最終章:悪魔の心は誰のもの?
【SIDE:日野美鶴】
私と蔵之介クンが付き合いだして1ヵ月。
私は自分の家のキッチンで料理をしている最中だ。
「ねぇ、蔵之介クンは好き嫌いはあったっけ?」
「そうですね。辛いものが苦手ということ以外はたいしてありません」
「うん。分かった。気をつけるね」
「美鶴先輩の料理は美味しいので、なんでも好きですよ」
「ありがとう。そう言ってくれると私もうれしい」
好きな人に料理を作るのって、弟に料理を作るのとはまた違う。
和風なものが好きだから、料理も和風中心になる。
蔵之介クンとこうして夕食を一緒にするのも慣れ始めていた。
「そう言えば、先輩もたまにはサークルの方に顔を出してくれって言ってましたよ」
「ホント?それじゃ、また遊びに行こうかな」
蔵之介クンにはサークル活動があり、私も家庭教師のアルバイトがある。
週に数回程度時間があう時はこうして一緒の時間を楽しんでいる。
ホントは私が彼の家に作りに行きたいんだけど、彼が気を使って、こうして私の家にきてくれるんだよね。
リビングで彼は大学の課題の勉強をしていた。
「美鶴先輩、辞書をかりますよ」
「うん。今日は何のレポートなの?」
「倫理学ですね。安西教授の講義のレポートです」
「それなら、私の部屋に前に使ったノートがあるわ。参考程度になるとは思うから。あの教授、ちょっと面倒なレポートを出させるもの。部屋のいつもの場所にあるから」
彼は「見せてもらいますね」と私の部屋からノートを持ってくる。
自室に恋人を入れるという緊張感も最近は慣れてきた。
最初はものすごく彼も私もドキドキしていたけど。
「……あら?大河からだ」
ふと、携帯が鳴って電話にでると弟の大河からだった。
『あっ、姉ちゃん?俺、俺。今日は梨紅ちゃんのところでお泊りすることになったから』
「……まさか、中学生に手を出す気?」
『違うっての!?梨紅ちゃんの両親が泊りがけで出かけるって言うからさ。彼女の母親にも頼まれたんだ。たまにあるだろ。変なことをするわけじゃない』
梨紅さんのお母さんもずいぶんと大河を信頼しているみたい。
あの子を信頼していいのかしらね。
「……犯罪者にならないことを祈るわ、姉として」
『はいはい。しませんって。そういや、姉ちゃんも蔵之介と一緒か?』
「そうだけど?それが何か?」
すると電話越しに大河は笑いながら私に言った。
『だったら、姉さんも蔵之介にお泊まりしてもらえば?』
「なっ。何をバカなことを言ってるのよ!?」
『冗談だってば。でも、あいつはいいやつだけど、男でもあるからなぁ。いやいや、姉ちゃんも気は強いが押しに弱いタイプだ。どうなることかねぇ?』
なんてことを言うのかしら。
蔵之介クンと、そんな……ハッ、変なことを考えちゃダメ!?
こ、これは大河の罠なんだから余計なことは考えちゃダメなの。
……少しだけ変なことを想像した自分が嫌いだ。
『まぁ、そういうことだから後はお好きにどうぞ。それじゃ』
大河にからかわれて、私は少しドキッとしてしまった。
まったく、姉をからかうなんて。
……帰ってきたらお仕置きしてやる。
「大河さんからの電話ですか?」
「あっ、うん……」
部屋から出てきた彼はノートを片手に不思議そうに私に言う。
「先輩、顔が赤いようですけれど、何かありました」
「え?う、ううん。なんでもないわ。ノートは見つかった?」
「えぇ。すぐに見つかりました。美鶴先輩は几帳面ですよね。整理整頓された部屋ですから。綺麗好きなんですか?」
黒い悪魔(ゴ●ブリ)が嫌いなので部屋の掃除はこまめにしている。
時々、大河の部屋も掃除してあげるけど、あの子の部屋は魔の巣窟でいろんなものがでてくるのよね……恋人の梨紅さんがいるのに。
男の子らしいといえばそうだけど……蔵之介クンも?
「そうかも。今度、蔵之介クンの部屋も掃除してあげよっか?」
「……い、いえ、僕の部屋はいいですよ」
怪しい……?
でも、恋人を怪しむのはよくないわよね。
「んー。別に遠慮しなくていいのに。男のプライベートは大河で慣れてるし」
特に変な本やDVDが出てきても怒るつもりはない。
蔵之介クンの場合は真面目な感じだけど、その辺は気になる。
「別に何か怪しいものを隠しているわけではないんですが」
「それならいいじゃない?」
「あ、あはは……そうなんですけど」
彼は苦笑いを浮かべている。
まぁ、プライベートな空間はいじられたくないのかも?
誰にでも触れらたくないことってあるし、深くは追及しない方がいい。
「それよりも、お鍋の方がわいてますよ」
「あっ、忘れてた。もうすぐできるから待っていて。掃除の件は考えておいてね?」
「……はい。分かりました」
恥ずかしそうにうなずく彼に私は内心、可愛いなって思えたの。
蔵之介クンってそういう素直な反応をするから私は好きだ。
私は再び料理に集中して、夕食を作ることにした。
食後になって、私たちはレンタルビデオ店で借りてきた映画のDVDを一緒に見ていた。
ソファーで私は彼の肩に寄り添う形で身を預けている。
……恋人に甘えるというのはすごく気が楽になる。
心も満たされるし、何よりも幸せな気持ちになれるから好き。
「こうしてテレビで映画を見るのもいいけれど、映画館にも行きたいわね」
「いいですね。今度、一緒に行きます?」
「うん。私、みたい映画があるの。一緒に行きましょう」
蔵之介クンがそっと私の髪を撫でる。
「……んっ、くすぐったい」
「美鶴先輩って撫でられるの好きですね」
「他人に甘えられることが好きなのかも。私って、弟と妹がいるから。誰かに甘えるのって中々なかったのよね……年下の蔵之介クンに甘えるのも悪いかな」
「僕はかまいませんよ。先輩のそういうところ、好きですから」
嫌みのない笑み。
彼の落ち着いた雰囲気がより私にとって甘えたくなる衝動にかられる。
見ていた映画はキスシーンに入っていた。
「映画のキスって……見ていると恥ずかしくなるわ」
「他人同士のキスをみせつけるということですから」
「……し、しないからね?」
一応、確認で言うと彼は微苦笑をする。
「美鶴先輩、照れると可愛いですよね。僕は先輩のそういうところも好きです」
「うぅ……」
蔵之介クンの方が私よりも年上みたいに感じるのはこの包容力かもしれない。
だからこそ、私も素の自分を彼に見せることができる。
彼と恋人になって、私は恋が楽しいことだと知った。
大河と梨紅さんの関係を見て、感じたことでもある。
「私ね、大河たちを見て恋人って楽しいのかなって思っていたの。あの子たちは幸せそうに見えたから。どこか羨ましかったのかもね」
蔵之介クンに出会うまで恋に興味がないと思っていた。
でも、違うんだと彼に出会って気付かされた。
私は誰かを好きになろうとしていなかっただけなんだって。
「僕も似たようなものかもしれません」
「私たちって似た者同士だから惹かれあったのかしら」
「きっかけとしてはそうかもしれませんが、今は惹かれるべくして惹かれたのだと感じています。好きですよ、美鶴先輩」
「私も好きよ」
想いを確認しあうだけでもいい。
この気持ち、大事にしたい。
「ねぇ、蔵之介クン……我がままを言ってもいいかしら?」
「はい。別にかまいませんが」
「実はね、今日……大河が帰ってこないから……――」
少しずつ、私たちの関係は前へと進んでいく。
恋愛の関係は思っていた以上に難しい。
いつかは私たちもすれ違ったりするのかもしれない。
だけど、私は蔵之介クンとの出会いを運命だと決めている。
出会い、恋をしたことが私たちの運命だって。
今という時間を彼と一緒に過ごしたい。
私はまだ彼に本当の自分を見せていない。
いつか見せる時がきても、きっと彼なら私を受け入れてくれる気がした。
ねぇ、蔵之介クン。知っている?
女の子って、男の子にしか見せない悪魔な顔があるのよ?
【 THE END 】
まさにタイトル詐欺。「悪魔な彼女」とタイトルをつけておきながら、悪魔度がグッとさがった美鶴さんの恋物語です。あの魔王っぷりはどこに消えた?蔵之介が大河並のヘタレさんなら、美鶴さんの魅力を引き出させたのかも。やっぱり、魔王っぷりを発揮してこその美鶴さんですよね……。というわけで、これで小悪魔彼女シリーズも完結です。楽しんでもらえたら幸いです。それでは。