2 お笑いコンビ「ムッツリメガネ」
正直、中盤部分に遊びが入っています。ご了承ください。
色々な方面に足を伸ばしている二人の思春期中学生を考えていただければ、と思います。
「ほほう。そういうことね」
目の前に広がるのは、川。そして、建物の背中と人々の喧騒。
どうやら、この国は、川の区切りを利用して利用方法を変えているようだ。こうやって、川岸に建物の背が並んでいる所からして、メインストリートもあるのだろう。
僕たちは、さっそく橋を渡り、通りへと向かった。
予想通り。
通りへ出ると、まさにそこは市街地そのもの。先ほどとは比べ物にならないほどの多くの人が、道を行きかっていた。飯時なのか、あちこちから食べ物のにおいが流れてきている。
ぐ〜。
「……い、今のは誰よ! あんなに食べておいて、もう腹の音が鳴るとかどんだけ食いしん坊なわけ?」
必死に墓穴掘ってる。久子って、もしかして大食いなのかもな。
「とりにいってくる」
「いやいや、待ってローラン!」
もう一度先ほどの峠方面に向かおうとするローラン。健気すぎるだろ!
「だから、なんかサービスでできることを探そうって言ってるんだよ! それで、食べ物をもらうんだよ!」
「そうよローラン。ごめんね。私も、もう少し我慢するわ。この絵も見せないといけないし」
自白したか。本人もだましきれないと思ったんだろう。
「いいよ。ひさこは」
久子は?
「ありがとう。じゃあ、何か作物を持っている人中心で――ってあれ?」
「ひさこ、どうしたの?」
発言を意識せず、淡々と話を進める二人。じゃあ僕はどうなの? と、聞き返すタイミングが見つからない。これ、一番傷つくやつね。
「いや、なんだか、物々交換にしては人の荷物が少ないな、と思って」
もういいや。僕を意識しているわけではないと信じて話に乗ろう。え〜っと……見ている限り、もう何も持っていないような状態の人がちらほらと。何かを持っている人は、どうやらそれが買った品物らしい――
「――確かにそうだね。あっ。そこ! そこを見て!」
僕達のななめ向かい側にある店が、ちょうど接客をしている所だった。器を取り引きしようとしている客が、何かを店の人に渡していた。
「なんだ、あれ」
手には、小さな黒いもの。少し丸い。
「……なんだ、あれ」
思わず二回言ってしまった。だって、あんなものと、土器が等価値なんて、もうあの黒いものは、強大な魔術エネルギーでできているくらいしか考えられない。なんだ、あれ。
「一回行ってみましょう」
その店の店主はおばさんだった。程よく太っている。
店の前に来ると、飛び切りの笑顔を向けられた。……買いませんけど。
「ほら見て。ここに、「●×10」って書いてある。お金のことじゃない?」
久子が指し示した、器の前の小さな茶色の紙には、確かにそう書いてあった。
え? ×って乗法? 10って数? 使えるの? まずそこだろ。
しかし、久子は何も思わなかった模様。
「じゃあ、いこ……あ」
そして、立ち去ろうとした久子とおばさんの目が合った。
おばさんめっちゃ笑顔。飛び切りの笑顔。
「す、スマン」
「シクシク」
めっちゃ悲しそう。
「……行きましょう」
所在なさそうに店から離れる久子に、僕も、一応「スマン」と言ってついていく。
「びっくりしたわ。あんなおばさんが、露骨にあんな表情を見せるなんて(おばさんの表情のまね)……体とかも、ガクッてなってたし(体ガクッ)。お客はまた来るのに、いちいちあんなに子供みたいなリアクションとられたら、こっちもやりにくいっての(やれやれのポーズ)」
こっちもいちいち身振りされたら目が行くっての。
「……というか、この世界の人って、大人もみんなそうじゃん? プンプン集団とかも、本気で怒ってる感じだったし。久子も見たでしょ?」
「ああ、あれね。そう言われてみれば、そんな気もするわ」
ぐ〜。
「そんなことはどうでもいいわ。さっさと、その黒いやつを集めましょう。聞き込みは、腹ごしらえが終わってからで」
久子が腹の音にかぶせるようにそう言った。隠しきれてませんよ~。
「わかった。ひさこがいうなら」
え? 久子が言うなら?
でも、確かにローランはそう答えた。
「……そ、そうしよう」
いや、ここ普通反抗するところなんですけどね? 反抗したい気持ちはやまやまなんですけどね? 今の僕の立ち位置が、結構危ういところにあるかもしれないことをつい先ほど感じたばかりだから、仕方なくですよ? ええ。ローランは、だれにでも健気であってほしい。だから、僕が健気になっておけば、ローランも僕に対してもしかしたら健気になってくれるかな〜なんて思ったから、特別ですよ?
*
「全然来ないわね」
メインストリートの端。久子は、ため息交じりの声を出した。
今まで、僕たちは、久子が地面に書いたマッサージしている絵を看板にして、長い間待っている。しかし、通行人は僕達や絵を見はするものの、来てはくれなかった。
あたりはもう、夕焼け色に染まっている。店を開いている間は、久子が弱音を吐くことはなかったが、ここまで来ると僕もさすがに限界だ。ところどころ、店じまいを始める人も出てきている。
「しょうがないわね……どうしましょう。私は、峠に戻って草食べて野宿がいいと思う。というか、それしかないわよね?」
「うん。そうしようか」
結局、聞き込みもできなかったし、お金らしきものも手に入らなかった。何やってんだ僕たち。
とぼとぼと、峠へ向かう。最後にあがくとか言って、久子が絵を何人かの人に見せるも、反応は芳しくない。というか同じ。マジカ? の一点張りだ。
時々匂って来る料理のにおいが、僕のおなかを刺激する。さっきから、お腹が鳴る頻度が高すぎる。描写するのもめんどくさい。……でも、ローランの音はかわいいとだけは言っておこう。くぅ~。
あの橋が近づいてきた。人もまばらになってきて、日本で言えば蛍の光状態。
この世界にはライトというものがない。月こそ大きさに比例して明るいものの、危ないこと限りなしだ。夕方はもう帰る時間。カラスと一緒に帰りましょ♪ だ。カラスいないけど。
「「「「ワ―――――――――!!!」」」
「なんだなんだ?」「何、これ?」「?」
あきらめムードの中響いた歓声に、三者三様驚いた。
聞こえたのは、あの橋のさらに奥の方。僕たちがまだ行っていない方だ。
パチパチパチパチ!
僕たちがそこへ向かう間にも、大きな拍手が聞こえてくる。
場所は、そんなに遠くはなかった。橋から、50メートルほどで、それは姿を現した。
ステージ。
木で作られた台に、布がかぶせられている。その上には、木の棒をジャグリングしている、布面積の小さい、民族衣装風の男性がいた。おお、セクシー&ファンタスティック!
「チャンスよ、ムッツリ」
嬉しそうに「チャンスよ、ムッツリ」か。はたしてどんなチャンスだろう。心配だ。というか、これ、もしロリコンだったらやばかった。
僕のあだ名批判はおいといて。
「何がチャンスなの?」
「あなたのタイプでしょ? チャンスよ(腐笑)」
「忘れたころに腐女子になるな!」
忘れてたよ! 極限状態からのローランいろいろで本当に忘れてたよ!
「冗談よ。ほら、あの人の足元を見て」
「え? ……ああ、なるほど」
久子が指した先にある足元には、ザルのようなもの。そこに、随時黒いものが入っていく。おそらく、あのお金だ。
「つまり、僕達が何かパフォーマンスをすればいいってことだね?」
「そういうこと」
「でも、何を?」
僕がそう言うと、久子は待ってましたとばかりににやける。……すげえ顔。
「あれをやりましょう。あれを。言葉はほとんど関係ない。ただ、雰囲気だけで楽しめるあれを。あ、ローランは見ててね」
「わかった。がんばって」
ローランも笑顔で答えた。
……あれってなんだ?
――ネタ合わせ中――
セクシーマンがパフォーマンスを終え、ザルの中をかっさり退場した。なるほど、そういうシステムなら、思いっきり、許可なくできるってわけだ。
そのスキを突き、舞台に上がる。
結構緊張するな。
観客の方は、見ない顔だからなのか、ざわめいているだけ。期待の表れと言っていいだろう。
じゃあ、始めるか。
「ムッツリメガネです!」
「お願いします――」
「――ラ●●●●●イ」
「え? え? なんて?」
ラ●●●●●●イ×2
「ラ●●●●●●イ説明してね」
「チョトまてチョトまてお姉さん、ラ●●●●●●イてなんですのん? 説明しろと言われましても意味わからんから出来まっせーん♪」
ラ●●●●●●イ×2
「金髪幼女とラ●●●●●●イ」
「いやチョトまてチョトまてお姉さん、それって色々アウトやん〜。幼女いうてもいろいろあるよ、乳、幼、小学どれですの〜ん?」
ラ●●●●●●イ×2
「男×(と)・男で・穴を、ス●●●●●●●●●●●●●●●●●ー!」
「いやチョチョッチョットまて、ウォネサン! チョトまてチョトまてお姉さん、ラ●●●●●●イちゃいますのん? 腐――
すみません。
自主規制します。
サウジアラビアの父さんとアルゼンチンの父さんは子供なんて生めません。
言っちゃった。
*
「たったこれだけか……」
僕たちに集まったのは、三個の黒い実(そんな感じがするので、実と呼ばせてもらう)たったそれだけだった。これじゃあ何を買えるかもわからない。
「ま、拍手をしてくれただけでも良しとしましょう」
久子が拍手をしながら言った。
そう。僕たちのわけのわからないネタに対しても、ちゃんと拍手だけはしてくれた。なかなかいいお客さんだ。
今、僕たちは、峠に向かってちょうど入口を通過したところだ。驚いたのは、家の看板が光っていたところ。きっと、天然の蛍光塗料だろう。これなら、夜でも自分の家を特定できる。知恵ってやつだよな。
もちろん、僕達に家はない。少し峠を上り、いい寝床を探すことになるだろう。
「あのさ」
久子がつぶやく。その声は、心なしか落ち着いていた。
「私、この異世界で、自分が何か行動を起こして、こんなに楽しいと思ったの初めてかも」
「十分伝わってる」
「うん。ひさこ、たのしそうだった」
言っておくが、ネタを考えたのはほとんど久子だ。僕はほぼ相打ちを打つだけだった。ほんとに、すごく生き生きしていた。僕をいじる時以上に。
「あら、そうだった? いや、ね、私ってこんな外見だから、普段はとってもおとなしいのよ。だから、近所の人とかにも『いつもお利口だね〜』とか声かけられるし。普通の優等生って感じ。学校でもあまりしゃべらないし」
「え? 全然違うじゃん」
「うん。でも、これが本当の私。人をイジるし、変な妄想するし、それをネタにだってするし、結構何も考えずに物言ったりするし、その場を仕切っちゃう癖もあるし」
「残念だな」
「そうやって、残念だなって言ってくれる人は、それこそ、タクだけだよ」
タク。
久子はなぜか、そう呼んだ。
メガネは、月の光でキラン! としているので、表情はわからない。
「なんだよ」
「いや、なんでも。じゃあ、寝床を探しましょう! ローランもお願いよろしくね!」
「うん」
なんだか、はぐらかされたような気がするが、まあいいとしよう。僕の方も、タクよりはムッツリと言われた方がなぜか落ち着くし……これ、僕の方が残念だ。
ちなみに、お願いとは、昨日から実施している安全対策だ。内容は『どんなものにも襲われませんように』。効果はあるかわからないけど、一応だ。
「じゃあ、そこまで勝負しましょう、ローラン。よーいドン!」
「とぶ」
飛行ローランが、久子をあっさりと抜き去っていく。恐ろしい。
「くくくくく……」
それを見て、ひそかに笑う僕。
お互いに楽しいって思えることは、とても、幸せなことだと思う。
中二病だったけど、周りに打ち明けなかった自分。それは、人に残念だと思われるかも――というか、絶対に思われるから、という恐れからくるものだった。
でも、それは本当の自分を押し殺していたのではないか。
隠れ中二病だと、隠れ腐女子だと。お互いが理解したうえで、語り合える関係。そう考えると、さっき久子が呼んだ僕の名前の意味も、分かるような気がする。
ありのままの本当の自分。
能力もない。魔法も使えない。地球のように、周りを気にすることのない。本当に何もない世界の自分。それこそ、ここでしか、実感することができなかった自分。そう思うと、どうしてだろう。僕は、この世界に来てよかったと、なぜか、思ってしまった。
やっぱり僕は、異世界というものをナメていました。
「フッ。決まった」
感動的な僕の考察を聞いてくれてありがとう! 僕のファンになる人、どしどし応募しています!!
いろいろと突っ込みどころはあると思いますが、リアルな中学生ならやりそうだと思って書きました。
批判が強い場合、書き直すことも考えます。
これからの、特に後二巻、そして、その後もちょくちょくは、似たようなものがあります。不快な方。申し訳ございません。
……私、必死ですね。
では、また。