5 臨時教師~フルーツバスケット編~
懐かしいですね~。
翌日。ルーカス王国を旅立つまで、あと四日。
昨日、ポールが相談に来た後は、特に目立った出来事はなかった。というか、何かあったのかもしれないが、そのまま夕方まで寝てしまったので、現状を把握できていない。
ルークは来てないのか? と疑問に思う人もいるだろう。ただし、よく考えてほしい。おととい、おしりぺんぺんをくらっていたことをよく考えてほしい。さすがに、言われてすぐに言いつけを破るほど、子供ではなかったようだった。
朝食を食べ終えた僕たちとお兄さんは、再びあの教室へ向かっていた。
やることは、もう決まっている。決まっているからこそ、椅子を三個拝借して一緒にもっていっている。ここからもうわかるように、芸人のネタではない。
昨日の夜の久子曰く、「日本には、まだまだたくさんの遊びがあるわ! ゲームが流行り、体や言葉を使った遊びは目立たなくなった現代。だからこそ、私たちは昔の人たち――つまり、ゲームなんてなかった時代の人々の心をもう一度、取り戻さねばならない!」なんて言っていた。
しりとりが思いのほかうまくいって調子に乗っているんだろ、と言いたくないわけでもないが、言っていることは正論なので、反抗心はとくには芽生えなかった。
ただし、それよりも気になるのがポールのことだ。あのもじもじは、翌日になった今でも頭に残るような強烈なしぐさだった。
城の一階、城の奥側にある僕たちの部屋を北とすれば、西側にある教室。
紹介の時間は必要ないので、お兄さんと一緒に教室に入った。
「「「おはようございます」」」
という三人の声。
僕たちも、それに応えるように、それぞれ「おはようございます」と返した。
ちなみに生徒は全員立っていて、机といすは、きれいに端に寄せられている。きっとまた、優男ポールが寄せたんだろうか。
少しポールを見てみようか。
ん〜。心なしか、ポールと二人の間には、少しだけ間隔が空いているような気がする――とはいっても、これは間違いなくポールの言葉の影響だろう。あんなこと言われたら、少しのことでも異常に意識してしまうからな。実際、立つ間隔なんてその日によって変わる。ここは焦らず、ゆっくりと見ることにしよう。
「今日もしりとりをやるんですか?」
赤毛の清楚ちゃんサイノが興奮気味に言ってきた。よほど楽しかったのだろう。
「いいえ(手をブンブン)。違うわ。今日はほかの遊びよ」
「「「ほかの遊び?」」」
久子の声に生徒の三人が一斉に首をかしげる。……そういうことされると、こちらとしても人間関係の問題とかはないような気がするんだけどな。もしかしたら、ポールが言っていたのは、この二人以外の人間関係かもしれない。
「そうよ〜」
そんな問題があるかもしれないことはつゆ知らず、ニヤリとする久子。
まあ、仕切り屋の人間にとって、こういう風に自分の言うことに食いついてくれることは、一番の至福なのかもしれないな。
「その名も、『フルーツバスケット』!」
「「「「ふるーつばすけっと?」」」」
今度は、お兄さんを交えた四人が首をかしげる。当たり前だな。(ローランには説明済み)
……それにしても、懐かしいな〜。僕が最後にやったのはいつぐらいだろう? 小6ぐらいだろうか。だとしても、二年のブランクがある。
「そう。……じゃあ、説明するから、そこにある三つのいすもあわせて、輪を作って。できたら座っていいわよ。……あと、私は座れないけど、気にしないでおいてね」
久子の掛け声で、三人がそれぞれ自分のいすを持ってくる。
輪はすぐにできた。そして、それぞれが座り終え、久子だけが立ったところで、再び話し始める。
「フルーツバスケットは、まず、真ん中に立っている人が、座っている人に当てはまる特徴を言う(手を>にしてパクパク)の。例えば、『日本の人』と言ったら当てはまるのは誰だと思う? ……では、ポール(びしっと指さし)」
「ええと……ムッツリと久子」
ほんと、なんで『ムッツリです』なんて言ったんだろう。かなり後悔してる。
「正解(片手で丸)。で、その、『日本の人』に当てはまる人は、椅子から立つ。……ほら、立って(手をクイッ)」
「はい」
「で、そこからは、空いた椅子を取り合う(手と手をぶつける)。そして、再び残ってしまった人が、また次のお題を言う(手を>にしてパクパク)。それを繰り返して(両人差し指でくるくる)、最終的に3回(片手で3)残ってしまった人が負けね(お手上げ)」
そう言いながら、僕の座っていた椅子に、久子が座った。お手上げしながら座った。
「本当は座っている所と同じ席に座ってはいけないんだけど(ブー)、今回は人数が少ないから、一回(片手で1)立ち上がって、探した後に(手をひたいに)自分の席しかない場合は、座ってもいいとするわ。……わかったかしら」
「いいね」
「面白そう!」
「いいんじゃね」
またもや三人とも理解。僕的には、オックの『いいんじゃね』が一番好きだ。どうでもいいけど。
……あ、そういえば。
「久子、フルーツバスケット忘れてる」
「あ! そうだったわ。あと、『フルーツバスケット』と言ったら、特徴とか関係なく、みんな一斉に立ち上がって椅子を取り合うの……わかった?」
「「「「はい」」」」
「じゃあ、最初は練習の意味も込めて、二回残ったら負けにしましょう――ムッツリ、お題」
「あ、はい」
「えと……『日本以外の人』!」
僕がそう言うと、ローラン含む五人が一斉に立ち上がり、席の取り合いが始まった。
「ふぅ……」
僕が座ったのは、ポールの席。さてさて、戦況はどうだ?
「あ……残っちゃった」
残ったのは、もじもじと体をくねらせているポールだった。
もじもじすんなって! 僕でも少し気持ち悪いと思っちゃうよ!
「じゃあ、『フルーツバスケット』!」
ポールが大きい声で言う。
ははっ。フルーツバスケットか。実は、これには必勝法があるんだ。
それは、隣の席に座ること。全員が立ち上がらなければいけないから、隣の席が空くのは確実。これなら、残らないで済む。
さっそく実行して――よし。座れた。さてさて、戦況は?
「どきなさい」
「えっ、ちょ、久子? 痛たたた!?」
ツネリの久子登場。僕のほっぺは瞬く間に伸び、そのまま戦場に引き戻された。
しーん。
静寂が訪れ、フェイズの終わりを告げる。
「はい! じゃあ、ムッツリの負けね」
久子が意気揚々に告げた。
「やった! 勝った!」
サイノが、とても喜んだ。そう言えば、しりとりの時も、負けって言った時とても悲しんでいたっけ。これは、勝たせなきゃいけないタイプかもしれない。
というか久子の不正について言及する者がいないのは気のせいか? できれば、気のせいであってほしいんだが。
「ムッツリは弱いなあ」
「ああ、その通りだ」
お兄さんとオックの声。……いや、弱いとかじゃなくてですね?
「あの、これには深〜いわけが――」
「はーい! じゃあ本番行きまーす!」
僕の主張は、久子の大声で遮られてしまった。
これは、嫌な予感がするぞ。
「ムッツリ、お題」
「……はい。じゃあ、『男の人』!」
掛け声に、男たちが立ち上がった。
僕はすばやくお兄さんの席へ。
「ん?」
座った後、ふと目に入ったのはポールだった。
空いている席に座ろうとして、しかしオックにその席を譲る――
――譲る!?
これは一大事だ。
「あ、また残っちゃった。えへへ(もじもじ)」
えへへじゃなーい! もじもじじゃなーい!
「ポール、譲ったらダメだよ。勝負にならないし」
「あっ。ごめんよ……」
僕が言うと、ポールはもじもじと答えた。もじもじいらん。
「そうよ。これはあくまでゲームだからね。普段の生活では、譲り合いの精神はとても大事だけど、このゲームの場合は成り立たなくなるわ」
「そ、そうだよね」
久子も見ていたようで、同じようにポールに言った。そして、ポールも同じようにもじもじと答える。もじもじいらん。
「じゃあ、お題だね……えっと……『ニホンの人』」
声に、僕と久子が立ち上がった。
というか、『日本の人』ってかなり範囲が狭くないか?僕と久子の二人だけだし。これこそ、勝負にならないような気が。
不安もそこそこに席に向かうと、ちょうど久子と鉢合わせた。
ポールは僕の席に座ったから、残るは久子の席。しかし、さっきの特別ルールで、久子もここに座っていいことになる。
「来たわね、ムッツリ」
「……座らないの?」
「ムッツリこそ、座らないの?」
「いや、座りたいさ。でも、なぜかここで立ち止まっておきたい気がするんだ」
嫌な予感がするから。
「あらそう。じゃあ、座ってもいいのね?」
「いや、だめだ」
「どっちなのよ。すぐに決定できない男は嫌われるわよ」
勝機の笑みを浮かべる久子。何か策があるのか?
…………。
訪れる静寂。
座るべきか。座らぬべきか。
少し、予想してみるか。
座ってしまえば、「うわーん。ムッツリが自分だけを優先して座った〜」と言われて、みんなからの評判が下がる。
座らなければ、「うわーん。ムッツリは何も決められない最低野郎だ〜」と言われて、みんなからの評判が下がる。
何この背水の陣感。
ええい、どうせどっちの選択でも評判が下がるなら、潔く席を取りに行ってやろう! 行くぞ!
「うおお――あべば!?」
ちーん。
予想は外れた。
僕が席に向かおうと、一歩踏み出した瞬間、急所の方に鋭い痛みを観測。僕の体の様々な機関が異常事態を告げる。
「はい。ムッツリ一回目〜」
幼稚な事しやがって……僕だって決して怒らないわけじゃないからな……。ここで怒ったらローランに見られたりいろいろあるから怒らないだけだからな……。
というかなんでみんな何も言わないの? いくらなんでもひどくない? もう僕の立ち位置を把握したの?
――しばらく経過。
「……じゃあ、『女の人』」
もういい。こうなったら、久子が当てはまるようなお題にしてやろう。
立ち上がる女性陣の皆さん。
僕は復讐の意味を込めて、久子の席に座る。さてさて、戦況は――
「のこった……くやしい」
――まさかのローラン残留。
「むっつりはせいかくがわるい……」
「そ、そこまで言わなくても、いい、かと」
だめだ! 愛しのローランの好感度が下がってしまった! もう終わりだ!
「やりかえす……」
低い声でつぶやくローラン。怖い! 怖いよ! 背後からなんかどす黒いオーラが上がってるよ!
い、いったいどんなお題を出すんだ……?
そして、幼女はおもむろに口を開いた。
「『にほんのひと』」
……嫌な予感。
さっきも日本の人だったっけ〜。き、奇遇だな〜。同じテーマを言うなんて、ローランはまだまだ子供だな〜。あは、あはは。
「ムッツリ、早く立ち上がりなさいよ」
立ち上がれないでいると、久子が僕の正面に来た。え?なんで?
「ローランはもう私の席に座ったの。早く立ち上がって空いている席を探しなさいよ」
「……はい」
そうか……。もう、選択の余地もないんだな。
「『フルーツバスケットォォォォォォ!』」
もうやけくそ。
久子の復讐とか、ローランの好感度とかどうでもいい。こうなったら、何としてでも勝ってやるぜぇ!
適当に空いた席に座る。みんなも徐々に席を獲得していき――
「あっ……残っちゃった(もじもじ)」
――またしても、優柔不断男ポール残留。
ふっ。
これはチャンス。
この時点で、ポールは残留二回目。しかも、かなり優柔不断で弱いと見た。
次のゲームで耐えることができれば、ポールの負けは決まったようなものだろう。
さあ、お題はなんだ!?
「…………」
あれ?どうしたポール。
彼は、もじもじするどころか、下を向いて震えていた。
「……そうだよね」
低い声。普段のポールからは想像もできない声だ。
「……僕はもう、言わなきゃいけないんだよね」
真剣だ。
まるで、何度も挫折をした冒険ファンタジーの主人公が、新たな力に目覚めるときのセリフなみに真剣だ。
「ありがとう……そしてごめんね」
おいおい。なんか意味の分からないセリフ言い出したぞ。完全に自分の世界に入ってんぞポールさん。
「まだ、出会って少ししか経っていないけど、今までの楽しかった日々は、僕も忘れないよ……ぐすっ……う、ううう……ひっぐ」
なんか泣き出したぞー。おーい。流れについていけんぞー。おかしいぞーこの人。
「でも……これは仕方のないことなんだ……そう。きっと、これは運命」
サ「ポールぅぅ! 大丈夫! きっと大丈夫よぉぉぉ!」
オ「お前ならできるぅぅ!」
兄「さあ、決断の時だぁぁ!」
皆が、涙の声援を送る。
「うん!」
ポールはみんなの反応を見て、大きくうなずいた。
「ありがとう。みんな……そして――」
そして、彼は。
優しいだけの、優柔不断な男の子は。
泣きながら、それでも笑った。
――ごめんね。ムッツリ。
日本の人。
そんな単純な言葉に、悲しみを感じたのは、いつ振りだろう。
でも。
彼は成長した。
優しいだけじゃ、だめだ。そう、気づいたんだ。
そして、学んだんだ。
――空気を読むということを。
Fin
いや、終わりじゃねえよ!?