第8章:悪魔VS小悪魔
【SIDE:桐原梨紅】
私の敵はここにいた。
彼女の名前は日野美鶴。
私の好きな大河先生のお姉さんだ。
この私をからかって楽しむ姿はまさに悪魔そのもの。
どうにかひと泡吹かせてやりたい気持ちがあるけど、無理そうだと諦めた。
この人に逆らうとひどい目にあわされそう。
彼女に危機感を抱きながら私は彼らの家にたどり着く。
私の家からそれほど離れていない位置にあるマンションだ。
2LDK……ふたりで住むには良い広さね。
ここで先生と美鶴さんはふたり暮らししているらしい。
話に聞けば去年までは別のマンションで独り暮らししていた美鶴さんが、先生がこちらに来たので同居する形でふたり暮らしし始めたらしい。
私に姉妹はいないのでよく分からないけど、大抵、そのぐらいの年だと自由を求めて独り暮らしをするはずでしょう?
わざわざ同じ場所で住む程、仲がいいってことなのかしら。
「梨紅ちゃんはその辺に座っていていいわ。大河、たまには手伝いしなさい」
「うげっ。俺は嫌だぞ、包丁ってのは嫌いなんだ」
「グダグダ言わずに手伝いなさい」
文句を言う先生を黙らせて、キッチンで材料を袋から取り出す美鶴さん。
私は彼女の本質を見極めたくて自分からある提案をする。
「あの、私が手伝いましょうか?こう見えても料理は得意なので」
「そう?悪いわね。それじゃ、大河は邪魔だから向こうにいきなさい」
「……俺の扱い悪すぎじゃない?」
今度は軽くへこんで大河先生はリビングへと去っていく。
うーん、実弟にも容赦がないっていうの。
その態度がいつもだとしたら、大河先生のヘタレっぷりは彼女の影響のせいかも。
本日の夕食はビーフカレー。
私はジャガイモの皮をむきながら美鶴さんに話しかける。
「大河先生とはいつもこんな感じなんですか?」
「そうね。昔からこういう立場関係よ。私には逆らわせない。これが基本ね」
……どこの姉弟の基本なんだろう。
私の考えが読めたのか苦笑しながら彼女は言うんだ。
「言っておくけど、ウザいとか思ってはいないわよ。ああ見えても、私なりに弟の事は大切にしているつもりだから」
「……へぇ、そうなんですか」
全然、そうは見えないのは目の錯覚じゃないわ。
どう見ても普通の姉弟の扱いではない。
「梨紅さんは兄弟はいるの?」
「いえ、一人っ子です。姉か妹くらいは欲しかったんですけどね」
姉妹を羨ましいと思う気持ちが私にはある。
「私には妹もいるけど、妹って可愛いものよ。姉を慕ってくれる良い子ならね」
「……本当にうちの妹は姉に似ず、いい子だよな。癒しキャラだぞ」
いつの間にか背後に戻ってきていた先生が深い溜息と共に言う。
明らかな美鶴さんへの挑発、静かな声で威圧しながら彼女は告げる。
「大河、何か言ったかしら?この世界から消えたい?」
「な、何でもないっす。ただの偵察なんでさっさと戻ります」
慌てて逃げるようにリビングへ戻る先生。
いつもこういう日常なら楽しいというか大変そうだ。
「ホント、大河って生意気な弟よ。梨紅さんも大変でしょう?」
「私にとってはいい先生だと思いますよ」
私が一方的に一目ぼれしているのもあるけど、先生としてはいい人だと思う。
遊ぶ時は遊ぶけど、基本的には真面目だもの。
先生のおかげで苦手な数学も理解し始めてきた。
私はジャガイモの皮をむき終えると、カレーを美鶴さんに任せてサラダ作りに入る。
今日のサラダはカレーによく合うヨーグルトサラダ。
乳製品とカレーの相性はいいし、カレーの辛味をヨーグルトが消してくれる。
私はキュウリとレタスに塩を振りかけて軽く水分をとばす。
あとは包丁で切り刻みながら、ヨーグルトと合わせて混ぜていく。
最後にマヨネーズを少量を加えれば完成。
「手際がいいわね。梨紅さんってお料理上手なんだ」
「好きなんですよ、料理するのは……。美鶴さんも料理するんですか?」
「……まぁね。うちって、両親が忙しかったから小さい頃からしていたもの」
私よりも断然、料理の腕前がいい美鶴さんは仕上げにカレールーをいれてから、カレーの鍋をかき混ぜている。
「大河と暮らしているけど、一緒に食事するのは土日くらいなのよ。私も彼も互いにバイトがあったりして時間ないから」
「美鶴さんのバイトって……?」
「私も家庭教師。というか、私の方が先にしていて、彼を紹介したってわけ」
……となると、彼女がいなければ私と先生は出会う事もなかった。
むむっ、何やら彼女に恩義みたいなものを感じてしまう。
スーパーでの仕返しをしたいんだけど、話して見ると普通にいい人なので困る。
「梨紅さんは大河が好きなのよね?」
「……なっ!?」
褒めた途端にいきなりストレートボールを放り投げて来る。
「あら、違った?弟を見る目がやけに可愛らしいからそうだと思ったんだけど」
だから、私をからかったのだと美鶴さんは言う。
「まぁ、好きなら好きで良いと思うのよ。ただ、あの子趣味と違うから……」
「先生の趣味って?」
「完全な年上趣味ね。何の影響か知らないけど、好きになる女って基本的にお姉さん系と言うか……結局、胸の大きい子が好きってことかしら」
ふーん、ホントに巨乳趣味なんだ、先生……。
自分にないものなのでものすごく悔しいです。
まだ成長途中だもの、これからきっと大きくなるからいい。
私は内心、拗ねながら先輩の元カノについて尋ねる。
「大河に交際相手……?」
「そうです。いたんですよね?」
「交際相手……交際相手……」
何やら考え込んでしまう美鶴さん。
ほら、やっぱり嘘だったんだ。
見え透いてた嘘で、分かっていたけどね。
大河先生がついた恋人がいたなんて嘘は……。
「あの子かしら?私も一度くらいしか見た事はなかったんだけど」
「先生に恋人がいるはずないって……え?」
「確か、大学の友達か誰かでものすごく可愛い子と一時期、仲が良かった子がいたのよ。その子と付き合っていたのかもしれないわ。趣味の年上そうには見えなかったから、恋人じゃないと思ってたけど、言われてみれば仲良かったのはあの子くらいだもの。そっか、大河はあの子と付き合っていたのね」
大河先生ってホントに恋人がいたっていうの?
嫌だ、それはものすごく嫌だ。
「まぁ、半年も前の事だし貴方が気にすることじゃ……梨紅さん?」
「な、何でもないです。大丈夫です」
ガックリと落ち込みながら私は肩を落としていた。
先生にそんな人、いないって信じていたのに。
あのヘタレっぷりに女の子がいるはずないって、嘘だって思ってたのに。
「大河に聞いて見れば?きっと、教えてくれるはずだから」
微笑しながら言う美鶴さん、私にとっては笑い話ではない。
夕食は3人でカレーを食べながら他愛ない話で盛り上がる。
料理上手の美鶴さん特製カレーは程良い辛さで美味しかった。
いつもと違う食事風景、こういうのもいいなぁって思ったりする。
美鶴さんは結構いい人らしくて、「私は梨紅さんの味方よ」とメアドを交換し合う。
先生が好きだっていうのはバレてるらしくて、もう認めることにした。
「そう言う事なら私も貴方に協力するわ」
彼女が協力的になってくれたおかげで、私としては先生攻略がしやすくなる。
食後は大河先生が後片付けをしている間、私達はこっそりと先生の部屋に入る。
過去の恋人に関する物的証拠を探すためだ。
「勝手に先生の部屋に入ってもいいんですか?」
「別に大層なものはないわよ。あってエロい本とかDVDくらいなもの」
それはそれで見つけたくない。
男の子ってホントにベッドの下に隠しているものなの?
私はこっそりとのぞいてみるけど、何もない。
「……さぁて、確かこの辺にアルバムの類をおいていたような」
美鶴さんが本棚付近を調べているので私は机付近を捜索。
「あぅ……」
そして、机の上に怪しい雑誌を見つけて赤面する私。
だ、ダメなんだから、こんなモノばかり読んでちゃ……ちっ、やっぱり巨乳か。
私はそれを不満気に放り投げて視線をそらす。
いつか覚えてなさいよ、先生。
すると、何かを見つけたらしい美鶴さんが「あったわよ」と言う。
彼女が取りだしたのは手帳のようなもの、中には一枚の写真が入ってた。
「……お、女の子?」
めっちゃくちゃ可愛い女の子に大河先生が抱きつかれて照れ笑いを浮かべている。
甘えるようなしぐさの彼女、間違いない。
今度こそ、本当の先生の恋人だ、元カノだと思うけど……本当にいた。
美鶴さんは「確かこの子ねぇ。名前までは分からないわ」と認めた。
「その写真、あとで大河に見せつけて尋ねてみればいいわ」
「でも、勝手に持っていくのは悪いんじゃ……」
「いいわよ、それくらい。あとで返せばいいんだから」
と、言って私に手渡してくれる。
それを受け取りながら私はよく写真に写る彼女を眺める。
穏やかで可愛い美少女、これが先生の元カノさんなんだ。
「……さて、大河が気づく前に部屋を撤退しましょう」
私はその写真を持ちながら部屋を去ることにする。
その写真が思わぬ騒動を巻き起こすなんて……。