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17 ベッドでの攻防。

 

 

 

「ねえ」

 暗闇の中で、久子がつぶやいた。


 今は夜。

 僕たちは、ベッドの上で川の字になって寝ていた。順番は、僕、久子、ローラン。


 ……どうしてこの並びなの? 川の字的に言えば、ローランが真ん中でしょ? という人。それ、僕も正解だと思うんですけどね? でも、このメガネさんが許してくれないの。なんでかな〜。どうしてかな〜。やましい気持ちはないのにな〜。でも、『僕だけが床での就寝』という、最悪最低なシナリオを免れただけでも、良しとしときますよ。


 そのメガネさんはと言えば、僕に背中を向けて、しかもそのまま僕をまるでベッドから押し出すように間を詰めてくるんですね。これは良しとできない。こちらとしても、あまり密着しすぎるのも恥ずかしいっていうかなんというかなんでね。ついつい離れてしまうんですよ。それで、今はもう、体を横向けないとベッドから落ちる状態。もうこれ寝た瞬間――


「ねえって言ってるでしょ」

 言葉を返さない僕に、強い口調で久子が言う。

「あ、はい。なんでしょうか?」

「なによ。話しかけられるのが嫌なの?」

「いえ。とんでもございません」

「その敬語は何?」

「これは、久子様のことをお慕い申して――あべば!?」

 久子の背中猛突進。僕ドッコーン。壁にドーン。


「いたたたた……少しやりすぎだろ!」

「大声を出すな。ローランが起きるでしょ」

「え、寝てるの?」

「そうよ。だから静かに」

「…………はい」


 ならば仕方ない。

 あなたが突進なんかするからでござんしょ! という反論は、胸の中にしまうことにするざんす。


 え〜っと……ベットはどこらへんだ? ここか?

「きゃっ」

「あっ、ごめん。……もしかして、こっち向いてた?」

 少し柔らかかったからな。うれしくないけど初タッチってやつか?

「それって……どういう意味よ!」

「あべば!?」

 再び顔面にクリーンヒット。なぜかおこられた。

 距離感つかんでやがる。


「んん……むにゃ」

「しっ! だからローランが起きるでしょ!」

「いやお前のせいだ!?」


「むっつりとひさこ……なかよし……むにゃ」


「「…………」」


「……さっさと戻りなさいよ」

「お、おう」

 やっぱり久子もローランには弱いな。今のツンデレ臭は半端なかったぞ。なにもうれしくはないけど。


 僕は再びベットに戻ろうと、ベッドの端に手をかける――

「きゃっ」

「いやわざとだろ!」

 そんなかわいい声出されてもなんも思わんわ!

 久子の背中が、ちょうどベッドの端にあった。これでは、寝る場所がない。

 コイツ、相手を油断させておいて……。一筋縄ではいかないやつだ。将来絶対モテないぞ。

「……もういいよ。床で寝るよ」

「あらそう。それでいいなら、私としても助かるわ」


「……ふふ」

 ふふふふふ。調子に乗りやがって。

 これで、作戦の第一段階は成功。作戦と言っても、ついさっき思いついたものだが。

 その名も『床で寝ると見せかけておいての、ベッドの反対側に回る作戦』だ。この素晴らしい作戦で、ローランの隣はゲット。ローランゲットでいーいかんじ~☆(ソ~●ンス!)


 なるべく音をたてないように木を伝いながら慎重に――

 ――よし、成功だ。

 ベットのスペースは開いている。やはり詰めすぎだったか。

 少しだけ暗闇に慣れてきたので、視線の先には、うっすらと人影が見える。おそらくローランだろう。

 そして、ゆっくりとベットイン――

 

「ムッツリ」


「か、カタカナ―――!」

 インした瞬間、正面から久子の声が。コイツ、移動していたのか。やーなかんじ~! (ソォォォ●ンス~……)

「ど、どうして」

「ムッツリの笑い声を聞いたのよ。大体想像がつくわ」

「……さいですか」

「もうあきらめなさい。ベットで寝てもいいから」

「はい。ありがたき幸せ」

 完敗ですわ。


「で……やっと、私の話だけど」

 そう言うと、久子は僕に背中を向ける。そんなに僕の正面がいやなのかよ。……いや待てよこれはツンデレかも――あれ、なにもうれしくない。

「……なんだよ」


「これからどうするの?」


「それなんだよな〜」

 正直、手あたり次第町を回っていくという当初の目的から、大分離れてしまったように思える。

「ルーカスさんが空間の歪みを知らないとなれば、もうここには用もないも同然よ。それに、お願いのこともあるし」


 洞窟での話のあと、僕たちはいくつかルーカスさんに質問をした。

 無難なことで言えば、役人の臨時教師についての許可。これは、快く賛成してくれた。

 そして、重要なことで言えば、空間のゆがみのことだ。

 このことについてルーカスさんは、『王国内では見かけたものはいない』と言っていた。役人の情報伝達なども考慮に入れていたので、確実性がある。


 そして、お願い。

 それは、質問が終わり、それぞれの部屋に分かれるときに、ルーカスさんが言った言葉だ。


『もし、カズトヨがニホンに帰っておらず……いや、ニホンに帰っていても、彼に会ったならば、今でもこの国が平和であることをどうか伝えてくれ』


 切実な願いだった。

 確か、カズトヨさんは、ルーカスさんよりも年を取っているのだから、寿命の面で考えても、伝えるためには早い出発が求められるだろう。



「カズトヨさんは、川の下流――つまりゲートの方向に向かったのよね? 私たちもそこに向かうことになるんでしょうけど」

 これもルーカスさんの言葉だ。

「臨時教師は引き受けるとして、問題は、いつ出発するかよ」

「……僕はもう少し、いたい、かな」

「それ、かなりの長い期間いたいって意味に聞こえるんだけど」

「いや、だって朝食も豪華だし、お金もあるし、十日ぐらいは――」

「ヘタレ」

「へ、ヘタレとは何だ!」

「もういいわヘタレ。あなたのヘタレさに免じて、五日間にしてあげる」

「い、五日間! そんなの、意外と短かったなーと思う三泊四日の旅行にたった一日追加しただけじゃないか!」

「たとえが妙にわかりやすいけど……。でも、ルーカスさんのお願いを実現するためには早く出発しないといけないわ」


 ……それを言われたら、何も言い返せない。正直、自分でも無理な反抗だとは、わかっていた。


「わかったよ。じゃあ、五日間ね」

「ええ。それこそ、ムッツリの言う旅行だと思って楽しみましょう」

「うん。じゃあ、おやすみ」

 まあいい、五日間しかないなら、その分ハッちゃけてしまえばいいのさ。さ~て。ローランさんおさわりタイムの開始だぜ~。

「おやすみなさい。……ローランになんかしたら、ただでは済まさないわよ」

「……承知しました」

 抜かりなしか。

 

          *


 …………。

 ………………。

 ……………………。


 ――カズトヨが、ニホン人だからだよ。


 ……眠れない。


 ――カズトヨの、後悔だ。


 ルーカスさんの言葉が、頭から離れない。

 

 あれから、どれぐらいたっただろうか。

 まだ月が外を照らしているので、夜明けが近いわけではないだろうが、自分ではもうとても長い時間がたったように思える。

 隣の久子は、いつからか、寝息を立てていた。もう寝てしまっているようだ。

 もう、久子でもいいか……ふふふ。

 なんて、できるだけ、平常心を保とうとしても、やっぱり気になって眠ることができない。


 ――日本人にして、すまなかった。


 カズトヨさんは、どうしてそんなことを言ったのだろう。


 ――複雑な感情なんかいらない。


 この後悔は、決して、フェルコさんのことがすべてじゃないように思える。その言葉からは、まるで、『そのことは十分わかっていたのにやってしまった』という感情が感じられるのは、僕だけだろうか。


 ――ただ、思いを真っ直ぐに伝える。


 カズトヨ語は、そういう目的だった。

 確かに、そこには余計な感情はない。言葉を濁さず、ごまかさず。今感じている自分の思いを、漠然とはしているが、しかしはっきりとした言葉で表すものだった。


 じゃあ、なぜそんな言葉を?


 ……わかんね。

 というか、カズトヨという言葉に少し引っかかるところがあるような気もする。もう、ごちゃごちゃして、なにがなんだか。


 こういう時は、一度忘れるのが一番だ。

 とにかく楽しみましょうか。まじめな話が連続してるし、そろそろお腹いっぱいだ。


 おっ。

 ちょうどいいところに、久子の背中がある。

 ちょんちょん。

 ちょんちょんっと。

 おお、結構やわらかい。

 ちょんちょん。

 さわさわ。

 プニプニ。

 「いい加減にしろォォォォォォ!」

「えっ、起きて――あべば!?」



 そのまま僕は、朝まで眠り続けた。






次からは、つかの間の日常回にしようかなと思います。



ここまで読んで下さった皆さん。皆さんのおかげで、書けています。完結までは、まだまだありますが、どうかこれからもお付き合いください。

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