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8 我慢。(上)






「……んん……」


 目を覚ますと、少し傾いた太陽の光が、僕を出迎えた。

 今日は、かなり長い間寝てしまっていたようだ。ちなみに、相変わらず、ローランの隣はゲットできていない。久子さんが寝ているから……と思っていたら酔拳が飛んできてえらいことになった。

 

 コンコン。


 なかなか覚めない眠気と格闘していると、ドアのノック音が聞こえた。

 おそらくポールだろう。そう意識すると自然と眠気も覚めたため、彼を待たせることなく応対することができた。

「どちらさまですか?」

「……ポールだけど(もじもじ)」

 あー。もう見慣れてきた。

 まず、両手を組んで、足と足の付け根の中間まで持ってくる。そして、まず腰から左右に動き始め、腹、肩の順番に伝達される。その動力源は交互に前に出される両膝からだと思われる――って何解説してるんだ。

「そんなにじろじろ見てどうしたの?」

「え! ああ、なんでもないよ。えっと……授業はもう終わったの?」

「う、うん。午前の授業に比べたら、面白さには欠けるけどね」

「確か、話す練習だったっけ」

「そうだよ。あの……しりとりの最後に文でつなげた時があったよね? あの時みたいに、ひたすらトールさんの言う例文を言っていくんだ。難しい時は、絵を見てって感じでね」

 ん?

 しりとりの文?

 トールさんっていうのはお兄さんの名前だとして(今まで知らなかったのはどうかと思う)しりとりの文っていうのが気になる。

 おとといの場合だったら、『ぷらぷらと〜』とか『首の長い人が〜』とか、結構おかしな文だったような気がするのだが。

「今日はどんな文ををやったんだ?」

「えっと……なんだったっけ。忘れちゃった。えへへ(もじもじ)」

 えへへじゃなーい! もじもじじゃなーい!

「授業はちゃんと覚えておくもんだぞ! しかもポールはルークとは違って二回しかないんだから」

「そうだよね……ルークは完璧だもんね」


「は?」


 いかん。僕らしからぬ声が出てしまった。

 人生で「は?」なんて、混沌世界以外では言ったことがないような僕の口が、あたかも日常会話のように。朝起きて歯を磨くかのように。当たり前のようにそう漏らした。


「ルークが、完璧?」

 あの本能従順男がどうやったら完璧になるんだ?

 しかし、そんな僕の問いにも、ポールは笑顔で答える。


「うん。完璧だよ。朝早くから朝食をきちんと食べると、そのまま、しっかりとした足取りで教室へ向かう。そしてあきらめることなく、一日のほとんどを占める四回もの授業を真剣に受ける。性格は温厚で、まさに王の鏡! あの完璧なルークがいれば、ルーカス王国は、これからも安心だろうと言われているよ」


「…………」

 落ち着け。落ち着け、僕。

 言うべきか、言わないべきか。

 とにかく、まずは、どうしてこんな情報が役人の(これ大事)ポールのもとにあるのかを確かめよう。

 考えてもみてほしい。例えば、この情報が、もしルークから流されたものだったとする。それなら、問答無用でその間違いを正そう。少しひどい言葉を混ぜても構わない。

 ただし、問題なのが、その情報がルーク以外の王族の人からもたらされた場合だ。この場合、ポールの言ったことは意図的に埋め込まれた――つまり洗脳されている可能性が高い。そして、それは、王国としての方針である可能性が高いのだ。

 おそらくは、ひどい評判を増やさないためのイメージ戦略だと思う。授業後、ルークに自分の部屋に戻れとか言ってるのは、外部の人に見られないためだということならつじつまが合う。


 これも、噂とかが鮮明に回りやすい、言葉ゆえの対策か。なんて考えたら少し悲しくなってきたよ。


「何でそんなこと知っているの?」

「トールさんから聞いたよ?」

「あ、そうかそうか。へ〜」


 ……お気持ちお察しします。


「というか、それより……」

 もじもじ。

「あ、そうそう、相談だったね。僕だけでいいの?」

「うん。その方がいいと思う」

「わかった」

「……あと、ここで話すのもなんだし、外に出ようよ。オックとサイノにも、散歩って言ってあるんだ」

 もじもじ。もじもじ。


 ……その前にトイレとか行った方がいいかな?


          *


 城の敷地の端の方。

 寝ていた久子とローランに『散歩』とメモだけ残して、僕たち二人は、夕焼けのオレンジに染められながら座っていた。短く刈られた草の上なので、座り心地は悪くない。遠くの空では、鳥が飛んでいる。あの鳥は何という名前なんだろうか。


「人間関係ってどういうことなの?」

 

 ――そんな、引き絵で見たらかなりの情緒を醸し出しそうなシチュエーションの中、僕は小さい声で、ポールに聞いたのだ。

「サイノとオックのことなんだけど……」

 問いに、ポールは答えた。僕と同じく、三角座りをしているので、もじもじはしていない。しかしそこに、いつものポールの控えめながらも明るい声は感じられなかった。


 時間が時間なので、あたりには人はいない。城以外では日本語の使用は認められていないが、この状況なら大丈夫だろう(大丈夫じゃないけど)。誰にも聞かれたくないみたいだし、相談するのにももってこいだ。

 遠くからは小さな歓声が聞こえてくる。きっと、あのステージで盛り上がっているのだろう。セクシーお兄さんや石積み名人が懐かしい。


 それにしても、やっぱりあの二人のことだったか……。これまでの皆の様子とか考えても、そんな仲が悪いとか考えられなかったんだけどな。

「何があったの? みんなであんなに僕をいじってたくせに」

「そ、それは、そうしなければいけない感じだったから……」

「しなくていいよ!?」

 そんな、申し訳なさそうに言わなくてもいいよ!?ああすることが義務とかは絶対違うからね!?


 ……っていうかそれはどうでもいい。

「それよりも、いったいどうしたんだよポールたちは。けんかでもしたのか?」

「……いや、けんかはしてないよ。仲はいいんだ。僕も、みんなで一緒にいれば楽しいよ」

「じゃあ、どうして?」

 仲がいいというのなら、どうして人間関係とかで悩むかがさらにわからない。

「…………」

 僕の問いに、下を向くポール。ちょうど影になって顔は見えにくいが、悲しみにゆがんでいることは読み取ることができた。

 ここは、あまり、しつこく聞かないでおこう。


 ――数分経過――


「実は、僕、見ちゃったんだ」

 ふいに、ポールが口を開いた。

「見たって……何を?」


「二人が、チューをしている所」


「なんだってェェェェェェェェェェ!」

 な、な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 あまりの衝撃に言葉と心の叫びが共鳴してしまった。

「こ、声が大きいよ。もし誰かが見てたらどうするんだよ」

「ごめん、つい。……で、それはいつなの?」

「ムッツリが訪ねてくるより少し前だよ。午後の授業が終わって、夕飯を食べた後――僕たちが寝る時だった。いつも教室にわらを詰めた袋を敷いて寝るんだけど……僕が寝そうになっていた時に、隣でガサガサって音が聞こえたんだ。それで、目を薄く開けてみたら、二人がチューしていたんだよ」

 あれま。何とも大胆な。

「……誰が、誰に?」

「サイノがオックにだよ」

「サ、サイノが!?」

 あの清楚系のサイノちゃんが!

「僕もびっくりしたよ。今まで、小さいころから一緒に授業を受けてきた仲なんだけど、その時は、もう何が何だか」

「だ、だろうな……」

 ……そう言えば、オックがサイノに照れているときがあったようななかったような。僕としても、みんなのことは授業の時だけしか見ていないから、実感が少ない。


「でも、次の日の朝、二人は何事もなかったように僕に話したし、これまでの生活に、何も変化はなかった」


「あちゃ〜」

 なんかこれだけで青春ドラマ出来そうだぞ。

「だから僕も、普段通りに接したよ。変に二人の仲を責めて、嫌な空気にだけはしたくなかった。でも、それでも、今の生活は十分に楽しいよ。二人がそういう関係であっても、二人が僕を嫌いになったわけじゃない。それは、自信を持って言えることなんだ。しりとりとかの時も、仲良くしてたでしょ? 僕も楽しかったし、あれが僕たちの関係なんだよ」

 ポールはそう言って、悲しげに笑った。


 なんだよコイツ。急に守りたくなってきた。

 ……ああ、いかんいかん。ここで、ポールを抱きしめてしまったら、彼はもう誰も信じられなくなってしまう。ここは我慢のときだ。


 ……そして、ポールの笑顔は少しづつ歪んでいく。

「でも、それでももう、我慢できないんだ。僕の知らないところで、二人が愛し合っているということが……嫌われてないって……わかって、ても……それで、も…………」

 ポールの頬に一筋の涙が落ちる。


 これは、かなり深刻な問題だ。

 おそらく、サイノとオックの方も、今までの関係を壊したくないという思いがあるからこそ、ポールには告げていない。ポールが嫌われていないことはこれで証明されるが、問題は見られていることを知らないことだ。それが、ポールの良心と相まって最悪の悪循環を引き起こしている。

 ポールがどんな方法で二人の仲のことを言ったとしても、空気が悪くなることは避けられないだろう。

 三人の関係は、もはやガラス玉と言ってもいいかもしれない。むやみに突っ込めば簡単に割れてしまうような、そんな状態だ。

 

 妬み、葛藤、遠慮。


 そんな、複雑な感情が織りなした、一触即発の状況だ。

 これも、複雑な言葉の産物なのだろうか。

 

「僕は……どうしたらいいのかな。ムッツリはあと少しで旅立つんだろう? だから、城に話を広める種にもならない。少し、性格が似ているようにも感じるし、ぜひ相談したかったんだ」

「そうか……そうだよな」

 確かに。二人のことを邪魔したくない優しい男ポールにとっては、異世界から来た旅人という存在は願ってもみない相談相手だろう。


「え〜っとね……」

 これはどう言えばいいんだろうか。

 当たり前だけど、僕はスクールカウンセラーなんかじゃない。こんな相談を受けたのは、人生の中でも初めてだ。自信があるかと言われれば、ほとんどない。しかし、ポールのために相談に乗りたいという気持ちが、僕から拒否という感情を抜き取っていた。


 方法は、いくつかある。方法と言っても、誰もが思いつくようなものだ。

 しかし、何もかも、自分の想定で決めてもいいのか、という思いもある。僕が勝手にそのいくつかの方法から一つを選択し、その方法を推し進めたとして、はたしてポールは満足するだろうか。

 ポールは優しい性格だし、僕の言った方法を受け入れ、そして実践してくれるだろう。これだけ行き詰った状況ならなおさらだ。

 しかし、その方法がうまくいかなかった時、満足できなかった時。あと四日という少ない期間で旅立つ僕は責任を負うことができない。放りっぱなしになってしまい、ますますポールは路頭に迷ってしまうだろう。……ここは、本人に決めてもらうのが一番の方法だ。よし、そうしよう。

 

「僕が思うに、三つの方法があるんだ」





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