7 「ちきゅうにいったらみえるの?」
本編第一章ラストです。
「で、この道はいつまで続くわけ?」
……またそんなこと言う。
日の出の時に起きてから今まで、僕たちはずっと歩き続けていた。何回かアップダウンがあったのだが、ダウンしてからのアップに移るたびに、久子の悲鳴を聞いた。口に出すなっつの。
まあでも、一発ギャグの気まずさも少しは落ち着いただろうか。……僕の黒歴史がまた一つ増えたことには変わりはないけどね。
「わからないよ。でも、もう少しじゃない?」
「適当なこと言うな!」
「へいへい」
なんだよ、答えてやったじゃねえかよ。ひどい返答だ。
「わたしは、へいき」
「いや、そりゃあ飛んでるもんな」
……伝え遅れて申し訳ない。
只今、ローランは飛んでいます。余裕の顔です。
――――――――――――――――――
少し前。
じゃんけんで、なぜか疲労していたローランは、再び歩くってなった時になんと飛び始めなさる。
だから僕はその時言ってやったんだ。
「力は便利に使うものじゃない! 誰かを助けるために……使うもんだろぉぉぉ!」
決まった……!
でも、せっかくのセリフに対して、ローランはなんて言ったと思う?
「じぶんをたすける」
だってよ。まあ、質問の意味はあってるけど。
「ムッツリ、ところでそれ、なんの影響――」
回想はここまでにしよう。
――――――――――――――――――
というわけで、それから現在までローランはずっと飛んでいる。
せめて、もうちょっと高く飛んでくれたら――あれが見えるぐらいまで飛んでくれたら、疲労もなくなるのになぁ……。
「ムッツリ、顔」
久子の目が細まる。
「え? なになに? 何でもないよ?」
「わかりやすすぎるわよ。めっちゃニヤニヤしてた。なに考えてたの?」
「……言う意味ある?」
「……いいわ」
「「…………」」
黙られちゃうとこっちも気まずいんですけど。
「あっ」
沈黙を破ったのはローラン。何かに気づいたのか、急に飛ぶのをやめた。
もうすぐ何回目かのアップも終わりで、前には空が広がるのみだった。いったい何だというのか?
「どうしたの?」
「だれかきた」
そういって、前――頂上を指さすローラン。
「えっ――ああ、馬車か」
どうやら、飛んでいるローランには、向かってくる馬車がいち早く見えていたのだろう。しばらくすると、馬車(馬じゃないけど)のてっぺんだけがひょっこりと顔を出した。そうか、人に見られるのがだめなんだったよな。
やがて、馬車は全貌を表す。乗っているのはおじさんだった。
こう、よく見てみると、馬の代わりの生き物は、馬の脚を少し太くしただけのように見える。だからもう馬車でいいよね。
「ということは、もう町が近いのかしら?」
久子はとっても嬉しそう。僕をいじる時みたいに。
「どうやらそのようだね」
「すいませーん、じゃないや。スマンー」
「マジカ?」
馬車とすれ違うところで久子が声をかけると、そのおじさんは返事をしてくれた。荷台には、何かの動物の毛でできた布が、たっぷりとあった。布屋さんかな?
「ええと……」
そう言いながら、久子は持っていたクロニクルを開け、おじさんに見せる。ああ、そうか。さっそく作戦を実行するつもりだな。
「マジカ……でいいのかな? マジカ?」
聞かれたおじさんは、困った顔をするばかり。どうやら見覚えがないみたいだ。
「あ、ありがとう……ムッツリ、ローラン、行くわよ」
「お、おう」「うん」
こりゃあ、難しい旅になりそうだ。
*
「なんか、全然質問しているという実感がわかないわね」
馬車が遠くなるまで、なんとなーく見ていると、久子がため息交じりにつぶやいた。
ほんと、その通りだ。
だって使った言葉二種類だよ? 会話と言えるかどうかもわからない。そりゃあ、実感もわかんわ。
あれ? じゃあ――
「あのさ。ローランって、僕達と話せる前までは、ここの言葉しゃべっていたんでしょ?」
「うん」
「物足りないとは思わなかったの?」
聞くと、ローランは少し考えてから言った。ちなみに飛んでいる。
「おもわなかった。とても、たのしかったときもあった。いまの、むっつりとひさこといるときぐらい、たのしいときもあった」
かわいい笑顔だ。
「そうなのか……」
やはり、異世界人には異世界人なりの意思疎通があるのだろう。ボディランゲージとか読心術とか。まだまだ分からないことだらけだ。
あと、僕達といるのが最高基準って考えてくれてるのがうれしいです!
「ま、そこは慣れだと思うわ。あ、そうそう知ってる? 虹ってさ、私たちは七色だと思うじゃない(両手で7)? でも、世界のどこかでは二色らしいわよ(片手で2)」
「えっ!」
何その手振り。いらな過ぎてびっくり!
「相変わらず、いいリアクションね(びしっと指さし)。まあ、私が言いたいのは、何もこの世界に限ったことじゃないってこと(人差し指でノンノン)。文化によって認識が違う。それは、地球でも同じ(大きい丸を両手で)。だから、ここも、地球のどこかって考えて、旅行に来た気分で行きましょう!(拳上げ)……うまくまとまったわね」
「にじ?」
あ。全然まとまってない。どうやら、ローランは虹を知らないようだ。空を飛んだまま首をかしげている。
そう。これこそが萌えのニュージャンル。この、『空を飛びながら首を傾げ萌え』っていうのは、世界に通用する! ……いや、しません。
「見たことないの? でも、雨は降るんでしょ?」
久子が(両手を振りながら少しずつ下に下げて)ローランに聞く。
そう、確かに、ここでは雨が降る。最近こそ晴れているが、僕が来てからも、一度だけ雨が降ったことがある。その時の囚人の仕事は、中が空洞になっている植物の入れ物を、様々なところに配置して――というような、まあまあきついほうの仕事だったのを覚えている。
「うん。でも、みたことない」
「そうなの……。でも、それってとってもきれいなのよ。いつか見れるといいわね」
「ちきゅうにいったらみえるの?」
「「えっ――」」
突然の問いに、僕まで反応してしまった。
なぜかと言われれば、まだ、はっきりとはわからない。どうして、そんな些細な質問で、こんなにも動揺してしまったんだろうと、自分でも不思議に思うくらいだ。……ただ、今まで心の隅で思っていたことを、急に表に出されてしまったような、そんな気味の悪さがなかったわけでもない。
別れ。
久子はどうか知らないが、僕の場合はそれだ。
今の僕たちは、可能性こそ低いものの、地球に帰ることを目指している。そして、万が一その願いが実現されたら――なんて事が、一瞬で僕の頭を駆け巡った。
その時、自分はどうするだろう。
考えてみても、すぐに答えは出てこなかった。
「あっ、見て! 町だわ(びしっと指さし)!」
考えに耽っていたところで、久子が大声を上げた。話がすすむ前にごまかしたのだろう。
でも、言っていることは嘘ではない。
いま、峠を上り切った。高さ的には山の頂上まではいかないものの、目の前に広がる風景は、それを実感させるのには十分であった。
というか――
町にしてはデカくないか?これ。
次は、ルーカス王国編になります。
時には楽しんで、時には真剣に書いていきたいと思います。