第4章:天使or小悪魔?《後編》
【SIDE:日野大河】
梨紅ちゃんの参考書を選びに行くと言う名目のデートと化している。
友人との再会に危うく俺の様々な疑惑が暴露されそうになった。
それを乗り越えた今、俺達は駅ビル内をいろいろと見て回っている。
「ねぇ、大河先生。この服はどう?」
先ほどから彼女は洋服の試着を繰り返していた。
いつも通い慣れているお店らしく店員とも親しい様子。
中学生にしてはスタイルもいい彼女はモデルみたいにも見える。
まさにひとりファッションショーが続いている。
「……うん、可愛いと思うよ」
「また、それ?もっと反応してくれてもいいのに」
ホントに可愛いから言ってるのに、それも5回続くと彼女も不満そうだ。
俺に「どういうのが好み?」と尋ねて、試着している服は大人っぽくデニムのミニスカート姿が印象的だが、彼女の場合は背伸びしている子供らしくはない。
普通に大人っぽいからよく似合うんだよな。
これで年齢の問題さえなければこちらから告白してるっての。
それだけ彼女は魅力的だし、可愛いし、中学生じゃなければ言う事なしだ。
「先生、さっきから可愛いって言ってくれるのはいいけど、他に言う事はないの?」
俺の淡泊な回答に「つまらない」と彼女は愚痴る。
「先生、もう少し女の子を喜ばせる付き合い方した方がいいんじゃない?」
……すみませんねぇ、女性経験が全然なくて。
こういうの慣れていないんだよ、ちくしょー。
俺の人生経験で女の子とデートをした事は数えるほどしかないぜ。
「えっと、これとこれと、これを買うわ」
彼女は試着した洋服を幾つか購入するらしい。
さすがお金持ち(社長令嬢)だけあって値段も見ずに即購入だ。
俺は服を買う時、デザインよりも値段とお財布事情との交渉で悩む派です。
高い服を買う時って勇気がいるのが普通だろうに。
こういう展開の場合、俺は荷物持ちをするべきだろうか。
向こうから言われる前に荷物を持ってあげると梨紅ちゃんは微笑する。
「気が利いてる男の子っていいわよね。先生、さすがっ」
何だか褒められたのが嬉しいぞ。
梨紅ちゃんは時計を見ながら俺に言う。
「……そろそろお腹空かない、先生?」
「ん?もうそんな時間か?」
俺も時計を見るとちょうど12時過ぎだ。
お昼時と言う事で俺と梨紅ちゃんは昼食をとる事にする。
とは言っても、高級ランチなど到底無理なので、駅ビル地下にある洋食屋さんだ。
「こういう所で食事だけど大丈夫なのか?」
「私は別にそこまでお嬢さまじゃないわ。それに洋食は好きだから。何にしようかな」
メニューを選びながら考える梨紅ちゃん。
俺はたまにこの店に来るのでメニューを見なくても注文する品は決まっている。
この店特製の「オムライス」は絶品で月に1度は必ず食べに来ている。
半熟でとろとろの卵が上に乗っている、それがたまらなく美味しいのだ。
「大河先生のお勧めって何かあるの?」
「俺のお勧めはオムライスだな。この店のは美味しいぞ。マジで最高だ」
「オムライス?へぇ、そうなんだ。それじゃ、私もそれにしようっと」
俺達は同じオムライスを注文して来るのを待つ。
その間に俺はこちらから彼女に質問してみる事にした。
いつもは俺ばかり質問されているからな。
「そういや、梨紅ちゃんって彼氏とかいないのか?」
「彼氏がいたら先生とデートなんかしない。私の理想は年上の男性なの。同級生には興味もないって言ったでしょ。でも、全然出会いもなくて……ねぇ?」
何でこちらを見ながら「ねぇ?」と言うのでしょう。
その「ねぇ?」は俺も同じく出会いがないでしょう?の「ねぇ?」なのか。
それとも、「年上の男性って先生の事だよ」という好意の表れか。
……どちらも地雷のような気がするので深く考えないようにした。
人間、下手な地雷を踏むのは極力避けるべきなのです。
「恋人は欲しいけど妥協はしたくないんだ。ほら、恋愛って大事にしたいじゃない」
それは今時の子にしてはいい考えだな。
「大事にした方がいいぞ、恋愛って奴は」
「先生の初恋っていつぐらいだったの?」
「……まぁ、その話はおいといて」
「何でわざとらしく避けるの?笑わないから言ってみてよ」
俺の初恋話なんて面白みのひとつもありやしないっての。
誰でも過去の事で言いたくない事ってあるだろう。
俺は「教えてよ」と詰め寄る彼女に負けて話すことに。
「……中学生の時、友人の恋人を好きになり、告白して玉砕した。これでいいか?」
「奪略愛?先生って意外とチャレンジャーだね?」
「好きになったら真っすぐなタイプだからな」
それでも後先考えずに告白した昔の俺には呆れる。
友人との仲が悪くなることも最悪ありえたのにな。
でも、彼女もまんざらではなかったと俺的には思っていたがそれもまた青春だ。
彼女はツインテールに結んだ自分の髪をいじる仕草をする。
「……先生って愛に障害があった方が萌える方?」
「燃えるだろ。今、絶対言い方的に漢字が違ってたぞ」
「あははっ。冗談、冗談。先生に奪略愛する勇気があったことにびっくりしてたの」
「俺だってやる時はやる人間なんだ。人のモノに興味がわるわけじゃない。好きな子が恋人が既にいただけの話さ」
懐かしい頃の記憶だ、それも経験って言える事だろう。
告白して付き合えていたとしても、長くは続かなかったに違いない。
その後も恋愛運はなくて敗北続き、人生の告白した通算成績0勝9敗。
あと一敗で二桁突入しそうなので今は慎重になっているところだ。
「結局、俺って女の子からするといい友達どまりなんだよな。どんな相手でもさ」
「それは分かる気がするなぁ。先生の持ち味っていうか、存在の良さ。居心地いいし、優しいけど、本命になれない感じ。あっ、私は先生の事は本命としていいと思ってるから心配しないで」
非常に危ない話題は無視だ、気があるの?とか反応したら負けです。
彼女はわざと無視したことにご不満で意地悪くあの話題に触れた。
「それなら、前に恋人がいるって言ってた人はどこで知り合ったの?気の強いお姉さんだったんでしょ?友達の壁をどう越えたわけ?いい友達じゃないってことは何かあったんでしょ?」
つい、うっかり地雷を踏んでしまいました。
マズイ、嘘をついた事を自分で掘り返してどうする。
嘘を重ねる事は地味に大変なんだ、嘘をつきなれていない俺は到底、詐欺師になれそうにない。
どうする、どうすればいい……どう誤魔化せばいいんだぁ!?
「――お待たせしました、オムライスです」
俺のピンチを救うように空気を読んでくれた店員が、美味そうなケチャップの匂いのするオムライスを運んできてくれた。
今日も素晴らしく卵の色合いがいい、俺一押しのオムライスだ。
「おおっ、オムライスがきたぞ、食べようじゃないか」
「……先生の恋人の話は?」
「そんなことより冷めてしまうぞ。オムライスは温かいうちに食べないとな」
「……無理やり誤魔化そうとするし。素直に嘘だと認めてしまえば楽になるのに」
年下少女に嘘だと断言されている俺がとてつもなく悲しい。
恋人がいないというのは人生を否定されたり、年下少女にいじめられる事なのか!?
しかし、男のプライドにかけてもここで認めるわけにはいかないのだ。
彼女は渋々、その話題を諦めて、オムライスを食べることにした。
スプーンですくい、一口食べてその表情が変わる。
「うわっ、美味しい。ほどよい卵の半熟具合とか最高ね」
「そうだろう。俺もここのオムライスのファンなんだよ」
「分かる。これはいけるよ、うん。最高っ」
梨紅ちゃんにもご満足いただけたようでなによりだ。
好きなモノの価値を共有できることっていいだよな。
「俺の好みのオムライスは……」
オムライス談義で盛り上がりながら、俺達はいい雰囲気で過ごすことができた。
年下とか言ってるわりには俺も梨紅ちゃんの事は気に入っている。
俺みたいな奴に素直に慕ってくれるのは嬉しい事だ。
……はて、それより何か忘れている気がするのだが気のせいだろうか、うん、気のせいだな。
適当にデートを楽しんだあと、梨紅ちゃんを家にまで送り届けてきた。
荷物持ちとしては責任を最後まで果たしてきたぞ。
俺も家に帰ると美鶴姉ちゃんはリビングでテレビを見ていた。
「あら、おかえりなさい。どうだったの?」
「ん。なかなか楽しかったけど」
「はい?……参考書選ぶのが楽しいわけ?」
姉ちゃんに指摘されて俺は重大なミスに気づく。
何か忘れていたと思っていたんだ、そう俺は梨紅ちゃんと何をしに行く予定だったのか。
「――あっ、しまった。参考書買ってくるの忘れてた!?」
普通にデートしてたせいで参考書なんて微塵も忘れたぜ。
だって、梨紅ちゃんも全然関係ない所に連れていくし。
最初から最後までホントのデート以外の何ものでもない。
そんな俺に姉ちゃんは呆れた顔をして言うのだ。
「アンタはバカでしょ?参考書買いに行かずに何してきたの?」
「何って……デート?」
美少女中学生とデートですが何か?
……ダメじゃん、俺。
まさか、これって梨紅ちゃんの罠だったりするのか?
「別にアンタがロリコン的な性癖を持つ変態でもかまわないけど、家庭教師の仕事に関係して、私にまで影響があったらフルボッコですまないからね?それだけは覚悟しておいて」
「それは怖いので自重します。これからは気をつけますからやめてください」
俺は姉の教育的指導にビクビクと怯えながら、参考書を買いに再び駅ビルに出かける。
やれやれ、流されやすい俺の性格、どーにかしないとなぁ。
でも、梨紅ちゃんとのデートはそれなりに楽しめたのは事実なんだ。