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6 夜這え! ルークくん







 いやあ。旅行気分で過ごしたら、一日ってホントに早いよな。

 だってもう二日目の夜だもん。


 まあ、唯一の例外はあの授業か。あれだけは本当に長く感じた。

 ポールの寸劇の後、もう二回ぐらいフルーツバスケットをやったんだけど、全負けだったし。あいつら、困ったときは『日本の人』って言いやがる。そのたびに久子から繰り出される暴力まがいの行為。これにはこたえるものがあった。

 一度、サイノちゃんが二回残留したときがあったのだが、あの負けず嫌いの彼女が何も取り乱すことなく『日本の人』と笑顔で言ったのには、驚きを隠せなかったなぁ……。

 

 しかし、もうどうあがいても、今のポジションからは脱却できない。ここは、潔く、僕のいじられ体質を受け入れようじゃないか。……何その決意。


 そしてそのあとは、普通に昼食食べて、部屋でローランとじゃんけんエンドレスにして――え? じゃんけんエンドレスの方が長く感じるって? いやいや、そこは、相手がローランだということを考えてほしいな。ローランと過ごす時間なら、もう光速も超えそうなくらい早く感じる。……それは言いすぎた。

 でも、音速ぐらいには感じた。だって、じゃんけんをしている間、久子はずーっと寝ていたからね。もう快適すぎて、絶対安静デラックスリラックス発動しちゃうくらい――ごめん。意味わからないよね。僕もわからないや。

 そういえば、今日はポール来なかったな。昨日の相談はなんだったんだ? たしか、人間関係だったっけ? でも、今日の授業を見る限り、別に違和感は感じなかったんだけど。もしかしたら、解決しちゃったのかもしれないな。

 そんなこんなで、夕食食べてはい就寝って感じ。いやあ、ほんとに早かった。

 このまま、こんな感じで五日間過ぎていくんだって思うと、少しさみしい。いや、それが、自分たちの使命でもあるし目的なんだけど、どうも、人っていうのは恵まれた環境に弱いようで――え? それ前も聞いた? ヘタレは黙っとけ? はいはい。わかりましたよ――え? それはいったい誰と話しているのかって? ヒ・ミ・ツ。


「あ〜。僕、キモイな」


 自分の心の中で、司会者まがいの解説を行って調子に乗っていた僕は、そんな自分を非難した。

 夜の暗闇で一人、ベッドに寝ながら、自分自身の心の声で遊ぶ。これ、かなり楽しいんだけど、もうやめないとな。


「すう……すう……」

 隣からは、静かな寝息が聞こえてくる。

 どうやら、もう二人とも寝てしまっているようだ。というか、久子よく眠れるよな。昼間あんなに寝たのに。大食いで寝ることが好きって、肥満フラグ立ってるだろ。……これ本人に言ったら、どんなことされるんだろうな。


 さて。じゃあ今日もお遊びはここらへんにして、そろそろ寝るとしますか。明日も、授業頑張るぞ。いじられないように頑張るぞ……は無理か。まあいいや。

 では、本日も。

「おやすみなさい」


「うん。ボクと一緒におやすみ」


「……」

 うーん。なんか今、透き通ったイケメンボイスが聞こえたような。

 暗闇だから、姿を認識できない。一種の恐怖さえ感じる。


「会いに来たよ、ムッツリ」

「……すぅ……すぅ」

 うん。やっぱり聞こえなかった。僕は何も聞こえなかった。そして今、僕はすやすやと寝息を立てながら気持ちよく寝ている。そういうことにしよう。

「ん? 寝ているのか? さっきのは寝言だったのかな?」


 誰かさんは、そう言いながら僕の下腹部に――


「ルーク。それはやめてくれ」

 コイツ……。不意打ちで触ってくるとか、もう、存在がアウトになってきたぞ。

「ああ、ごめんよ。寝たかどうか確認しようと思って」

「何でそれが下腹部で判断できるんだよ!」

「元気かどうか確かめ――」

「ストップ! もう何も聞かないよ」

 コイツ、久子の影響受けすぎだろ……。というか話し方がもう日常会話のレベル。日常会話でアソコ触るとか、どこの同性カップルだ。


「……で、なんでここにいるの?」

「いや、その……ムッツリに会いたくて」

「会いたくて?」

「でも、会えなくて」

「会えなくて?」

「それでも会いたくて」

 何言ってんのこの人。失恋に悩む女性のラブソングでも歌ってんのか?

「……わかった。ルークの苦悩はわかった。で、どうやったら帰ってくれるの?」


「今夜は帰りたくない」


「答えになってないよ!」

 こんどはドラマか!

「でも、会えないっていう時間が長引けば長引くほど、ムッツリへの思いは膨らんでいくんだ」

 だからどこのラブソングだ!


「というか、こんなことしてもいいの? またルーカスさんにおしりを叩かれるよ?」

 しょうがない。こうなったら、権力を行使しよう。

「うう……それは……」

 お、いい感じだぞ。

 暗くてうっすらとしか見えないが、確実にルークは弱っている。さすがはルーカスさんだ。

 さて、どうだ?


「たとえ、おしりを叩かれても、ボクは立ち上がってみせるさ!」


 ……もう無理だな。

「で? 何をしにきたの?」

「も、もしかして、ボクのお願いを聞いてくれるのか?」

「うん。かなえられる範囲でな」

 どうせイエスというまでは物語が進行しないパターンだろ。なら、仕方なく受けようじゃないか。

「やった! やったよ!」

 僕の賛成に大声で喜ぶルーク。

「わかったから静かに!」

 こいつ、久子たちがいることわかってんのかな? もしこんなところを久子たちに見られたら、いらぬ疑いがかかってしまう。ここは、声のボリュームを落とすべきだろう。


「静かに……なるほど。ムッツリは、静かにやる方が興奮するんだな?」


「残念ながら、そのお願いは聞くことができないよ」

 もう言わなくても内容わかったわ! ほんと、恐ろしい子だよ!

「なんでだよ! まだ何も言ってないだろ!」

「とにかくそれはだめだ」

「ええ〜。●入したかったな〜」


 デデーン。

 ルーク、アウト!


 いきなり何てこと言い出すんだ……。日常会話を軽く通り越している。黒丸何とか間に合ってよかったよ。

「とにかく何か、ほかのことをしよう。それ以外で」

「う〜ん……じゃあ、一緒に寝てもいい?」

「……寝るだけだよ」

 本当は心から拒否したいところだがしょうがない。ここで賛成しなければ、無理やりにでも襲ってきそうだ。ここはひとつ、相手のペースに合わせよう。

「やった! じゃあ、ちょっと詰めて」

「はいはい」

 といっても、三人で少しきついぐらいなのに、スペースあるかな?

 そう思ったが、久子が横向きで寝ていたので、何とか一人分のスペースは開けることができた。


 開いたのを確認したルークは、ゆっくりとベッドに乗る。暗闇もそろそろ慣れてきたから、向かい合わせになった顔がよく見える。……うん。いろいろと危ないです。

「いやぁ〜。興奮するな〜」

 ほら平気でこんなこと言うし。

「僕は興奮しない。というかさっさと寝てくれ。ルークが寝るまでは、安心して眠れない」

「え〜。いやだよ〜」

 ルークはそう言いながら、再び下腹部に――

「いい加減にしろよ」

「……ご、ごめん」

 いかん。本気で怒りそうになってしまった。少し怖かったかな?


      *


「ルークは、どこで朝ご飯を食べているの?」

 しばらくたっても、王子が全く寝る気配を見せなかったため、仕方なく質問タイムにすることにした。

「朝は、僕を含めた王族の子供で食べる。ムッツリたちは、違うところで食べているんだよね?」

「そうだけど……でも、なんで?」

「授業が多いからだよ。役人の人は二回だけど、僕たちの場合は四回ある。だから、料理の人が日の出の後すぐに作ったものを、すぐに食べる。そして、すぐ授業だ。この前、ムッツリたちへの質問許可をもらったときも、ほんとは授業だったんだよ」

「ははぁ……大変だね」

 四回って……一日のほとんど授業じゃないのか? 夜には行動できないと考えても、かなりのハードスケジュールだ。

「うん。だから、時々抜け出して怒られる。……ところで、ニホンでも授業はあるのか?」

「あるよ。朝から夕方まである」

「ほほ〜。では、オトナの授業はそのうちのどれぐらいなんだい?」

「ああ、それは主に夜――ってあほか!」


「……ん? 結局どっちなんだ? 夜にあるのか?」


 ルークはそう言って眉をひそめる。あ、そうか、これ通じないんだな。

「いや、ないよ。そしてルーク、今のはノリツッコミっていうんだ」

「のりつっこみ?」

「うん。これは、相手の言った冗談を途中までわざと信じてから、キリがいいところで、馬鹿か! とか、あほか! というツッコミを入れるという、面白いものだ」

「……たとえば?」

 ルークはまだはっきりと僕の言葉を理解できていないようで、声にも戸惑いが感じられる。

 う〜ん。いざ説明するとなると結構難しいよな。

「ええと……例えば、ルークが『私は女よ』と言ったとする」

「うん」

「この時点で、ルークは冗談を言っているよね? 女じゃないし」

「そうだね。女だったら●入できない」

「お、おう……」

 コイツにルーカス王国任せて大丈夫かな?


「そ、それで、その言葉に対して、僕が『ああ、ルークは美しい。立派な女性だ』と、その冗談をわざと信じるような発言をする。そこまで言って初めて、『あほか!』とツッコミができる」

「つっこみ、というのは『あほか!』のことでいいんだね?」

「あ、そうだね。ごめん、まずツッコミから説明するべきだったかな?」

「いや、大丈夫だよ。大体分かった。……じゃあムッツリ。少し冗談を言ってみてよ。練習したいんだ」

 わくわく。そんな擬態語が、ルークの体中から発せられているような声だった。


「わかったよ」

 これ、いつになったら寝ることができるんだろう。このまま朝まで寝られないような気がするのは僕だけかな?

 それにしても冗談か……いざいうとなると結構難しいな。

 ええと、冗談、冗談……。よし。

「実は、僕は日本人じゃないんだ」


「ええ! うそだろ! じゃあ、今まで僕たちをだましていたっていうことだね! 信じられない。もう、この国から出ていけ――ってあほか!」


「…………」

 何も言えねぇ。

「ムッツリ、どうだった?」

 黙っていると、ルークがハイテンションに聞いてきた。

「いやその……ツッコミまでが少し長いかな。あと、話が重い。もっと、普段の会話のような感じで言った方がいいよ」

 正直、とっても傷ついた。

「そうか……普段の会話だね。では、もう一度同じの頼むよ。今度は頑張る」

「同じやつでいいの?」

「うん。では、どうぞ!」

 ルークさん、ノリノリだなぁ……。

「実は、僕は日本人じゃないんだ」


「ええ! じゃあ、ボクと結婚しよう――ってあほか!」


「……ごめん、もう出て行ってくれ」

「ちょ、ちょっと! 押すなよ、落ちるって!」

「もう我慢できない。さっさと出て行ってくれ」

 それが普段の会話だっていう時点でもうアウトだ。危険人物認定。

「冗談だよ! 冗談に決まってるじゃないか」

「言っていい冗談と悪い冗談があるんだよ!」

「わかったわかった! 悪かったよ! だから押すのはやめてくれ!」

「……本当にわかったんだね?」

「う、うん。わかったわかった」

「よし! じゃあもうさっさと寝よう!」

 よく考えてみたら、どうせ落としたところで、絶対にルークは出ていかない。ここは、部屋から出すことではなく、早く寝させることが一番だろう。


「え〜。もうちょっと話そうよ」

「……もうちょっと話したら、寝てくれるんだね?」

 仕方ない。少しの妥協も必要だ。ここは我慢するか。

「うん。寝る寝る。じゃあ、今度はボクが冗談を言うから、ムッツリがノリツッコミをしてよ」

「……はい」

 やけに切り替えが早いような気もするが、もうどうでもよくなってきた。注意するよりはとにかく早く寝てほしい。

「じゃあ、行くよ――


 ――実はボク、女が好きなんだ。


「アホかァァァァ!」

 ノれない! どうあがいてもノれないよ!

「ムッツリ、それノリツッコミじゃないよ?」

「知っとるわ! でも、ツッコミしかできんかったわ!」

「じゃあ、ほかの冗談の方がよかった?」

「そういう問題じゃねぇぇぇぇぇぇ!」

『女が好き』が冗談の時点で問題だわ!

「じゃあ、どういう問題なの?」

「はぁ……もういい。いいかげん寝ようよ」

「え〜。やだよ〜。なんかしようよ〜」

 そう言いながら、僕の洗濯済みの服を引っ張るルーク。

「……」

 もう、どうしたらいいかわからない。追い出すこともできなければ、無視して寝ることもできない。八方ふさがりだ。


 ……ん? 待てよ?

 少し、今の状況を整理してみよう。

 僕とルークは、一緒にベッドで寝ている。

 僕の一番の希望はルークを寝かせること。しかし、ルークはもっと何かしたいと、子供のように駄々をこねている。

 そう。子供のように。

 じゃあ、子供を寝かせたいときに、どうすればいいかを考えよう。これは、一般的な家庭を想像すれば、自然と答えが見えてくる。

 例えば子守歌。

 しかし、子守歌の場合は、少し対象年齢が低いという問題がある。しかも、僕の歌のセンスが悪いこともあり、利用には向いていない。

 そして、考えられるのは――


「わかった。じゃあ、少し僕から話をしよう」

「おっ。いいよ。聞かせて聞かせて!」

 よしよし、のってきた。作戦はうまくいきそうだ。

「では、いきます――」



「むか〜しむかし、あるところに。おじいさんと、おばあさんがいました。おじいさんは、山へ芝刈りに。おばあさんは、川へ洗濯に行きました」


 そう。僕が考え付いたのは『昔話』だ。よく、本やドラマなどで、『寝る前に親が子供に読み聞かせていると、そのうち子供の方が寝てしまう』という描写をよく見る。

 ルークの場合も、この子供に当てはまるのではないか、そう考えたんだ。子供だから。

 心なしか、ルークも黙って聞いてくれている。このままいけば、寝てくれるかもしれないぞ。


「おばあさんが川で洗濯をしていると、川の上から大きなモモがどんぶらこ〜どんぶらこと流れてきました」

「ももってなんだ?」

 おっと。ここて初めてルークが聞いてきた。そうか。モモなんて知るわけないか。

「ああ……モモっていうのは、おしりみたいな果物だよ」

「オ、オシリィィィ!?」

 いかん。

 いかんいかんいかん。

 僕は決定的なミスを犯してしまった。

「ム、ムッツリはそれを食べたことがあるのか!?」

「あ、あるけど」

「おいしかったのか!?」

「お、おいしかったよ」

 やばい。自分の言ったことが変な意味に聞こえるから不思議だ。

「そうか……ぜひ、そのおしりを食べてみたいものだ」

「おしりじゃないよ!?」

 もう言っちゃってるし!

「……ハッ! しまった。少々取り乱してしまったよ。せっかく、ムッツリが話してくれているのに……。では、続きを聞かせてくれ」

 

 もうやけくそ。

「おばあさんは、その大きなモモを、お土産として家まで持ち帰りました。そして、おじいさんとおばあさんがモモを食べようとモモを切ってみると、何と中から赤ちゃんが飛び出してきました」

「ええ! おしりから赤ちゃんが!」

「だからモモだよ! おしりじゃない!」

 というか、おしりを切る方が恐ろしいわ! おじいさんとおばあさんに尻を切られるなんてどんな恨みを持たれてるんだ!


「はぁ……えー、その子供を、おじいさんとおばあさんは桃太郎と名付けました」

「おしり太郎だな」

「言うと思ったわ!」

 その子供、かわいそうだな!

「もういい。終わりだ終わり」



「そうね。いい加減、終わりにしてほしいわ」



 低い、地獄の底から響くような声。

 暗闇の中、大きな影が僕たちの前で立ち上がった。


「そして、あなたたちも、そろそろ人生終わりにしないとね?」


「ま、待ってくれ久子!」

「そ、そうだ、少し話を!」


「問答無用!」


「あべば!?」

「ひでぶ!?」



 ――そのまま、僕たちは朝まで眠り続けた。







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