14 出会い
ルーカスさんの歴史講座、開講です。
一緒に聞いているように感じていただければ嬉しいです。
「ここだ。……もう、長い間、来ていなかったがな」
連れてこられたのは、城の裏側。
好き放題に伸びていた草を払いながらたどり着いたのは、山の斜面にぽっかりと穴をあけている洞窟だった。
「さて、まだ中が片付いていればいいんだが」
そう言って、ルーカスさんは洞窟の中に入っていく。外の明るさ的に言えば昼間だろうが、洞窟は洞窟。中までは見えない。というか、片付いてるってどういうことだ?
カチッ。
入っていって間もなく、そんな音が聞こえたかと思うと、洞窟から光が見えた。
「ふむ。まあまあだな。入ってこい」
少し反響した声。
「は、はい」
言われるがまま、僕たちは光の方へ――
「うわっ……」「あ……」
――向かってすぐ、その源を見た瞬間、思わず息が止まった。
吊り下げられた白熱電球。
そこから垂れ下がる糸。その下には畳。乗っているのは……ちゃぶ台、だったっけ?
洞窟の背景に似合わないその光景はまるで、ドラマのセットのようにも感じられる。畳は……八畳か。
「はっはっは……君たち、何もそんなに驚くことはない。これが、ニホンでの一般的な家庭の部屋なんだろう? 自分の家だと思っておけばいいんだ――よっこいしょ……」
そう言って、畳に座るルーカスさん。マントは、胡坐をかいた彼の隣に置かれた。
一般的な家庭……そうか、カズトヨさんの時代ってことか。
「それよりもあれを見てくれ」
そう言って、彼は洞窟の壁を指さした。
「はい――うおっ!?」
絵。
たくさんの、絵、絵、絵。
いろんな絵が、壁中に充満していた。正直、電球とかが衝撃的過ぎて、特に意識していなかった。
「あれが、カズトヨ語の原点。私たちが、当時の何も知らない人々に、言葉を説明するために用いた、絵の練習だ」
よく見れば、その絵は、人間を中心としたものが多い。この、二人の手を挙げた人間、これは、「ヤー」だろうか。そして、この、ひとりで涙を流している人間はおそらくシクシクで間違いないだろう……
「あの」
僕が絵を見ていると、久子が口を開いた。
「カズトヨ語以前に、どうしてルーカスさん……を含めた人たちは、日本語を知っているんですか?」
「ふむ。やはりそこが気になるか。……では、それも含めて、この国の歴史を語るとしよう。少し長くなるから畳に上がるといい」
「「はい」」「うん」
靴を脱いで畳に上がる。上がった時、家に一部屋だけある畳の部屋が思い出されて、少し懐かしい気分になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「昔、このあたりには、村があってな。人々は、狩りや農業、川での釣りなどで協力して生活していたんだ。
「家は、木とわらで作ったもの。これも、村の人口が増えるたびにみんなで作ったりした。とても平和な毎日だったんだ。
「しかしある日、武器を持った少数の人々が突然押しかけてきて、村の最高齢の老人をいとも簡単に殺してしまった。
「私たちは、戦うことにおいては、狩りをするぐらいしか知らない。ニンゲンを殺すなんてないものだと思っていた。しかも、村の代表でもあったその人を殺されて、打つ手がなくなってしまった。
「そこからは地獄の日々だ。とった食料はほとんど奪われ、栄養が取れない状態になっていた。
「男は、労働の毎日。粘土を固めて作った塊を組み立てて建物を作ったり、狩りも、何も取れないと罰が下された。
「もちろん、狩りの武器で反抗した者もいたよ。しかし、その悪い奴らは戦闘に長けていた。だから、勝てるものなんていなかった。確証は持てないが、父がそうだと思う。いつもは少しの食糧を持って帰ってくるけれど、ある日突然帰ってこなくなった。そのほかの男たちの精神状態も良くなかっただろう。
「私はまだ労働というには少し幼かった。だから、母は、自分を犠牲にして、私に食料を与えてくれた。そう言った家庭はほかにも多かった。だから、飢えて亡くなった人は、たいていが、子供を持った女性だった。私の母も……これは、言わなくてもわかるな?
「カズトヨと出会ったのは、ちょうどその時……私が精神的にも、肉体的にも孤独になったその時だった」
「彼は、見慣れない服装だったから、また悪い奴が来たのか、と、私は思った。だから、彼を睨みつけたんだ。そして思いっきり攻撃した。
「しかし、彼は反撃しない。私自身、反抗したら殺されるのを覚悟での攻撃だったから、この態度には、おかしなものを感じた。
「攻撃を受けた彼は、そのまま地面に倒れこんだ。あわてて私は駆け寄った。いくら厳しい環境にあるからって、生まれつき平和に育ってきた私の体は、争いになんて慣れていない。人を心配する気持ちの方が勝ったんだ。
「そんな私の頭を、彼は撫でた。そこには、母のような温かさと、孤独に対する哀愁のようなものが感じられて、つい泣いてしまったのを覚えている」
「しかし、もっと覚えているのはそのあとのことだ。彼は、私の頭をなでた後、虚空に対して何かを言った。
「初めは不思議に思ったが、その行動の意味は、すぐに自分の体で実感することができた。というのも――
「――頭の中に、ニホン語の知識が瞬く間に入っていくのを感じたからだ」
「そして、衝撃を受けたまま、この洞窟に案内された。そこには、今と同じような光景が広がっていた。
「カズトヨは、『しばらくの間はここで生活してくれ。食料はある』と言った。私も、もう支えてくれる人がいなかったし、村の人たちも、自分の家族を守るので精いっぱいだったので、その言葉に従うことにしたんだ。
「初めはとてもびっくりした。見慣れない風景。特に光があることには、普段私たちを照らしてくれている空のものが突然降りてきたのかとも思った。畳から発せられる匂いも、嗅いだことのないものだったが、心が落ち着くのが感じられた――
〜〜〜〜「畳はどうしてあるんですか?」〜〜〜〜
おい久子ォォォォォ!
中断するなよォォォォォォ!
悪い癖にもほどがあるよォォォォォォォ!
「――ん? ……ああ、そうか。伝える順番を間違えたかな。すまない」
いや、なにも悪くないです。あなたはなにも悪くない!
話の通り、ルーカスさんはとてもいい人のようで、中断されても顔色一つ変わらなかった。
(久子……最後まで聞こうよ)
(……ごめんなさい)
次言ったら、もう、50点から10点にするぞ。
「この空間を作った人は、先ほど、私の部屋で言った、カズトヨの近くにいた女性のことだ。当たり前だと思うが、日本語の知識を与えたのも、この人だ。虚空に話しかけた、というのは、その女性が人に見られるのを避けるために、姿を消していたからなんだが」
「!」
久子の質問に答えるやさしいルーカスさんの言葉に、ローランがビクッと跳ねる。かわいい。もっとはねて!
「はっはっは。ローランには気になる話だろう――その女性の名は、シャルルという」
「シャルル……」
またまたかわいい名前だ。どんな人なのかな。
「ああ。しかし、シャルルとローランには、違った点があるんだ」
「……それは、どこ?」
「その姿だ」
ローランが聞くと、ルーカスさんは思い出すように目を閉じて言った。
「シャルルは、背の高い、大人の女性だった。とても、美しい人だ」
「せの、たかい? うつくしい?」
「ああ。それに、本当に何でもできた。……実は、あの城も、シャルルが建てたものなんだ」
「「ええええええええええええええええ!」」「え」
見事なシンクロだった。三人達成だ。
「はっはっは……驚くだろう? さらに言えば、あのカネの実だってそうだ。加えて、この地域一帯に豊作の願いを立てた。私たちが毎日食物を食べられるのは、シャルルのおかげなんだ。……食べる前の言葉の中の『神』は、シャルルのことを指しているんだよ。……何度も言うが、これは秘密だ。間違えてもルータスやルークに言わないようにな」
「は、はい……」
シャルルさん恐るべしだな……。カズトヨさんもメロメロだったに違いない――
「ふん」
「――ローラン?」
「ふん。……ふん」
突然、ローランが何もないところにハンドパワーを送り出した。かわいい。
「ローラン、どうしたの?」
「……しろ、たてられない」
「こんなところに建てたら駄目だよ!?」
怖いよ! こんな洞窟であんな城を建てたら、僕たち岩に潰されるよ!
「はっはっは……」
快活に笑うルーカスさん。いや、笑いごとじゃないですよ!
「……どうやら、ローランはシャルルの力よりも少し弱いようだな。その、少しぎこちないニホン語からも、その差が実感できる」
「あっ……そういえば」
今のルーカスさんの言葉には、盲点を突かれた感じがした。
「くやしい」
しょぼんとするローラン。かわいい。
「くやしい。にほんご、うまくなりたい」
「いいや」
そう言ったのは、かわいさに悶絶する最低な僕ではなく、ルーカスさんだった。
「ローランは、そのままでも十分だと思うぞ」
「どうして?」
「ローランは、こうやってタクロウや久子と話ができる。それだけで十分だ。私も、カズトヨと話せるようになった時、とてもうれしかった。彼と出会えて一番よかったと思うのは、やはり、言葉で思いが通じ合うことだ。それはもう三人では達成しているだろう?」
再び、あの「ありがとう」がよみがえる。
同じ境遇を分かち合い、思いが通じ合った瞬間。
……なんていい人で、なんてためになる人なんだ。
それが、僕の印象だった。
…………。
心地よい静寂。
久子とローランを見ると、二人とも笑っていた。
それを見て、ルーカスさんも笑顔になり、再び話し始める。
「では、続きと行こうか」
段々と明らかになってきましたね。