その歩みは一人ではなく
書きたいイメージが微睡みの中スパーキングして化学反応を起こした。そう、これはデスティニー。
(※訳:構想練ってたら妄想が酷くなったので一度吐き出した。ユーザ名別だし大丈夫だよね?)
いつから此処にいたか定かではない。
白い世界と灰色の世界。無限にただ横たわる闇を恐れて彷徨って。消えてしまえばいい。そんな絶望に彩られた世界。
私は普通じゃなかった。それだけの理由。
数多の世界を渡った。世界の敵。災厄の体現である私は死を以って償うべきなのだろう。
確たる理由もなしに。
――よし、倒したぞ! 勝ったんだ! 俺達は。
あるときは英雄に討たれ。
――悪は滅んだ。これから新しい世界がはじまるんだ。
あるときは数多の連合国に破れ。
――災厄を止めた! これで世界は救われる!
現象となった私は自身と引き換えに安寧を齎し。
――忌々しい魔女め。だがこれで終わりだ。
無辜たる民の嘆きの中、罪なき聖火に焼べられた贄。
敵。悪。異形。あってはならぬもの。否定された存在。
そうして私は死に続けた。
時は巡る。私の主観の中だけで。
永きに渡る意識の放浪の末、いつしか感情と呼ばれるものは摩耗し、喪われていった。
概念として、広義の意味で敵対するもの。乗り越えるべき壁。
私が担った各世界の《敵》。おそらくそれは種としての本能に駆り立てられて行動したのだろう。
害そうという意図もなく。破滅を願う悪意もなく。それはただ当然の帰結として悪役を任じた。
誰かは言った。
――あれは理解できない存在なのだと。
私はその時気づいた。もしかして私は理解されようとしているのではないかと。《敵》であるという、世界にとって打倒されるべき存在。そんな存在が愛されるなど、有り得ない出来事を空想しながら、私は今日も消滅を繰り返す。
◇ ◇ ◇
良く分からないものに出会った。
どうやらそれは私に興味を抱いたらしい。世界の敵。それってとても素敵じゃないか? そんなことを飄々とした態度で笑いながら。
聞くところによれば、彼は世界を滅ぼす兵器を開発しているらしい。理由を聞けば、
「浪漫だろう? それに僕は中途半端なものは創りたくない。核兵器なんかナンセンスの極みさ。そんなものでは滅ぼしたとは言わない。完膚なきまでに概念としてその存在を永遠に撃滅する。これが僕の考える最終兵器なんだなこれが」
それについて君は最高だね、と彼は言う。だって絶望、破滅、虚無でない崩壊の因子なんて素敵すぎる! 世界は永遠に滅び続けるんだよ。あたかも重力の極点に囚われた光子のように、と。
それは初めての肯定だった。驚愕を口にすると、彼はへらりと哂いながら答える。
「人は潜在的に滅びの因子を持っている。アポカリプス。タナトス。メメント・モリ。死を負の意味で捉える人間は多々おれど、死に美学を感じるものもまた少なくない。だってドラマチックなんだ。滅びは」
まるで舞台の名優が如く、両の腕を広げ天を仰ぐ。謡うかのようなその所作はとても大げさで、そのことを指摘すると真面目に巫山戯ているのさ、と彼は嘯いた。
「君は僕が狂っていると思うかい? 破滅を願うなど、破綻した気狂いか遺伝子の狂った出来損ないであると」
どちらにしても狂気は変わらないのですね、と答えると、それはもちろん、と彼は誇らしげに胸を張る。
「人は須らく狂っているべきなんだ。正気などというものは同調圧力にすぎない。集合意識など唾棄すべき所業だ。僕が僕であるためには常に異端という名の孤独を抱き続けなければならない」
異端という名の孤独。それは私が数多の世界で経験した出来事だ。力の強いものが世界を支配する。それは武力でもあるし、技術であるし、思想でもある。
結局のところ、本当の意味で支配するに足るものは大多数を巻き込み肥大化した多数派でしかない。それは経験として実感した思考だった。
正義はかならず勝つ。これに矛盾はない。なくしてしまえるのが個ではなく集団の強みであり実態である。
狂気を肯定した、世界の《敵》を目指す彼は続ける。
「死に抗う。戦う。どうしようもない壁を乗り越える。それによって得られる途方も無い達成感。これらは人間の本能と言ってもいいね。そうやって人は進化してきた。
感動を覚えるのはそれが最も人として美しい姿だからだ。実際の死に際なんか汚くて見ちゃいられないだろうが、それでも人は美化して生きていく。いずれ自身がたどり着くその場所が、最悪だって思いたくないからね」
そして、と彼は指を立てて私に愉快げな表情を見せた。
未だ未知の感覚に、摩耗したはずの心が浮き立つのを覚える。ああ、今私は楽しんでいる。この上なく楽しんでいる。
それで、何なのですか。私は尋ねる。勿体振るような様子すら独特のリズムとなって二人を軽快な心持ちへと導いていく。
ああ、きっとこの世界が滅びるのは彼と別れた瞬間に違いない。滅びを望む彼が最後の防波堤となる、等という事態はなんとも滑稽で痛快ではないか。
互いに口の端が吊り上がるのを認識する。視線が絡みあい、ほんとうの意味で、深く繋がり合っていることを言わずとも理解する。
引っ張りに引っ張ったご高説も、やがて終わりを迎えた。
「逆に。それらを受け入れることもまた美しい姿として映るのはなぜか。そこには死をあらゆる意味で肯定していると言う前提がある。酸いも甘いも知り尽くし、抗うことなく死を《選ぶ》。そういう人は強い。理屈でなく、強いんだ。だって死を覚悟した人に恐れるものなんてなにもないから。その時人は個からもっと大きいものに移り変わる。
集合意識なんて脆弱なものではない。それが何かはわからないけれど、きっと誰もが畏怖し、ある意味憧れるものなんだ。具体的にって言われると、ちょっと返答に困るのだけれどね」
彼の言は新鮮だった。こんな私でも存在していいのだろうか、と僅かな期待混じりに尋ねれば、
「君がいなかったら僕の目的は達成できないじゃないか。まあ君じゃなくてもそれっぽい存在はあるのだろうけど、せっかく知り合えたんだ。
うん、僕は今から君のために開発を進めようと思う。それで、最初の終わり。滅びの始まりは君に見届けてほしい。そして、最初に願われた全ての終わり、発端である僕を君に刻みつけてほしい。僕はきっと君に焦がれているから。月並みな発言で恐縮だが。世界を敵に回しても、僕は君が欲しい」
等と宣った。それは紛れもないプロポーズ。驚きと喜びで言葉が出ない。打ち震え、硬直した私に、彼は照れくさそうに頬を掻きながら、
「な、なにか言ってほしいものだね。応えないのが君なのかもしれないが、無言というのは恥ずかしいじゃないか」
そういった彼は、これまで出会ったどんな正義よりも人間らしく思えた。
◇ ◇ ◇
それからは二人での共同作業。私はこれまで渡り歩いた世界の知識を彼とともに紐解いた。私でも思いもよらなかった世界の流れ。生きる人々の意図。営み。
視界が開けるようだった。私の見ていた景色は一部分でしかなかった。それがたまらなく嬉しい。それらを用いて滅びを語るさまは、きっと私にしか理解できないに違いない。
唯一無二のパートナーを得られて得られた幸せは、かつて世界を巡り歩いた英雄たちに対し羨ましいだろう、と優越感を感じられるほど。それほどまでに私は満たされていたのだ。
幾年。幾十年。瞬きに似た速度が永遠に近い密度を持って年月は経ち、世界を滅ぼす兵器が完成する前に、彼の存在が滅ぼうとしていた。
かつての覇気はもう見られない。老いさらばえ、腕を上げることもできない、醜く斑点の浮き出た骨ばった肢体。
それでも目だけはその輝きを喪ってはいなかった。
「なあ、僕は間に合わなかったよ。約束したのにすまなかった。結局使い潰したのはこの身一つというわけだ。機械仕掛けの神――舞台を強制的に終わらせるこれが完全に至らなかったのは痛恨の極みだが。なあ、君に頼みがある。なに、これが最初で最後の願いだ。ちょっとぐらい聞いてくれたってバチは当たらないだろう」
彼は兵器を起動させた。銃の引き金に似たそれは、羽のような軽さでトリガを引ける。強い意志と、願う方向が一致した時に。
形を保っていたそれはやがてバラバラに――この世界の概念そのものとなって溶けてみえなくなってしまった。
「僕の兵器が世界を滅ぼすのは当然の結果さ。まあイレギュラーが起こればその限りではないけれど。だから君の役目ももう終わりに出来るんだ。あとはあれがうまいことやってくれるだろうさ」
それでね。と彼はにやりと微笑う。もう死は近い。
「君に頼みたいことというのは他でもない。このまま自然に死ぬなど僕の柄じゃない。だから言うよ。僕は君に│滅び《キス》を与えて欲しい。やはり理不尽なまでに圧倒され奪いつくされるのが僕の死に様だと思うんだ」
もはや彼は言葉を発することもできないようだった。ならば、と私はその唇に口を近づけると、優しく食むように啄んだ。
最後の瞬間はとても安らかな表情であったのを今でも覚えている。
◇ ◇ ◇
もう幾度と無く世界を繰り返しただろう。あれから私の周囲でも多くの変化があった。絶対的な滅びからわずかばかりゆるやかに。死は絶対的な価値観ではあるが、絶対的な絶望ではない。それどころか希望すら抱けるのだと。
あれから成長できていればいい、と私は思う。
今度の私の《敵》は勇者である。聖剣と世界の命運を背負った、まあよくありそうな感じのやつである。
不意に気まぐれが起きた。惑わせるというのもまた一興というものだろう。あれから私はユーモアというものを学んだ。はずだ。対象が彼というのがなんとも不安要素であるが。
魔王である私はふてぶてしく尊大に玉座に座して正義を待つ。四天王とやらがやられたのでもう間もなくだろう。
あれからどんな言葉をかけてやろうか考えていた。そう、王道には王道が相応しい。そんな気がする。
王の間が重々しい音とともにゆっくりと開かれた。その先に一つの人影が立っている。
確かな足取りとともに、玉座へと勇者が向かってきた。若者だ。剣を持つ姿が不思議と様になっていない。変わった勇者だ。
にやりと口の端を持ち上げて私は問いかける。
「よくぞ来た勇者よ! わしが王のなかの王 魔王である。わしは待っておった。そなたのような若者があらわれることを。もしわしの味方になれば世界の半分をお主にやろう。どうじゃ?わしの味方になるか?」
彼はにやり、と笑みを浮かべる。どこか懐かしい雰囲気のそれ。
視線が物語る。気づいたな、と。
ばっと両腕を広げ、高らかに彼は叫ぶ。愉快に、尊大に、高慢に、そして最大限の親しみと愛情をもって。
「半分と言わずいくらでも! 今度こそ始めようじゃないか。三千世界に轟く終焉を。そうとも、僕こそが君の味方だ!」
彼は聖剣を放り出すと、引き金を手に携えた。
機械仕掛けの咆哮が、世界の終わりと始まりを告げる。
そして幕は降りた。語り部を欠いた今、物語るものはもはや何処にもなく。
そしてこれ以上は蛇足というものだろう。
唯一つ言えることはと言えば、これはきっと希望に至る物語だということだ。