16 後悔と信頼
歴史講座最終回。
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「カズトヨから話を聞いた後、私たちは絵を練習した。ニホン語を使わないで説明するのには、絵が一番だということでな。その時の絵がこれだ。石で削って描いたから、少し消えているところはあるが。
「また、シャルルの言葉で、+、×と数も教えることになった。『カネの代わりになるものを使う時に必要』と言っていたかな。カズトヨも、盲点を突かれたみたいになっていたよ。……私たちに数字の知識はなかったから、それも練習した。ほら、そこに、×3と書いてあるだろう。練習の跡だ。これは、買い物をしたなら見ているはずだ。
「そして、その翌日、彼はそのリーダーをいとも簡単に倒した。……厳密に言えば、シャルルの力があってこそだと思う。もう、一瞬だった。警戒するリーダーに、一目向けただけで倒してしまったんだ。後の仲間は、倒れたリーダーと一緒に逃げていったよ。
「村は、そりゃあもう盛り上がった。お祭り騒ぎだ。夜は、火を焚いてみんなで踊った。あの夜は忘れられないよ。
「そして、村には、つも通りの生活が戻った。私たちには親がいないが、それこそカズトヨが親になった気分だった。若さ的に少し無理があるがな。言い換えるとすれば『仲間』かな。
「その日から、カズトヨを含めた六人で、国づくりが始まったんだ。まず、彼は豊作の願いを行った。作物は生き生きと育ち、村はとても繁栄した。人口が増えても何も問題はなかったよ。
「そして、次は住居と建物の建設。村が占領されていた時にある程度開拓されていたから、建物を建てるだけでよかった。建物はあのブロックを使ったものだ。余っていたし、長持ちする。あと、一世帯につき一つの絵を配った。これは家紋みたいなものだ。
「どこに建てるかは、カズトヨが絵で説明していたよ。川の流れ方が特徴的だから、絵も描きやすかったんじゃないかな。
「それと並行して、カズトヨ語と数の伝達も私たちで行った。カズトヨ語は単純だから伝えやすかったよ。絵だけではなく行動でも伝えた。例えば、魚を釣ったら一緒に「ルンルン」と言ったし、小さい子がいたずらをしてきたら「プンプン」と怒った。
「特に「ヤー」は欠かさず言っていたな。なんせ、その日の「ヤー」で、その人の体の調子がわかる。あいさつはなくてはならない言葉だ。
「その調子で、徐々にこの国は完成し、言葉も広がった。とても長い年月がかかったよ。私たちも、大人の仲間入りをしていたね。
「中には、いくらかの人々で独立していったところもあるが――あの、君たちが初めに訪れた町なんかがそうだ。今でも、物々交換は行っているが――それ以外のほとんどの人たちは、カズトヨを信頼していたよ。
「あと……身寄りのなくなってしまった子供を引き取ったりもした。これが、後に役人と呼ばれる人たちになる。日本語については……初めの方はシャルルの力を借りたよ。カズトヨは、自分で教えようとしてたけどね。でも、最終段階に移るために、手間を少し省こうとした結果なんだ。
「その最終段階こそ、カネの実の導入。これには一番苦労した。まず、シャルルが、その木を人目のないところに生やして実を集めてから、人々に実を食物と交換するのを見せるところから始まったよ。またまた、気の遠くなる作業だ。
「そこから今度は、逆のことを見せる。それを基礎にして、今度は少し成長した役人があの商業の地域に進出。それと同時に、城でも食物をカネの実に変えることができるというように進めた。最終的には、役人の食物を売る、売らない・城が受け取る、受け取らないの判断で、流通を調節できるまでになったよ。収支については会議で話し合っているんだ。
「……今思えば、どうしてあんなにうまくいったのかと思う。もしかしたら、シャルルが裏で願ってくれたのかもしれないな。
「城が立ったのは、その、少し成長した役人が商業の地域に進出したぐらいか。誰も起きていない早朝に、私たち六人でその瞬間を見たときは、腰が抜けるかと思ったよ。
「城は、カズトヨが想像したものをシャルルが形にしてできたものだから、カズトヨはまるで自分が建てた城のように私たちを案内してくれたんだ。その時は、起きてきた幼い孤児たちも一緒だった。その子たちも目を輝かせていたよ。
「もう、何もかもが新鮮で、どこか違う世界に来てしまったかのように感じた。自分の部屋を見たときは、一番興奮したね。窓から国全体が見渡せるんだ。
「ただ、気になったのは、あの階にカズトヨの部屋がなかったことだ。『カズトヨの部屋はどうしてここじゃないの?』と聞いたとき、彼は『国ができれば俺は日本を探しに旅立つ』と答えた。……国は、もう最終段階。私は、別れが近いことを感じてさみしくなっていたな。
「しばらくすると、外が騒がしくなっていた。国のみんなだ。マジカ、マジカ、と言いながら、城の前に集まっていた。……急に城なんか立つもんだから、驚くのも当然だろう。
「しかしそれも、カズトヨの大きな「ヤー!」の一言で、みんなが「ヤー!」と返して、それで元の日常に戻ったよ。きっと、みんながカズトヨの元気な様子に反応したんじゃないかな。
「私はそれを見て、彼の信頼の強さを感じた。また、彼を尊敬した。
決して、神にすべてを頼らず、自分ができることはすべて自分でやろうとするところに。
望みが何でもかなう状態でも、自分の力で、自分の考えで、一から努力したことに。
そのことに、その精神に、とても感動したんだ」
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「――歴史については、こんなところだ。カズトヨがこの国の象徴であること、私たちがニホン人を尊敬していることを、この話を聞いてわかってくれればいいと思っているが、どうだ?」
「はい。とても、実感しました。……でも――」
「どうしたタクロウ? 何かあるのか?」
確かに、カズトヨさんは尊敬される日本人だ。僕になんか、到底まねできない。
そう。僕になんか、到底まねできないんだ。
だから、僕たちが日本人というだけで尊敬されるのは、正直違うと思う。
「でも、日本人が、決していい人ばかりというわけではありません。人をだます日本人もいれば、殺してしまう日本人もいる。現実で嫌なことがあって、空想の世界に逃げてしまう人だっているし、欲望を抑えられない人もいる。なのに、どうしてあなたたち王族の皆さんは、日本人を尊敬するのか……ということが、疑問に残りました」
城の待遇には、はじめから違和感を感じていた。日本人を尊敬しているというだけで、部屋を貸してもらったり、カネの実をもらったり。悪い人なら、この状況を利用する人だっているはずだ。
だから僕は、その純粋な真意を聞きたいと思った。
「ふむ……確かに、ニホンの人でそういう人もいるかもしれない」
……しかしあっさりと。
僕の言葉を、ルーカスさんは認めた。
日本人を、まっすぐに尊敬してやまなかったルーカスさんが、認めた。
これには、黙るしかない。次の言葉を待つだけだ。
「ある出来事が起こるまでは、私も日本人の心を信じ切っていたよ」
「……ある、出来事?」
「ああ。ちょうど、次に話そうとしていたことだ。……実は、私たち五人の中に、国を抜け出した奴が一人出たんだ。……フェルコだ」
「フェルコ……さん」
たしか、五人目に、洞窟に来た人だったか。
「そうだ。これも歴史では死んだことにしているんだがな。……何が彼にそうさせたのかはわからない。ただ、狂っていた。国が完成するにつれ、しだいに私たちに強く当たるようになった。私たちもだんだんと彼を嫌っていったよ。
「そして、ある日突然いなくなった。あいつの部屋のドアにあった手紙には、旅に出ますとだけしか書いていなかったよ。でもその時、私たちの心の中に怒りは芽生えていたね。これまで頑張ってきたことを、台無し――は言い過ぎだと思うが……傷つけられたように感じたんだ。
「そしてそのあと、四人はカズトヨの部屋に報告に行ったよ。手紙のあった場所が場所だからね。彼は知らないと思ったんだ。でも――
――カズトヨは……泣いていたんだ」
「泣いて――」
「ああ。泣いていた。私たちが部屋に入った後も、ずっと泣いていた……私も、その姿を見て、泣いた。カズトヨは、私たちの前で涙を見せたことがない。だから、衝撃的だったんだ。私以外のみんなも、泣いていたと思う。
そう言うルーカスさんの目は、潤んでいた。
柔らかな光を放つ電球の光が、しわのある目じりにたまった涙に反射した。
「そして、私たちに、こう言ったんだ――
――『日本人にしてすまなかった』――とな」
「日本人にして……すまなかった……」
「ああ。そして、カズトヨはこう続けたよ。
『俺は、ずっと自分の理想だけを追い続けていた。複雑な言葉なんかいらない。ただ、思いを真っ直ぐに伝えることだけできたらどれだけいいかって! ……でも、俺は重大なミスを犯した。お前たちに、日本語の知識を教えてしまったことだ。複雑な言葉からは、複雑な感情しか生まれないんだ……初めは、親の代わりになればいいと思っていた。協力できればいいと思っていた。一から協力して作り上げたいと思っていた! ……でも、違ったんだ。俺とシャルルだけで、ただ、願うだけでよかったんだ!』
……と、こんな感じだったな。私としても、よく覚えている方だと思う。そのあとも、カズトヨは、ひたすら私たちに謝り続けたよ」
「――それが、カズトヨの後悔だ。君たちも、この後悔については、ニホン人として深く考えてほしいと思っている」
「……後、悔」
日本語を与えてしまった後悔……複雑な言葉なんかいらない……か。
「そうだ。その後悔が、フェルコと大きな関係があるのもわかる。ただ、カズトヨは、フェルコについては何も言わなかった。だから私も、私たちも、カズトヨには何も言わなかった。だから、抜け出した心理はわからない。
「……つまり、誰もカズトヨの後悔をとがめる者はいなかった。それほど私たちは、彼を心から信頼していたということだ。さっきも言ったが、私が思う彼のすごいところは、神の力に頼らず、一から努力しようとするところだからな。私以外のみんなにも、それぞれ尊敬の思いがあったと思う。
「次の日からは、いつも通り、国を影から監理したよ。カズトヨが願った世界を、私たちの手で維持し続けたい。そう、四人で決心を固めた。それを報告したとき、彼は言葉を出す暇がないほど泣いていたよ。私としても、カズトヨがやってきたことが正しいことなんだと思ってもらいたかったから、本当によかったよ。
「それからいくらか経った頃に、彼は出発した。きっと、安心したんだろう。もともと言っていたことだったが、見送る時はどうしても我慢できなかった。また、泣いてしまったよ。
「そして今、国はこのように最初の状態を守り続けている。カズトヨの理想の国を、四人で親子代々守り続けている、ということだ。
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「……これで、君たちに伝えたいことはすべて伝えた。カズトヨがここで過ごした時間を、同じニホン人の人に伝えられて本当に良かったと思っている。これで話は終わりだ」
「はい。……ありがとうございます」
「とても、考えさせられました」
僕に続いて、久子が答えた。
「すこし、わかった」
ローランも、そう答えた。
「はっはっは……それなら、私の願いも、カズトヨの願いもかなったということだ。とてもうれしいよ」
三人の言葉を聞いて、ルーカスさんは豪快に笑う。そして、そのまま立ち上がった。
「それでは、私たちの城に帰るとしよう。もう、夜も近い。暗くなる前に戻らねばな。……ほら、靴を履け」
そう言ってから、ルーカスさんは垂れ下がる糸に手を伸ばした。
光が消える。
暗闇の先に見える、出口に入り込む光は、きれいなオレンジ色だった。
「さて。では、最後にタクロウの質問に答えようか。なぜ、私たちが今でもニホン人を尊敬しているか。ということだが……その答えは、何の複雑さもない、単純なことなんだ――
――カズトヨが、ニホン人だからだよ。
どうでしたか?
やはり、おじちゃんですから、長かったですね。
第二章は、あと一話になると思います。旅立つってわけじゃないですけどね。
これからも、どうぞ、この矛盾だらけの作品にお付き合いいただければ、と思います。評価、感想も、お待ちしております。
では、また。