7 臨時教師~自然遊び編~……あとポールの憂鬱
ちゅん。
ちゅんちゅん。
「……ん……」
あれ? もう朝になったのか?
「いたた……」
というか、体中が痛いし、特に頭が痛い。背中に伝わる堅い感触も、その痛さを助長しているように思える。
あれ? 堅い?
「……床?」
目を開けてみると、そこにはベッドが見えた。つまり、僕が床に寝ていることになる。
ベッドが狭いから、寝返りで落ちてしまったのだろうか。……いや、でも、その場合、このずきずきとした頭の痛みを説明できない。『ベッドから寝がえりで頭から落ちる』っていうのは、なかなか起こりえない。
え〜と確か昨日の夜は……何してたんだっけ? だめだ、思い出せない。
もう、そろそろデジャヴどころじゃなくなってきた。もしかしたら、僕の中にはもう一人の僕がいて、その結界が徐々にはがれてきているのかもしれない。そして、そのもう一人の僕が今の僕と一体化したときに、世界の均衡が――妄想はここまでにしよう。
「ムッツリ……ともに行こう……楽園へ……むにゃ」
「うわっ!」
急に後ろからあまーい声が聞こえたかと思えば、そこにはルークがいた。目を閉じていることから、まだ眠っているのだろう。……って、何でここにいるんだ。
――思い出した。
確か、僕たちが昔話をしていた時に、久子が怒っちゃって、僕の脳天にかかと落としをしたんだっけ。意識を失っていたのはそのせいか。
「あああ! 好きだ、好きだぁぁぁ! ムッツリ、気持ちいいかい? ボクも気持ちいいよ! 一緒に、一緒にィィィ!」
ルークさん、どんな夢見てるんだろ。早くルータスさん呼びに来ないかな。
*
「あああ! ごめんなさいぃぃぃ! 僕のおしりはもう限界なんだぁぁぁ!」
「だめだ。もうお前には公開処刑が必要だな。朝食の前に、おしりぺんぺんをみんなに見てもらうことにする。食べ遅れた朝食も抜きだ!」
「そんな……そんなぁぁぁ!」
案の定、しばらくすると、僕たちを呼びに来た父のルータスさんが、ルークを朝食会場へ引っ張っていった。みんなに見られるとは、お気の毒様だな。
「というか、私たち、ルークのおしりぺんぺんを見てから朝食を食べないといけないのね」
「……」
ごもっともです。
――そんなことがあって、どこかぎこちない朝食を終え(人生で一番ぎこちなかった)、ぼくたちはいつものように、お兄さんとともにあの教室へと向かっていた。
今日やることは、道具を使った遊び――とはいっても、それは今手元にはない。取りにいかないといけないんだけど、これは僕の仕事となっている。
特に反論はない。昨日、久子の睡眠を妨げていたことを考えれば、もっともなことだと思った。……しかし、だからと言って、いつもパシリにしてもいいということではないので、今日の授業が終わってからも、そういう扱いが続いた場合は抗議するけどね。
「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
そうこうしているうちに、教室へ到着。久子の元気なあいさつに、三人がそれぞれ答えた。
今度は、机だけが端に寄せられ、椅子は三つ、半円を描くように並べられていた。昨日と同じだ。
「今日は何をするんですか?」
「あ、今日はフルーツバスケットはやらない(手をブンブン)わよ。ごめんね、次からは用意するものを言って(手を>にしてパクパク)から終わりにすることにするわ」
サイノが聞くと、久子が申し訳なさそうに答えた。
確かに、これだけ昨日の授業に影響して用意をしていたら、誰でも申し訳なく思うだろう。こちらとしても、まだ先生というポジションに慣れていない。よく考えてみたら、次の授業の用意なんて、学校で嫌というほど聞いていたじゃないか。
「じゃあ、何をやるんだ?」
今度はオックが聞いた。ぶっきらぼうな中にも、少しだけ期待の感情が感じられるのは、ほほえましいことだ。
「今日は、自然と遊ぶわよ(拳上げ)!」
「「「自然と、遊ぶ?」」」
そう、今日のテーマは『自然と遊ぶ』。具体的にいえば、草花遊びだ。
「じゃあ、今からムッツリに、草と花を取ってきてもらうから、私たちはしりとりをしておきましょう。はい、じゃあムッツリ、行ってらっしゃい」
「へいへい」
さっき言ってた、僕の仕事――もといパシリっていうのは、こういうことだ。
僕はこれから必死で城の敷地内を駆けまわり、今日やることに適した草花を集めなければならない。はぁ……。
「できるだけ早くね」
「いってらっしゃい」
「ちょっと待った!」
久子とローランに見送られ、旅立とうとしていたところで、突然ポールが叫ぶ。
「僕も、ムッツリと一緒に行っていいかな?」
彼はもじもじとそう言って、僕のいる入口までやってきた。
「いや、それはありがたいんだけど、僕ひとりで十分だしいいよ」
「そ、その……僕が行った方が、草がある場所とかを知ることもできて、次やる時とか、僕たち以外の城の皆に説明するときとか、そういう時に楽になりそう……だし……。どう、かな」
「確かに……。どうかな? 久子?」
言い方こそ自信がないものの、話の筋は通っていたので、久子に聞いてみる。
いや、聞かなくてもいいと思うんですけどね? でも、今の僕の立ち位置的に、僕自身の判断だけで物事を決めてしまうと、このおメガネをかけたお方が何を言うかわかったもんじゃないんですよ。いつもの、僕たち三人だけの時なら、もう慣れたもんですし、今更どうこうってわけじゃないんですけど、やっぱりこういった大勢の前で僕の立場を認識させるような発言は控えていただきたい。……いや、わかってるんですよ? しりとりの時も、フルーツバスケットの時も、見事に僕のポジションにあった扱いに結局なっていたし、もうすでに、みんなに『いじられキャラ』の各印は押されているかもしれない――いや、もう押されていることはわかっています。しかしそれでも田中卓郎十四歳。あと少しで旅立つ身であっても、防げるイジリは防ぎたい。ここからの僕の勝負と言えば、どれだけイメージを深く植えつけないかということなのです。これまでいじられてきたとはいっても、しょせん二日間のうちの、ほんの午前中の出来事。まだまだ挽回するチャンスはあるといってもいい。……それに朗報。ポールが、僕のいじられ展開を、一緒についていくという方法をもってたった今防いだではありませんか! ここは、反撃の時――いや、反撃はもう手遅れだとしても、軽減の時とは言えるでしょう。ならば、今、ここで、久子に聞くこと以外に、最善手はないと言ってもいい!
「いいわよ」
……僕の長文を返せ。
*
「いやあ、ありがとう、ポール。僕を一人ぼっちの状態から救ってくれて」
「いや、大丈夫だよ」
教室を出て少し歩いたところ。
僕がポールに話しかけると、彼は、笑顔で返してくれた。
「それに、少し伝えたいこともあったし」
「伝えたいこと? ……ああ、あの相談のこと?」
「……うん」
歩きながら、もじもじするポール。そのしぐさは結構難易度高いぞ。
それにしても、まだ解決してなかったのか。てっきり、昨日僕の所に来なかった時点で、もう解決したのかと思っていたんだが。
「何で昨日は来なかったの?」
「昨日も、行こうと思ったんだけど……やっぱり話さなくてもいいかなって思っちゃって、そのまま一日が過ぎちゃったんだ」
……優柔不断か。
「でも、五日間っていう期限もあることだし、やっぱり僕はムッツリに聞いて――いや、一緒に考えてほしくて。それで、こんなふうに二人になれる時を探していたんだ。ムッツリ一人が集めに行くと聞いたとき、これはいい機会だと思ったよ」
……いや、やっぱり案外優柔不断じゃなかったかも。
「長くなりそう?」
その決断力を祝って相談タイムとしたいところだが、あいにく今は制限時間アリの授業中だ。それに、久子たちを待たせたらまた何か蔑みの発言をされることは間違いない。今は、期待に応えることは無理そうだ。
「うん。結構長くなると思う。……だから、今日の昼――は、後に授業があるから、夕方から日没までの間に、時間を作ってもらえないかなーと思って。それだけ話せれば十分だと思ってるよ――どうかな?」
「うん。そういうことならいいよ」
「ありがとう。じゃあ、また部屋に呼びに来るよ」
「わかった。……もし寝てたら起こしてもいいからね」
そこまで会話したところで、城のドアの前に到着。
さて、集めますか。
*
「た―――――――た」
「タ―――――――た」
「卓―――――――た」
ある程度草花も集め終わり、僕とポールはもう教室の近くまで来ていた。
少し時間がかかってしまったが、教室では、相変わらずしりとりが続いているようだ。懲りないもんだな。
「タクロウは――――――た」
「たくろうは――――――た」
教室が近づくにつれ、だんだんと声がはっきりとしてきた。
ん? なんか僕の名前がかなり使われているような気がするぞ。
兄「タクロウはとてつもなくムッツリだった」
オ「タクロウはそんでもってムッツリだった」
サ「タクロウは類を見ないムッツリだった」
ロ「たくろうはろりこんでもあった」
久「卓郎は生粋のロリコンだった」
ム「ストォォォォォォォォォォォップ!」
「……あ、ムッツリお帰りなさい」
「お帰りなさいじゃないよ! これはどういうことなんだよ!」
「え? 私はただ、あなたの信者を増やそうと――」
「そんな信者いらんわ!」
ムッツリだったロリコンだったとか言ってあがめるとかどんな信者だ。
「それで、例の物は取ってきたの?」
「それよりも今まで久子がやっていたことについて説明しろ!」
「嫌」
「一文字で片づけるなァァァァァァァ!」
僕にとっては一生ものの出来事なんだぞぉぉぉぉ!
「とにかく、自然で遊ぶわよ。ほら、ポール、この机の上に取ってきたものを置いていって。わざわざありがとうね」
「い、いやぁ、どういたしまして」
「僕も取ってきたよ!?」
「あーはいはいありがとう」
……こいつ、やっぱり僕に対しては人間じゃないわ。
「はい! じゃあ、まずは『花占い』をします!」
「「「花占い?」」」
「花占いはね、花びらを使って、二つ(片手で2)の選択肢のうちの一つ(片手で1)を残すというものよ。……例えば、ムッツリが『嫌い』か『そんなに好きじゃない』かで迷ったとします」
「どっちも同じだろ!」
一瞬でも期待して損したわ!
「で――」
僕の叫び声を無視して、久子は花を持ち、話し続ける。はぁ……もういいや。
「その、二つ(片手で2)の選択肢を言いながら、花びらを一枚一枚(両手で1)抜いていくの。こうやって、嫌い。そんなに好きじゃない。嫌い。そんなに好きじゃない……(プチプチ)……そんなに好きじゃない。ていう感じ。この場合、私はムッツリがそんなに好きじゃない。という結果になるわ」
うーん。『嫌い』よりはマシか。……何この低レベルな安心。
「あと、これはあくまでも占いよ。それが本当っていうわけではない。だから、どんな結果が出ても、心配する必要はないわ。あくまでも、遊びのつもりでやるべきね。わかったかしら?」
「「「はい」」」
「じゃあ、三人とも、各自でやってみて」
久子がそう言うと、生徒の三人がそれぞれ花を取る。さて、みんなはどんなことを占うのかな。
できれば、『ムッツリは優しい』か『かっこいい』とかがいいな。……冗談冗談。でもこれは、ルークあたりにノリツッコミをお願いしたい。そしたら、『そうそう、ムッツリは優しくてかっこいい、とても素敵なお方だ――ってあほか!』とか言ってくれそう――あれ? これってやっぱり微妙だな。
なんて、どうでもいいことを考えているうちに、三人それぞれが占いを始めた。
ポ「……(プチ、プチ)」
サ「……(プチプチ)」
オ「……(プチプチ)」
これぞ、静寂。
「……みんな、どうしたの?」
「「「…………(プチプチ)」」」
久子の呼びかけにも、誰も反応しない。よっぽど集中しているのだろうか。
「しゅうちゅうしゅうちゅう♪」
ローランも、そんな真剣な皆を見て、応援しているようだ。かわいい。
「……やった」
最初に呟いたのはサイノ。きれいな笑顔を浮かべている。どうやら、いい方の選択肢だったようだ。
「サイノは何を占ったの?」
「そ、それは、秘密です」
僕が聞くと、彼女は頬を染めてうつむいた。
「そう? ……なら聞かないけど」
そうかそうか。サイノは『ムッツリが好き』という結論に達したんだな。そりゃあ、好きな本人に結果なんて言ったら、もう恥ずかしいどころじゃすまない。ここは、あえて詮索しないでおこう。
「……」
続いて、どこか、寂しげな表情をしたのはオック。内容は聞かない方がいいだろう。
「オック、大丈夫かい?」
「……別に」
僕が聞くと、彼はそっぽを向いた。悪い結果だったのかな。
「占いだし、気にしないでいいと思うよ。必ずそうなるとは限らないし」
「……お、おう。ありがとう。ムッツリも頑張れよ」
オックはそう言って、少しだけ笑ってくれた。ほれてまうやろ!
「(もじもじ)」
最後に、もじもじしたのはポール。おそらく、ポールもよくない結果だったのだろう。コイツは一度聞いてみよう。
「ポールは何を占ったの?」
「へあ!? な、なんでも……ないよ」
うん。面白い。
「終わったみたいね。じゃあ、次の遊び、行くわよ!」
その後も、僕達は茎と茎をクロスさせて、お互いに引っ張り合い、茎が破れた方が負けになる『草相撲』だったり、久子が得意だという『草笛』なんかをした。草を結ってアクセサリーなんかもしようとしたが、もうこれは皆さん経験がおありのようで。よく考えたら、町の人も草冠とかやっていたし、この三人が知っているのも当然のことだった。
僕だけほっそい茎を持たされたり、僕だけ草笛をほっそい茎でやらされたり、紆余曲折あったものの、授業はみんな楽しんでやっていたと思う。
ただ、笑顔の中に時折見せる、ポールの寂しげな顔には、どこか、人間味のある――いや、日本人ならではの、哀愁漂う感じがしていた。
次は、一度載せた『我慢』です。少し内容を変えていこうと思います。