15 救世主
歴史講座その2。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「私を洞窟に置いたカズトヨは、再び外に出た。そして、しばらく待っていると、私と同い年ぐらいの少年が彼とともに入ってきた。同じ村だから、名前は知っている。ハッシルだ。ハッシルも似たような表情が浮かんでいたので、これは間違いないと思った。
「その確認の意味で、『ハッシルもニホン語を知っているのかい?』と聞いた。案の定、肯定の答えが返ってきたよ。
「その後も、カズトヨは、ジェン、トーラ、フェルコ――みんな、私と同じぐらいの年だ。その三人を連れてきた。……一日ってわけじゃない。三日ぐらいかけてだ。
「しかし、その間にも、ひどい行いは続けられている。いくら親のいない私でも、村に愛情がないわけではない。ただ黙って隠れて、自分だけ安全な場所で草を食べて暮らす。こんなことは、耐えられるはずはなかった。
「前にも言ったが、私はカズトヨを悪い奴だと思って、捨て身の覚悟で攻撃するぐらいの勇気はあった。いつでも抜け出すことができたはずなんだ。
「でも、できなかった。カズトヨに助けられた時の不思議な思い。そして何より、彼の目的がわからない以上、いったい何をしようとしているのかという淡い期待が、自分を躊躇させた。
「だから私は、彼が四人目のトーラを連れてきて、再び外に出た後、まだ使うのに違和感が残るニホン語で『村が危ない。このままでいいのか? 抜け出してみては?』と提案してみた。大勢の希望があれば、躊躇もなくなるだろうと思ってな。
「だが、ほかのみんなもやはり不思議な感情を抱いているようで、私の気持ちには賛成してくれたものの、この洞窟を出るということには賛成してくれなかった。
「しかし、私の心のくすぶりは収まらなかった。だから、次に彼が帰ってきたら、その目的を問いただしてやろうと思った。
「だが、彼が最後の五人目――フェルコを連れてきて、私たちに言った言葉は、そりゃあもう、衝撃的だったよ――
「『――俺たちはこの村を救う』」
〜〜〜「かっこいい―――!!」〜〜〜
「久子ォォォォォォォォ!」
10点。いや、お前を0点にしてやろうかァァ!
「むっつり、こわい」
ああっ! ローランが怖がってしまっている!
「ォォォ……お、おぉ〜。ローラン。僕はもう、おこりまちぇんね〜。とぅいまて〜ん」
「タクロウは、そんな声も出せるのか? 多彩な才能だ。そして、怒り声からの赤ちゃん声への推移は、見事だと思うぞ!」
パチパチパチ。
拍手されてしまった。
「……あ、ありがとう、ございます」
あなたも少しは怒ったらどうですか?……なんて言えない。
ルーカスさん、やはり少し優しすぎるんじゃないかと思います。
あ、ルークを除いて。
「あの、すいません。声出しちゃって。続けてください」
久子が慌てて言った。
「ああ。構わないよ。確かに、あの時の私達にとって、カズトヨは、救世主だった。かっこいいと思うのも当然だ」
「で、ですよね! 早く聞かせてください!」
「ああ。わかった――」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「カズトヨがそう――村を救うと言った後に、初めてシャルルが現れた。その時は、本当にびっくりしたよ。洞窟内で響き渡った五人分の悲鳴めいたものは、耳をつんざくような感じだった。
「驚く私たちに、彼は、簡単にシャルルの自己紹介をした。力のことも、そして、シャルルをむやみに人には見せてはいけないこともここで聞いた。なんでも、シャルル本人がそう言っているからだそうだ。
「彼は、前からこの村の様子を見ていたようだ。そして、両親がいなくなった私たち――あ、ほかの四人も、私と同じ状態だったんだ――それで、その私たちに、この地域の王様になってほしい、と言った。
「さらに彼は、村を救った後の計画についても淡々と説明した。このあたりの地域の地形を利用した土地利用や、言葉――カズトヨ語を、人々に広めること。初めは物々交換をして、次第にカネの代わりになるものを導入すること……今のこの国をそのまま言葉で表したような感じだ。
「もちろん、いろいろな質問があった。例えば、言葉はまたシャルルが教えるのか? という質問に、彼は『君たちは、日本語のことを知った時、驚いていただろう? それと同じことを、人々にやってしまうと、今度は俺が怪しまれる。だから、俺たちが絵で教える』と言った。
「また、カネの代わりとは何か。そして、どうしてカネを導入するのか? という質問には、『丈夫で小さいものなら何でもいい。とにかく、俺は、権力というものが嫌いだから、王に食物を献上なんかしなくても、食物と、カネを引き替えにして、そして、商業施設でも使えるようにする』と言った。このことについては、行動に移すとなった時にもう一度詳しく聞いたがな――」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「――ふぅ……どうだ。整理できてるか? ここは複雑だからな」
「あ、はい。……というか、カズトヨさん、とても賢いですね」
もうほとんど改革だろ。
「ああ。……でも、少しの知恵はシャルルから授かっていたそうだ。それを言ってくれるところも、彼とシャルルの仲の良さ、そして、彼の性格の良さがにじみ出ていると言っていいだろう」
「はぁ……なるほど」
「むっつりはせいかくがわるい」
「ぶふぉっ!」
久子の空気砲が発射された。
「……はて、ムッツリとは? あの芸のことか?」
「え? ……そ、そうですよ〜。あの芸は、すこーし都合が悪くてですね。書き直すことも考えていたり……あはは。あはは」
「そうか。なにを言っているのかはわからないが、そのことは聞かなかったことにしよう」
「あ、ありがとうございます。……ローランも言わなくていいよ」
「ごめんなさい」
「う〜ん! いいよぉ〜。ローランちゅわんはえらいなぁ〜! あは、あはは」
ちゃんと謝れて、もう天才! なんか、世の中のお父さんの気持ちがわかる気がする!
「ムッツリ、早く話を聞くわよ」
「え? ああごめんごめん」
「なるほど! ムッツリとはタクロウのあだ名か!」
手を打つルーカスさん。
「あ〜〜〜! もういいです! 早く話を!」
「はっはっは……タクロウも大変だなぁ」
「あの……はい。大変です」
いじられるのは、もう防ぎようがないかもしれませんし。
「はっはっは。でも、タク――いや、ムッツリはいい性格をしていると思うぞ。みんなを笑わせることができるからな」
「言葉はうれしいですけど呼び方を!」
「「ハハハハハ……」」「はっはっは……」「ふふ」
――少し経過――
「ふぅ……いやぁ、君たちといると、とても楽しい気分になる。ルークとは大違いだ」
「あはは……」
「でも」
突然、ルーカスさんは、声を低くして言った。
そこからは、今までと違った威圧が感じられる。またまた、自然と背筋が伸びた。
「ここからは、単なる歴史の授業ではない。君たちにも、考えてほしいことがあるんだ。良く、聞いてほしい」
「「はい」」「うん」
「では、残りの歴史と、カズトヨの願い……いや、後悔、と言ってもいいかもな。そのことについて話そう」
つぎ、歴史講座最終回です。