7 バラが! バラが見える!
バラです。注意――はしなくていいかも。軽い感じです。
「いやあ。すまない。こんなところまで呼び出してしまって。ムッツリたちも、疲れただろう。いつもなら、ロウ車でも出したんだけどね」
「ロウ車?」
「ロウとは、動物の名前だ。それに、荷台を取り付けてある。あれは楽だぞ……というか本当に疲れてないか? 顔が変だぞ」
ルークが心配そうに僕の顔を覗き込む。……いや、そんなに平然とムッツリ言われたら誰でも嫌でしょうに。
案内された場所は、六畳ぐらいの小さな部屋。中央には、どちらも木で出来ている机と長椅子があった。片側にルーク、もう片方に僕たち三人が腰かけている。順番は、入口から近いほうから順に、久子、ローラン、僕だ。
「いや、別に。僕たちは歩くことにはもう慣れているから……あと、ムッツリではなく」
「タクロウ、だろ? でも、ヒサコやローランがそう言っているのに、ボクだけタクロウとは、どこか気持ち悪い気がするんだ」
そう、ルークはさも当たり前のようにつぶやく。
「……そう、だよね~」
やっぱり無理か。
実はあの後ここへ向かう間、僕は何度もムッツリを否定してみたのだが、ルークは今と同じ答えを返すのみだった。とほほ。
「それに、ローランを除いたキミたちがニホン人だということがはっきりとわからなかったことも、ロウ車を出すのを――そして、あの時そのまま城に連れていくことをためらう理由になったんだ」
「どうして?」
外見的にも、日本人だとしか思えないはずだけど。
「仲間によれば、キミたちは何か意味の分からない言葉を何回も話していたそうじゃないか。え〜っと……ラッスラロンライ?」
なんだよラッスラロンライ。久子笑いそうになってるし。
「そのせいで、安全のために人手を使わず手紙で、しかもここまで歩いてという慎重な手段になってしまったんだが。まあ、キミたちが信頼できそうでよかったよ。ところであれは、どういう意味なんだ?」
「意味は……ないかもね」
「意味はない!? そんなことがあるのか? 本当に、ニホン人というのは、まだまだ私たちには持っていない技術を持っている……」
考え込むルーク。
いや、技術って言えますかね? あれ。
「どうか、その言葉をボクに伝授してくれ!」
そう言って、ルークは僕の手を取り握ってきた。
「う、うん。じゃあ後で」
「よろしくね! あと、ブ●●●ンというのも気になる。ブ●●●ン! デンデデデンデデデデン! デン! あれにも意味はないのか?」
デン多すぎ。ノリはいいけど。
「ブフッ……い、いや、それには意味が……っていうか、話がそれてるよ!」
「はっ! 本当だ。すまない。では質問時間にしよう」
なんかルークさん、日本に来た好奇心旺盛外国人に見えてきたぞ。まだそんなに歳もいってなさそうだし、仲良くなれるかもしれない。
「じゃあ、聞くけど。ルークが受けている教育(何かを書くまね)ってどういうこと(首をかしげる)?」
久子が問う。最初とは違い敬語ではない。さっきのやり取りを聞いていたようだ。
泣いてたくせに。ウソ泣き臭が半端ない。あとジェスチャー何とかして。
「教育とは、ボクたちが今話している、ニホン語――こちらでは、王宮語といわれているのだが――それを学ぶことだ」
「それは、そうかな〜(アゴに人差し指)と、思ってたんだけど。でも、なんで日本語を習ってるの?」
「なんで? ……そうだな~。それは、ボクが、将来的にこの国をまとめられるようになるため、が正しい」
「この国をまとめるって……どういうことなの(首をかしげる)?」
「ええと、少し遠回りになるが――まず、キミ達も知っていると思うが、このルーカス王国では、王宮にかかわっていない人は皆、カズトヨ語を話しているんだ」
「「カズトヨ語?」」
これはシンクロしても仕方ない。うん。これは、百人いたら九十人ぐらいはシンクロしそうだもん。それぐらい衝撃的だ。
「ああ。ルンルン、シクシク、マジカ……他にもいろいろあるが、これらは全部カズトヨ語だ。そして、カズトヨは日本人。僕たちに様々なものを与えてくれたとして、この王国の象徴となっている」
「「日本人!?」」
すごいなその人。言葉も作って国の象徴ってどんだけだよ。これは百人中百人シンクロだな。
あ、さっきのニホン人を尊敬ってそういうことかな。
「まあ、それはいいとして。とにかく、ここでは二つの言葉が使われている。そして、この国をまとめる、というのは、王、そして王宮の仕事であり、役人の仕事になる」
……役人?
「ということは、役人も日本……いや、王宮語を話せるってことなのか?」
「ああ、そうだよ。役人が王宮語っていうのは少しおかしいけど、それは正しい。キミたちが、ラッスラロンライをやっていたことも役人の一人から聞いたんだ。……つまり、役人というのは、町の中にいる情報伝達の人ってところかな。主に、その役割がこの国をまとめているということになる。数は少ないけどね」
「じゃあ、私たちが運よくその役人に声をかけて(手を<にしてパクパク)いれば、日本語で話し合えたかもしれないわね」
「いや、それはない」
久子の言葉を、ルークが遮った。
少し、声のトーンも落ちたような気がする。
「役人、いや、日本語を話せるすべての人は、王宮以外での日本語の使用は禁止されているんだ」
これまでとは打って変わって真剣な声だった。
「あ(手を合わせる)、そう言われてみれば、それじゃあ二つ(片手で2)の言葉に分けている意味がないわね。ごめんなさい、私ったら」
「ああ。その通りだ。そして、キミたちにこれ以上日本語を話されてしまったら、こちらとしても困る。だからこそ、できるだけ早い対処が必要だったんだよ」
なるほど、そういうことか……それなら、あの時ルークが無言で僕たちに袋を渡して手紙を読ませたのにも納得がいく。それが一番の手段だったんだろう。
「また――」
ルークは、納得した僕たちを見て、再び声の調子を戻して話し始める。
「王宮の場合は、平和へ向けて会議をするという役割が、国をまとめるということだ。ボクもまだ良くは知らないんだが、どうやら『民が日本語を知らないこと』を利用して、平和を守ろうとしているらしい。日本語禁止の一番の理由がこれだ」
『民が日本語を知らないこと』? そんなの、逆に話が十分に伝わらなくて、不都合だと思うんだけど。
「あ、一つ付け加えておくと、この日本語禁止についても、カズトヨが決めたことだそうだ」
「カズトヨさん……」
あんたはいったい何者だよ!
「ボクから言えることは以上だ。不十分でごめん。さっきも言ったけど、ボクはまだ未熟だから、その会議にも参加できていないんだ。今は必死に教育を受けている。速く成長したいよ」
「僕は十分上手だと思うけど、その日本語。久子もそう思うでしょ?」
「ええ(首を縦に振る)。日本に来て十年ぐらい(両手で10)たった外国人並だと思うわ」
……その、数を手で表すのやめてほしいな。せめて。
「そう言ってもらえるとうれしいよ」
照れる王子。この姿もイケメンだ。ほめて悪い気はしない。
「うらやましい。わたしも、にほんごうまくなりたい」
対して、悲しそうにローラン。
※ローランはそのままでいいよ! そのひらがなだけのスタイルが僕は好みだよ! 間違えて変換押しちゃって、漢字が含まれてしまってもう一度ひらがなで書き直すことになってしまっても、あなたがかわいいから頑張れるから!
なんて、言えるはずもなく。
「そうだな。ローランも、早くうまく話せるようになればいいな(※)」
みたいになった。……僕って変なのかも。誰かにのりうつられてるような気がする。
「うん。がんばる」
んもう! その声と笑顔がカワウィイ! 君カワウィイね〜!
「ムッツリ、顔(細目)」
「え? ああ、ごめんごめん」
「そんなに王子がかわいいからって、興奮してんじゃないわよ(細目のままニヤリ)」
はい?
「違う違う! そんなわけ――」
コイツ、僕が本当はそうでないことを分かって!
「そんな。かわいいだなんて……うふっ」
しかし、反論はもう時間切れ。
そこには、久子の言葉でさらにデレる王子がいた。
「ムッツリ……ボクってかわいい?」
デデ〜ン。
ルーク、アウト!
まず、そのセリフがアウト。「ムッツリ……ボクってかわいい?」って、不穏過ぎる!
「うぷくっ……ぷふっ……」
笑うな! こらえるな!
「じつは、ボク、王国内でかわいいと言われたことがないんだ……。だから、そんなことハジメテだったし――」
王子はあまーいイケメンボイスで立ち上がり、僕に近づいてそのアゴを持った。
「ああああああああああ!? ちょっとルーク、落ち着いて!」
急すぎる! あの真面目な話からどうやったらこんな展開に!
「ああ……ムッツリぃ〜」
ああっ! バラが! 僕の周りになぜかバラが見える! なぜだ! なぜなんだ!
「えい」
「ハッ! ボクは何をして……」
今起こったことを簡単に説明しよう。
ローランが、ルークをぶった。
ぶったと言っても、しょせんはローラン。威力はない。しかし、その一撃で、ルークが我に返った。
「ごめん。実はボク、時々何をしているかわからなくなる時があるんだ。お父さんは、それは本能というものだとかいうんだけど――」
ルークは慌てて座りなおす。うん。たぶんそれ正解。
「とにかく、ごめん。これは僕の悪い癖なんだ。僕が会議に出ることができない理由の中に、この悪い癖も入っている」
「そ。そうだろうね……」
もう、破壊力抜群。ほら、久子鼻血出てるし。からかっていったつもりが、結構マジだったからびっくりしたとかそんなところだろう。
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というかね。
ローラン! ローランですよ!
あのローランが、僕のファーストキスを守ってくれた!
「むっつりのふぁーすときすはわたさない」
なーんて、思ってたりして!
むふ! むふふ!
話に戻ります。この『ムッツリの無自覚高速妄想』はリセットしましょう。
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「だから、このボクとみんなの質問時間も、本当はないものだったんだ。僕が手紙を渡すことを頼まれたとき、『もしニホン人が来たらいろいろと質問してもいい?』とお願いして、未熟者ながらなんとか了解を得ることができたということなんだ。もうすぐお父さんが呼びに来るから、あまり時間もない。じゃあ次はボクから!」
反省もそこそこに切り替えが早い。ダメなやつだ。
……うん。おそらく、「ローランはどうして日本語を話せるの?」とは、言ってこないだろう。
きっとそれも、好奇心という本能の悪い癖で忘れてるだろうから。