おいおいおいおいおいおいおいおいおい。


 結局ふりだしじゃないですか。ねえ。

 そこはさすがに、話の流れ的にも『僕、我慢するよ』でいいんじゃないの? なんなの? 結局、あなたという人間は究極が付くほどの優柔不断だったの? もう、『極・優柔不断男ポール』って呼んじゃうよ?

 

「僕は何がどうなってもいいから、誰も傷つかない方法がいいんだ!」 

 そう言うポールの声は震えていた。

「う、うん……」

 もうだめだ。とにかくだれも傷つかない方法を言うしかない。

 ええと……誰も傷つかない方法……。難しいな……。

 まあ、まず言えることは、ポールがそのふたりの関係について、そんなに気にしなくなればいいっていうことだ。

 となると……ポールも恋人を作ればいい……そうだ、それだ!


「なあポール。ポールには、好きな人、いる?」

「好きな人? どうして?」

「好きな人がいれば、立場が対等になる。それなら、僕も同じだとか言ってあまり気にしなくて済む」

 自分でも、言っててかなり低レベルだと感じるが、少しやけくそになっていたので、そんなに気にも留めなかった。

「う〜ん……でも、僕の下のクラスは年が離れすぎているし、上はもう町に出てしまっていて……大体、恋人を探すこと自体が、町に出てからなんだ。二人の場合は少し早いんだよ」

「そうか……」

 じゃあ、これはボツ。


 う〜んと……じゃあ、なんだ?

 ポール自身が傷つくのは、なぜかと言えば……『我慢』をするからだよな? だから、ポールが我慢をしなくてもいい、もしくは、我慢を軽減できる方法、か。

 もういっそ、ここから逃げてもいいか、とも思ったけど、よく考えたら、日本語を唯一教えられるのはシャルルの力も持ったカズトヨさんくらいだし、でもそのカズトヨさんが、まさかほかの所で日本語を誰かに教えるとは考えらえない。ゆえに、ポールはほかに逃げ場所がない。小学校、中学校、さらに言えば、職場とかによって様々な人と出会える日本とは違い、出会った人と一生付き合っていかなければいけないのだ。

 総合的に考えて、ポールはかなり厄介な立ち位置にいる。それに加えて優柔不断ときたもんだ。ほんと、打つ手も何も――


「あ、」


 ――いや、あった。

「なになに? 何か方法があるの? 聞かせてよ!」

 僕から漏れた声に、ポールが大げさに反応した。

 もうあたりは薄暗い。気持ちが急ぐのもわかる。

 ただし、これを言ってもいいのか?

 仮に僕がこれを言ってしまうと、久子があの時ルークに行った大人の授業ぐらいに危険な香りがするんだけど。

「どうしたんだよ! 早く聞かせてくれよ!」

 ……ああもういいや!


 我の仲間を増やすのも、悪くはなかろう。フッフッフ。


「じゃあ、現実から逃げればいいんだよ」

「現実から、逃げる……」

「うん。例えば――」

 そして、その勢いのまま、僕は、かつてある少年が考えていた、美少女だらけのセカイの説明を淡々と行った。

 ポールはそれを興味津々に聞き、時々うんうんとうなずいたり、ほほうと息を漏らしたりした。正直気持ちいい。久子の気持ちがわかるような気もする。


 でも、僕は人として最低だ。


 もしこれをスクールカウンセラーが採点したら、0点どころかマイナスになってしまうだろう。

 説明をしていくにつれて、満足感とともに押し寄せてくる後悔。感情がごちゃごちゃして、なぜか涙が出そうになった。

 

 パチパチ。

 

 十分ぐらいだろうか。僕がほとんどすべての説明を行うと、ポールが拍手をしてくれた。

 拍手なんてされることじゃない。ただ、勢いに任せて最低な決断をしただけなのに。こんなの詐欺師みたいじゃないか。

 

「すごい! すごいよ! 自分でセカイを作り出すなんて! ムッツリは天才だ! これなら、僕も二人を気にしないよ!」

 ここが外であることも忘れて、大きい声で歓喜するポール。


 純粋だよな。

 まるで、ここに来るまでの僕みたいに。


 辛かったら、逃げればいい。

 一見、いい言葉にも思えるが、本当は逃げてばかりじゃだめだった。

 確かに、しんどい母さんのために、家事を手伝ったりはした。でも、僕は肝心なところで逃げていたのではないか。


 気持ち。


 そう、気持ちだ。

 僕がセカイについて考えるとき、僕の頭の中には家のことは全くなかった。ラノベを読むときだってそう。それで、母さんが返ってきたとき、自分にドッとつらい感情があふれてくる。

 

 どうして、僕は久子が強いと思ったのか。それは、『自分の趣味は、あくまでも暇つぶし』っていう所じゃなかっただろうか。

 自分の趣味だと割り切って、そして、親の愛情も感じている。ここに僕は久子の強さを感じたんだ。


「でもね、ポール」

 だから、僕の決断が許されないものであったとしても。せめて、これだけは言っておきたいと思う。



「現実から逃げるといっても、自分の気持ちまで逃げたらだめだ。……確かにその世界は、何もかもが自分の思い通りになって、とても魅力的かもしれない。でも、勘違いしてはいけないんだ。どれだけ空想のセカイを旅したとしても、自分の体はここにある。自分のことを思ってくれている人も、自分が嫌いな人も、みんなこの世界にいるんだ。もちろん、サイノとオックも。だから、いずれは二人の関係を嫌でも見せつけられる時もあるし、それで、仲が悪くなる時もある。


 でも、その時は逃げてはいけない。


 ちゃんと、真実を受け入れなきゃいけない。


 そこで逃げてしまうと、どんどん追い込まれていく。自分の気持ちとか、体までもがどんどんその空想の世界に吸い込まれてしまうんだ。それで、いずれは、そこから抜け出せなくなる。現実のすべてがいやになってしまうんだ。


 だから、自分の気持ちだけは絶対に逃げてはいけない。……わかった?」


 これで、マイナスから0点ぐらいにはなったかな。


「……うん!」

 ポールは絶対承知デラックスりかい!と返事をして、大きく笑った。







卓郎、だんだんと成長してきましたかね?




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