吸血鬼は月下で愛を知る
またまた大冒険して新たなジャンルに挑みました(汗)
どうか皆さん、温かい目で見守ってくださいm(_ _)m
私の種族は吸血鬼
名前も忘れた吸血鬼
森の奥地に住まう者
古城に独り住まう者
近くに暮らす人間たちは私がそばに寄ろうなら
一目散に走り去る
赤い瞳に銀の髪、どちらか見えれば逃げ出した
なぜなら私は吸血鬼
生き血を啜る吸血鬼
孤独を満たす術なんてとうの昔に諦めた
私はわが身を呪っていた
明日に命をつなぐため、血が必要な己の運命を
それでも人は襲わなかった
私の牙は彼らを邪悪に染めるから
代わりに森の動物が私にその血を分けてくれた
何度満月を見たのだろう
いつもと変わらぬ孤独な日々にそれは突然訪れた
月が大きいある日の晩に散歩の途中で訪れた
立派な身なりの男が一人地面にばったり倒れていた
周囲を獣に囲まれて…
この時私が動いた理由は分からない
あえて言うなら彼の命を救うため?
でもその一言では表せない
私は獣を追い払い慌てて男を抱き起こす
傷は少々深くはあるが確かな鼓動が感じれた
そして生気の薄れたその顔に私は何かを感じていた
精緻な彼の横顔に何かが芽生えた瞬間だった
私は彼を城まで運んで手当した
私は彼の目覚めを待った
ベッドで眠る綺麗な顔の青年の
内なる気持ちを確かめるため
孤独の隙間を埋めるため
彼が私の噂を知らぬなら話ぐらいは出来るだろうか
彼にそんな願いを託すよう
彼の髪をなでながら
時が過ぎて夜が明けた
どこにいるのか分からない鶏たちが朝を告げる
窓から差し込む陽光が彼を夢から覚めさせた
ゆっくり開いたその瞳は辺りをくまなく見渡した
そして傍らにいた私のもとで視線は止まる
覚悟はしているはずだった
それでも彼の両眼が、見開かれると落胆した
やはり彼も知っている、私が邪悪な悪魔だと
悲鳴が聞こえるその前に、部屋の外に出てしまおう
しかし思いもよらぬ一言が
扉に向かう私の歩みをぴたりと止めた
ありがとう、の一言が
私は我が身を疑った
そんな言葉はこの100年、一度たりとも言われたことがなかったからだ
確かめるようにゆっくりと
首をまわして彼を見る
彼は起き上って頭を垂れた
今度は我が目を疑った
そんな仕草はこの100年、一度たりともされたことがなかったからだ
まぶたの裏が熱くなる
気づけば私は泣いていた
その場で崩れて泣いていた
驚きながらも背中にその手をまわしてくれた
彼の優しいその行為に私の涙は加速する
私は心にしまった身の上を吐きだすように語りだす
それを黙って彼は聞いてくれた
涙が枯れるその時まで私の背中をなでてくれた
私は知った
これが愛の温もりだと
その温もりは冷たい過去を溶かしてくれた
まるで私が憧れつつも恐れている
空に輝く太陽のように
彼は隣国の王子だった
部下を引き連れこの地に出向いた
この森に棲む残酷な悪魔の伝説を
自らの目で確かめるため
しかし途中で賊に遭い
命からがら切り抜けるも
仲間を失い手傷を負って、遂にあの場で力尽きた
そこを私が助けたようだ
彼は私の話を聞いた後
村人たちを憤慨した
被害も無いのに騒ぐ輩は愚かだと
そしてそれを信じた自分は更に愚かだと
許してほしいとそう言って私に対して頭を下げた
それから彼は自身の傷が癒えるまで
私の城に留まった
きっと奇跡が起こっていたのだ
彼は私を綺麗だと褒めてくれた
蝋より白いこの肌を
皆が恐れる銀髪も
皆が疎むこの瞳すら
私にとっては幸せすぎる毎日は矢よりも速く駆け抜けた
月が綺麗なある晩に
彼は戻らなくてはいけないと、私に切なく呟いた
出会いがあれば別れもある
自分にそれを言い聞かせ、城の門まで歩いていった
ところが俯き肩を落とす私に
彼は去り際、こう言った
必ず迎えに来るからと
それまで自分を待っていて欲しいと
そして私を抱きしめた
それは一瞬とも永遠とも取れる時間だった
彼の腕に支えられ私は一つ確信する
彼の言葉に嘘は無い、彼は必ずやってくる
私は待ったいつまでも
枯れ葉が落ちて雪が降り
花が咲いて緑が溢れた
季節が何度も廻ったがそれでも彼を待ち続けた
彼がそうしてくれたのか
村人たちは私を見ても騒がなくなっていた
それでも彼らは私と目だけは合わせなかった
数えきれない満月を独りで眺めて待っていた
幾つもの夜を経て
あの夜にも負けないくらいに大きな月が出ていた夜に
門扉を叩く音がした
私の心は舞い上がる
遂に彼が来たのだと!
しかし浮かれる気持ちで扉を開けると
そこには見知らぬ顔の男が一人何かを抱えて立っていた
男は黙々と語りだす
自分は王子の使いでここに来ましたと
亡くなった陛下の遺言を貴女に届に来ましたと
そして黙々と手にした紙を読み上げた
明日の朝にお迎えに上がります
最後に彼はそう言って一礼すると
私に紙片を託して立ち去った
私は震える両手で封をきり
手紙の中身を確かめた
これが貴女に届く頃、私はこの世にいないだろう
私は貴女に詫びねばならない
貴女に告げることもなく勝手に死んでしまったことを
約束一つ守れぬままに貴女を残して消え去ることを
優しい貴女を悲しませることを
そして私は悔やんでいる
折角貴女が助けてくれたこの命を病ごときに散らしてしまう自分の弱さを
貴女に生きて会えないことを
貴女に恩を返せぬことを
同時に感謝をしてもいる
貴女に出会えたあの夜に
貴女と過ごしたあの日々に
最後に一つ願うなら私の葬儀に来てほしい
そして私に触れて欲しい
この世に残した残骸が貴女の優しい温もりを
私のもとへ送ってくれることを願って
さようなら、愛しき人よ、本当にありがとう
心の底から愛している
最後の行は震えていて何度も何度も読み返した
それは自分の震えによるものか文字のせいかは分からなかった
全てを読んだその瞬間
私は悲鳴を遠くで聴いた
それが自身の喉からだと気づく余裕も失って
視界を遮るその水は
いままで流したどんなものとも違っていた
地面を握るその拳が
森の一部を破壊した
投げ出されたその脚が
そこに棲む数多の獣の生命を刈り取るように奪い去る
胸に迫る感情に理性を失い
流れる雫もそのままに
私は視界が霞むまで目につくものを破壊した
涙も枯れた次の朝
拓けた森のただ中で
森の民を弔って
私は遂に決意した
彼の葬儀に行かなくては
最後の別れを言うために
私の城の門前には昨夜の男とその従者が馬車を率いてやってきた
彼らは昨夜と違う情景に思わずその目を瞬いた
それでも私の存在に、気づくとともに会釈する
私は馬車に乗り込んで
生まれて初めて森を出た
途中の景色は覚えていない
心を絞める激情を抑えることに精一杯で
気づけば立派な城の中
大きな広間へ通された
豪奢な作りの大聖堂
そこには棺がただ一つ、静かに横たえられていた
私は亡者のようにふらふらと
その棺へと駆け寄った
そして私はこの目に映す
花に周囲を囲まれた、彼の精緻な横顔を
眠るように閉じられた、三日月型のその瞼を
忘れもしない彼だった
初めて会ったときに見た
あの安らかな横顔だった
不思議と涙は出てこない
代わりに周囲の全てが閉じられた
怪訝そうな顔をする、賢しそうな大臣も
本来ならばわが身を焦がす十字架さえも
私の前には彼だけが存在した
私は無意識にかがみ込む
まるで何かに浮かされたように
最初からこうするつもりだったかのように
彼を囲む花束を、優しくそっと払いのけ
服から覗いた首筋に自分の牙を突き立てた
その瞬間に棺が大きくがたんと揺れた
それはまるであの朝のように
閉じられた瞼がゆっくり開く
そして辺りを見渡して最後に私に視線を止めた
それから彼はこう言った
ありがとう、の一言を
終わりです。
い、いかがでしたか…?
他の作品と180度視点を変えて書きました。
とにかく不安なんで感想待ってまーす…